第4話:お洒落対決 

 七葉の大胆発言後、オフィスに戻ると、俺と祐介の席に何やら人集りが出来ていた。

 大体の察しはついている。まさにあのくだんだろう。はぁ、めんどくさい……。

 七葉はこの会社の一番人気がある女性社員だ。狙っている社員は沢山いるだろう。だからこそ刺さる視線はとても痛かった。

 隠しておきたかったけど、ブレーキの壊れている七葉には、そもそも通じないのだ。

 隣を歩く祐介は「ちょっ、あれって、くくくっ! 頑張ってください」と他人事。……お前、覚悟しとけよ? 俺が一人で犠牲になるわけないだろ。


 ——君も、もちろん道連れだよ♡


 少々、怖気づきながらもデスクに歩みを進める。

 男どもの視線は、殺気に満ち溢れていた。


「おぉ、主役の登場だぞ!」

「待ってました!」

「殺す」

「とりあえず座りな?」


 はいちょっと待った。三人目の君だけおかしいよね?


「何ですか……」

「分かってるくせにぃ~、今さら言い逃れなんてできんよ?」

「分かってますよ……」


 ケタケタと肩を揺らし、笑いを堪えてる祐介。

 そうしてられるのも今の内だからな。


「花宮さんと結婚するのか?」

「……はい。まあそのつもりですけど」


「「「ぐぉぉぉぉ!」」」


 集まっていた男どもは、床に崩れ落ちた。

 分かりやすいくらいに落ち込んだ同僚たち。


「だからちょっかい出すのやめてくださいね。七葉は俺のなんで!」


 とりあえず釘を刺していく。


「「「ぐはぁっ!」」」


 口から血反吐を吐くように口を抑えて、のたうち回る。おい、ここ会社だぞ。


「……でも、まだ俺達には、癒しの蓮水さんがいる」


 その言葉を聞いた、祐介がピクリと反応した。


 さあ、次はお前の番だ! 祐介ぇぇ!!

 下卑た笑みを浮かべ、祐介を見やる。

 彼は「おい、やめろ。頼みます、やめてください!」と顔をふるふると横に振った。


「蓮水は祐介と付き合ってますよ。それに同棲もしてる」

「ちょっ! 佐伯先輩!」


「「「なん……だと……」」」


 くっくっく……。俺だけが責められるなんて御免だ。俺は今だけは嫌な先輩となってやろう。頼まれてないけど。


「はぁ、まじで最悪……」

「仲良く嫌われようぜ?」


 満面の笑みを見せつけた。


「うぜぇ……」


 それから、俺と祐介は昼休憩が終わるまで尋問され続けた。

 あれやこれや、下品な話まで聞かれ、本当に嫌になる。どいつもこいつもそればかり。答えるわけもなく、適当にスルーして、何とか穏便に事は済んだ。






******





 仕事終わり、無事会社にバレたという事で、堂々と男どもに見せつけるように会社を七葉と出て行く。


 ハンカチを咥えながら、「キィー」という者や、涙を流す者までいた。

 少しやり過ぎたと思ったが、このくらいしておけば今後近づく奴はいないだろう。


「柊、お昼は大変そうでしたね」


 誰のせいだと思ってるんですかね?


「まあね。……さ、勝負服を選びに行こう!」


 エレベータで一階まで降りて、祐介たちと合流し、近場のショッピングモールへと四人で足を向かわせた。




 ポロシャツと言えば、ルコステだ。

 胸にワンポイントのワニのワッペンが入ってるのが特徴。

 昔、父さんがよく着ていたイメージが何となく頭の中の端にぼんやりとある。


「早速だが、俺にを三人で選んでくれ。もちろん俺も自分で選んでみるよ」

「お洒落対決みたいで楽しそうですね」


 七葉が嬉々とした顔で言った。


「確かに! 私、絶対勝ちます!」

「俺も本気出すか」


 ちょっと? 趣旨が変わってませんか? 言い出しっぺは俺だけど、そんなつもりで言ってないんだけど……。だが、選んで貰う身なので口には出さず飲み下す。


「パンツも一緒に選んでくれるとありがたいです」


「「「らじゃ!」」」


「じゃあ勝負開始!」


 いい大人が店前で何をやってるんだろうか。恥ずかしいいったらありゃしない。

 しかし、こんな所でぼけっと突っ立っている訳にもいかないので、俺も店に足を踏み入れていく。 


 店内は白を基調とした店づくりでシンプルだ。

 たくさんのポロシャツが飾られており、この中から選ぶのは大変そう。とりあえずぐるりと店内を回ると、蓮水は既に一枚のポロシャツを手に持っていた。

 早いなーと思いながらも隣を通り過ぎていく。その先には七葉がいた。


「あ、柊! ちょっといい?」

「何?」


 つま先立ちをして、俺の耳に顔を寄せてくる。


「(何色が好きですか?)」


 うん。この人、普通に反則では? 本人が好きな色を選べば、勝利を手に入れれる可能性は上がる。ましてや、佐伯審判だ。初めから七葉が有利になっている。だって、七葉が選んでくれるとか嬉しいから。ん? 贔屓? はっ! 知るかそんなの。


「(俺がいつも着ている服の色は?)」

「(あ、分かりました!)」


 と言っても、直接教えるのは良心が許さないので、遠まわしに。

 答えを聞いて満足したのか、とてとてと違うポロシャツコーナーに歩いて行った。

 はぁ、可愛い……。


「佐伯先輩」


 七葉を見つめていると、横から祐介に声を掛けられた。


「ん、どした?」

「今の反則でしょ」

「え? 何が? ヨクワカリマセン」


 何でこいつはいつもこういう事には敏感なんだよ!


「ま、いいですけど。多分佐伯先輩は俺が選んだのを着るはずですから」


 自信満々だ。流石オサレマスター。最近の若者。

 にしても、手ぶらで言われても説得力ないんだけどね。





 ある程度、時間が経って皆服が決まったご様子。


「じゃあまず俺が自分で選んだもの着てくるよ」


 試着室に入り、スーツを脱ぐ。

 肌着の上からポロシャツを着て、パンツを穿く。

 鏡に映る自分はいつもの自分じゃなく、違和感しかない。

 シャッとカーテンを開けた。


「……どうだ?」


 恥ずかしがりながら、問うてみたものの、本来こういうのは女の子がやるべきなんだがと思ってしまった。俺の着替えを見せてマジ誰得。


「なし」


 一番初めに口を開いたのは蓮水。


「なしなし」


 次は祐介。


「かっこいいです」


 七葉、やっぱり君だけだよ。そう言ってくれるのは。


「ちょっと! なな先輩、今はかっこいいとかじゃないですよ!」

「あ、すいません。でも、かっこいいです」


 ぶれないな。


 俺が着た服は黒のワンポイントポロに白のハーフパンツだ。足を出すのはNGかと思ったが、爽やかさが出て良いとも思い至った。だが、どうやらなしらしい。


「はい次、俺の選んだやつ着てください」


 とりあえず俺が選んだのは却下され、続いて祐介が選んだものを着た。


「どう?」


 祐介が選んだのは、霜降りグレーのワンポイントポロと紺色のスキニーパンツ。


「無難」


 蓮水は普通過ぎると言いたげ。


「はぁ? 無難が一番だろ!」


 それに反論する祐介。


「七葉はどう思う?」

「かっこいいです。何でも似合いますね」


 ブレない。


「ありがとう」


 普通に返事をして、次に蓮水の服を受け取り着替える。


「なんかこれチャラくない?」

「そんなことないですよぉ!」


 蓮水が選んだのは、紺と白のブロッキングポロ。バイカラーと言えばいいだろうか。それに合わせてデニムと白のスニーカーだった。


 ここに来て全身考えてくれる蓮水は意外と優しい。


「いや、これはないわ。雫、これはないわ」

「何で二回言うのよ! 先輩っぽいじゃん!」


 確かに俺っぽさはある。ストリート系を普段好んで着ているので、デニムと白スニーカーは悪くないと思う。だが、清潔感と言われれば少し違う気がする。


「俺は嫌いじゃないけど、七葉的には?」

「かっこいいです」


 本っ当にブレないな! 


「じゃあ最後は私ですね! はい! どうぞ!」


 渡された服を貰い、再び試着室に入った。

 白のワンポイントポロに、グレーのテーパードパンツ。

 ……これは一番いいかもしれない。さすが七葉!


 カーテンを開けて出る。


「あり」


「あり」


「好き」


 ちょっと、七葉さん本音が漏れてますよ。ありがとう。


「これいいよな。清潔感出てるし、ズボンも合ってる気がする」

「ちょっと待って下さい」


 祐介が何やらぼそぼそとカゴに入れられている服を漁り、紺色のスキニーを取り出した。


「これもう一回着てきてください。それでスニーカーは雫が選んだやつ履いてください」

「はい」


 言われた通りに、着替えて外へ出る。


「いいですよ! めっちゃいい!」


 べた褒めの祐介。


「確かにいいですね。先輩がかっこよく見えます」


 普段はかっこ悪いみたいな言い方やめて。


 七葉はどうかと視線を移すと、パシャパシャとカメラに収めるのに夢中の様だ。なので、少しおかしい彼女の行動は見なかったことにする。


「じゃあ満場一致でこれで行くわ」


 3人とも共通していたのは、白がメインのポロシャツだった。俺はどうやら白が似合うらしい。霜降りグレーもどちらかと言えば、白の部類に入るだろう。

 だからこそ、みんなが真剣に考えてくれたのだと感じた。




 改めてスーツに着替えてレジで会計をする。


「ポロシャツとパンツとスニーカー、合計三点で三万七千円です」

「はい?」

「三万七千円です」


 にっこりと笑った店員さん。

 俺は予想外の値段の高さに驚きを隠せなかった。プルプルと震える手で財布を開く。


 ……金足りないじゃん。……仕方ない、か。


「カ、カードで……」

「はい。ありがとうございます」


 服ってこんなに高いの? 三つ買って三万越えって、一着一万越えかよぉ……。挨拶行ったら旅行が控えてんだぞ……。


「カードお返しします」

「は、はい」


 それから会計を済ませ、店を出た。


「ご飯でも行きますか?」

「そうだね。せっかくだし」

「じゃあ行きましょうか」

「3人ともありがとな。これで頑張れるよ」






*****





 夜ご飯を食べるため、ショッピングモールを出て居酒屋に向かう道のり。

 前に七葉と蓮水が歩き、俺と祐介がその後ろを並んで歩く。


「佐伯先輩、一つ聞きたいんですけど」

「なんだ?」


「本当に結婚するんですか? まだ付き合ってから三ヶ月くらいしか経ってないですよね?」

「あぁ、その事か。まあ今すぐとはいかないけど、そのつもりでいる。プロポーズも旅行でしようかなって。でもそれは、挨拶が無事に済んだらの話だけど」


 あくまで七葉の実家に行った後の話だ。

 これでもしダメだと言われたら、先送りするつもりでいる。親に認めてもらうのが一番優先なのだ。


「そうですか。佐伯先輩なら大丈夫ですよ。俺が太鼓判押してあげます」

「上から目線だな。ま、頑張ってみるよ。今日はありがとな」

「いえいえ、いつもお世話になってますから。このくらい協力しますよ」

「めっちゃ良い奴過ぎて泣きそう……」


 嘘ではない。感謝しかないくらいだ。

 祐介だけではなく、蓮水にも。

 彼らにはいつも支えてもらっている。




 ——あとは、俺次第だ。

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