第13話:して、されて、困惑。
次の日————
俺は花宮さんより早く家を出て出勤した。まだ鍵を持っていないので、あとに出てたところで鍵を締めれないから。
そして昨日、あれからルールを少しばかり追加した。
とは言っても大したことではない。
まず朝は一緒に通勤しない。
会社ではいつも通りに。
祐介と蓮水には事情を話しておく。
夜、ご飯がいらない時は事前に伝えておくこと。
今日は蓮水とご飯に行く約束をしているので、花宮さんにいらないのでと伝えてある。
それにしても、会社に早く来た所でやる事がない。俺より早く出勤している人もちらほらといたが、何しにこんなに早く来ているのかが分からない。
落ち着きがない俺はやる事もないし、自席に座っていても暇なのでタバコを吸いに行くことにした。
喫煙所に入り、内ポッケに入っているタバコを取り出し火をつける。一吸いして、窓の傍に立ち朝日を眺めていると、気怠そうな挨拶で祐介が入ってきた。
「おざま~す、はやいっすね」
大きくあくびをしながら、ぽんぽんとタバコの箱を叩き、徐々に出てきたタバコを咥え、ジッポーをカシュッと鳴らして、カチンッと閉じた。
その音と空気清浄機の音だけが響いて、何だか変な空気感だ。
「おはよ」
大きくタバコを吸いこみ、吐き出すと同時に、揺れる紫煙が目に染みこんで、左目が痛い。
目をこすりながら、祐介に話しかけた。
「祐介、話しておきたいことがあるんだけど」
今この場には、俺と祐介しかいない。だから誰かがここに来る前に花宮さんとの関係を話して、少しでも肩の荷を下ろしたいって寸法だ。
だが、それも彼の一言で重荷へと変わる。
「丁度良かったです。俺も聞きたいことがあったんですよ。佐伯先輩さ、花宮先輩と同棲、いや、付き合ってるんですか?」
ビクッと思わず肩が跳ねてしまう。
「その反応は、肯定と取りますけどいいですか?」
嫌に刺さる視線が痛い。先に言われてしまうとどうも言い辛いし、なんか言い訳しているように聞こえてしまうんじゃないだろうかと不安にもなる。
「なんでそう思う?」
質問を質問で返すと、祐介は眼を細くして少々イラつきながら顔を横に振った。
「今質問しているのは俺です。間違えないでください、先輩は回答を言ってください。質問はそのあとに答えますから」
「そうだな。今のは俺が悪かった。……誰にも言わないと約束してくれ。この話は祐介と蓮水だけにしか話さないから」
「わかりました。蓮水には先輩の口からちゃんと伝えてください」
「もちろんだ。じゃあ単刀直入に言う。俺と花宮さんは今一緒に暮らしている。……驚くのは当然だと思うが、付き合っている訳じゃないんだ。互いに恋愛感情はない。花宮さんには好きな人がいるらしいし。ただ俺は住む家が欲しかった。前に彼女と別れた話はしたよな? その理由は彼女の浮気だ。この前の土曜、仕事から家に帰ったら他の男と俺も寝るベッドでヤッてたんだよ」
祐介の顔が歪んだ。休憩がてら一口タバコを吸って話を進めた。
「俺はその現場に遭遇してしまった。それで家に居たくなくなった。彼女が他の男とヤッていたベッドで寝たいとは思わんだろ? だからなりふり構わず家を飛び出した」
「あの沙也加さんがねぇ。でもそこから花宮先輩とはどう繋がるんですか?」
祐介は以前家に遊びに来たことがあるので、沙也加とは面識がある。だが今はそんな事はどうでもいい。
「いい質問だ」
それから俺は祐介に花宮さんと出会った経緯を話し、今の現状になっていることを説明した。
「じゃあ本当に付き合っている訳じゃなくて、ただたまたまってことですか!?」
「今説明した通りだって。本当に偶然。しっかしなぁ、お前なんかすごい喧嘩腰だったよなぁ? 何なんだ、さっきの態度は? 俺、祐介になんかしたか?」
「あっー、いやっ! すんません。別になんでもないっす。俺の勘違いでしたわぁ……あはははは……」
「素直に言ってみろ、怒らないから」
「それあれっすよ、そう言いながら怒らなかった所、見た事ないやつっす。なんで言いません」
「確かに……って何納得させてんだよ!」
「まあ良かったです。その話を早く蓮水にもしてやってください。きっと喜びますよ」
喜ぶ? 蓮水はサディスティックなのかしらん。やだ怖い。
「ま、今日蓮水とご飯行くからそん時に話すわ」
「頼んますよ」
タバコを灰皿に押しつけて火をもみ消し、喫煙所を出る間際にそれだけ言って祐介は出て行った。
妙に蓮水の事を気にかけているが、仲良くなったのか? よくわからん奴らだな……。って俺も人の事は言えないか。
俺もタバコを消して喫煙所を後にした。
****
定時になり、蓮水の席へと向かった。
「蓮水、仕事終わったか?」
「はい。もうすぐで終わります」
心なしかなんだか元気がなく見える。
「大丈夫か? なんか元気なさそうに見えるけど。あれだったらまた今度にするか?」
「大丈夫です。……終わりましたっ!」
無理矢理に表情を作ってる感がすごいけど本当に大丈夫なのか……。
「じゃあ、行くか」
「はい! 行きましょー!」
会社を出て、駅方面へと歩いて行く。
いい所へ連れてけと言っていたので、俺なりに考えてバルという少し小洒落た所にしてみた。
「今日はどこいくんですか?」
「うーん。何食べたいかは聞いてなかったもんで、とりあえず肉ならいいかなと思って肉バルにしてみたんだが、蓮水は肉好きか?」
「この辺にそんなのありましたっけ?」
「最近オープンしたみたいなんだよ。俺も行った事ないし、なんかうまそうだったし、女の子が好きそうな場所だなと思ってな。蓮水の口に合えばいいんだけど」
「合いますよ……先輩だったら何処でもいいんです……」
ぼそぼそと俯きながら言うもんだから何言ってんのか全然聞こえない。
「嫌だったか? あんまり乗り気じゃなさそうだけど」
「そんな事ないです! けど……いいのかなぁって思っただけです」
「何が?」
「なんでもないですっ!」
怒りながら、ずかずかと歩いて行ってしまう。
「おいっ! そっちじゃなくてこっちだ」
「早く言ってください!」
なんで怒ってんだよ。情緒不安定すぎるだろ……。
俺が何か悪いことしたなら謝るけど、全然思い当たる節がないんだよ。元気なくて、かと思えば怒って……よくわからん。腹を満たしゃ元気になるか。
題して餌付け作戦! と行こうじゃないか。
「ほれ、着いたぞ。ここだ」
「お洒落だ」
「これは絶対美味しいぞ」
ドアを開けて、店内に入った。
「いらっしゃいませ、ご予約の方ですか?」
「はい、佐伯です」
「え、予約?」
行き当たりばったりで入れなかったら申し訳ないので、事前に予約しておいた。ちなみにネットで。最近はネット予約という便利なものが増え、電話をしなくても電話番号と名前を打ち込めば予約完了という素晴らしい時代になった。この時代に生まれてよかったと思う。
「入れなかったら困るだろ?」
「そういう所がずるいんですよ、ばか」
ぼそっと言ったつもりなのか知らんが、聞こえてるから。急に悪口言うのやめてね? 意外と傷つくからね。許すけど。うん。
「佐伯様ですね、全席禁煙ですがよろしかったですか?」
「はい、構いません」
テーブルへと案内してもらい、席へと座る。
ここ最近の店は禁煙が多い。喫煙者には肩身が狭いが、流石に時代の流れに反抗したって、意味がないのでしょうがない。
電子たばこならOKという所もあるが、残念ながら葉巻派なので我慢するしかないのだ。
「先輩、何飲みます?」
「もちろんビール。蓮水は?」
「私もビールにしようかなぁ」
「お、珍しいな。いつもはかわいこちゃんみたいに、カシスオレンジじゃなかったか?」
「もうその必要はないみたいなんでいいです。今日はしこたま飲んでやりますからね」
「しこたまって今日日聞かねーぞ……」
とりあえず生ビールを二つとアヒージョ、シーザーサラダを頼んだ。
「こうやって蓮水とご飯来るのも久しぶりだな」
「ですね。二か月ぶりくらい」
蓮水から誘われることはよくあるが、俺から誘った事はないなとふと考える。それに彼女は俺以外の人をご飯に誘うことはない。
もしかして俺はお気に入りか?
後輩に好かれるのは悪くない気分。
「それにしてもお洒落だなあ。こんな所今まで来たことないわ」
「先輩は古びた居酒屋が似合ってますからね。今までもそういう所多かったですし。意外でした」
「意外とは失礼だな。今まで行った所もなかなかいい所だっただろうに」
「ああいう所は中々女の子だけでは行きづらいですし、何か嬉しかったです」
くしゃりと破顔させて笑った。
『お待たせしました。生ビールです』
ビールが運ばれてきたので、受け取って乾杯をした。
いつだって初めの一口は最高だ。
「ビールは美味いな」
「そうですか? 私はまだちょっと苦いのに慣れません」
ならいつも通りのカクテルにすればよかったじゃないか……。
乾杯も終えたことだし、早速話すとするか。
「あのさ、蓮水に話しておきたいことが事があるんだけど」
「嫌です、聞きたくありません」
「何で?」
「何となく分かってるから」
「祐介にも話したんだけど、あいつは話したら蓮水は喜ぶと言っていたんだけど。あいつの見当違いだったか?」
「それはどういう……」
「まあ俺もよくは分かってないんだけど、聞いてほしい」
蓮水は少し考えた上で首肯だけ返したので、それを受け取った俺はこれまであった出来事を一から話した。
「————とまあこんな感じだ。この前疑ってた時に素直に言えなくてすまなかった。勝手に言うのもどうなのかと思って言えなかった」
話している間、彼女は静かに聞いて、時折表情は変わっていたものの追及などはしてこなかった。あんだけ怪しんでいたから、もっと文句を言われるかと思ったが、どうやら見込み外れだったようだ。
「なんですかそれ。じゃあ私の早とちりだったって事……? 先輩は花宮先輩と付き合ってるんじゃないんですか」
「いや、付き合ってないわ……」
「私の涙を返してください!」
「涙……? なんで? 全然わからん……」
「何でもないです! 本当に恋愛感情はないんですか?」
「振られたばっかでそんな気持ちになるわけないだろ」
ないないと手を顔の横で振って否定する。
「よかった!!」
満面の笑みを見せ、ホッと胸を撫でおろす。
さっきまでの態度が180度変わって、喜びんでいる。マジサディスティック。あ、なんかこんなタイトルの歌作れそう。……それは丸の内だな。止めておこう。
「あのさお前も、祐介もさ、なんか怪しいんだよなぁ。付き合うって確信してるみたいに言うし、隠してることない?」
「ありますよそりゃ」
「怒らないから言ってみろ」
祐介と同じことを自然と口に出して、気付く。これ言っても意味ないやつ。
「しょうがないですね」
あれれ、おかいしいぞぉ。話してくれるのかなぁ?
深呼吸をして、カッと目を見開き、決心したのか「大事な事なのでちゃんと聞いてくださいね」と人差し指を立てて、ニヤリと笑った。
「私は……先輩が……」
「俺が……」
「好きなんです!!」
ビシッと指を差され声高らかに宣言された。
そして時間がスローモーションになっていく。
ガヤガヤとしている店が一気に静まり、周りはモノクロの世界に変わったようだ。
突然の告白。
思考が止まり、ショート寸前。
彼女が何かゆっくりと口を動かしているが、何を言っているのかは分からない。それ程に俺は困惑していた。
「先輩! ねえ! 先輩!! 聞いてますか!」
「……」
「せーんぱいっ!!」
ポコッと頭を叩かれ、現実に引き戻される。
無音から騒々しい場所にあてられて耳を塞いだ。
「何やってるんですか!」
「あぁ……ごめん。なんかうるさいと思って」
「今私の話聞いてました? 勇気振り絞って言ったのに、心此処に在らずって感じでしたけど」
「聞いてた。うん。ちゃんと聞いてた」
「ならいいですよ。これは告白じゃないんで! 返事はいりません!」
告白じゃないだ……と? 誰が見ても告白以外の何物でもないぞ……?
「じゃあ食べましょ!」
この話は終わりと言わんばかりにこれ以上は聞かないし、言わないからという意思でビールをごくごくと飲み始めた。食べるんじゃないのか……飲むのかよ。
*****
こうして俺は告白して、告白ではない、告白を受けて、今日という一日を締めくくった。
これからどう接したらいいんだ……。
今まで通りでいい?
そんなの無理に決まってる。意識してしまうものだろ。
いつだって男の子なのだから。
はぁぁぁっとやり場のない大きなため息を、玄関の前でしゃがみこんでついたのだった。
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