第3章:花宮さんと同棲!
第1話:花宮さん、そのギャップは反則です。
「七葉、そろそろ起きないと……」
「うぅ~ん……もう少しだけ……」
ぼそりと布団の中で呟いて、体を寄せ、腕の中にすっぽりと入ってくる。そして足を絡ませてきた。
起きる気なし……だな。すやすやと寝息を立て始めてしまった。
まあ可愛いし、甘えん坊なこんな彼女を見れるのは自分だけの特権なので、もう少しだけ寝かしといてやるか。
肌と肌が触れ合って、朝からいやらしい気持ちになってしまうが、これは仕方がない。生理現象なので、許してね。と、言っても寝ている彼女には、通じないのだけども。
差し込む日差しに照らされた部屋をみて、鈍った頭を覚ます。
——付き合って一ヶ月が経った。
月日が経つのは早いもので。楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので、今、自分が幸せだと実感する。
もう6月の2週目。そう、人間の敵の月だ。
なぜならば、祝日が存在しないから。ただそれだけ。
俺達の同棲生活は、仮から本物へと変わり、関係は会社の同期から恋人へと変わった。
ついこの間、ここに住み始めたばかりなのに、あの頃の俺はこんな未来になるとは想像もしていなかったな。
恋は唐突に始まる。
まさにその通りだった。
でも生活自体はそこまで変わっていない。
以前のままで、お互いがお互いの為に助け合って過ごしている。
強いて変わった事を言うならば、洗濯を一緒に洗うようになったのと、まあ一緒に寝るようになったので、大きめのベットを買った事、そして寝室が一緒になった事くらいだろうか。
洗濯は下着とかもあるから、別々にしていたのだが、「もう付き合ってるんですから一緒でもいいです」と一言。それに俺は「あ、はい」しか言えなかった。
そしてベッドは、一緒に家具屋さんを周り、大きめのクイーンサイズのベッドを買って、1週間前くらいに届いたという感じだ。
まあこうなるに至った経緯がちゃんとあって……。
付き合ってから、2日……3日だったか? そのあたりで経緯に至るきっかけがあった。
*****
夜は前と変わらず、別々の自室で寝ていた。
部屋に入り、携帯を充電器につなげ、寝る前のネットサーフィンをしていたのだが、5分経ったくらいに部屋の扉をノックされたのだ。
扉を開けると、大きな枕を持った花宮さんが口元を隠しながらもじもじと立っていた。
Tシャツに、ショーパンを穿いて、すらっとした脚がくねくねと。
「どうしました?」
「あの……その……えっと……」
「何か言い忘れた事でもありました?」
「いや……特に……いや、あの……」
しどろもどろで、顔も赤くなっていて、遂には顔を丸ごと枕で隠してしまった。
……はて? 彼女は何がしたいのだろうかと頭にはてなマークを浮かべていると、枕越しに何かを呟いた。
「……たいです」
鯛? 鯛の真似? 全然似てないし、てんで分からない。
「鯛がどうしました?」
俺の質問が気になったのか、段々と枕は下がって行き、再び目元が登場。だけど視線はこちらではなく、下を見ていた。
「……一緒に寝たいです……」
え、可愛いんですけどぉ……
会社では絶対見られない格好で、足を交互に乗せては降ろしてを繰り返し、体は落ち着かないのか揺れている。
可愛いんですけどぉ……
「だめ……?」
少し涙目になりながらも、上目遣いで。
あざとく、でもそれをわざとやっている訳でもなく。
……何この人めっちゃ可愛いんですけどぉ……
と、思うが、それと同時に意地悪したくなってしまった。
「え~、どうしよっかなぁ」
「えっ?」
それを聞いた花宮さんはぶわぁっと涙が溢れて、今にも零れてしまいそうなほどに瞳に涙を溜め、物悲しそうな顔をした。
この一言でこんなになるとは……なんか意地悪してごめんね?
「ごめん、冗談だよ? 一緒に寝よっか?」
そう言ってあげると、先ほどの泣きそうな顔から一変。ぱぁぁぁっと明るくなり、溜まっていた涙を流して、ニカッと笑った。あ、やっと顔出したな。
そんな彼女の周りにはぽわぽわと花が咲き、なんかとにかく一緒に寝れる事が嬉しいのが分かった。
エスコートするように部屋へと招き入れる。
「どうぞ、簡素な部屋ですけど。それと俺布団ですけどいいですか?」
「はっ、はい。おっ、お邪魔しましゅ」
ぺこりと噛みながら、また口元を枕で隠して一礼をした。
「緊張しました……」
「そんなに一緒に寝たかったんですか?」
「はい……だって、好きですから……」
何この人、世界一可愛いんですけどぉ……
*****
————こうして俺達は一緒に寝るようになり、このベッドを買うまで月曜は七葉が俺の部屋に、火曜は俺が七葉の部屋へと交互に行くようになっていったのだ。
それで一緒に寝るならと、大きめのベッドを買ったというわけ。
これまで色々な顔を見てきたが、付き合ってからの七葉は特に新鮮で、とにかく可愛くて最高に幸せだ。
こんな寝顔誰にも見せられない。見せたくない。
「七葉……起きよ?」
腕の中で身を寄せている彼女の頬をぷにぷにと触ると、「いやぁ」と言いながら、腕を絡めて俺すら起き上がれない状態にがっしりと抱きつかれてしまう。
仕事している時とプライベートでこんなにも変わるのかと……ギャップに時々、ドキドキ。
「そんな事しても、起きないと遅刻するよー」
「う~ん、柊はいじわるです……」
いじわるも何も、俺は普通の事しか言ってないんだけど。これまでのあなたはもっとしっかりして、朝早くから弁当も作ってたじゃないかい。
一緒に居たいのは俺だってそうだけど、それはそれ。
「じゃあ、起きない七葉に愛想を尽かしてもいいのかな?」
「オキマシタ!」
何故、片言なのか分からないけれど、ガバッと勢いよく起き上がって、スタスタと部屋を出て行った。
単純で扱いやすい人だな……。
「さあ俺も起きるかぁ~」
くわぁぁ~っと身体を伸ばし、大きなあくびをする。
「ふぅー」
立ち上がり、部屋を出た。
自室に戻って、綺麗にアイロンがけされたシャツを着て、ジャケットを持ち、ネクタイだけは締めずに1階へ降りると、みそ汁のいい匂いが漂ってくる。
彼女はいつも前の日の夜にみそ汁とご飯の準備をしてから寝るので、朝ご飯はあっという間に完成する。
「七葉~おはよ~」
「おはよう。もうできるから」
さっき起きて、着替えも終わっており、あとは化粧をするだけの状態になっているのが、いつもすごいと思う。
プラスアルファもうご飯が完成するんだぞ? どんだけ要領がいいんだよ。
「はーい」
冷蔵庫を開けて、水を取り出しコップに注ぐ。もちろん2つ。
テーブルへ移動し、敷かれているランチョンマットの上に置いた。
そして、炊飯器を開けて、茶碗に米をよそう。
「七葉はご飯どれくらい食べる? こんなもん?」
茶碗を傾け、見えるように見せる。
「うーん、もう少しだけ減らしてください」
「ほーい」
適量減らして、テーブルに運んだ。
毎日こんな感じで朝を迎えている。
運ばれてくるみそ汁と鮭の塩焼きを待つ間、ニュースを見て、携帯をちらちらと見て、あくびをしちゃあ、料理をしている七葉の後ろ姿を見てはニヤニヤとして。
「お待たせしました。じゃあ食べましょう」
彼女は敬語がまだ抜け切れておらず、敬語だったりじゃなかったりと。
俺としては、まあどっちでも。敬語の方が七葉っぽいっちゃぽいんだけど、たまに出るタメ語がドキッとして、なんか可愛く感じたりするから結果どっちでもいい。
「「頂きます」」
ご飯を噛みしめながら、幸せも噛みしめる。
ニコニコしながら、正面でご飯を頬張る彼女も幸せだと思っていてほしいと願うばかり。
自分の幸せと彼女の幸せの価値観は違うけど、同じだったらいいなと。
朝ご飯を食べ終わり、食器を洗っていると後ろから抱きつかれる。
「どした? 抱きつきたくなった?」
「……ううん。柊の補給」
どゆことよ。
「後ろからでいいの?」
「うん。洗い物してくれてるから」
「そっか」
背中に顔を押し付けて、ぐりぐりと一人で何かをやっている。
気にすることなく、洗い物を進めていく。
それから3分ほど経って、最後のお茶碗を洗い終えた。
後ろではまだやっている。何なの? 犬なの?
「ちょっとそろそろ歯を磨きたいんだけど」
「このまま洗面所まで」
「嘘でしょ!?」
「嘘じゃないです」
どうやら嘘じゃないらしい。
引きずりながら、行くのかと思いきやちゃんと歩いて着いてきてくれるのはありがたい。
って、いつまでこうしてるんだよ。
手を取って剥がそうとすると、必死の抵抗をしてくる。
えぇい! 離せい!
「なんでいじわるするんですか?」
「いじわるじゃないから。この方がいいでしょ?」
そう言って後ろからではなく、正面から抱きしめてあげる。
「ふぁぁ……」
その声はどういう感情から出た声ですかね? 気になるんですけど……。
「柊は知ってますか? ハグは1分でストレスと不安を解消できるんですよ」
「そうなんだ。1分って意外と長い気がする」
「そんなに嫌? 私とハグが」
「そういう事じゃなくて。やってみると意外と長いなーって」
「確かに……じゃあ30秒にしましょ」
「というか、そんなにストレスと不安があるの?」
「あります。嫌われたくないという不安が」
「嫌わないよ。めっちゃ好きだから」
「えへへ……私も好き」
いい大人が朝っぱらから愛を確かめ合って何をしているのだろうか。
でも、こんな日があっても悪くない。
「30秒経ったよ」
「もう30秒追加で」
「あ、はい……」
そろそろ歯磨きさせてくれ……。
あなたも化粧の時間が無くなっちゃうぞ……。
「はい。終わりです。パパッと化粧します」
「じゃあ俺は歯磨きを」
歯を磨きながらも身だしなみチェック。
髭は生えてないかとか、鼻毛とか出てないかとか……etc
シャコシャコと音を立てて、しっかりと磨いて、うがいをし、最後に顔を洗って終了だ。
「おっけー」
リビングに戻って、ネクタイをつける。
今日はお洒落にバーハリーのネクタイにした。特に意味はないが。
「柊、ネクタイ曲がってる。会社に入って4年も経ってるのに、未だにしっかりつけれないの?」
ねぇ、ちょっと? 急に毒吐くのやめてくれる? 毒宮さんよ。
「ごめんなさい、以後、気を付けます」
「……私が毎日つけてあげますけど……」
それが言いたかったのね。急なツンデレに笑ってしまう。
「うん、じゃあお言葉に甘えます」
彼女もまた嬉しそうにニッコリと笑った。
「じゃ、そろそろ行きますかね」
「はい。行きましょう」
玄関移動し、靴を履いて、外に出ようとした時に袖を引っ張られた。
「どした?」
「まだいつものしてない」
「そうだったね」
——唇を重ね、行ってきますのキスをする。
これは付き合った次の日から毎日している。
「行くよ」
「はい!」
こうして俺達の一日が始まって行く。
甘やかしすぎても良くないが、今はまだそうしてあげたいのが俺の本心だ。
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