第13話:その気持ちに正しく、真っ直ぐに。
あーあ……やっちゃった……。
まさかモニターに映るなんて予想外だよ……。
ぽつんと一人残された私。
別に見せつけるつもりなんてこれっぽっちもなかった。
その場から動くことが出来ず、ただ俯いて座って自分の足を見ている。
そんな中でもイルカショーは続いていた。
明るい居場所に、元気が出る場所に、楽しませてくれるのにも関わらず、私だけその場に不釣り合いな感情でいた。
悔しい……悔しい悔しいっ! ……んぐっ……ううぅ……
涙は止まる事を知らないみたいに、あふれ出してとまらない。滴り落ちる涙は自分のズボンを濡らしていき、滲んだ場所はどんどんと広がって行く。
先輩はイルカショーを見に来てから、ずっと花宮先輩の方を見ていた。私は気付いていた。
だから——キスをしてやった。むかついたから。
こっちを見てほしくて、もっと見てほしくて。ただの自己欲求の押し付けだった。
でもその欲が失敗だったのは言うまでもない。
——私は選んでもらえなかった。
——振られたと思えばいいのか。
ちゃんと告白をしていない事が一番悔しい。
負けるならちゃんと振って欲しかった。嫌だけど、そうして欲しかった。先輩の口から言ってほしかった。
……なのに、それすらもしてもらえなくて。
「蓮水、ごめん……」
その声に釣られ、顔を上げると先輩が戻ってきていた。
「隣、いいか? 座っても」
「はい……」
なんで? なんでもう戻ってきたの?
私より花宮先輩じゃなかったの?
————なんで?
「何しに戻って来たんですか……」
「祐介にめっちゃ怒られちゃった。……あいつ、しっかりしてるわ。俺が少し情けなく感じちゃうよ。言われないと気づかないなんてね」
「よくわかんないです」
困った顔をしながら先輩は笑った。
「何もかも、あいつのおかげ」
その真っ直ぐに見られた瞳には、決意がハッキリとしていた。
この時に察したのだ。
————私、今から振られる。
「待って……ください。私から言わせてください……これは言うのと言われるのは違うので……」
「うん、わかった」
ぎゅっと拳をにぎりしめ、覚悟を決める。
顔を上げて、涙を拭って、目を閉じた。
そして大きく深呼吸して、目を開く。
——これで終わり。私の恋はこれで終わるのだ。
「せっ、先輩なんて嫌いです。花宮先輩の事ばっかり見て、変に期待させるような事ばっかりして。……だから、そんな……先輩なんて……こっちからお断りです……」
「え?」
——これでいいの。
——先輩なんて大っ嫌い。
————大好き。
「え? じゃないです。今、先輩は振られたんです。こんな可愛い後輩に愛想をつかされたんです。可哀想に……」
「えぇ……なんでそうなるの……」
「なんでもなにも、考えたらわかるでしょ?」
下手くそな笑顔を向けると、「そうだな」と一言呟いて、言葉を続けた。
「俺は花宮さんが好きだ。だから、蓮水の気持ちに答えられない」
「知ってますよ。でも……まだ行かせませんよ……」
「あぁ分かってる。今日は雫とのデートだからな。あっちは任せてあるから」
山田のバカ。
変な気を使わないでよね。
————だけど、今日はありがとう祐介。
******
現実を突きつけられた。そんな瞬間だった。
私はあの時、どんな顔をしていただろうか。
そもそも気にしすぎなのかもしれない。振られた私には関係のない話で、佐伯君が誰と付き合おうと、キスしようと彼の自由だ。
だけど、好きでいることは辛いと知った。
自由。
その反面、現実は厳しい。
好きでいることは確かに自由かもしれない。
だから、あの光景が目に焼き付いて、剥がれそうにもなかった。
車に揺られ、途方もなく窓の外の流れゆく景色を見ていた。
隣に座っている山田君だって、心証は穏やかではないだろう。
でも、彼は私を追いかけてきた。本当は来たくないはずなのに。彼だって辛いはずなのに、私を気に掛けて……。
私にはできない、彼の様には行動できない。
もう、私に選択肢は一つしかないのだ。
一緒には暮らせない。
これ以外の選択肢を取る事が出来そうにもなく、これはルール違反でもある。
破ったから破綻。私達は終わり。
そんな事を考えていると、今まで喋らなかった山田君が口を開いた。
「花宮先輩、僕が言える立場じゃないですけど、まだ何も始まってないですよ」
「……そうだね。始まってすらなかったね……」
私の一人相撲だった。
呆れちゃう。一人で勝手に盛り上がって、一人で落ち込んで。
「そういう意味じゃないんですけど……僕は言いましたよね。アクションがあるって」
「もうありましたよね……いじわるですよ……」
「いや、そうじゃなくて……」
困った顔を浮かべ、ふぅーっと息を吐いた。
「花宮先輩が家を出る理由なんてのは、どこにもありませんよ。だからもう一度考え直してほしいです」
「あんなアクションを見せつけられて、私が出る理由しかないじゃないですか? もう無理ですよ」
「本人の口から真実も聞かずに、逃げていいんですか? 後悔しませんか? って僕が言えることじゃないんですけど……来させなかった張本人ですから……」
「来させなかった?」
彼が何を言っているのか、よく分からなかった。
「——僕は……卑怯な人間です。これを言うつもりなかったんですけど、言わないと納得してもらえなさそうなんで、聞いてください」
「分かりました。聞かせてください」
なんの話か全く持って想像が出来ないのが、少し怖いけど聞くほかない。
「本来は佐伯先輩がここに来るべきでした。でも、僕がそうさせませんでした。佐伯先輩は走り去って行く花宮先輩を追いかけたんです。
……だけどさせなかった。阻んだのは僕です。
蓮水が好きだから、彼女の気持ちを考えたら、ここに来るべきじゃないと思ったんです。
いつだって優先するのは、あいつの気持ちなんです。手に取るようにわかるから。好きだから。
僕が今の彼女の隣にいるべき人間じゃない。それは終わってからなんですよ。
——ね? 卑怯でしょ? 僕は結果を知っていて、そうさせてるんですから。
正直、月曜日が怖いですよ。佐伯先輩に向かって生意気言っちゃったんで」
……そうなんだ。佐伯君は私を追いかけてきたんだ。
ありがとう山田君。
今の私じゃ、佐伯君とはまともに話せなかった。
来られても何も信じられないし、信じない。多分、何を言っても言い訳にしか聞こえないから、彼の言葉が響くこともない。
泣いてる所を見られたくないし、それに託けて優しい彼に甘えちゃうかもしれないから。
——だから、ありがとう。
「今いるのが山田君でよかった気がする。見た光景は現実だから変えようもない事実で、なかった事に出来ないと思う。それを上手く飲み込むことが出来るかは分かりませんが、佐伯君の本意ではなかったって事でいいんでしょうかね」
「そうです。僕は見てましたから」
「ちゃんと話せますかね、私……少し心配です。どこかで逃げてしまいそうなんで」
「逃げないですよ。花宮先輩は佐伯先輩が好きなんですから」
とりあえず落ち着かない事には、どうしようもない。
私が私であるために。
そうこう会話をしているうちに、家へとたどり着いた。
家に入り、ソファーに倒れ込んだ。
日は沈み始め、リビングは茜色に染まっており、そんな時間帯になっている事を教えてくれる。
もう今日は何もしたくないなぁ……。
「おぉ、花宮先輩のイメージが変わった!」
「私だってこのくらいします!」
足をバタつかせ、体で反抗する。
山田君は私の行動を見て、笑った。
どんな顔をして笑っているかは分からないけれど、声を聞く限り、愉快だ。
ひとしきり笑った後、カチャカチャと台所で何かをし始めた。
「コーヒー飲みませんか?」
「飲みたいです」
「作るんで、そのまま待っててください」
「ふぁーい」
間抜けな声で返事をし、再び顔を埋める。
佐伯君は……追いかけてきたという事は、私の事が………何でもないです!
でも山田君のニュアンスでは、そうだった。
ちゃんと面と向かって話せるかな……。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
ほんのりと湯気が立つマグカップを起き上がって、受け取った。
「知ってますか? コーヒーにはリラックス効果があるらしいですよ。今の僕たちにぴったりだと思いせんか?」
「コーヒーアロマってやつですね。知っていますよ。……やっぱり山田君も辛いですよね」
少し冷ましながら、口へ運んだ。
いい匂いが鼻に通って行く。コーヒーの香りは落ち着くなぁ。
「そうですね。流石の僕もあれは驚きました。でも辛いというか、羨ましいって言った方が近いかもしれないです。
キスって好きな人じゃなければ、できないですよね。僕が今花宮先輩とキスしろって言われても出来ないですもん。
蓮水ならしたいけどって。
だから僕はそれだけ想われている佐伯先輩が羨ましいです。嫉妬してます」
「好きな人じゃなければ……? 私……もしかしてあの時から……? 嘘……気付いてなかっただけ……」
あの日のキスは、ただ誤魔化すだけの為だった。だが、あの時も今も、嫌じゃない。寧ろ、したい。佐伯君なら初めてでもいいと思っていた。結局したんだけど。……そうか、私はあの頃から好きだったんだ。
「花宮先輩……佐伯先輩とキスしたんですか?」
「へっ!? な、ななんの事でしゅかんうぇ!?」
「ははっ、テンパりすぎですよ。したんですね。罪な男だなぁ。うらやましい限りですわ」
無意識に口に出てしまっていたようだ……。
確かにしました。
罪な女の間違いです。私からしたんですから。
「でも蓮水さんに上書きされちゃいました」
「その上からまた上書きすればいいじゃないっすか?」
けらけらと笑いながら言う山田君に少し驚いた。
……そっか! また上書きしちゃえばいいんだ! って、そんな事出来るかいな!
心の中でノリツッコミをして、一つ冷静になるためにコーヒーを飲んだ。
気が付けば、さっきまでの暗い気持ちがなくなり、ノリツッコミでさえできるようになってしまっていた。
「だからちゃんと自分の気持ちと佐伯先輩の気持ちと向き合ってください。あとは二人が決める事なんで」
「迷惑かけてばかりでごめんなさい。山田君だって本当は蓮水さんの元に行きたいのに」
「その辺は大丈夫です。僕は卑怯者なんで、布石は打ってあります。可能性はめっちゃ低いですけ————」
そこまで言った所で、山田君の携帯が音を鳴らした。
「低い可能性に勝ったみたいです」
嬉しそうに、画面を見せてくれた。
着信表示されていたのは『蓮水雫』だった。
「切られちゃいますよ?」
「そうですね。出てきます」
「いってらっしゃい」
背中を見るだけで、嬉しいのが伝わってくる。
——でも、その電話が終わった事と伝えている。
蓮水さんからの電話。
多分その隣にもう佐伯君はいない。
——そして、私の携帯が音を鳴らした。
*****
『——もしもし』
「もしもし。佐伯です」
『……どうしましたか?』
「あの、話したいことがあります」
『はい』
「もう少しで着くので、直接話したいです」
『わかりました……じゃあまた後で』
「はい、また」
車内に響いていた花宮さんの声は、微かに震えていた。
俺と会うのが、嫌なのかもしれないと思ってしまう。
だけど、伝えないと。
顔を見て、しっかりと伝えなくちゃいけない言葉を。
——バチンッ
自分の頬を叩き、頑張れと言い聞かせる。
「スキデス、ボクトツキアッテクダサイ」
運転しながらも、練習をする。
自分でやってて、すごく気持ちがわるい。
こんなんで大丈夫かよ……。
距離が縮まる毎に、心拍数も上がってゆく。
落ちかけの夕日に目を細めながらも、しっかりと前だけをみて。
*****
『——もしもし』
「はい」
『振られちゃったよ……』
「うん」
『山田のくせに……変な……ぐすっ……気使いやがってぇ……ばかぁ……』
「行くよ」
『……うん……んぐっ……』
「ごめんな……」
『……なんで……謝るの……うぅっ……ばかぁ……』
「すぐ行く」
電話を切って、家を飛び出した。
——嬉しい反面、申し訳ない。
俺のせいだ。
俺は卑怯な男だ。
これでよかったなんて思わない。思っちゃいけない。
だから今、俺に出来る事をするしかない。
それを出来るかなんて、自分自身が一番分からないけれど。
とにかく急いで蓮水の家へと向かった。
******
玄関の鍵を回す。
この鍵を回すのに、大分時間がかかった。
時間にして五分。
自分の家でもあるのだけど、久しぶりの家に緊張していた。
「お、お邪魔しま~す」
小さな声で、家の中へと入った。
玄関には靴が一足しかなく、祐介はいないようだ。もしくは俺達の為に、出て行ってくれたのかもしれない。
靴を脱ぎ、リビングへと続く廊下を歩き、扉を開けた。
「暗っ!」
電気がついておらず、真っ暗だった。
「おかえりなさい」
いや、怖いわ! どこから声がした!?
「た、ただいま……花宮さん? どこです?」
電気のボタンを手探りで探していると、ぽすっと背中から包み込まれれた。
「このままで……聞いてください」
「あ、はい……」
自分の心音が高まって、何時しかの様にがっちりホールドされているので、聞こえてしまうんじゃないかと不安になる。
「私、佐伯君が好きです。好きなんです。こんなの初めてで、どうしたらいいか分からない事だらけで、気持ちの整理もつかなくて、でもそれでも、好きな気持ちは変わらなくて……」
「————俺も好きなんです。花宮さんが好きなんです。だからあなたに会いに来ました。あの時から気付いていれば、良かったのに」
「でも昨日私は振られました……」
「それ花宮さんの勘違いです。俺が言ったのは『今は』です。だから勘違いです……」
「え……じゃあ私は勝手に……山田君が私にずっと言ってたのって……この事……?」
「そうですね。どう言ってたかは知りませんけど、直接は言えなかったんじゃないですか? 俺が言う必要があると思ったから」
どこまでも世話焼きな後輩だ。それに助けられているんだけど。
「……何それ……言ってくれればいいのに……山田君は意地悪です……」
「優しさですよ。もう電気つけますよ?」
手を伸ばし、ボタンを押す。
部屋は明るくなり、抱きしられている手をゆっくりと解いて、正面に向き直した。
「花宮さん、改めて言わせてもらっていいですか?」
「な、何ですか……?」
「俺は花宮さんが好きです。だから結婚を前提に俺と付き合ってくれませんか?」
「結婚!?」
あわあわと口をぱくぱくさせて、言葉が出てこない。
まるで、水族館にいる魚みたいに。
「急ぎすぎましたかね? でも、これが俺の気持ちです」
「急ぎすぎです」
「まじか!?」
「嘘です! こちらこそよろしくお願いしますっ!!」
つま先を立たせ、背伸びをした花宮さんは、そのまま俺の唇に口づけをした。
柔らかく、そして暖かく。
一回ではなく、——何度も何度も俺達はキスを交わした。
唇は離れ、余韻だけが残った。
そして、花宮さんは言い放ったのだ。
「キスの上書きですっ!」
——この人は大胆だ。と改めて思った。
こうして紆余曲折あったが、無事に俺達は交際を始める事になった。
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