最終話:ありったけの想いを、君に。

 パレードが終わり、七葉を引き連れてリスリィーランドに併設されているちょっと高級なホテルに入った。


 七葉に悟られないように、受付から少し離れた所にあるソファーに座って待ってもらい、俺は受付でチェックインをする。


 今日取った部屋はちょっとお高めのスイートルーム。ここでも奮発して、七葉を驚かせてあげようと少しばかりのサプライズ。まだ夢の時間は終わらない。いや、終わらせない。なので彼女はどんな部屋に泊まるのかは知らない。


 ちらりと後ろに座る七葉を見ると、彼女はホテルの内装に夢中になって、あちらこちらをきょろきょろと首を巡らせていた。すると、俺の視線に気が付いたのか目が合って、にこりと微笑んだ。


 喜んでくれると嬉しいなと思いながら、チェックインを済ませていく。

 離れてもらっているのは値段を知られたくないからだ。気を遣わせないために。


 そして、チェックインが終わり、ポーターの方がどうやら部屋まで案内してくれるらしい。七葉を呼んで一緒に部屋へと向かう。


 彼女は「え? えっ!?」驚いていた。


 まあ普通であれば、鍵を貰って部屋に行くのが当たり前で、ポーターの方がいるのは、つまりそういう事だ。彼女自身このホテルが高いことは知っているだろう。テレビとかでよくやっているし。


『こちらへどうぞ』


 ポーターの後ろを歩き、ひたすらついて行く。途中エレベーターに乗って4階まで上がった。


 その間、七葉に何度も何度も問い尋ねられる。


「この人はなんですか? 誰ですか?」


 ふっと笑いそうになるが我慢。


「ねえ? どこに連れていかれるんですか?」

「部屋に行くのでは?」

「もしかして、なんかやらかしちゃいました?」


 止まらない言葉の猛攻。

 しかし、無視するわけにもいかないので、なんとか誤魔化す。


「もちろん部屋に行くよ。ここはどの部屋に行くのにも案内してくれるみたいだ。さすがリスリィーランドだね。夢がある」

「それって高いのでは? お金大丈夫ですか? 私払いますよ?」


 七葉は不安そうな顔をして、疑問形ばかりで話掛けてくる。

 適当に誤魔化したいところだが、少しくらい現実味のある話をしての場をやり切ろう。


「大丈夫だよ。心配しなくて。ほら、俺ボーナス使ってないし、最初からこの旅行で使おうと思ってたから」


 これなら納得してくれるだろう。


「……あんまり無理しないでくださいね?」

「してないから大丈夫。それにこれは俺の気持ちの問題だから」


 何とか納得してくれたみたいだけど、怪しみの視線は止まらなかったので、目を逸らした。じーっと効果音が出て来そうなくらいには見られてます。


 その視線に耐えられなくなった俺は前を見ないとぶつかるよと一言。

 そう言うと前を向いたのだが、何やらぼそぼそと呟いている。


「高そうなところだなー。今日って特別な日だったっけー?」


 うーん……と唸りながら考えていたのだが、途中で諦めたご様子。

 突然、何を思ったのか俺の腕に自分の腕を絡め、くっついてきた。

 笑顔で。


 ……その感情は何ですか?


『こちらがお客様のお部屋になります』


 ついに目的の部屋に着いた。

 実のところ、俺も楽しみなのだ。値段が値段だし、どんなもんの部屋なのか、すごく気になる。

 ポーターが部屋のカギを開けてくれ、俺と七葉は部屋に足を踏み入れた。

 

 言葉が出ない。


 感想が出てこなかった。そのくらいに入った部屋は豪勢だった。


『ルームサービスはあちらにあるテレビ画面とサービスホットラインからご注文できますので。では、失礼します』


「ありがとうございます」


 これから過ごす短いひと時は、夢のような時間になる。でも夢ではない。

 夢のようで、夢じゃない現実を感じてもらえればと。

 短い時間しかここには滞在できないけれど、心に深く突き刺さってほしい。いい意味で。


 これは俺からの想いだ。

 してあげたいからした、喜んでもらいたいからした。だから見返りなんていらないし、そんなこと考えなくてもいい。俺がしてあげたかったから。ただそれだけ。


「……柊。これは? 一体……?」

「俺もびっくり。これは俺からのサプライズってところかな」

「なんで!? 今日は特別な日ですか!?」

「何もない日だって、いいじゃない。俺にとっては特別だから。それが七葉にとっても特別に変わってくれると嬉しいよ」


 ——


「……嬉しいです」


 そっと抱きついてきた七葉の頭をよしよしと撫でる。


「ずるいですよ……ばか」

「あはは、ばかとは心外だなぁ」


 喜んでくれればそれだけでやった甲斐がある。


「じゃ、荷物置いて、ルームサービスでも頼もうか」


 背中を二回叩いて、離れる。


「はい。……あの、柊」

「どうした?」

「ありがとう」

「いえいえ、お互いを思う気持ちが大事なのです」






******





 ルームサービスを頼み、バルコニーでディナーを楽しむことに。

 ここから見える景色はリスリィーランドを一望できる場所にある。

 もう閉演してしまっているが、園内はそれなりに明かりが灯されているので、景色は割といいのだ。


 タイミング的にはここだろう。

 ご飯を食べ終わったら、俺は——


「昨日今日は楽しかった?」

「はい。どちらもすごく楽しかったです。本当にあっという間で、もっとこの時間が続けばいいのにって何回も思いました」


 俺も同じだ。

 こんなに楽しいのは初めてだった。


 気なんて遣わない、彼女の前だったらありのままでいられる。それがどんなに大事か、こうして旅行で思い知らされた。


 自分を飾って、作って、仮面を張り付けて、そんな関係ならいらないと。

誰にだってあると思う。彼女の前だから格好つけて、態度を変えたり、嫌な事があっても口にはしない。喧嘩したくないから我慢して、装飾品だらけの自分を作り出す。


我慢は時には必要だけれど、それすらをぶっ壊してありのままを曝け出せた方が幸せなんだと俺は思う。



七葉はそういう人だ。

だから結婚したいと思う。この人となら楽しく毎日を過ごしていけるだろう。くだらない事で笑い合えて、どこに行っても楽しくて、幸せと隣り合わせで、向かい合わせで。


「じゃあ乾杯しようか」


 机に置かれたシャンパンを手に取り、静かに乾杯を交わす。

 一口飲むと、独特な味が口の中へ広がっていく。

 ……ちょっと苦手な味だ。



 それから今日あった出来事を話しながら、ディナーを楽しんだ。

 楽しいご飯もあっという間に過ぎ去っていく。

 もうその時は目前に来ていると考えるだけで緊張は止まらない。冷汗はダバダバと流れてくる。


「ちょっとトイレ行ってくるね」


 そう言って俺はバルコニーから席を外し、鞄に入っている指輪を取りに行った。

 バレないようにそっと取り出し、トイレへと一応気持ちを落ち着かせるために入る。


「はぁぁぁ、緊張するー」






******





 バルコニーに戻り、腰を下ろす。

 そして、緊張をほぐすためにシャンパンをグイッと飲み干した。


「いい飲みっぷりですね」

「あははは、まあ、ね……」


 グラスをテーブルに置き、深呼吸。


「どうしたんですか?」

「ちょっと気合いを入れてたところ」


 俺の言葉を聞いた七葉は、こてんと首を傾げた。

 とりあえず無言で隠して持ち込んだ指輪の箱を机の上に置いて、蓋を開ける。


「え!? 待って!?」


 突然の出来事に七葉は驚いていた。


「七葉」

「ひゃいっ!?」


 姿勢を正し、真っ直ぐ七葉の目を見つめると、七葉も状況を理解したのか、ピンっと背筋を張った。




「——僕と、結婚してください」






「——はい。こちらこそお願いします」




 シーンっと静寂が場を包む。

 七葉は視線を指輪に落とし、じっと眺めているようだった。


 でも、彼女は眺めているのではなく、涙を流していた。見られないように、隠していたのだ。


「……うぅ……ぐすっ……」


 嗚咽が零れ、この静かな空気の中にいると、流石に聞こえてしまう。


「七葉」

「……はい」

「指輪付けさせてくれないか?」

「……ちょっとごめんなさい……今は……」


 泣かれている所を見られたくないのだろうけど、既に大泣きしたところを見ているので今更感はある。


 置かれている指輪を取り、七葉の座っている場所まで行き、跪く。


「左手、出して?」


 素直に手を出してくれ、俺はその手を取った。

 左手を彼女の手に添え、右手で指輪をはめていく。



「これからも二人で歩いて行こう。俺は七葉に全てを捧げるから。ここに誓わせてほしい。ずっと隣にいるし、同じ歩幅で歩くよ」



「うん、うん。私も……柊に全てを捧げるよぉ……ずっと一緒に居るよぉ……大好ぎだよぉ」



 ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちてくる。

 腕に落ちた涙は、伝って手に流れてきた。


 その涙の上に右手を重ね、俺は誓う。

 七葉が涙を流すときは、嫌なことではなく、嬉しい時だけに流れるようにと。



 そして七葉は勢いよく俺の胸に向かって飛び込んできた。



「ありがとう。本当にうれしい。私、今、世界の誰よりも幸せだと思う。こんなに嬉しいプレゼントを柊から貰えて、幸せ者だよ!」




「俺も最高に幸せだよ。七葉、愛してる」


「私も愛してる」



 

 君と出会えてよかった。

 4か月前に出会ったのが君でよかった。



 ——だから何もない日を特別な日に変えるのは、



 これからは二人で一緒に。




                                 ―完―



♢♢♢


—あとがき—


 こんにちは、えぐちです。


 先ずはこの作品を最後までお読み頂きありがとうございます。


『花宮さんと同棲!(仮)』はこれにて完結です。


 長かったです。とっても。

 去年のクリスマスイブから投稿していたみたいなので、もう四か月とちょっとという時間が過ぎたみたいです。(笑)


 無事に完結出来た事を嬉しく思います。

 当初、この社会人の恋愛ものはウケないと思っていたのですが、思っていた以上にたくさんの反応がもらえてめっちゃ嬉しいです。

 ただ、目標としていた小説フォロー1000人と星500は達成できませんでした。これに関しては僕の実力がまだまだ足りてないと分かっておりますが、やはり悔しい……。

 まあ仕方ないです。これが現実なので、真摯に受け止めております。


 そしてこの作品は恋愛に時間は関係ないと言葉で伝えるというテーマがありました。

 伝わっているといいのですが(笑)


 たった一人でもいいので、琴線に触れてもらえているといいなと思っております。

 いつか自分に大切な人が出来た時、柊のように、七葉のように、思った気持ちを伝えてる姿を思い出してもらえると嬉しいです。

 また、既に大切な人がおられる方は、ぜひ改めて伝えてみてはどうでしょうか?(笑)


 長くなりましたが、この辺であとがきを終わりたいと思います。

 いつもコメントをくれる皆さん、レビューをくれた方々、ハートを送ってくれた皆さん、本当にありがとうございました。

 意外と僕は名前覚えてますからね(笑)


 読者様があってこその、えぐちです。感謝しております。

 


 そして宣伝です(笑)

 次作も良ければ読んでみてください。


 タイトルはこちらになります


『結婚してからが、ラブコメ。』


 URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054896489054


 では、この辺で。最終話まで見届けて頂きありがとうございました! 

 えぐちでした。








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花宮さんと同棲!(仮) えぐち @eguchi1

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