第9話:押し付け愛。夏祭りに映し出される色。
「ただいまー」
「おかえりー」
ソファーでくつろいでいると、少し疲れた声でリビングに入って来た。
後ろを振り返って、容姿が変わった七葉を目に入れ、悶絶。
彼女はアッシュが入った茶髪、ゆるくふわふわにパーマを当てなおし、肩にあたるかあたらないかくらいのボブヘアーになっていた。
化粧も完璧にしているので、素直な感想は一つだけ。
——超絶可愛い。
俺の彼女は超絶可愛い。この家に天使が舞い降りたと言っても過言ではない。
「ど、どうかな?」
毛先を指でくるくると遊ばせながら、恥ずかしそうに聞いてくるのも、また可愛い。
「愛してる」
「へっ!? あい……あい……」
「ごめん。本音が漏れた。めっちゃ似合ってるよ。すごく可愛い」
「う、うん。ありがとう」
天使であり、女神様である彼女は俺の言葉を聞いて、恥じらいつつもトテトテと近づいて俺の隣に腰を下ろした。
「あのさ……」
「うん。どうした?」
「これに行きたいなって思うんだけど……」
鞄から一枚の紙を取り出し、渡された紙を見ると大きく花火大会と書かれている。日付は今日、7月1日だ。
「美容院の人に今日あるんだよって教えてもらったの。せっかく髪も切ったし、浴衣でも着て彼氏と行って来たら? って言われて……行きたいなと思いました。だめ、かな?」
ちらちらと視線を配らせ、俺の表情を見て様子を窺いながら聞いてくる。
なぜ、七葉はこんなにも遠慮がちなのか。俺達は付き合っているんだから『行きたい!』って言ってくれればいいのに。彼女はそうしない。
「もちろんいいよ。でも、俺浴衣なんて持ってないけど」
「私も持ってないです」
「なぜ浴衣を強調した……」
ツンツンと指を合わせ、口を尖らせる。
「だって浴衣着たいんだもん……」
なにそれめっちゃ見た可愛いんですけど!?
七葉の浴衣姿なんて可愛いに決まってる。ピンクの浴衣とか派手かもしれないけれど、絶対似合う。あぁ、でもシンプルな黒の浴衣も大人感漂って良いかも……
「柊……? 顔が変ですよ……?」
「よし、であれば買いに行こうじゃないか!」
「いいんですか? 別に無理して浴衣じゃなくても……」
「祭りは浴衣。浴衣以外にはありえない。選択肢はない。祭りに行くのに浴衣じゃないとか祭りじゃない」
「花火大会なんですけど……」
「出店くらいあるよね? 祭りみたいなものじゃん」
「そうなんですね……無理、してませんか?」
「無理って、何? あのね、七葉。俺に遠慮なんてしなくていいんだよ? 行きたいって言ってくれればいいんだから。俺の様子をみて考えるのはやめてほしいな。行きたくなかったら、素直に断るよ」
「だって……最近の私は柊に甘えてばかりで……好きの押し付けが嫌かな、うざいかなって……思っちゃって」
俯きながらぽつり、ぽつりと言葉を出していく。
「柊と時間を共有したいんです……それが度を過ぎると……重いかなって。嫌われたくないんです」
そんなことを考えていたのか……の割には我慢できてない時あるけど。またそれが可愛いところなんだよなぁ。
——俺だって同じだ。
時間を共有したいのは当然の気持ちで、一喜一憂、瞬間瞬間の出来事を隣で感じていたい。
言葉に表わすのは、気恥ずかしいから言えないだけで。同じ気持ちなんだよ。
たまたま今日は花火だけど、隣で見れることが幸せな事この上ないと思う。
こうして七葉が今日、美容院に行かなければ花火大会にも行かず、家でごろごろしていたはず。
色んな事したいと言ってくれる君のおかげで、俺達はその輝きの中に入れるんだよ?
長い年月の中では、瞬く間かもしれないけど、それがいいんだよ。だからこそ輝くんだ。
断片的に綴られる記憶は、永遠に残るから。計画したものよりも。
時間が経った後こそ、その話を君としたい。
歳を重ねた後も、あの時はこうだったね、どこどこ行ったねってそんな他愛のない話を笑ってしたいんだ。
だから誘ってくれてありがとうって思う。自分が外に出ないから余計に。
「重くなんかないよ。七葉はそうであってほしい。俺が行きたいところがあれば、遠慮なく言うし、それに俺は七葉が思っているより、七葉のことが大好きなんだぞ」
「ううん、悪いけど私のが大好きだと思う」
「いいや、俺のが大好きだ」
「私っ!!」
「俺っ!!」
言い合いをして、突如静寂に染まる。
いつの間にか、話はどっちの方が好きかという話にすり替わっていた。
「……」
「……」
ぶつかる視線。言い換えれば、見つめ合う視線。
七葉の頬は段々と膨れ上がり、そろそろ爆発しそうだ。
かくいう、俺もそろそろ限界。
「ぷっ」
「ぷっ……」
「「あはははっ!!」」
お腹を抱えながら、七葉はケラケラと笑って、俺も耐え切れず吹き出してしまった。
「めっちゃ私の事好きじゃないですか」
「当たり前だよ。七葉も俺の事、好き過ぎ」
「当然です。大好きです」
なんて事ない日だって、幸せを感じられる。笑い合えるのが何よりの幸せかもしれない。それに気付けると毎日は輝くのかもしれないな。
「じゃあ買いに行こう」
「うん! 行く!」
*****
——カタッカタッカタッ
夕陽が目に染みる時間帯になっており、花火大会の会場は夜に近づくたびに人は増えていく。
喧騒は慌ただしく行き交い、履きなれない下駄に四苦八苦。
隣には腕をちょんと小摘まみしながら歩いている七葉。横顔から既に美しく、時折髪が揺れて見えるうなじが堪らない。
浴衣が似合いすぎて、直視できない! なんて可愛いんだ。ゆるふわボブが様になりすぎて……可愛い。
と思いながらも、全身を舐めまわすように下から上へと見ていく。
俺の彼女のなんだよな? 時々、釣り合わなさ過ぎて不安になる。
そんな彼女が選んだ浴衣は、薄いベージュを基調とした、所々に青の百合があしらわれてる大人っぽい浴衣だ。
それがまた似合う似合う。
すれ違う人達も二度見するくらいだからな。あんま見てんじゃねぇ! ガルルルルッと威嚇くらいはしてる。俺の彼女だかんな! と独占欲を出しまくったりと、祭りに来て何をやっているのだか。
「あの……あんまりじっくり見られると少し恥ずかしいです……」
「んあ!? ごめんごめん。ついつい見惚れちゃって」
「えっと……その……ありがとう……」
その反応を反則なんですよ。分かりますか? 頬を赤くしてさ……悩殺って言葉知ってますか?
「ごほんっ、ええと、なんか食べる?」
「そうですね……たこ焼きとか?」
「いいよ。食べよっか」
「ビールも飲みましょ! 幸い明日は休みですから!」
「おっ! いいねぇ!」
ビールとたこ焼きを買い、少し道を外れ、乾杯をする。
キンキンに冷やされたビールをぶつけ、プルタブを引くと、炭酸がはじけ泡が溢れ出てきた。
「おっとっとっと」
「飲んで飲んで!」
「かぁぁ、外で飲むビールは格段にうめぇ!!」
「ほんとですね! こんな所で飲むのは初めてです! 美味しいです!」
あぁ、ビール飲む七葉も可愛い……。
「たこ焼きもご一緒にいかがですか? 今ならフーフーして、あーんのサービス付きですよ?」
「是非、お願いします!!」
たこ焼きに爪楊枝を刺して、ふーっふーっとして「はい、あーん」と口に運ばれてくる。
それを遠慮なくあーんと言いながら受け入れ、頬張る。
「あふっあふっ……美味しい。美味しさ百倍」
「よかった。私にも同じ事してください」
容器を渡され、口を開けて待ち始めた七葉。
——カシャッ
つい写真を撮ってしまった。
「みゃだですか?」
「ごめんごめん。はい、あーん」
気付かれていないみたいで、一安心。
「あむっ」
はふはふしながらも、美味しそうに食べている姿を見るだけで、愛おしく感じる。
今日、来てよかった。
*****
空はすっかり暗くなり、もうじき花火が始まる。
河川敷に移動して、予め持ってきたビニールシートを敷いて、今か今かとビールを片手に持ちながら花火が上がるのを待っていた。
河川敷には、たくさんの人が集まっている。
「もうすぐですね」
「うん。真上にあがるのかな?」
「分かんない。でもここいい場所だと思います」
『只今より、第77回、花火大会が始まります』
アナウンスが入り、周りからパチパチと拍手が上がる。
「あ、私の誕生日と一緒の数字!」
「えっ!?」
「私、来週の日曜誕生日なんです。そういえば言ってなかったですね」
「まじかっ!」
ドンッ!
音を上げ、花火が始まった。
唐突な発表と共に、花火大会が幕を開ける。
「わぁ~綺麗」
当本人は何事もなかったかのように、花火に夢中だ。
とりあえず俺も花火に集中しよう。今だけは。プレゼントはちゃんと後々考えておこう。
空を見上げながら、次々に上がる花火を眺める。
花火は夜空を照らし出し、まるで昼のように辺りを一面明るくする。様々な色と音を曝け出していく。
真下から見る花火は、人の心を映し出すようにたくさんの色を華やかに花を広げていった。
それは自分の心情を表す色。
隣にいる七葉は何を思って見ているのだろう。
同じ気持ちだったら嬉しいな。
一発、また一発と打ち上がるたび、七葉の横顔を照らし、見惚れてしまう。
今いるこの場所は、俺達だけの特等席なんだ。
そんな俺の視線に気づいたのか、こちらを見て、ニコッと微笑む。
その笑顔が綺麗過ぎて、言葉を失ってしまう。
再び、視線は花火に向いて、手を叩きながら「たぁーまやぁー」と小さい声で言って、嬉々としている。
「好きだよ七葉」
かき消されると分かっていながらも、言いたくて。
零した声が届かなくても、思った気持ちを届けたかった。
「知ってるよ。私も好きだよ」
……あはは、聞こえてたみたい。
顔はこっちを見てるわけではないが、ちゃんと届いてた。よかった。
それから俺達は、喋らずただ夢中に彩る花を眺め続けた。
*****
——帰り道。
祭り会場の喧騒とは打って変わって、会社近くの公園付近に差し掛かり、この辺は静かだった。
「痛っ……」
「大丈夫? 靴擦れ?」
「みたいです。あたたた……」
「ちょうど公園だし、座ろうか」
「はい……ごめんなさい。もうすぐ家なのに」
「いいのいいの。休憩も大事」
ゆっくりと七葉の手を取ってベンチに座った。
「ちょっと見せてみ?」
「大丈夫ですよ……」
下駄を脱がし、足を見ると完全な靴擦れ状態で、少し血が出ている。
「これは痛いわぁー」
「そんなひどいですか? 絆創膏貼ってもだめでしょうか?」
「多分、すぐ剥がれちゃうかな」
「じゃあこのまま我慢して帰りますよ」
「ちょっと待って、とりあえず血だけは拭いておくから」
ティッシュで、ちょんちょんと優しく拭く。
「痛っ……」
「ごめん、大丈夫?」
「大丈夫。じゃあ行きましょう」
「だめだめ。こんな足で歩いたら悪化しちゃうよ。だから、はい。乗って?」
俺はしゃがんで七葉に背を向けた。
「いい、いいですよっ! 歩けます!」
「だめ!」
「うぅ……わかりました……重いとか言わないでくださいよ」
「そんなこと言わないよ」
背中に体重がかかり、よいしょっとかけ声で立ち上がる。めっちゃ軽い。もっと飯食べた方がいいのではと逆に思ってしまう。
「恥ずかしいかもしれないけど、我慢ね」
「うん」
首に回された腕はきゅっと離さないように力が込められる。
「今日は楽しかった。連れて行ってくれてありがとう」
「こちらこそ、一緒に行ってくれてありがとう。とても楽しかったです。花火も綺麗で、柊が隣にいて、こんなに幸せだと思ったのは人生で初めてです」
「大袈裟な……でも、同じで嬉しいよ」
「ただ、写真を撮るのを忘れました」
「確かに、俺もすっかり夢中で忘れてた」
「そうじゃなくて、二人の写真」
「ああ、そっちか。なら今撮る? 密着してるし、撮れるよ?」
「うん。そうする! 恥ずかしいけど、これも一つの思い出として取っておきたいです」
片手で七葉を支えながらも、なんとか携帯を取り出し、画面を開く……しまった! 待ち受け七葉の子供の頃の写真にしたんだった!
「なんで柊がその写真持ってるんですか?」
「あ、いや、これはあれ、そう! たまたま掃除してたら出てきて! つい!」
「私、小さい頃の写真はあの家に持って来てないんですけど?」
やっべー。
首に巻きついてる腕が殺人に近い力になりつつある。
「……お母さんが家に来たんです……」
ごめんなさい、かおりさん。このままでは僕殺されます……。
「お母さん? 一体、何の話をしたんですか?」
「大した話はしてないですけど……ぐえっ! あの、あれだよ! お母さんに嘘ついてたことがばれてて、なんかすごい謝られたんです。はい」
「え、バレてたんですか? ……だから昨日連絡来たのかぁ」
「まあそんなところ……じゃ、気を取り直して写真をいいかな?」
「はい!」
ちょっと七葉さん? 首絞めたまま撮るのは話が違くてよ?
ま、これも思い出か。
ぷりぷりしている七葉と、わざとらしく苦しんだ顔をしている俺が携帯に映し出される。
「ぷぷっ! 変な顔ー!!」
「あははっ! 本当に変な顔だ! たまにはこういうのもね」
「あとで送ってね?」
「もちろん!」
こうして笑いながらも俺達は帰路へ着いた。
**
あとがき。
こんばんは、えぐちです。
今日はひとつだけ報告を。
00:00に前作、【屋上で出会った君は、学校一の美女(ビッチ)でした。afterstory】が新規小説として投稿されます。
前作も読んでくれていた方は是非、読んでもらえればとおもいます。
そうでない方も是非。
以上、報告でした。
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