第7話 永遠の終わり


 自分からの攻撃が僅かながらも入る様になってからは、言うならば効率が上がったのだろう。

“アマカゲルに斬りつける”と言う単純ながらも難易度がアホほど高いこの作業にも少しづつ進展が見えてきた。


 そして、、その終わりは俺の前に突然に現れた。



「……はぁ、はぁ。アマカゲル、お前、そろそろヤバいんじゃないか?このままじゃ、俺がお前に勝つかもなぁ〜。」


 戦いの最中に話す余裕までできた俺は、多分、他人から見たら相当悪〜い顔でアマカゲルに話しかけた。


「ヴヴゥーッ、ヴァオン!」

 アマカゲルは低く吠えて、俺に怒りを露わにする。


 アマカゲルは俺の積もり積もらせた攻撃のせいで、既に全身が傷だらけだった。


“「狼と言うのはな、とても誇り高い獣なんじゃぞ」”

 昔村にいた爺ちゃんにそんな話を聞いた事があった。


 アマカゲルは俺が勝負を挑んでから、逃げるどころか、1度も俺に背中を向けた事がなかった。

 そのおかげで、今の状況がある訳なのだが、、。

 その獣の中でも王者と言われる風格を1度も汚す事なく、それでも尚、傷だらけでマカゲルは俺に向かってきた。


 本当の事を言えば、情が芽生えたりもしていた。

 でもそれを出す事が、アイツにとって最大の侮辱になる事を俺はこの長い時間の中で理解していた。

 伊達に、コイツとこんなに長い時間を過ごした訳じゃない。

 多分、互いにこれ程まで相手を理解している者はいないんじゃないか?

 そう思えるほどに俺たちは長い時を共に戦い続けてきたんだから。



 ……後、数10撃入れれば、、。

 俺の長年の戦い続けた勘が、アマカゲルの状態を見てそう告げていた。

 後、もう少し、、。

 後、もう少しで、、勝てる。

 やっと、、やっと、、帰れる。


 すぐに!と言う訳ではないが、確実に見えてきた希望が俺の心を逸らせると同時に、この永遠にも近い時の終わりに心が引き締まった。


 俺の表情を見て何かを感じとったのか、身を低くして牙を向いていたアマカゲルがスッーと身を高くした。

 そして全身に纏っていた赤雷をいきなり解除する。


 ーーん?

 急にどうしたんだアイツ?


 今の今までアマカゲルが戦闘態勢を解くことはなかった。

 あの、俺が寝ながらフルボッコにされてる最中にでさえ、アマカゲルは警戒を解く事がなかったのに、、、。


「どうした?アマカゲル。おっ、もしかして、降参か?」

 理解してる、とかかっこいい事言ったけど、、アイツ、、、まさか、、逃げるつもりじゃ、、ないだろうな、、。

 なんて、そんな嫌な予感がかすめる俺。


 えっ?!

 お願いだからそれだけはやめてよ?

 本当にお願いします!!!


 俺は表情を崩さないまま、心の中でアマカゲルに土下座しまくっていた。



 アマカゲルはしばらくじっと俺を見つめた後、初めて勝負を受けた時の様に天に向かって気高く遠吠える。


「アオォォーーーーーォン!!!」

 空間にこだます遠吠え。


 ど、ど、ど、ど、どうしたんだ?!?


 俺が目を見開いたまま固まって様子を見ていると、アマカゲルの顔の前に光の粒が集まりだした。


 え?は?


 それは徐々に細長く形を変えて、1本の黒い鞘に納められた巨大な刀へと姿を変える。


 あのぅ〜、アマカゲルさん?


 柄の部分をガブリと加えたアマカゲルは、首を振って強引に刀を鞘から抜き取った。

 飛ばされた鞘が俺の体を貫通、、と言うか上半身をぶっ飛ばして遥か彼方に飛んでいく。


「お、お、お前!!い、犬の癖にそんな武器持ってるなんて、卑怯だぞっっ!!!」


 見るからに物騒な武器を取り出したアマカゲルに俺は思わず叫んだ。

 そんな俺の叫びに、軽く顔を背けてアマカゲルは無視を決め込んできた。


 この、、、可愛くない犬め!!


 そんな間にも、この世界の文字で『黒狼刀』と文字が刻まれた刀身にバチバチと赤雷が走り出すのを見て、俺の背中に変な汗が流れた。


 なんか、嫌な予感がする、、。

 落ち着け、焦るな。

 いつも通りに動くんだ。


 俺は慌てて短剣を握りしめる。

 ゆっくりと刀を横に加えたまま、静かに間合いを詰めるアマカゲルを目で追う。


 落ち着け、いつも通り、、。


 1度前足で足元を掻いたアマカゲルがその直後に俺に突っ込んできた。


 その時、俺の頭の中ではこの8000年近くで培われた動体視力と、そこから考えられる相手の動作予測によって、物凄い速さで次の自分の取るべき行動を計算していた。


 それが仇になったーーというか、そこを突かれてしまったーーと言うかは人によるだろうが、余りにも見え見えな動作に俺はまんまと引っかかってしまったのだ。


 アマカゲルの無造作に大振りな攻撃。

 勿論、今までの俺なら確実に避けた。

 初めて見る武器の攻撃だったし、そもそも俺は自分のスキルを未だに信用していなかったからだ。

 いつ、このスキルの限界が来るか分からない以上、無闇に攻撃を受けるのは得策でないと思っていた俺は、攻撃を避けることを優先的に今までも立ち回ってた。

 スキルの効かない攻撃だってあるかも、、しれない。

 それに、なにより、、痛いんだ。

 治るとはいえ、やっぱりそこそこ痛いんだ。

 本当に一瞬だけど。


 俺に向かって刀が振られた瞬間、あまりにも単純で隙だらけの攻撃に、俺は避けると言う選択肢と同時に、ーーもうこの際どうせ治るんだろうし、切られて1発入れた方が良いんじゃないか?ーーと言うことが頭に浮かんでしまった。

 後数発入れれば勝てると言う焦りが、この局面でこれでもかと言うほどの隙を逆に作り出した。


「しまっーーー!!」


 迷いで身体が硬直する一瞬を見逃さなかったアマカゲルは、器用に刀の角度を変えて、俺じゃなく俺の構えた短剣にその刃を叩きつけた。

 その一瞬の1撃で、今までヒビすら入らなかったその短剣が俺の目の前で砕け散る。


「なっ、、、、!!!!」

 凄まじい衝撃に、俺の上半身も一緒に弾け飛ぶーーがそれは問題ない。


 いつも通り一瞬で再生した俺は、砕け散った刃の一部を前に地面(と言ってもいいのかは微妙だが、)に這いつくばったまま動けなくなった。


 ーーやってしまった、最後の最後で。

 焦ってしまった、、。

 相手は魔王と言われる程の存在なのに、勝てるなんて、、過信してしまった。

 ちくしょう。

 これがなくなったら俺はもう、、勝てない。

 あぁ、俺の負けだ。


 ……さぞかし、勝ち誇った顔をしてるんだろうな、、とアマカゲルを見上げるとアマカゲルの咥えていた刀が眩く発光し目の前で粉々に砕け散った。

 余りの眩しさに俺は眼を瞑る。

 多分、砕け散ったかけらの1つが俺の腹に刺さった様気がしたけど、それも直ぐに治った。


 眼を開けると何故かよろけて倒れそうなアマカゲル。


 俺はすかさず、自分の握っていた折れた短剣でアマカゲルに斬りつけた。


「うおおおおおぉぉぉぉ!!!!!」

 その間アマカゲルに抵抗はなく、俺はこれでもかと今までで1番早く剣を振るった。

 そしてアマカゲルが地面に倒れると、アマカゲルは俺をチラリと見てから眼を閉じた。


「負けたかと思ったけど、お、俺の勝ちだな。……良い勝負だったよ。次、お前が生まれ変われたなら、その時は友達になりたいな。」


 俺がそう言うと、アマカゲルは小さく鳴いて光の粒になって消えていった。






 ーードサッ。

「お、終わった。本当に、、俺、魔王に勝っちゃった。」

 思ったよりも突然な終わりだったが、緊張の糸が切れて俺は腰が抜けた。

 そのまま座り込んで握っていた壊れた短剣を見る。


 ーー最初はクソッタレと思ったけど、、なんだっけ?

 イ、、イ、あ、インスさんだ!

 インスさん、本当にありがとうございました。

 貴方の思いも無事、成し遂げたよ俺。

 徐々に達成感が込み上がってくる。


 壊れた剣を地面に置くと、目の前に久しぶりに金色の文字が浮かび上がってきた。


 久しぶりに見たなぁ、、。

 今度はなんだ?


『約8000年による戦闘経験と身体負荷によりアマカゲルの固有魔法:赤雷に対して、スキル:赤雷耐性を獲得しました。』


 それだけを表示して金色の文字はまた呆気なく消える。


 は?

 い、いるぅ〜〜?!!?

 このスキルいるぅ〜?

 てか、遅くない?!

 もう赤雷使うアマカゲル死んでるけど!!

 今更獲得しても、無意味だよね!?

 くれるならもっと使えるスキルにしてくれよ!!

 何?もはや勲章みたいなもんですか?!


 はぁ、もういいや、、、。

 疲れたし。

 そんなこんなで俺は考える事をやめた。


 そして少ししてから、つい忘れていた達成感を思い出した。

「うおおおおおぉぉぉぉ!!!!!よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 今更押し寄せた達成感を解放するように、俺は叫んだ。

 ひとしきり叫んだ後、、。


 んで、、俺ここから出られるんだよね?

 ちょっと不安になる。


 辺りをキョロキョロしているとずっと向こうの方から地鳴りの様な音が聞こえてきた。

 それはどんどん大きくなって、近づいてくるみたいだ。


 ん?なんの音だ?


 音の聞こえてくる方を見ると、空間が割れる様に奥からどんどんと崩壊してきていた。

 その向こうから差し込む光が眩しい。


「やった!!ようやく、ようやくここから出られるぞ!!!いやっほーい!」


 俺は走った。

 光に向かって。

 何振り構わず。

 そして、まばゆい亀裂の向こうに飛び込んだ。











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