第5話:気持ちを知りたい。

 GWが明けて、いつも通りの毎日、週初めの月曜日になった。

 休みの一週間と仕事の一週間はなぜこんなにも、体感時間が違うのでしょう。毎回、長期休暇後は考えてしまいます。


 カタカタと頼まれている書類をパソコンに打ち込むためにキーボードを叩く。

 仕事をしながらも、呼ばれているわけでもなく、視界に入ってるわけでもなく、佐伯君の声がするとついついみてしまい、仕事が進まない。


「花宮先輩、さっきから先輩の声がするたび見すぎですよ?」


 ドキッとした。……私、そんなに見ていたのだろうか。

 蓮水さんはこういう所にとても敏感なので怖い。

 彼女の気持ちを知っている。蓮水さんは佐伯君の事が好きで、直接聞いたわけではないけれど。


 佐伯君と話している彼女は、乙女の顔をしている。こんなにも分かりやすいのに、彼は気付いていない。あまりにも鈍感なので苦労します。


「そんな事ないですよ。ただ、気になっただです」

「気になった? いつもは気にしていないのに?」


 怖いです。笑っているのに、目の奥底は淀んでいる。


「いえ、気になってないです」

「何ですか? そんなので誤魔化したつもりですか? ……あ、もしかして一緒に住んでて、好きになったとかじゃないですよね? 私が黙認してることをいい事に!」


「ちょ、ちょっと蓮水さん声が大きいですよ! バレてしまいます」


 やや興奮気味な彼女を宥めかせるが、まだ言いたいことがあるらしく話を続ける。


「言っておきますけど、私は先輩が好きなんです。正直、一緒に暮らしてるのなんか嫌に決まってます」

「そうですよね……悪いと思ってます」

「だけど、私は先輩にはもう好きと言いましたから!」


 ……えっ。何だろう、胸が痛い。


「それで何と言われたんですか?」


 これを聞いて私はどうするのだろう。佐伯君の答えを聞いて安心したいのかな……分からない。


「何にも……固まってました」

「ふふっ」

「何笑ってるんですか?」

「いえ、想像が出来てしまったので」


 キスした時もそうだったとは言えないので、隠しておく。私は卑怯ですね。彼女の気持ちを知っておきながら……最低です。


「とにかく私は負ける気はありません」

「大丈夫ですよ、私達はそんな関係じゃありませんので。蓮水さんの気持ちは前々から気付いています。横槍を入れるような真似はしません」

「そんなのどうなるか分からないじゃないですか。好きになったらどうするんですか? 気持ち押し殺すんですか? そんなの優しさじゃないですよ。それに軽く言わない方がいいです。もしそうなった場合、私はどう思いますか?」

「嘘つき……ですかね」

「正解です。だから私を慢心させるのはやめてください。花宮先輩は気付いてないだけです。もしかしたら状況がそうさせているだけかもしれませんけどね」


 私では分からない事を彼女は把握している。

 考えても、考えても、あの時の気持ちは、ただしていたかっただけと。彼から感じた温もりを感じていたかっただけでしかないの。それを好きとは言わない、私の勝手な初めてを良いように振舞っていただけなの、だから好きだとは言わないはず。


「恋は考えても分からないですよ。それだけは言っておきます」


 妙に見透かされた気がした。


 恋は考えても分からないか。


 じゃあ考えるのはやめよう。





****





 お昼休みになると、珍しく蓮水さんが一緒に食べようと誘ってきた。

 私はいつも公園で食べている。入社して初めて社員食堂でお弁当を頂くことにしたのですが……。

 彼女は先に行ってしまい、初めての場所にあたふたしていた。


「花宮先輩、ここです! ここ!」


 大きく手を振り、場所を教えてくれたのは良いが、そこには佐伯君と山田君もいるじゃないですか。

 4人で食べるなんて、少しばかり嫌な予感がします。


「お、お邪魔します」

「お疲れ様」

「花宮先輩と食べるの初めてっすね!」

「で、すね」


 仕事中に話していたことを思い出してしまい、なんだかぎこちなくなってしまった。


「さてさて、今日ここに皆さんをお呼びしたのは、ある一つの提案を話したかったのです」

「おい、蓮水。俺は必要なのか? 巻き込むのはやめろ」

「はいそこ黙ってー」


 即答され、山田君は顔を歪めた。彼は何か事情を知っていそうな感じが伝わってくる。

 とりあえず、お弁当を広げてご飯を一口食べながら蓮水さんの言葉に耳を傾ける事に。


「先輩を家に1週間ください」

「「「はい?」」」


 私を含め、3人が同時に疑問の声を上げた。この子は初めから隠す気もないのか。すごい勇気がいることを、平然と言ってのける所が私にはなくて羨ましい。

 その場で硬直した私達の中で、一番初めに声を上げたのは佐伯君だった。


「ちょちょちょっ! ちょっと待て! 全然意味が分からない!」

「そうですね、つまり私の家に1週間住んでくださいと言ってるのです」


 彼女が言う事は、私には到底理解しがたかった。山田君は「なんだ俺関係ないじゃん」とラーメンを啜って話から外れていく。スマホを触りながら食べるのは、行儀が悪いですよ。やめなさい。


「待てって! 俺の意思はないのか?」

「そうですか、やっぱりそう言う事なんですね……嘘つき……」


 しょんぼりとし、肩を落とした。


「あ、いや、そういう訳じゃあないんだ。ごめんな、蓮水の言ってることがいまいち分かりにくいんだよ。それをする意味は何だ?」


 ぱぁぁっと表情は明るくなり、仕方ないですねと一言置いてから話し始めた。


「私が言いたいのは、花宮先輩ばかりが先輩といる時間が長いので、私が入り込む隙間が少なくて、困るという事。一つ屋根の下で暮らしていたらそういう関係になるかの知れないという危惧です。ね? 住むなら私の家でも良かったんですよ? タイミングが重なったから仕方ないんですけど。このまま指を咥えて待つのは性に合わないんです」


 ラーメンを啜っていた山田君は、片耳に入れていたのか、途中ラーメンを吹き出していた。


「ちょっと考えさせてくれ」


 佐伯君はそう言うと、山田君に話しかけ始め、何やら相談している。

 その光景を眺めながら、弁当を頬張っていると、蓮水さんからトントンと肩を叩かれた。


「花宮先輩はどうですか?」


 耳打ちをするように、静かに二人には聞こえない声で尋ねてくる。

 そのまま後ろを向けと、口パクしながら親指を立てて指示。こくりと頷き、後ろへと身体を回した。


「どうもこうも正直わかんないです」

「これは花宮先輩の為でもあるんですよ? まだ気持ちがはっきりしていないんでしょ? 先輩がいなくなった代わりに、山田を花宮先輩の家に住まわせます。それで花宮先輩が何を思うか分かると考えております」


 私の気持ち……。佐伯君に対する気持ち。

 靄がかかって、はっきりとしない気持ちをこれで知ることが出来るなら——

 ……でも、この話に蓮水さんのメリットは何でしょう。私がもし、好きかそうでないかをはっきりさせ、もし好きと感じてしまったら、この提案が終了した時にはまた私と佐伯君は一つ屋根の下で暮らすことになるのに。それでいいのだろうか。


「蓮水さんは、もし気持ちに気付いた場合どうするんですか? いいんですかそれで」

「そりゃ、嫌ですよ。また不利になるだけですし。でも、ちゃんと戦いたいって感じですかね? 負ける気はありませんし、この1週間でやる事はやりますからね? この言葉を聞いて、拒否するならもう気持ちは固まってますよね?」

「いいですよ、やりましょう。私もハッキリさせたいですから。もし、好きだと分かっても、文句はなしでお願いしますよ。家賃があるんで」

「よし、じゃあ決まりです」


 どっちが先輩か分からなくなっちゃいますね。蓮水さんの背中はとても大きく感じて、気圧されてしまいます。それ程、佐伯君が好きなんだと伝わるくらいに。

 それにやる事とは何でしょう? 


 恋は時に、人を動かしすぎてしまう。怖いです。

 そして、正面を向き直した蓮水さんが「相談は終わりましたか?」と一言。


「決まるも何も、やるかやらないかは俺の独断で決めていいものなのか? ご飯の材料とかも既に買っているんだから。花宮さんも困るでしょ?」

「それは大丈夫です。花宮先輩の家には山田を1週間住まわせますから」


 ガッタンと机が揺れる。


「何その話!? 初耳なんだけど!!」

「今言ったんだから、当たり前じゃない。はい、おすわり」


 素直に座る山田君。可愛い。犬みたい。


「花宮さんはどうなの?」

「私は構いません。先ほど蓮水さんと相談の上で、合意です」


「「マジか!?」」


 目を飛び出させるほどに、驚く男2人組。


「え、花宮先輩、俺と一緒に暮らせるんっすか? 1週間ですよ? 逆にいいんですか?」

「いいですよ。佐伯君とも暮らせるんですから、問題ありません」

「じゃあ俺はいいっすよ。なんだか楽しそうだし、花宮先輩可愛いですし、ご飯美味しそうですし」


 私が食べている弁当と佐伯君の弁当を交互に見ながらそう言った。


「まあ……花宮さんが良いなら俺もいいよ。蓮水の気持ちもわからんでもないし」

「じゃあ決定ですね!! 急にはあれなんで、明日からにしましょう!」


「「「それは急すぎる!」」」


 何ですか? 団子3兄弟ですか? と謎のツッコミを入れてきた蓮水さんは、面白かった。それはまた意味が違うと思います……。言いたい事はわかるんですけどね。





****





 夜、家にて————



「今日は驚きましたね」

「本当ですよ。彼女にはいつも驚かされます」


 はぁっとため息をついて、佐伯君はソファーに腰を下ろす。

 私は2つのマグカップにコーヒーを淹れて、佐伯君の隣へ座った。


「それって告白の事ですか? はい、最後のコーヒーです」

「知ってるんですか、って別に最後じゃないですけどね?」

「冗談です」

「でもなんで、やってもいいって思ったんですか?」

「それは秘密です。私にも事情があるので」


 とてもじゃないけど、あなたが好きかそうじゃないかを知りたいからなんて口が裂けても言えないよ。


「私と居れない事は寂しいですか?」

「どうしたんですか、急に」

「何となく聞いてみました」

「分かりません、この生活に慣れてたので、少しくらい寂しい気持ちはあるのかもしれませんが、何とも」

「そうですか。私も同じような感じです」



 ただ、私が分かっている事は、間接キスしても、キスをしても、抱きついても、手を繋いでも、嫌じゃないという事くらい。


 またしたいとは……。


 まあ明日からの1週間で分かるはず。


 少しだけ。


 ————そう、ほんの少しだけ楽しみだ。








*******



 あとがき。


 こんばんは、えぐちです。


 本来ならば、明日更新の予定でしたが、明日はやりたい事があるので急遽更新しました。

 遅い時間ですいません。


 日々、沢山の方に読んでもらえる事を嬉しく思ってます。


 明日は寒いとの事なので、暖かくして寝て下さいね。

 では、あとがきはこの辺で。



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