第2話:花宮七葉は家に住まわせたい。
私は花宮七葉、26歳。どこにでもいる一般的な会社員です。
————本日、一緒に暮らしていた友人が出てってしまいました。
家賃払えません。どうしましょう……。
****
遡ること5時間前。
今日は珍しく土曜出勤の日だったのです。いつもは休みなのですが、年に一回あるかないかくらいの休日出勤でした。
仕事中、一緒に暮らしている友人から一通のメールが送られてきました。
内容は『大切な話がある』とのこと。
一体、何のお話だろうと仕事中でしたが、気になってあまり集中できなかった。
それでもとりあえず仕事は順調に進み、いつもより早く終わって家路に着きました。
玄関を開けると、まず目に入ったのが男物の靴。
うちには友人と決めた一つのルールがあります。そのルールとは『男の人は家に上げない』です。
ですが何故、今ここに男の人の靴があるのでしょうか。……疑問です。
もしや、今現在、リビングにいなければ真っ最中なのではと頭に過る。
静かにリビングへ続く扉を開け、ちろりと中を覗く。……リビングには誰もいない。って事は二階だ。私の予想は当たりそうな気がした。
またまた静かに階段を上り、気付かれないように友人の部屋へと近づき、耳を澄ます。
すると部屋の中からは嬌声と共に、肌が激しくぶつかり合う音が聞こえた。私はハッと我に返り、踵を返した。
肌が真っ赤に染め上がり、なんだか恥ずかしくなってしまう。人の性行為を聞いてしまったことによって。
……そろりそろり。
つまるところ二人は真っ最中でした。お盛んなことで。
別に理解がないわけではございませんよ? ちょっとしてみたい気持ちもあったり……なかったり。
私はお恥ずかしいことにまだ未経験で、お付き合いもした事がないのです。だから愛し合う形をよく分かっていないだけで。
まあこのような事があり、今玄関前でに座ってます。
家に入ったことも、行為の声や音を聞いたこともなかったことにしときましょう。はい。私は見てないし、何も聞いてもいません。
それから30分ほど待ち、友人に電話を掛けた。
『もしもし、ななちゃん? もう終わった?』
「こちらこそ、終わりました?」
『え? 何が?』
しまった、つい口が。慌てて咳払いで誤魔化した。
「いえ、こちらの話です。今家に着いたところです」
『わかったよー』
プツッと電話が切れる。ふぅ、危うくバレるところでした。セーフセーフ。
家に入り、リビングへ行くと、友人とその彼氏であろう方が正座しながら待っていた。二人ともさっきまでしていたので顔が火照っていることは黙っておきましょう。
「紹介します。私の彼氏です」
はい。知ってます。これで彼氏じゃなかったら困ります。
「初めまして、花宮です」
ぺこりと一礼。
「早速なんだけど、……ななちゃんごめん! 私出ていきます!」
「はい?」
「突然でごめんだけど、彼と同棲することになってて、でも中々言えなくて……」
「家賃はどうするんですか?」
「今月分は払うけど……」
それでは困りますよ。ここの家賃いくらだと思ってるんですか? 二人で折半して一人7万ですよ!? 一人では14万という大金は払えません。二年契約なので、あと一年は住まないといけないんです。それをわかった上での発言ですか
「来月分はどうするんですか? あと一年契約は残ってるんです」
「何とかして一緒に住んでくれる人探します! 一か月猶予はあるよね? それでも見つからなかったら払います!」
うーん。そんなに都合よく引っ越ししてくれる人なんて見当たらないと思いますけど。
「当たり前です。あなたが勝手に出てくんだから。二人で折半してでも私にお金を払ってください。これは私の正当な権利です」
「もちろんです。僕たちの勝手なので払います」
急に彼氏さんが話し始めて、ちょっとびっくりした。
とまあこんな感じで早速、出ていきました。
ベッドなどは明日、業者が取りに来るそうで……準備がいい事。もっと早くいってくれればこんな事にはならなかったでしょうに。
————さあ、これからどうしましょう。
****
一人になった私は、行きつけのBarへと向かった。
お店の扉を開けると、カランコロンッといつも心地よい音で迎えてくれる入口に少しだけホッとする。
「あら、ななちゃん。いらっしゃい。今日は一人?」
「はい。色々とありまして、これからは一人です」
店内を見渡すと、私がいつも座っている席には男性がいた。しかも寝ている。
「いつもの席は先客がいるから、今日はこっちでいいかな?」
「全然大丈夫です。とりあえずハイボールをお願いします」
寝ている男性から二つほど空けた席に座り、男性を見る。
どこかでみたことあるような……。
あれ? もしかして佐伯君? 改めてまじまじと見ても佐伯君だ。あ、よだれ垂れてる。
「はい、ハイボールね」
「あの、あそこで寝てるのって常連さんですか?」
「そうだよ、珍しく土曜に来たと思ったら、あれだよ」
「佐伯君ですよね?」
「柊と顔見知り?」
まさかの名前呼びだった事に驚いた。それに今までよくここで遭遇しなかった事にも驚きだ。
「はい。会社の同僚なんです」
「そうなんだ。柊とは長くてね、かれこれ6~7年になるのかな? そのくらい前からここにちょくちょく通ってくれてるんだよ。愚痴やら惚気やらよく聞かされてて……。今日は前者だったけど」
20歳からここに通ってるとは、佐伯君なかなかおしゃれ人なんだなぁ。仕事では業務の話しかしないので意外だった。こんな側面もあるとは。またよだれ垂れてる、少し可愛い。いつも見ない一端を見れて微笑ましく思う。
「なんかあったんですか?」
「まあ端的に言えば、彼女との問題だね。僕の口からはこれくらいしか言えないよ」
「そうですよね」
大変だなぁ、付き合うって。私には縁がない話だけど。一応好きな人はいるんだけど高嶺の花男くんだから絶対に無理ですね。
「それでななちゃんはなんかあったのかい?」
「はい。それがですね————」
マスターに細かく今日の出来事を聞いてもらった。時折、笑いながらこうやって話を聞いてくれるマスターが好き。あ、これはラブじゃなくてライクの方。
「家を出たい男と家に住まわせたい女か」
ぼそっと何かを言ったが、よく聞こえなかった。
そうこうするうちに時間はあっという間に過ぎ、気付けば21時になろうとしていた。
「マスターお会計で」
「はいよ。ハイボール3杯と枝豆とフライドポテトで二千円でいいよ」
財布から二千円を取り出し、支払おうとした時にマスターが一つの提案をしてきた。
「ななちゃん。お代は払わなくていいから、あいつ持って帰ってくれない?」
急に何を言い出したかと思えば……。
「え、佐伯君をですか?」
「うん。このままここで寝られても困るんだよねぇ。それにもしかしたらななちゃんにも有益な事があるかもしれないよ」
「それは私にとってメリットがあるということですか?」
「その通り」
うーん。うちはここから近いけど佐伯君の家はどこか知らないしなぁ。彼女がいる家に送って行くのもちょっと嫌だな。
「彼女と住んでるんですよね? 送って行くのはちょっと怖いんですけど」
「いやいや、違うよ。ななちゃんの家に連れて帰ってやってほしいの」
マスターの言うことが私には理解しがたかった。なぜ家に? メリット? それでも連れて帰るにもちゃんと意思確認だけはしとかないと。
「佐伯君、起きてください。帰りますよ? おうちに」
「んー嫌。もう帰らない……」
どういう事? と思いマスターの方を見るとニヤニヤしながらこう言った。
「それがメリット。これ以上は言えない」
「……はぁ。わかりましたよ。とりあえず持ち帰ります。彼のお代は払っておきます。いくらですか?」
「いや、いいよ。柊も辛いことがあったから。サービス」
本当に何があったんですか……。
「佐伯君、起きてください。帰りますよ」
「……」
「ダメですね、これ。担いで帰ります」
「悪いね、お願いします」
****
お店から出て、佐伯君の腕を肩にかけて、引きずるように家路へと向かう。
「重いです……少しくらい自分で歩いてください」
「ひっぐ……今日は帰らない……それにもう家を出る……」
「え、今なんて? 家を出る?」
「そー、もう彼女と別れるの! 引っ越しだぁぁ!」
耳元で急に大声を出さないで下さい。びっくりするじゃないですか。
それにメリットとはそういうことですか、マスター。……でも彼は男の人ですよねぇ。……でも友人が一緒に住んでくれる人を見つけてくれる保障なんてどこにもないしなぁ。ここで贅沢言ってられないか! この際住んでくれるならそれでよしとしましょう。佐伯君は知ってる人ですし、問題ないでしょう。紳士のはずです。
「分かりましたから、ちゃんと歩いてください」
「んー、てか誰ぇ」
「花宮ですよ。同僚の」
「あー、花宮さんねー。可愛い人ねぇ」
唐突に言われた言葉に顔が赤くなる。そんな風に思ってくれてたんだ。てっきり私には興味すらない人だと思っていた。
「お世辞はいいので、もう家ですから」
「家? 俺はこれから引っ越しするんだけど……」
ぽつりと呟いて、また寝てしまった。いやもう少しだけ起きててほしかったですよ! あと少しなのに!
まあとりあえず詳しい話はまた明日する事にしましょう。
とりあえず今日はおやすみなさい。
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