第2話 身代わり


 あの恐ろしい稲光が空を覆ってから3日。


 俺達は変わり果てた村や周りの山を、まるで夢でも見ているかのような気持ちで眺めた。


 村の外れにある洞窟には、元々緊急用の保存食料や医療品などが蓄えられていたし、近くを流れていた川の一部が洞窟の中を通っていたから、100人近くいても3日ほど篭るには問題は無かった。


 無かったのだけど、、、。

 緑が生い茂っていた山は、今は焼け野原のように山肌をさらけ出し、花が咲いていた村中は崩れた瓦礫と、焼け焦げた惨害で埋め尽くされていた。

 あの時のような稲光は無いものの、空はどんよりと暗く、どこか遠くであの地響きのような音が聞こえているようだった。


 村の皆んなが、自分達の変わり果てた村を見て、絶望に打ちひしがれた。

 マリーも俺の隣で、ポロポロと涙を流していたけど、俺にはそっと肩を抱く事ぐらいしか出来なかった。



 さらにそれから3日が過ぎた頃、瓦礫の撤去作業も大方終わりつつある村で、悲鳴が響き渡った。


「キャァァァ!!!」

「ど、どうしたんだ?!!」

 俺を含めた村の男が数人、悲鳴のした方に駆け寄る。

 村の入り口付近で、腰を抜かしていた三つ隣に住んでたおばさんは、少し離れた場所にある積まれた木の残骸を指差して震えた。


 何をそんなに震えているんだ?


 マリーがそっとおばさんを支えるように寄りそった。


 すると木の陰から、緑の小人のような、それでいて化け物のような顔の生き物が1体ヒョコリと出てきた。


 な、なんだ?アレは?

 見たこともないものだ。

 動物、、猿の仲間か?


 どれだけ頭の記憶を除いても見たことも、聞いたこともない姿をしている。

 でも一応、ボロボロだけど服のような物を身にまとっているし、もしかしたら意思の疎通ができるかもしれない。


 そう思ったのは俺だけじゃなかったらしく、村長と他に集まった2、3人の男達が先にその生き物に近づいていった。


 いや、そんな安易に近づいて大丈夫なのか、、?


「あの、私はこの村の村長で、、、」

 近づいた村長がその生き物に話しかけた途端、そいつは大きな奇声を発して、村長の首元に噛み付いた。


 一瞬で喉元を食いちぎられて、血を吹き出しながら倒れた村長を見て、マリーとおばさんが悲鳴をあげる。


「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


 村長のすぐ後ろにいた、向かいのおじさんも、思考が追いつかずにあっという間にそいつに噛み殺されてしまった。


 な、なんなんだアイツは!!?


 全身に走る震えと止まらない冷や汗。

 そんな俺を動かしたのが隣で青ざめてるマリーだった。

 マリーだけは何がなんでも守らないと!


 俺はおばさんとマリーの手首を掴んで村に向かって走った。

 背中の方からまた新しい悲鳴が聞こえる。


「皆んな逃げろ!!化け物だ!化け物がきたぞ!」

 俺は村中に聞こえるように、大声で叫ぶ。


 叫ばなくても小さな村の中はすでにパニック状態だ。


 おばさんとマリーを、マリーの家にほり込んでから、俺は玄関先あった斧を持った。

「中から鍵をかけとけ!絶対に外に出るなよ!」


 返事を聞く前に俺は、震える体に鞭を打って悲鳴のする方に走り出す。

 見ると、化け物の周りに数人が血を流して倒れ込んでいるのが見える。

 それでも、それを囲むように斧やら武器を持った村の男達が、少しずつその化け物に反撃していたため、相手も虫の息だった。


 これなら、なんとかなるか?

 よろめいた化け物を見て安易に思った俺は、バカなことに簡単に気を抜いて構えていた斧を下ろした。

 それを見計らったように、化け物が俺に向かって飛び掛ってくる。


 ーーしまっ。


 反撃することも忘れて、只々目を瞑る。


 やられる!!!


 そう思ったけど、いつまでたっても痛みは来ない。

 それどころか、目の前からドサッと質量のあるものが地面に落ちた音がした。


「……え?」

 目を開けると、俺の足元でそいつは、後頭部をナイフで刺された状態で死んでいた。


「フゥ〜、危機一髪、、ってか?」

 鎧をまとったチャラいにいちゃんが、俺を見てニコリと微笑んだ。

 ……ちょっと気持ち悪い。



 俺達を助けてくれたのは、王国の中央都市に仕えているらしい兵士達だった。


 兵士達の話によると、あの稲光が走った日から、どこからともなく、さっき現れた“魔物”と呼ばれる存在が現れるようになったらしい。

 都市の方ではその数も此処より多く、破壊された都市と魔物の対処に追われているそうだ。

 防御を固めつつ、人員を補充、分散による労力の削減するために、魔物の対処が困難であろう都市から離れた小村を3人チームで周り、こうして収集を呼びかけているらしい。


 俺達の知らないところでも、こうして世界は暗黒の時代に突入していたのか、、。

 そう考えると、情けないことに心の中が不安でいっぱいになった。


 ついこの間までのどかに、平和に暮らしてたのに。

 あの隕石の様なクッキーを食べたのが随分と前のことの様に感じる。

 今までがまるで夢だったように、今は死んだ村人の血の跡が残る村の残骸跡で俺達は膝を抱えるしかなかった。


 とは言いつつ、兵士から話を聞いた俺達の選択は決まっていた。


 今みたいに魔物が出る以上、女性や俺より小さい子供をこんな所で住ませる訳には行かない。


 死んだ村人を埋葬する時間だけ待ってくれないかと交渉し、収集に応じる旨を伝えると、チャラめの3人は快く了解してくれた。



「……んじゃ、準備は出来たっスかね?」

 1番チャラいリーダー兵士のにいちゃんが村の入り口に集まる俺達に声をかけた。

「あぁ、いつでも大丈夫だ。」

「それじゃあ、出発するっスよ!」


 列の先頭と中間地点、最後尾にそれぞれ兵士が付いてくれて、俺達を守りながら先導してくれる。

 俺達も一応、何かあった時に身を守れる様に各々ナイフやら剣などの武器は持ってきていたが、今の俺たちじゃさして意味はないんだろうけど。

 俺も母さんが持っていたダガーナイフを腰のポシェットに忍ばせてはいる。


 先頭のリーダー兵士ことカールは、すぐ後ろを歩くマリーの父さんや母さん、俺、マリーに声をかけてきた。


「これから向かうのは中央都市“フィンバリー”じゃなくて、第2都市の“ホールスミス”の方っスよ。流石に国中の人を中央都市に受け入れることは無理っスからね!それに此処からだとホールスミスの方が近いっスから。」

「そ、そうですか、、。」


 正直今の俺たちはそんな事はどうでも良かった。

 それよりも、村をなくして、家族同然だった村の仲間を失って気持ちが追いついていないと言うのが正直なところだ。

 マリーの父さんも上の空の様な返事を返していた。


「あ、それから向こうに着いたら最低限の衣食住は保証されるっスけど、無償でというわけじゃないっスからね!このご時世助け合いが大事っスから。」

「……あ、あぁ。勿論だ。精一杯働かせてもらうよ。」

「それは良かったっス!それじゃあその事なんスけど、村から30人ほど兵士として入隊して欲しいんス!」


 は、兵士?


「そ、それは、、、。」

「大丈夫っス!ちゃんと訓練もしてくれるし、休みもあるっス。まぁ、死亡率は今の所半々ってとこみたいっすけど、誰かがやらなくちゃいけない事っスからね!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 それを聞いてマリーのお父さんも焦り出した。


 今日の魔物のせいで、村の男は10人死んだ。

 今成人している男は19人しかいない。

 来年成人する俺を入れても20人しかいない事になる。

 しかも俺達は今まで戦った事もない、しがない農商人の集まりだ。

 労働ならまだしも、兵役となると、、、。


「君の話はわかる、誰かがやらなくてはならない事だ。しかし、うちの村は今日で男手が大勢死んでしまった。兵として出せる人員は19人しかいない、、。」


「それは困ったっスねぇ〜。」


 本当に困ってんのかコイツ、、、。


 うーんと、悩むそぶりを見せから思いついた様にカールが言った。


「でもせめて、あと1人、キリのいい人数は揃えて欲しいっス。俺も上から怒られちゃうんで。……そうだなぁ、俺の見立てでは、この村で素質のありそうなのは、、、そこの可愛い子!君がいいっスね!」


 そうしてカールはマリーを指差した。



「なっ、、。」

「えっ、、、?!」


 そう言われて俺の横でマリーは目を見開いて震えた。


「わ、私、、、、。」

 俺はマリーをかばう様に前に出る。

「ちょっと待てよ!マリーは女の子だぞ!それに成人だってしてない!」

 流石にそんなこと、認められない。

 認められるわけない。


「あー、まぁまぁ落ちついて欲しいっス。でも、言っちゃ悪いっけどこれは遊びじゃないんスよ?向こうでは女兵士は珍しくもなんともないし、子供だって必要なら戦場に出ることもある。そうまでしなくちゃ、皆んなが死ぬ事になるからっスよ?それに俺の見立ては結構当たるんっス!運が良ければその子なかなか強くなるかも!」


 何が運が良ければだ!

 確かに俺達の認識は甘いかもしれない。

 それでも、俺にだって譲れないものがあるんだ。

「ふざけるな、何がなんでもマリーは兵士にはさせない!」

「じゃあ、どうするんスか?次に素質がありそうな嬢ちゃんのお母さんに行ってもらうっスか?死にかけで戦えもしないジジィとかはよして欲しいっスよ。」


 か弱い女の人を軽く扱うのは男のする事じゃない!

 母さんが見せてくれた本の中の王子様はいつだって全力でお姫様を守っていた。

 女の子は守られるものなんだ。


「……俺が行く。」

「へぇ、気の強いお嬢さんが代わりに来てくれるんだ。」

「ヒマリ!よすんだ!」

「そうだ!それで文句はないだろ?」

「OK、OK。人数が揃うならこっちは問題ないっス。じゃあそう言う事でよろしくっス!ヒマリちゃん。」


 ふん!勝手に言ってろ!





「それじゃ、今日はこの辺で野宿になるっス!早ければ明日の夕方にはホールスミスにつくっスから!」

 少し開けた河原に到着したカールは、俺達を集めて陽気に声をかけた。


 そんな声にイライラしながら適当な大きさの石を見つけて腰掛ける。

 俺はポーチの中の食料を取り出してガブリとかぶりついた。

 こんなに他人にイライラしたのは初めてだ。

 もう、イライラした時は食べるに限る。


 そんな俺の隣に暗い顔をしたマリーが座り込んだ。

「ヒマリ、、ゴメンね。本当にごめんなさい。」


「いや、マリーは何も悪くないだろっ?それに、世界がこんなになっちゃった以上仕方のない事だよ。どっちみち、俺も成人したら兵士だったろうしな。」

 まぁ、腹は立つけど仕方のない事はどうしようもない。

 マリーが兵士になって戦場に出る事に比べたら俺の選択は間違ってないんだと胸を張って言える。


「……ヒマリ。」

 涙を溜めながら俺の袖をぎゅっと握ってきたマリーにドキリと胸が高鳴った。

 か、可愛いぃ〜。

 って、ちょっと待てよ?

 これ、妙にいい雰囲気じゃないか?

 い、今なら告白すれば、、、い、いけるかも。


「ま、マリー。」


 俺はマリーに向き合ってから、両肩に手を掛けてマリーの大きな瞳を見た。

「ヒマリ?」

「あ、あのな、、、俺、、。」

 が、頑張るんだ俺!

 女じゃない、、男らしい所を見せるんだ!

「あ、あの、、、お、お、俺、ずっと、、」

「あー、ちょっといいっスか?」

 俺の必死の告白を遮る様にカールが声をかけてきた。


 は?アイツ空気読めよ!

 マジでしばいてやろうか?


「なんなんだよ?!もう!」

「そんな怒らないで欲しいっス!ちょっとヒマリちゃんに用事があって。さっきの兵役の事で話がしたいから、ちょっときて欲しいんス。」

「……後にしてくれ。」

 ふざけるな。

 今はそんな事話してる時じゃない。

「すぐ終わるっスから!」

 顔の前で手を合わせるカールを見て俺はなんとも思わなかったが、まさかのマリーが言った。

「私は大丈夫よ。すぐ終わるみたいだし、ヒマリ先に行ってきなよ。」


 えっ!!?!

 そ、そんな……。



 気を利かせたつもりなのか、自分から立ち上がって家族の方に離れていくマリーの背中に手を伸ばす。

 届きはしないけど。

去り際に俺の手のひらに大きな赤い花の髪留めを握りこませて行ったけど、どう言う意味なんだろう。

 マリー……。


「それじゃ行くっスか!」

 コイツ、本当にいつかしばいてやるからな!

 覚えとけよ!




「……なぁ、どこまで行くつもりなんだ?」

 あまり聞かれたくないと言った3人に連れられて、もうだいぶ離れたところまで来た。

 こんなに離れて大丈夫なのか?

 河原に灯した灯も、ここからじゃ全く見えない。

「あ〜もうちょっとっス。」

 適当に返事するカールにまたイライラが積もる。

 あたりは暗くて殆ど見えない。

「なぁ、そろそろいい加減に、、」

 俺がカールに声をかけたところで、いきなり俺の後ろを歩いていた1人に体を抑えられた。


 え?は?

 意味がわからない。

 でも抑えられた肩が痛いし、全身を使って拘束を解こうと暴れる。

「ちょ、いきなり何すんだ!?はなせっ!」

「威勢の良いのは嫌いじゃないっス。」

「どうゆうつもりだ?ふざけんなよ!」

 背後から羽交い締めにされてるせいで解こうにも拘束が解けない。

「別にふざけてるつもりはないんス。……ただ、ここまで任務の疲れを一緒に発散できたらなぁ〜なんて。」

 そう言ってニヤニヤ笑うカールが気持ち悪い。

 カールが蹴り上げる俺の足を掴みながらツナギ着の留め具に手をかける。


 ……ちょっとこれ、ヤバくない?

「ちょ、ちょちょっと待て!」

「あれれ〜?恥ずかしくなっちゃったぁ?」


 ゾゾゾッ……。

 き、キモっ!!!

「だから、待て!俺は男だって!」

「そっかぁ、男かぁ〜。……って、へ?男?」

 そこでカールの手が止まった。

 後の2人も固まってる。


「いやいやいや、それはないでしょ?そんな嘘ついてもすぐバレるんっスから!」

「嘘じゃないし!確認したきゃ、触って確かめればいいだろ?」

 言った後で後悔したが、まぁ、これが1番早い。

 本当にふざけた事しやがって!


「あ、じゃあ、失礼するっス……。」

 そう言ってなぜか申し訳なさそうに、俺の股間に手を置くカール。

 どうだ、わかったか!


「カッちゃんどうなんだよ!?どうせ嘘なんだろ?」

 カッちゃんって呼ばれてんのかよ、、という心のツッコミは置いといて、俺を羽交い締めにしている兵士が叫んだ。


 目の前で見るからに冷や汗を流すカール。


「う、嘘、、だろ?」

「はっ、嘘じゃないし!こう見えて俺はれっきとした男なんだよ!」

 俺はなんだか勝った気分になって、吐き捨てた。

「ふ、ふざけんなよ!!ヒマリとか女の名前じゃねぇか!格好といい、紛らわしい事しやがって!!」

「何言ってるんだ!ふざけてるのはお前らの方だろ?本当、マリーにこんな事されなくて良かったわ!」

 本当にこれが俺で良かった。

 この事は後で皆んなに言おう。


「わかったら早くはなせっ!バカ!」

 俺は未だに後ろで俺を拘束する兵士に向かって叫んだ。

「……いい。」

「へ?」

「カッちゃん、俺もう、コイツでいいわ!カッちゃん達は嫌なら抑えといてくれない?」


 な、何言ってんだ?コイツ?

「お、おい、お前、何言って……。」


「じゃあ、俺は遠慮しとくけど、お前がそう言うなら抑えといてやるよ。」


 いやいやいやいや、ちょっと待て!!

 それは考えてもみなかった!

「ちょっと落ち着け!明日には都市に着くんだろ!もう少し我慢しろよ!」

 焦りと、怖さで必死で俺は暴れる。


「まぁ、悪いっスけど、コイツに免じて付き合ってほしいっス!」


 アホか!

 本当にふざけんなよ!

 何が付き合ってほしいっス!なんだよ!


「ってか、誰か助けてくれぇ!!」



 俺の願いが通じたのかどうかは知らない。

 でもその願いは偶然にも叶えられることになった。

 ーーこの世できっと、最も最悪の形で。



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