第3話:仕事終わりのデート。


〈今日、仕事終わりにデートしませんか?〉—15:50

〈また突然だね。いいよ〉—15:55

〈じゃあ仕事終わりに会社の近くの駅で合流という事で〉15:56

〈了解〉—16:00



 仕事中に唐突にデートのお誘い。



 ——そして何故、俺はこんなところに並んでいるのだろうか……。




「ベビタッピッ!」



 

 ——ベベベベベビタッピ!?



 そう言ってストローをぶっさす所を何回も目の当たりにした。

 一体なんの掛け声だ……。

 ここは若者たちに人気な商店街で、プチプラなアパレル店やこういった流行りの飲食店が立ち並ぶ場所だ。


 自分は地元がこの辺なので、高校生の頃よく来ていた。バイトで稼いだお金を服にばかり使っていた。今はもっと安い服ばかりだが……。とにかく簡単に説明すると、東京の原宿みたいな感じで、大阪で言えばアメ村的な感じの商店街である。


「一度、飲んでみたかったんです! タピオカというものを!」


 隣には目を輝かせた、一人の可愛らしい女性が早く飲みたいと言わんばかりに前のめりになって、よだれを垂らしていた。……ごめん、よだれは垂らしていない。どこかの後輩と間違えた。


「蛙の卵みたいですよね」

「ちょっと……そういうこというのやめてくださいよ! 食欲減退するじゃないですか!」


 この飲み物がなぜここまで流行っているのかと言えば、それは今ちょうど目の前に映る光景にある。

 女子高生は受け取ったタピオカをテーブルに置き「ベビタッピ」と謎の呪文を唱えながらストローを差すあの行為。付随してくるスマホの動画撮影。


 それが終わったら、容器を片手に持ち、派手な店構えをバックに自撮り。

 いわゆるチックタックに投稿する動画とリンスタ映え。

 最近の子は、こういうのが流行りらしい。ニュースでやっていたのを目にした事がある。


 そんな七葉も流行に乗るようにリンスタを始めたらしく、それでタピオカが飲みたくなったとかなんとか。

 何を投稿しているのかと見せてもらったが、彼女曰く「私は見る専門です」だそうだ。フォローもいなければ、フォロワーもいない。流石、見る専門だけはある。


「もうすぐベビタッピできますよ!」

「そうですね……」


 正直、反応に困る。ベビタッピってなんなの? タッピと言うのはタピオカのタピからきているのは分かるんだけど、ベビはどこからきたんだベビは。教えてくれ……流行りに疎いこのおじさんに教えてくれ。


「次のお客様、どうぞー」


 待ち時間にして20分。ようやく自分たちの注文の番が来た。


「はい! 私は王道中の王道、タピオカミルクティーで!」

「じゃあ俺は……この抹茶のタピオカで」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 ちらりと横をみると、両手を握り締め、綺麗に90度に曲がった肘を上下に動かしながら動いている。まあなんと落ち着きがない。


 見ただけで分かる。すっごく楽しみだったんだろうと。

 まるでサンタが来るのが待ち遠しくて、寝られない子供みたくソワソワしていた。


「お待たせしました。こちらがミルクティーで、こちらが抹茶です」

「ありがとうございます! 美味しそう……」

「ミルクティーにタピオカが入ってるだ————」

「写真撮りたいです。私、柊と写真が撮りたいです!」

「う、うん。いいよ」


 興奮冷めやらぬ彼女はおもむろにスマホを取り出して、カメラを起動させた。

 右手にスマホ、左手にタピオカを持ちながら、ちゃんと容器に書かれている店名が写るようにカメラに収まった。


「写真一枚でこんなに大変だとは。これが映えってやつ? 俺にはよくわからんけど」

「大丈夫! 私も分かんないから! 見様見真似ですよ! なんでもやってみるべしってやつです」


 とりあえずスマホに映し出された自分も枠内に入るように移動し、顔を近づけた。


 ——パシャッ


 音と共に、画面に焼き付けられる。

 それを確認してみると——



 これが二人で撮った初めての写真。

 

 ——笑顔で幸せそうな二人がそこには写し出されていた。


 自分で見て思うくらいに。

 時間を切り取った写真は、どこの誰よりも、幸せそうだった。

 いつしかの元彼女と何回も撮っていたが、この写真よりも幸せそうに写っていたことが一回でもあっただろうか。

 ……そんな事を考えるのは、烏滸おこの沙汰だな。今は今、昔は昔。


「初めての写真ですね。大事にします」

「そうだね、俺にも送って欲しいな」

「もちろん送りますよ。それとこれからもっとたくさん写真を撮りましょうね」

「うん。撮ろう」


 何なら旅行とか行きたいかも。

 次の連休は……お盆か。あっ……でも、お盆休みは七葉の実家に挨拶に行くんだった。


 まだ先の事だけど、少し不安だ。ちゃんと挨拶出来るといいんだけど。

 お母さんは一度会っているから大丈夫だけど、お父さんはまだだから、どんな人なのかも想像もできない。めっちゃいかつい人だったらどうしよう……。


 打って変わって、七葉は気にもしていない。寧ろ忘れていそうだ。

 まっ、そんなもんか。


「ベビタッピ!」


 気が付けば七葉は座っていて、さっきの謎の掛け声とともに、ストローをぶっさしていた。


 制服を着せたら、そこら辺の女子高生に混ざれるのではと、思うくらいに彼女は若々しい。遺伝って怖い。


「いつまでそこに立ってるの?」

「ああ、ごめん。座るよ」


 彼女の正面に座り、ストローを刺した。


「んん~もきゅもきゅして美味しい~」

「抹茶……美味しい」


 下に落ちてしまいそうな頬を抑えながら、美味しそうに飲んでる七葉が幸せそうで何より。


「一口ください!」

「はい、どーぞ」


 手を伸ばし、容器を彼女に向けると、そのままストローを咥えてズーッ音を鳴らしながら吸った。


「うん! 美味しい! 抹茶の苦みがまたいいですね」

「そりゃよかった」

「あの……私やってみたい事があるんですけど……」

「また藪から棒にどうした?」

「タピオカチャレンジって知ってますか?」

「タピオカチャレンジ? 何それ? 口にタピオカ何個含ませられるか的な?」

「違います! こうするんです!」


 そう言って、自分の買ったタピオカの容器を豊満な胸の上に乗せ、プルプルと震えながらストローを咥えた。


「どっどうれふか!」


 すっ、すげぇ! これは——すげぇ!

 自分の語彙力のなさに驚くが、目の前の七葉にはもっと驚かされた。

 スマホを取り出し、パシャリと一枚、写真を撮る。


「何ひゃひんほってふんですか」

「そのまあ、あれだよ。チャレンジ成功の記念」


 胸から容器を下ろして机に置き、俺の持っていたスマホは取り上げられてしまった。


「おぉ、我ながらすごいです。やればできますね! ふっふっふ」


 変な笑い声を出しながら、ドヤ宮さんがドヤ顔と立派な胸を強調させ見せつけてくる。

 うん、何? 男の俺にドヤ顔しても、意味ないからね? 胸の小さい人にやりな? あっ、でもそれはそれで嫌味に見えるからやめようね。


 周りの人達も見ていたのか、ほぼ女子高生だが、「あの人すごい。本当に出来る人初めて見た」と感嘆の声が上がっていた。

 彼女はそんな声も気にせず、またもや容器を写真に収め始めた。


「どうですか! てますか?」

「微妙……」


 見せられた写真はただタピオカミルクティーが写ってるだけ。流行に疎い俺ですら、その写真が映えてないことがわかる。


「えぇ、これが映えというやつじゃないんですか? むむむ……やはり難しいですね……」

「助言かどうか分かりませんが、加工してみたらどうですか?」

「カコウ?」


 日本語分からない唐突な外人の真似やめろ。


「例えばだけど、カメラにも色々種類があってだな……ちょっと借りるよ?」

「はい」


 スマホを受け取り、画面を見せながら編集ボタンを押して、説明をする。


「おぉ、確かにリンスタに載ってる写真みたいになりますね!」

「写真の撮り方も、ただ正面から撮るんじゃなくて、ポートレート撮影してみたり、カメラにも色々あるんだよ」


 何で俺が先生みたいに教えているのだ。

 はい、そこ! メモを取らなくてもいい! 


「すごいです。柊は物知りさんですね!」

「誰でも知ってるから……どんだけスマホに慣れてないの……」

「スマホは連絡取るだけの機械でしたから、こんな風に使うのは初めてです」


 へぇぇ……って携帯を買わされたばあちゃんみたいなこと言うじゃん。


「とりあえず、はい。返すね」


 スマホを返すと、画面と睨めっこをし始め、「ふむふむ」とぼやいては、スマホを傾けて写真を撮ったり、なんか格闘していた。


「まだどこか行く?」


 スマホで見えなかった顔がちょいっと横にずれて顔を出した。


「次はですねぇー、焼き包子ってのを食べたいです」

「今日は食べ歩きね! ビールとか飲めたら最高です」

「じゃあ飲みましょうか」

「うん。初タピオカご馳走様でした。見た目とは裏腹に美味しかった」

「じゃあ行きましょー」


 片手を高く上げて、意気揚々に歩いて行ってしまう。


「元気だな」


 そんな彼女の後ろ姿を見て、幸せだなと思いながらも、その背中を追いかけ隣に並んだ。




*****




 焼き包子、台湾唐揚げにチーズハットグ? などを食べまわり、最後の締めは油そば。

 今日は食い過ぎなきもするが……まあたまにはいいよな。こんな日があっても。

 たくさん食べてきたが、どれもこれも絶品で美味しかった。


「たくさん食べましたね。欲張り過ぎちゃいました!」

「お腹一杯」

「でも楽しかったです! またこうやってお出かけしたいですね」

「そうだなぁ、旅行とか行きたいかも。まだどこも行ってないし、少し遠出したいかも」

「私も行きたいです! お盆! お盆休みに行きましょうよ!」


 お盆はあなたの実家行くんですよ……。


「まず七葉の実家に行かないとね。あの時とはまた状況が変わったから、もう誤魔化す必要もないし、ちゃんと挨拶しておきたい」


 俺は自分で言った通り、結婚前提でいるのだ。

 七葉には急すぎと言われたが、その考えは変わっていない。


「そういえばそうでしたね……じゃあ、一日目に行って、二日目から行きません?」


 意外な反応だった。

 行かなくてもいいよとか、あれはお母さんが言ってるだけだからとでも言うと思っていたが、七葉自身もちゃんと意識はしてくれているか。……良かった。一人で勝手にその気になっていなくて。


「じゃあまだ時間はあるので、どこ行くかは、追々決めましょう」

「はいっ! じゃあ次行きますよ!」

「えっ!? まだ食べるの!?」

「食べませんよ! 私のことお相撲さんとでも勘違いしてませんか? 流石にこれ以上食べたらお腹はちきれちゃいますよ!」

「そ、そうだよね……焦ったぁ。んで、どこ行くの?」


「プ・リ・ク・ラ!」


「え!?」

「記念です。私が撮りたいんです……」


 自分で言っているのが恥ずかしいのか、少しばかり頬が赤く染まっている。


 そう、これが高校生ならいいのだが。

 この年になると、どうも気恥ずかしいのだ。最近はアプリで加工した写真が撮れるので、わざわざプリクラを取る必要はないし、26歳のおっさんがプリクラ機に入るのは気が引けてしまう。それは多分七葉も同じ。恥ずかしいのだ。


 最後に撮ったのはいつだろう。思い出せないほど、長い間撮っていない。

 まあでもせっかくの記念だ、撮っておこう。

 




 ゲームセンターに移動して、多種類のプリクラ機を吟味する。


「ナチュラルに撮れるのが良くないですか?」

「と、言われましても……どれがそういうやつなのか、時代が違うのでわかんないよ」

「じゃ、これにしましょ!」


 手を引かれ、七葉が選んだプリクラ機の中に入った。


「うおぉぉ、懐かしい。なんだこれ!? カメラ動かせるのか!?」

「そうみたいですよ! 気になって調べてみたら、最近のは角度を決めて撮れるそうです。時代は変わりましたね」

「昔はこんなんじゃなかったもんね」

「私が高校生の頃は、たしかミルクなんちゃらってやつでよく撮ってました」

「知ってる知ってる! 俺もよくそれで友達と盛れるからってそれで撮ったよ」

「そうそう。いかに可愛く撮れるかでしたから。盛れなかったらもう一回撮り直しとかやってましたよ」


 プリクラの中で昔話に夢中になり、お金も入れずに互いに懐かしさに浸る。

 七葉の高校時代とかちょっと見てみたいかも。制服姿なんて絶対可愛い。コスプレさせ——おっと、これは心の中にしまっておこう。


「じゃあ昔話はこの辺で。私達の時代の撮り方でやりましょ。カメラは少し上で、正面から撮るのが昔流ですっ」


 手慣れた手つきでカメラの角度と位置を決め、後は背景を適当にシンプルなのを選んで完了。


「ポーズはどうしますか?」

「とりあえず並んでピースでいいんじゃない?」

「そ、それもそうだよね……あははは」


 何その苦笑い。逆にどう撮りたかったの?


 って聞きたかったけれど、そんな時間もなく、派手な声があがり、3、2、1と流れたので慌ててピースと出来る限りの笑顔でパシャリ。


 この時代でもプリクラさんはせっかちなのね……。早いんだよなぁ、次撮るまでが。ポーズとか決めてる間に撮られちゃうとかよくあったし。


「次は……?」

「難しいね」

「後ろ! 後ろから抱きしめてほしいです!」


 顔を真っ赤にさせ、そうさせるように俺の前に来た。


「はい……どうぞ……」


 ちょこんと前に立った七葉の耳は赤くなっている。

 恥ずかしいんだな……。


「こんな感じ?」

「もっとカップルっぽく……愛情を込めて」


 段々と小さくなる声。最後に何を言ったか、音声にかき消されて聞こえなかった。


「ひゃっ!?」

「カッ、カップルっぽくない?」

「いえっ! これで!」


 再び切られたシャッター。

 映し出された画面には、七葉の肩に顎を乗せた自分と、それが嬉しそうな彼女の可愛い笑顔が写っていた。


「めっちゃ恥ずかしい……」


 そう言いながら、自分の顔を手で覆った。

 七葉が何かを言っているが、自分の赤くなった顔を元に戻すために必死な俺には届かない。


「あぁ! 次始まり————」


 ——パシャ!


「あっ!」

「あぁぁ……」


 画面に見ると、顔を隠している俺の腕を必死になって引っ張っている七葉が写っている。


「ぷっ……くくくっ」

「え? どした?」

「これはこれでいい気がします」

「どこが!?」

「もう次が最後ですから、はい」


 七葉は目を瞑り、こちらに体を向けた。

 それを見て、何をしてほしいかはすぐに理解できた。だって一つしかないから。


 彼女の肩に両手を置き、顔を近づけ、キスをする。

 柔らかい感触と暖かさが唇に伝わってくる。シャッタ―音が鳴り、終わりを告げる音声には反応せず、長いキスをした。


「じゃあ出て落書きしないと」

「もっと……してほしい……」


 その声音は艶やかで、引かれるようにまた唇を重ねる。


「んっ……」


 甘い吐息が漏れ、更に舌を絡ませてキスを繰り返した。

 俺達は、どれだけの間キスをしていたのだろう。


 こんな場所で。人が入って来たらなんて考えもせず。恋は盲目とはよく言ったものだ。見られたりでもしたら、ゆでだこ所じゃないだろう。自分が見てしまったら、こんなとこでキスしたんじゃねぇ! って思うよな。うん。いい大人がプリクラの中で盛り上がってしまうとは。いけない……もっとしっかりしないと。


 唇は離れ、互いにおでこを当てる。


「こういうのは家でね?」

「うん……。柊、好き。大好き」

「俺もだよ。じゃあもう出よっか」

「うん」



 それから落書きブースに入って落書きをして、印刷されたシールを取りゲームセンターを出た。


「その……さっきはわがまま言ってごめんなさい」

「それは俺も。盛り上がっちゃった。自重しないとね。今日の俺達はまるで高校生みたいだ」

「確かにそうですね、言いたいことは分かります。私……甘えすぎですね。柊と付き合えて浮かれています。自覚はあるんですが、好きすぎて止まらない自分がいます。迷惑してませんか?」


「迷惑はしてないよ。俺も一緒だと思うし。七葉も俺も、もうちょっと場所を考えた方がいいね。お互い様だよ」

「ごめんなさい、これからは気をつけます。だから……家ではたくさん甘えたいな。……だめ、かな?」

「それなら存分に」

「良かったぁ……」


 ホッと胸を撫で下ろた。


「あ、そうだ。せっかくなので、この撮ったプリクラをどこかに貼りませんか?」

「いいね! ただし、ばれない所じゃないと」

「スマホケースの裏側とかどうですか?」

「お、いいね! それならバレることないし」

「家帰ったら貼りましょう」

「おっけい」

「なんか私、嬉しいです。こうして共有できるのは初めてなので。いつかはお揃いとかもしてみたいです」

「だね。旅行とか行ったら、お揃いのTシャツとか買っちゃうか!」

「じゃあお盆休みは夢の国に行きませんか!」

「いいね、行こっか」

「やった!」


 ガッツポーズをして、ゆっくりと降ろされたその手は俺の手を握った。


「私、すごい幸せです」


 前だけを見て、言う。

 照れ隠しだろう。こっちを見れないのだ、俺には分かる。

 俺と同じ気持ちでいてくれて嬉しい。

 

 ——であれば、俺もそれにちゃんと応えないとな。


「俺も幸せだよ」

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