第8話:昼食に向かうのにも一苦労。

 仕事中、スマホに一通の通知が届く。

 差出人は花宮さんからだった。

 通知ボタンを押して、アプリを開いた。


『すいません。すっかり弁当を渡すのを忘れていました。どうしましょう、渡すタイミングが……』


 しまった。俺もすっかり忘れていた。いつも社食を食べているから、今この連絡が届くまで気付かなかった。

 とりあえず返信する。


『タイミングないですよね。花宮さんはいつもどこでお昼食べてますか?』


 送信して、画面を眺めていると直ぐに既読が付いた。


『近くの公園で食べてます。このままじゃ渡すタイミングもないので、佐伯君が良ければ一緒にどうですか?』


 この辺にある公園か。どこにあるか知らんな。でも……会社で弁当を受け取るわけにもいかないし、一緒に公園で食べるのが一番手頃で、バレなくて手っ取り早いか。


『ではご一緒させて頂きます。でも場所が分からないので、会社の近くのコンビニで待っててもらえませんか?』


 送信っと。

 机にスマホの背面を上に向けて置く。

 いつも昼食は隣に座っている祐介と食べているので、こっちにも伝えておかないとな。


「祐介、今日の昼休み俺外出るから」

「了解っす」


 なんとまあ、話が早い。心此処に在らずという感じで、適当な返事をして二言で会話終了。

 良かった。変に勘繰られてもめんどくさいだけなので、一安心。

 ……するとスマホが振動し、連絡が来たことを教えてくれる。

 スマホを開いて、内容を確認。


『分かりました。コンビニの中で待ってますね』


 周りにばれないように配慮する花宮さん素敵すぎる。それなのになんで彼氏いないんだろう……不思議だ。


 彼氏がいたら普通家に男を同居なんてさせないからな。……よって、いないと断言できる。こんなにも素敵な人なのに、何故なんだろう。

 ってそんな事を俺が考えてたって何の意味もないな。

 あと一時間で昼だ。仕事頑張ろう。



****




 昼休憩になり、仕事を一旦切り上げオフィスを出て、先を急ぐ。

 オフィスを出る時にチラッと花宮さんのデスクを見ると、既に出ているみたいだった。その後すぐに『会社から一番近いコンビニの中に居ますので』と連絡が届いた。


 別に悪いことをしているわけではないが、こそこそとこうやって行動していると悪い事をしている背徳感に襲われる。秘密とは何だかむず痒い。

 これからもずっと周りに隠して過ごしていくのは精神的に結構辛そう。いずれボロが出てしまいそうと不安に駆られてしまう。


 だが、自分達で決めたことだし、これからも細心の注意を払いながら過ごしていく他ない。精神などすり減らしてでも絶対に隠し通して見せる。


 エレベーターのボタンを押し、上がってくる表示をぼーっとしながら眺めていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。


「蓮水か、どした?」

「せんぱーい、一緒にお昼食べませんか?」


 なんとタイミングが悪い。

 今日の朝といい、こいつは要注意人物リストに載ったばかりだというのに、早速見つかってしまった。


「……悪いけど今日は外に出るんだよね。だからまた今度でいいかな?」


 やんわりと、優しく笑顔で答えてみることにした。

 しかし、彼女には効果はいまいちの様だった。


「へぇー。どこ行くんですかぁ? 先輩って、いつも社食でしたよねぇ?」


 じとーっと効果音が出てしまいそうなくらいに、怪しげな瞳で見てくる。

めっちゃ怖いっ! 怖すぎるっ!

何か言い訳をと思考を巡らせる。……こういう時何にも出てこないんだよなぁ。


「たまには気分を変えて、一人で外に出たくなる時だってあるさ。こんな日があったっていいとは思わないか? 自分の時間は大事にしないと。な?」

「気持ちはわかりますけど、独り身になったなら帰ればいつでも一人の時間じゃないですか?」


 地味にひどいこと言ってくるなこいつ。

 一筋縄ではいかんぞ。この場から立ち去らしてはやらんぞという圧が伝わってくる。


「家ではそうだけど、やっぱりストレスとかが溜まるのは会社だろ? だから今が一番いいんだよ。一人になって落ち着いて、何も考えなくていい時間って大切だと思わんかね?」

「うーん、確かに一理ありますけど……でもやっぱり怪しいんだよなぁ。花宮先輩もどこか気になりますし、先輩から漂う花宮先輩の香りも気になるんですよねぇ。ね?」


 ひゃーーーー怖いっ! だけど、負けるな! がんばれ俺!


「仮に俺が花宮さんとなんかあったら困るの? そんな事気にしたって蓮水には関係なくないか?」


 俺の言葉を聞いた彼女は肩がぴくっと跳ね、むっと頬が膨れる。そしてプルプルと震え始めた。


「あります! めっちゃありますよ!」


 彼女がそう言った矢先、エレベーターがピンポーンと鳴り、到着したことを教えてくれる。


 完璧! 感謝! タイミングが素晴らしすぎる。このままだとなんか怒り出しそうなので、そそくさとエレベーターに乗りこんだ。

 すると、何故か上の階に食堂があるのにも関わらず蓮水も乗り込んで来た。


「おい、食堂は上だぞ。これは下に行くぞ」

「いいんです。話はまだ終わってません!」

「もう明日聞くから、ご飯行くんだろ? そん時にたっぷり聞いてやるから」


 肩を掴み、くるりと反転させ外に出そうとするが必死の抵抗。身体をのけ反らせて「嫌です!」と言いながら体重をこちら側にかけてくる。


 華奢だし、身長も大きくないし、軽いし、無駄な抵抗だ。だけども少しこんな彼女を可愛いと思ってしまう。

ブンブンと頭を振り、邪念を消す。


「頼むから明日にしてくれ」


 エレベーターの外に何とか出して、再び一人で乗り込んだ。


「むーっ! 怪しいです! ばか! 鈍感!」


 なぜ俺は罵声を浴びせられないといかんのだ。それに鈍感ってなんだよ。何の話か全くもって分からんぞ。……お、これが鈍感ってやつか! 鈍感です!


「鈍感で悪いな」

 閉まるボタンを押し、『ドアが閉まります』とエレベーターが喋り、閉まっていく。


「明日、絶対ですからね! 約束ですからね! 今回は————」


 そこまでで扉は閉まり、言葉も途切れた。

 最後になんて言ったのかは聞こえなかったが、なんとか振り切る事ができた。

 ……というか急になんだよ。今日の彼女はおかしい。いつもと違いすぎるし、お昼食べた事なんて一度もないのに。


「最近の若者はよくわからんな……」


 一人エレベーターの中で、ぽつりと言葉を呟いた。

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