第12話:個人面談。

 台風のように現れた佐伯六花。

 俺の実妹であり、近い未来の七葉の義理妹になる予定である。


 そんな彼女が居座り始めて早3日。

 七葉と仲良くなるには、さほど時間は必要なかった。

 どちらかと言えば、六花の方が七葉にベタベタで、時折困ったような表情を浮かべたりしているくらいで。

 でもこうして六花が七葉を気に入ってくれるのは当然の事、ありがたいの一言に尽きる。

 

 ——だが、一つだけ嫌な事がある。


 それは俺と七葉の時間がない!

 家に帰れば六花がベタベタと七葉を独占。

 風呂に入る時だって、七葉と入ってしまうし、キャッキャウフフという声が聞こえると妹が恨めしく感じる。


 俺との時間を返せ! と言ってやりたい所なのだが、キモイとか言われたら流石の俺も傷つくので、口が裂けても言えない。

 俺も入りたい。って思うけど、それは兄としてどうなのだろうと考えてしまう。普通は入らないけどね。変態の烙印を押されるのも嫌なので、出来そうにもない。大人になってまで兄妹と入るなんて、最早おかしい。


 こうしてフラストレーションは溜まる一方で、なかなかに発散できないのだ。

 もし、次に逃げてくることがあれば、全力で拒否し、追い出してやろうと思う。


 閑話休題。


 で、今日は珍しく七葉が一番風呂。

 目の前に座っている六花は動こうとしない。

……どうやら一緒に入る気はないらしい。であれば、俺が一緒に入ろうと立ち上がると——


「おにー、少し話そ?」


 真剣な表情で、声音も珍しくふざけてない。


「何だよ、急に改まって」

「いいじゃんいいじゃん!  たまには兄妹でお尻割って話そうよ!」


 すぐに面持ちはいつものおちゃらけに戻っていった。


「尻は元々割れてっから。それを言うなら腹を割って話すって言うんだぞ。恥ずかしいから他でそんな事言うなよ?」

「知ってるよっ! わざと言ったのさ!」

「んで、なに?」


 立ち上がったままだったので、再び腰を下ろして向き合って話を聞く態勢に入った。


「沙也加さんはどうしたの?」


 あ、そゆこと。

 以前、俺の家に沙也加を連れて行ったことがあり、その時の家には六花も居た。

 ただ六花は沙也加と打ち解けることなく、あまり会話すらしていなかった。こんなにも懐かれやすく、懐きやすい奴に。


「見たら分かるだろ、別れたんだよ」

「なんで? 挨拶もして、結婚するって言ってたのに」

「色々こっちにも事情があるんだよ」

「浮気か」


 話してないのにバレてしまった。こいつはいつもそういう勘だけはずば抜けてナイフのように鋭い。的確に刺してくる。


「そんなところだな」

「おにーが浮気じゃなくてね、沙也加さんの方がね。やっぱりかーって感じ」

「そんな節あったか?」

「勘だよ。女の勘」

「その時に言ってくれよ」

「流石に言えないでしょ。おにーは馬鹿なの?」


 そうですよね。言えないよね。俺も同じ立場だったら、勘だけでその人は止めた方がいいなんて言えない。


「お父さんとお母さんは知ってるの? 別れた事、それと新しい人と結婚を前提に付き合ってる事」

「あ、うん。伝えてない」

「だと思ったー! おにーはそういう所が意外と抜けてるんだよなぁ!」


 テンションが上がる場所が分からん。急に声大きく出すな。


「でさでさっ! これは提案なんだけど!」


 うげっ……嫌な予感……


「私は七葉お姉ちゃんを信用してる。彼女はおにーを裏切らない。これは一つのメリットだと思っててね? だから私はお姉ちゃんを本当のお姉ちゃんとして迎えてほしい。おにーには悪いけど、私は沙也加さん好きじゃなかったからねっ!」


 終わった出来事だからこそ、何も口には出して言わないが、当時そんな事を思っていたのかと考えると、それはそれでなんか嫌だな。


「んで、提案とは?」

「今週末にでも、家に七葉さんを連れて行くのはどう? これを機に紹介すれば、お父さんもお母さんも喧嘩はしないはず。私にとってメリットで、おにーにもメリットがあるよ! 私が早く家に帰ってくれるよ! お互いがwin-winだよっ?」


 キラッ、パチクリッ、ズドーンという効果音が聞こえてきそうなくらいの笑顔を見せ、一回瞬きをし、とどめのウィンクをした。


「うざっ」

「あぁ! もうひどいっ! おにーの為に言ってあげたのに! 馬鹿ッ! 将来ハゲ!」


 えっ、俺もしかして禿げてきてる!? どこ? どこか言って!? 植毛するからぁ!!


「ごほんっ。すまん、つい若々しい六花に気圧されただけだ……若いっていいな? ちなみになんだけど、どこが禿げてきてる?」


「話が逸れてるぅ! 禿げてないよぅ! 言ってみただけ!」


 なんだ……良かった……。


「んで! どうしやすか! 兄貴!」


 お前のキャラ設定は何だ? チンピラの子分か?


「俺はそれでもいいけどさ、七葉はやっぱり突然そんな事言われても困らない? ほら心の準備とかいるわけだし?」

「それはこの後ちゃんと話しまーす! だから七葉お姉ちゃんが出てきたら、次はおにーがお風呂だからね!」


「はいはい、分かったよ。七葉にあんまり無理強いすんなよ。まだ早いって言ったら、すんなり引き下がれ。押すなよ。それだけは約束してくれ」


 六花はあいあいさーと敬礼をし、コップに注がれたお茶を一気に飲み干した。


「おにーさ、最近イチャイチャできなくて、溜まってる?」

「溜まってねーよ! やめろ、そういう事言うのは」

「誰もシモの話してませんけどぉ? ただ苛々して、ストレス溜まってるかなって聞いただけですけどぉ? さては溜まってますなぁ?」


 ぐぬぬぬぬぬっ! してやられた! そういうニュアンスで聞いてきたくせに、実妹ながらマジで鬱陶しい。んでもって、股間を見るのはやめろ。


「ほっとけ。別にそんなんでもねーよ」

「なら、あと3日は頑張ってね! 今日から私は七葉お姉ちゃんと寝るからっ!」

「なっ!?」


「お先でしたー」

 

 そのタイミングで七葉がお風呂から上がってきてしまった。

 ……お風呂上がりの七葉可愛い。


「お姉ちゃんー、おにーが意地悪するぅー」


 そんな彼女に即座にパタパタと駆け寄り、腕にしがみついた六花は俺に向けて早く風呂に行けと顎で指図しやがる。

 ……こいつ、いつか痛い目合わせてやらんとな。


「柊、意地悪はよくありませんよ。大切な家族なんですから」

「いやっ、その、違うから……意地悪すんのは、六花だから」

「おにーがあんまり七葉お姉ちゃんにベタベタすんなって怒ってくるの」

「おいっ! 俺そんなこ——」

「えへへ、柊が嫉妬してくれるなんて……嬉しい……」


 そっちかー。





*****






「七葉お姉ちゃんっ、シッダン!」


 六花ちゃんは突然椅子に指を差して、座れと言ってきた。

 コップにお茶を注ぎ、言われるがままにとりあえず座った。


「どうしたんですか? なにかお話ですか?」

「そうなんですっ! 早速ですがっ! 今週末に私の実家、もとい、おにーの実家に挨拶に行きませんか!?」

「えっ……」


 その挨拶とは、つまりそう言う事ですよね?


「おにーにもさっき話したんですけど——かくかくしかじかで……」

「なるほど……六花ちゃんは喧嘩を止めたい。私達が挨拶に行けば、その場でなんとか収まるという事ですね。そして私達の関係も伝えるという一石二鳥となると。加えて六花ちゃんが帰る事によって私達の為にもなると……ふむふむ」


 確かにここ最近は、寝る時だけ柊と話をしたりするだけで、他は常に三人。いや、柊だけ蚊帳の外で私と六花ちゃんがずっと話やゲームをしたりとしてきた。


 柊は寂しいと思ってくれている。さっきも嫉妬してくれていた。それはそれで嬉しいんですけど。

 それにこれをこなしてしまえば、来週からは沢山イチャイチャしてあげれますし。


「いいですね。来月私の実家にも挨拶に行くので、彼だけが挨拶ってのもおかしいですし、いいと思います。なので、行きましょう」

「ただ……ですね。これはおにーから聞いてるか分かりませんが、過去に一度、七葉お姉ちゃんと付き合う前に付き合っていた人を連れてきたことがあります」


「沙也加さん……ですね」

「知ってるんですね」

「はい、まあ一応ですけど」


「これは頭の片隅にでも、覚えていてもらえばいいです。母たちはまだ付き合ってると思ってます。だから突然、違う人の七葉さんが来たら驚くと思います。何を思うかも分かりません。でも私は七葉お姉ちゃんが好きなので味方ですよ。是非とも本当のお姉ちゃんになって欲しいという気持ちです」


 私は過去の人を詳しく聞くことはしなかった。

 ただ、私の前に付き合っていた人がいたという事実。それくらいしか知らない。当の本人に会ったことがあるけれど、付き合っていなかった頃の話だ。

この年になれば、一人や二人くらい付き合っている人がいたっておかしくない。もっといる人はいる。


 ——私が特殊なだけで。


 けれどあの二人には、それなりの長い年月と思い出があるのもまた変えようのない事実で。気にならないと言えば、嘘になるが、聞いたって仕方がないとも思う。それを聞いたからどうするんだって。何にも変える必要なんてないし、私は私であればいい。


 結局、それは過去でしかなく、お父さんやお母さんが何かを思った所で、で、結婚を考えてくれてるのも私です。

 だからそんな考えは杞憂。私は私で、ありのままを見せれればいい。


「大丈夫です。私は柊と結婚します」

「ほぇぇー、たくましいですね。気持ちも胸も」

「はい、たくましいですっ!」


 六花ちゃんは味方でいてくれる。

 多分、お父さんとお母さんが言うなれば、柊にしか言わないだろう。

 私のいない所で。

 そうなる事が前提ではないけれど、片隅に入れておくことは大事かと。


「六花ちゃん、もしこの先に同じ事があったらいつでも来てくださいね。私は大歓迎です。六花ちゃんのこと大好きですし」

「私も負けませんよぉっ! 好きの大きさは測れないくらいです! おにーより好きです!」

「それに関してはごめんなさい。柊のが好きです」


「——かはっ!!」

「りりりっ、六花ちゃん!?」


 まるで腹を殴られたかのように、机に倒れ込んだ。


「最後に……遺言を……おにーに……お伝え……ください……」

「ダメですよ! 生きて! 六花ちゃん!」


「上がったぞー……って何やってんの?」

「柊、六花ちゃんが……」

「おい、六花どうした」

「…………しろ……」

「ん?」

「……リア充……爆発……しろ……」


 リア充? 爆発? どういう意味かさっぱりです。

 そして、それを聞いた柊は首根っこを掴み、六花ちゃんを起き上がらせた。


「くだらないことしてないで、風呂入ってこい」

「だってだって! 何ですか! これ! 砂糖吐くわ! 糖分過多だよ! どんだけ愛されてんだよっ!」

「もういいから、な? 風呂入ってこい……」


 それから六花ちゃんは口を手で抑えながら、前屈みで風呂ではなく、トイレに入って行った。





*****





 リビングのソファーに移動して、並んで座る。もちろん拳一つ分の間隔も開けずに。


「六花ちゃん大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だ。いつもあんな感じじゃない? ほっとけばいいさ。ちなみに聞くけれど、何を六花に言ったの?」

「六花ちゃんが柊より、私のが好きと言ったので、私は柊が一番好きと伝えました」


 七葉は真顔で言ってのける。


「——かはっ!!」

「柊まで!?」

「冗談冗談。嬉しいよ。もちろん俺も七葉が一番だよ」

「……嬉しいです」


 横顔を見ると、彼女は顔を赤くさせていた。

 こんな表情を何度も見てきた。彼女はいつも新鮮な気持ちにさせてくれる。

 ずっと俺に恋してくれてると、傲慢かもしれないけれど、そう思ってしまう。


「そ、そうだ。六花から話は聞いた?」

「はい、聞きましたよ。行きます。急な挨拶かもしれませんが、今は私が付き合ってる人というのを見てもらいたいですし」


「そっか。じゃあ突然で悪いけど、今週の土曜日よろしくね」


 はいと返事をして、俺の左手に七葉の手が乗せられた。

 そして、きゅっと口を結び、こっちを見た。


「どうしたの?」

「あのね……最近あんまりこうして触れ合うのも少なくなっちゃったじゃないですか? だからたまには……」

 

 近づく顔。

 少しばかり力が入る右手。

 身を寄せていく。



「今日はこれくらいで……我慢してくださいね?」

「七葉ってやっぱり可愛い」

「なっ、何ですか!? 急に褒めたってこれ以上は何もしませんよっ!?」

「ははっ、なんか懐かしい台詞だね」

「あ、デミグラス……明日はハンバーグにしますか?」


「お洒落に決め込もうか?」

「何ですか嫌味ですか!?」

「ごめんって、そんなに怒らないでよ」

「怒ってませんよ。よいしょっと」


 七葉は俺の右肩に頭をゆだねて、手は絡めて恋人繋ぎに。


「六花ちゃんが出てくるまで、これで」

「うん」


 ソファーの前にある真っ暗なテレビ画面。

 そこに映し出されている自分達。

 その光景がなんだか微笑ましく、言葉にすれば難しい何かを感じた。


「うぃぃー上がったぞぉ……っぉぉぉ! ここぞとばかりに! イチャコラッ! スクープ!」


 愉快な声に釣られ、振り返るとスマホでカシャカシャと連射し始めていた。


「おいっ、やめろ! 事務所通したのか!? 写真はお断りだっ!」

「六花ちゃん、可愛く撮ってくださいね!」


 隣で笑顔でピースする七葉。

 

 ……仕方なく俺もピースをした。

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