第7話:雫はデレている。
「今日のご飯は何の予定だ? 俺も手伝うけど」
蓮水の家に辿り着いて、一息した頃。
彼女はせっせと着替えを済ませて、部屋着になりその上からエプロンをつけていた。
「何もしなくていいですよ? 私こう見えてもちゃんと自炊してるんですから!」
立派なお胸を張られると、目のやり場に困るので止めてください。
「でもなぁ、向こうではずっと手伝ってたし、やらないのもなんか気が引けるっていうか……」
花宮さんの家でのルールでは、自分で言った事はこなしているので、何もやらないのは逆に神経を使い、いいのかな? と思ってしまう。
「今は私の家に居るんです。花宮さんの事は一旦忘れてください。ここのルールに従ってもらいます! ちゃんと胃袋掴んでみますから!」
高らかに宣言する蓮水に俺は愛想笑いしかできなかった。積極過ぎる彼女に物怖じしてしまう。悪い意味ではなく、それに対して俺がちゃんとできるかという不安からだ。
「分かった。ならお言葉に甘えさせてもらう」
「じゃあ、先にシャワーでも浴びてきてください。そしたら余計なことは考えないで済むのではないですかね?」
「それもそうだな。そうさせてもらうわ」
立ち上がり、脱衣所へと向かった。
蓮水の家は、1LDKの小洒落たアパートで、コンクリートが打ちっぱなしにされている家。最近の若者には人気そうな、いわゆる映えそうな家といった感じだ。
どこを写真に撮っても、お洒落に見える。
このスライド式になっているスポットライトも、窓際においてある観葉植物も。一枚一枚、切り取るだけで、世は映え言う言葉を使うんだろう。
ちょっと待てよ……。
一体、この一週間俺は何処で寝るんだろうか。部屋は一つしかない。あ、リビングだ。リビングに布団を敷いて寝ればいいのか。他にもソファーという考えもある。よし、問題はないみたいだ。
脱衣所で、スーツを脱ぎ、洗濯籠にとりあえず掛ける。えっと、バスタオルは……ここかな?
ランドリーケースの一番上の引き出しを開けた。
「……」
うん。これは見なかったことにしよう、これはわざとではない。そもそもバスタオルのある場所を教えない蓮水が悪いのだ。
「せんぱーい、そう言えばぁ」
扉越しから聞こえる蓮水の可愛い声。
まずい、閉めないとっ!!
あぁ! こんちくしょう! 焦って閉まらない!
どんどんと近づいてくる足音に、余計に焦ってしまう。
くそっ! なんか引っかかってる!
扉に手が掛けられる音がした。
————終わった。
もう諦めよう。諦めた方が気が楽だ。変態の烙印を押されようとも、俺は構わない。だってこんなにもえっちい下着を一度にたくさん見れたのだから。人生に悔い無し。
ガラッと勢いよく開けられた扉に視線を移すと、蓮水の可愛らしい顔はみるみる赤くなっていく。
「先輩……」
「ありがとうございます」
あれ、俺何言ってるんだろう。病気かな?
「何がありがとうですか?」
「たくさんの下着を……」
これは病気ですね。
「あほな事言ってないで早く閉めてくださいよ!」
「なんか引っ掛かって閉まらなくなって」
「もう! ちょっとどいてください。それとあっち向いててくださいよ!」
背を返し、目を瞑る。
申し訳なさといやらしい気持ちが半々。ごめんなさいとありがとうを繰り返し頭の中で言い続けた。途中からありがとうしか言ってなかったのはここだけの秘密だ。
「もういいですよ。言わなかった私も悪いですし、今の事はお互いに忘れましょう」
「俺も悪かった。まさかここにあんなエ……いや、下着が入っているとは思わなかったから。ごめんな、ちゃんと聞くべきだった」
蓮水は訝しげな眼で見てくる。言い直したから許して……。
あんな色様々な下着が入ってる光景を目の当たりにして、忘れれるわけないだろう。多色豊富。こんな四字熟語が完成するくらいだ。見なかったことはできない。だって……男の子だもんっ。と開き直ってみたり。
こうして考えてみると、むこうではこんなラッキースケベはなかったな。いや、見たいとかじゃなくて、花宮さんは徹底してたんだなぁと思っただけだから。
彼女はもっと他に徹底するべき事柄は沢山ある気がするがね。
「忘れてくださいね!」
「分かった分かった、忘れる。はい、もう忘れた」
「それはそれでなんかむかつきます。なんか私に魅力がないみたいじゃないですか!」
知らんわ。じゃあどうしろと言うんだよ。
「安心してくれ。蓮水は魅力的だ。可愛いしな」
「なっ! 今回はこの辺にしておいてあげます! じゃあゆっくりとシャワーでも浴びてきてくださいっ!」
ぴしゃんっと扉を閉めて出て行った。照れてるなあれは。
一時はどうなるかと思ったが、とりあえず変態の烙印は押されなかったので、良かった。
そして服を脱いで、風呂へと入った。
*****
先輩に恥ずかしいもの見せてしまった。それに大きい声で怒っちゃった。
大丈夫かな……。先輩に嫌われてしまったかな……。
不安が頭によぎる。
心配だけど、過ぎたことを気にしたって仕方がない。がんばれ雫! 気持ちを切り替えていこう!
よぉーし作るぞぉ! 「えいえい、おー!」 口に出さないつもりが、出てしまった。でも聞こえてないから大丈夫。
「まずはパスタを二人前分茹でてっと」
今日作るのは、ほうれん草とベーコンのクリームパスタ。昨日急いでスーパーで材料を買ってきたのだ。ふふんっ、私はこれで先輩の胃袋を掴むのです!
他にもサラダと先輩はビールを飲むので、少しばかりのおつまみも用意した。準備に抜かりはありません。
冷蔵庫から生クリーム、ほうれん草、ベーコンを取り出してキッチンへと並べる。
フライパン、鍋も取り出し、ガスコンロの上に置き、鍋には水を、フライパンには、オリーブオイルを入れる。
ベーコンを炒め、いい感じに焼き目が付いたらほうれん草を入れる。塩、コショウを振りかけ、ササッと炒め、すぐ火を止める。
「よし、ここまでは順調」
鍋に入ってる水が沸騰したら、多めに塩を入れる。これは意外と知られていない。塩は多く入れることで、麺の周りがもちもちで中心には芯が残る。かっこいい言い方をすればアルデンテだ。
パスタの袋の表示では7分となっているので、タイマーを掛けて茹であがるまで待つ。
その間にクリームとほうれん草たちを混ぜ合わせていく。
フライパンに生クリームを入れて、ひと煮立ち。
少しかき混ぜ、ブクブクと泡立ってきたらすぐ火を止める。
あとはパスタが茹で上がるのを待つだけ。
意外と簡単に出来るのだ。私の要領がいいだけかもしれないけど。ふふんっだ。
「先輩の口に合うといいんだけどなぁ」
こうして、人に料理を振舞うのはいつぶりだろうか。3年? 4年? 前の彼氏の時以来かな? って私、こんなにも長い間彼氏いなかったのか。
会社に入って、気が付けば先輩に惚れてしまっていた。その当時は彼女がいた優しすぎる先輩にアタックしても、こっちには見向きもせず、ただの後輩で。だから、徹底した。ただの後輩を。
でもやっとチャンスが来た。
花宮先輩という邪魔者が入ってしまったけど、私は彼女に譲るつもりはない。あの人は多分もう気が付いている。自分が先輩の事が好きだと。
1日もかからないと思っている。寧ろ山田がそうさせる気がした。
だからと言って、彼女には負けない。これから不利になったとしても、この1週間で何とか私をもっと見てもらえるように。
最終日には、デートをしてもらう。そこが私の勝負所。
——絶対に、負けない。
ピピッピピッ。
タイマーが鳴り、鍋の火を止め、ざるに麺を移し替えて鍋のゆで汁を少しだけ残しフライパンにいれる。
コンソメ顆粒を加えて、パスタもフライパンに入れて絡めたら完成。
「できた!」
仕上げに少々粉チーズとブラックペッパーかければ、映えも間違いなし!
「お先でしたー。お、めっちゃいい匂いする」
タイミングよく先輩も出てきた。
「先輩ビール飲みますか?」
「お、あるのか?」
「先輩の為に買ってきておきました」
「分かってるぅ」
「今日はどうせなんで、テレビでも見ながら食べましょ。リビングのテーブルで」
ってのは、口実で。ただ隣に座って食べたいからですけどね。
「はいよ」
冷蔵庫からビールと枝豆を取り出して、テーブルに出すと先輩は驚いたような顔をした。
「おつまみ!? 蓮水、お前ってやつは……さてはできる子だな!?」
「そんなに褒めても何も出ませんよ?」
内心はすごく嬉しい。心の中の私は神輿で担ぎ上げられているくらい嬉しい。
そんな一言だけでも、歓喜に酔ってしまうくらいだ。
「さあさあ、食べましょう」
パスタを机に運び、サラダも机に並べて、念願の先輩の隣に座る。
「蓮水、妙に近い気がするのは俺だけか?」
「はい! 先輩だけです。それと私の事は今日から雫と呼ぶように! ですよ?」
「いや、そんな急には呼べんだろ」
「先輩なら呼べますって、食べる前に、ほら、呼んでください」
喉を鳴らし、深呼吸した。
「今日からよろしく。ご飯もありがとう、雫」
きゅあーーーー。いや、きゃーーーー。好きーー!!
だめ、破壊力が高すぎる……心臓に悪い……。
だけど、もっともっと呼んでほしいと欲が出ちゃう。
ゆるむ頬を我慢しながら、
「はい、これからよろしくお願いします。せんぱいっ」
「自分はそのままかよ……」
はぁ、幸せぇ……でへへへ……。
「じゃ、食べましょう」
「「いただきます!」」
——————
あとがき。
どうもこんばんは、えぐちです。
最近は寒いですね。外に出るのが嫌になるくらいです。
さてさて、今回は宣伝を。
新作を投稿しました。よければこちらの方も。
ゆっくりですが、投稿していきますよ!
タイトル:『僕に恋はできない』
URL貼っておきます。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894109421
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます