第8話 約1万8000年ぶりの大地
「いやっほーい!!」
やっとだ!
何度も諦めたこの瞬間をどれ程待ちわびたんだろう。
俺はまるで、夜になると灯りに集まる虫の様にその光に向かって飛び込んだ。
飛び込んだ、、と言うよりも、崩れる地面と一緒に飛び降りたと言った方が正しいかもしれないが。
「いえーーーーーい!!俺はもう、自由ダァァァ、、、あ、あ、あ?」
あれ?
おかしい、、地面に足が、、つかない。
それどころか、、なんか、俺、落ちてない?
その時になって、冷静に辺りを見回した俺は、何度目か分からない絶望感に襲われた。
「ぎぃゃぁぁぁぁぁぁあああああ!!!落ちてる!落ちてる!落ちてるぅぅ!!」
遥か下に広大な大地と森、それに湖も見える。
山の向こうから登る太陽の光が信じられないくらい眩しい。
物凄い浮遊感と、刺す様な寒さ、股間のあたりを襲う謎のヒュンとした感覚。
迫り来る地面に、俺は只々恐怖し泣き叫んだ。
「ああああああぁぁぁぁ!!!」
ドガーーン!!
精一杯鳥の様に羽ばたいてはみたが、鳥類への進化は遂げられず、重力に引き寄せられる様に俺の身体は地面へとめり込んだ。
「ご、ご、ご、ごわがった、、、。」
未だに落下の恐怖に震える身体をなんとか動かして起き上がる。
もちろんすでに身体も再生して、痛みもなくなっているが、俺はもう二度と高い場所には行けないかもしれない。
めり込んだ地面から這い上がると、上がったばかりの太陽が俺を照らした。
手に馴染む土の感触がなんて心地いいんだろう。
見渡すとここは広い草原の様だ。
「帰って、、、来たんだ。」
そう口にすると、なんでか涙が出てきた。
これが情けないことに中々止まってくれない。
それから地面に頬を擦りよせ、土の懐かしい匂いと感触を泣きながら堪能する。
すると、俺の近くに新しく何かが降ってきた。
ガッシャーン!!と激しい音を立てながら幾つかの物が俺と同じ様に空から落ちてくる。
多分、俺と一緒にあの空間にあった物がこうして落ちてきたんだろう。
その殆どが原型もよく分からないほど朽ちた鎧や服の様だった。
「あ!あれは、、、。」
なんとなくしか覚えてはいないけど、どこか見たことがある鎧が3つ。
それが少し離れた茂みにかたまって落ちていた。
何と無くは察していたけど、、。
俺は朽ちた鎧を3つ固めて手を合わせる。
最後の時、俺を守ってくれてありがとうな。
「ん?なんだあれ?」
鎧に隠れる様にして、何かがキラリと太陽の光に反射したのが見えた俺は、とっさに手を伸ばしてそれを手に取る。
出てきたのは、、最後にマリーと別れた時に貰った赤い花の髪留めだ。
こんな所にあったのか!!
少しひび割れはあるものの形の保っているそれを優しく手に包み込んだ。
マリー……。
あの後どうなったんだろう。
あの空間では2万年近い時間が経過してたみたいだけど、そう言えば今はいつなんだ?
もうマリーや皆んなはいないのか?
もし、、いるなら、、。
「ねぇ、、そこの貴方。」
えっ!?
いきなり背後から聞こえた声に俺は咄嗟に振り返る。
深くかぶったマントのせいで顔は見えないけど、声からするに若い女の人の様だ。
余りにも急で固まる、、俺。
「ちょっと、貴方、聞いてるの?」
やっぱり女の人の声だ。
いや、それは良い、、いや、良くない。
すごい勢いで全身に汗が流れる。
別にそれは、俺が落ちていた鎧を漁っていた追い剥ぎに見えるからではない。
それはただ、、、俺が全裸だったからだ。
「ちょっと!貴方!そこの固まってるあんたよ!聞いてるの?」
俺の心の放心をよそに、その女の人は俺に不審な目を向けるわけでもなく近寄ってきた。
「あ、っあ!はい。聞こえてます、。で、でででもこれには深いわけがあって!!」
このままでは、戻ってすぐに変態として牢屋に入れられてしまうかもしれない。
それは避けたい。
いや、避けなければいけない!
何が何でも!
俺はなりふり構わずその場で土下座をする。
「すみません!すみません!わざとじゃないんです!深いわけがあるんです!お願いですから通報だけはしないで下さいぃ!!」
そんな俺の上にフワリと大きなマントが落ちてくる。
「、、えっ?」
「アンタこそ、何を勘違いしてるのかは分からないけど、さっさとそれを着て。行くわよっ!」
「ちょっ、、!え?」
全然状況が読み込めないんですけど……。
俺が困惑して未だに固まっているのを見てイライラしたのか、その女の人は俺の手からマントを無理矢理剥ぎ取ってそれをかぶせる。
「時間がないのよ。だから早く来て。それとも裸のままここに放置されたいわけ?」
そう言われれば、付いて行きます!としか言いようがない。
俺はとりあえず、頷いて彼女の出された手を握り返した。
俺の手を握ったままマントを被った彼女は早足に歩いて行く。
若干俺よりも背が高い彼女は、俺より足が長いのか、すごい速さで進んで行く。
結構付いて行くのが大変だ。
「あ、あの、、どこに行くの?」
歩き出してから何も喋らなくなった彼女に、今更ながら聞いてみた。
「良いから、黙って付いてきて。」
「は、、はぁ。」
こりゃ、何を聞いてもダメだな、、なんとなく声のトーンからそんな事が感じ取れた俺は、とりあえずマントを恵んでくれた彼女に黙って付いて行く事にした。
まぁ、きっと死ぬ事は無いだろうと。
しばらく草原を歩いて、森に入った彼女は川を越え、洞窟を抜けて、更に不思議な花が敷き詰めるように咲く花畑を超えて、霧の深い不気味な森に入った。
背が高く、垂れ下がるように伸びた枝から生える葉で覆い尽くされて空は殆ど見えない。
それに森全体に広がる濃い霧のせいで、彼女がつけた灯がないと、前も良く見えなかった。
それからまた少し歩くとあれだけ濃かった霧が嘘だったように急に晴れて、一本の巨大な木とその根元で灯りを漏らす小さな家が現れた。
彼女は慣れた手つきで家の鍵を開け中に入る。
ドアに付けられたベルが開ける動作に合わせてチリンと音を立てた。
「さあ、入って。」
彼女にそう言われて俺もドアをくぐる。
中は暖かくて、嗅ぎ慣れた草のホッとする匂いが満ちていた。
「ようこそ、我が家へ。私はアスレス。魔女アスレスよ。」
そう言ってフードを脱いだ彼女は、ピンク色のキラキラした瞳を俺に向けて微笑んだ。
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