第6話 アマカゲル
俺はアイツに戦いを挑む事を決めた!
こんな苦しい空間に閉じ込められ、動けるようになったと思ったらここから出れないと言う現実。
挙げ句の果てに死を覚悟して腹を刺したら、すぐに治って死ぬ事も出来ませんでした?
ふざけるなよ!このチクショウ!!
もう怒った、俺は生まれて初めてキレた。
昔母さんに“「すぐキレたり、ヒステリックな女はクズよ!」”と教育され続けたおかげで、怒ったり腹が立ったりする事はあっても、相手を殺してやろうと思えるほどキレた事はなかった。
でも母さん、、ごめん、俺、、いつまでも女のコじゃないんだよ。
……そもそも男だし。
絵本の王子様だって言ってただろ?
男には戦わなくちゃいけない時があるんだよ!
俺は今こそ、王子様になる!!!
俺は横に落ちた短剣を拾って、ゆっくりと立ち上がった。
俺がやる事はただ1つ。
自分の再生能力を盾に、ひたすらアイツに近づいてこの剣で斬りつける。
本当なら俺はさっきの行為で、今頃死んでるんだ。
アイツの攻撃がどの程度の物かは分からないけど、それで俺が死んだなら、それはそれで良い。
スキルの限界とやらが来て、いずれ死んだとしてもそれで良い。
もしアイツが逃げたとしたら、俺は死ぬまでアイツを追いかけてやる。
そう、これはアイツか死ぬか、俺が死ぬかの戦いだ。
付き合ってもらうからな、アマカゲル!!
俺は目を閉じて剣を構えた。
正直、まともに剣なんて握った事もないから、構えなんてものは知らない。
握った剣を前に出すだけだ。
そして俺は胸いっぱいに息を吸い込んで叫んだ。
「出てこいアマカゲル!!!そんなに遊んで欲しけりゃ俺が遊んでやるよ!!勝負だぁぁ!!」
これでアイツが出てくるかは分からない。
でも何故か、俺はそうすればアイツが出てくるような気がした。
それが何故かは分からないけど。
少しすると、正面の方から景色に混ざって、あの何度も見た赤い光の線が見え始めた。
そしてその線がはっきり見えるにつれて、腹の底に響くような音も大きくなる。
ーー来た。
一際大きな赤雷が俺の数10メートル前に落ちて、そこにあの漆黒の狼が姿を現した。
紅い瞳が、見窄らしい短剣を構えて立つ俺をゆっくりと捉える。
初めて見た時と変わらないまま、見たものをそれだけで圧倒する魔王の貫禄に、俺の昂ぶっていた気持ちはすでに根本から圧し折られそうになる。
ここで怯むな、、。
自分に、負けるな、、俺!!
俺は底から湧き上がる恐怖を振り払うために、もう1度自分の腹に力を入れる。
そして奴の目を見て叫んだ。
「俺の名前はヒマリだ!!アマカゲル!お前には、俺をこんな風にした責任を取ってもらう!!……先にお前が俺を殺すか、俺先にがお前を殺すか、、、勝負だぁ!!!!」
俺が言った事を理解したのかは正直分からないが、一瞬アマカゲルはその真紅の目を大きく見開くと、天を向いて遠吠えし、その圧倒的な威厳を見せつけた。
鳴き終わりと同時に走り出す俺に、アマカゲルも全身に今まで以上の赤雷を纏って答える事で俺達の戦の火蓋があがった。
今更だけど……ぶっちゃけ本当の事を言うと、俺は初めから自分はすぐに殺されて死ぬと思っていた。
殺してやる!と言ったのだって、俺の最後に残ったプライドでしかない。
いくら俺に、以前より強化された能力が備わったにせよ、そんな物信じていなかった。
だって、なんにせよ相手は魔王と言われたほどの魔獣。
最初の1撃で自分の原型がなくなって灰になる程燃やされて、、それで終わり。
運が良く外れたとしても、この威力の攻撃に自分の再生能力が追いつくとは到底思えなかったーーーそう、奴の攻撃をこの身に受けるその時までは。
ついこの前まで、箱に入れられた娘の様に育てられてきた俺に戦略なんてかっこいいものは1つもなかった。
短剣を両手で構えたまま、“バカ正直”とでも言うかのように一直線にアマカゲルに向かって走る。
対するアマカゲルは俺に合わせて体勢を低くし、ヴァオン!と吠えて威嚇する。
するとアマカゲルから俺に向かって、何10本もの赤雷が落ち迫ってきた。
雷の速さも、大きさも到底俺には避ける事のできないものだった。
次の瞬間には俺の目の前まで赤雷が迫って、真上から赤白く身体が照らされてるのを感じとった時ーー「あぁ、終わりだ。俺ここまでよく頑張ったな。」と思った。
そして目の前が赤く染まって、落ちた雷が全身を粉々に焼き砕いていくーー。
俺の全身を、焼き砕いて、、、、焼き、砕いて、、焼き、砕かれて、、ない?
「へ?」
「ァウ?」
雷が消えた、戦闘前と同じ状態のこの場所に、同じ状態で立ちすくむ俺とアマカゲル。
いや、それは嘘だ、さっきのままじゃない。
雷のせいでせっかくゲットしたオニューの服が消し炭になった(から、また全裸で剣だけ持った、見る人から見たら結構ヤバイ)俺とアマカゲルはお互いに情けない声を出した。
ーーあれ、俺、死んでない……。
確かに雷が落ちた衝撃も、痛い!と思った様な記憶もある。
でももう、今はなんともない。
さっきの痛みも、もう忘れた、、程だ。
お互いに目を見開いて固まっていたが、先に動き出したのはアマカゲルだった。
俺が生きている事を知るや否や、鋭く尖ったどう猛な牙をむき出しにしながら第2撃目を放ってくる。
反応できずに手を前に出し、目を覆う俺。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
また身体に走る衝撃と痛み、、なんてものもあったなぁ、、。
という感じで、さっきと変わらずに立ち尽くす俺。
たった今雷が落ちたはずの体には、やっぱり傷も火傷すらない。
ま、マジで、、、?
喜ばしい事ではあるけれど、考えていた“予想とは全く違う流れ”に、俺自身動揺が隠しきれない。
……もしかして、俺、アイツの攻撃効かない、、のか?
それが頭をよぎってから、一気に俺の身体が軽くなり動き出した。
とは言っても身体能力が上がったわけではない。
ごくごく普通に村で過ごしてきた人間のレベルだ。
もしかするとそれよりも若干低いかも、、しれない。
しかし、完全に消えたわけではないが、心の中を埋め尽くしていた“死”と言う現実が、“無傷”と言う現実に変わった事による心理的な心のゆとりが、俺の身体の強張りを少し溶かしたのだ。
俺はそこから距離を詰め、持っていた短剣を振り上げる。
武器のショボさを見てか、格上のプライドと言うやつなのかは分からないけれど、アマカゲルに俺の攻撃を避けると言う選択は無かった。
俺はそのまま目の前にあった前足目掛けて剣を振り下ろした。
剣はそのまま纏う赤雷ごと切り裂いて、アマカゲルの足に小さな小さな傷をつける。
相手が獣だからあんまり分からないけれど、アマカゲルは多分驚いた表情をしたと思う。
やった!
と思う間も無く、反対の前足で俺は身体ごと弾き飛ばされた。
信じられないぐらいバウンドして飛ばされたにも関わらず、立ち上がった時にはまた無傷な俺。
ーー俺はその時思ってしまったのだ。
痛ってぇ……でも、俺、これ、、、勝てるんじゃないのか?ーーと。
だが、現実はやはりそんな甘い物ではなく、アマカゲルの巨大な図体からは想像もできない様な素早い動きで、俺はそれからかなりの間、自分から間合いを詰めることすらできないままタコ殴りにされ続けた。
それはもう、一方的で笑いが止まらなくなる程だ。
それでも俺の体は再生され続け、死を感じさせることもなく、その形を保ち続けた。
それからまた少しして、俺は新たに気づいた事があった。
この身体は疲労しないのだ。
おまけにお腹もすかない、考えなければ眠くもならならなかった。
……それは嘘です、眠たさはかなりきた。
それでも以前に比べると、ほんの僅かな時間の休息で十分になっていた。
もちろん俺はこの能力をフルに使いきって、戦闘中に寝ていた。
この一方的なタコ殴りを“戦い”と言うのは分からないけれど、俺は物凄い時間の中で“殺されながらでも寝る”と言う技術を手に入れたのであった。
そしてその他にも長い戦闘の中で分かった事がある。
「最終的に無傷な状態に戻る」、「どれもそこそこ痛い」と言う事は変わらないけれど、俺は特に打撃に弱かった。
雷攻撃は目の前が光って眩しいと言う程度。
爪や牙による斬撃や噛撃は、最早身体に触れた瞬間に再生が始まるらしく、最早爪が身体をすり抜ける、と言った表現の方がしっくりくるんじゃないかと言った感じだ。
どれも痛いんだけど、言ってしまえばーー慣れたのだ。
それに比べて前足や尻尾で弾き飛ばされた時は、すり抜ける事がない分飛ばされる衝撃と回る視界が気持ち悪い。
すぐに治るとはいえ、こればっかりは慣れるとかそんな次元じゃなかった。
この時の俺は正直、必死すぎて時間の流れも何も分からなかったから、後々の感覚を頼りにする事になっちゃうんだけど、、。
戦いを始めて1000年、、俺は目を開けて冷静に状況を観察できる時間が取れた。
戦いを始めて2000年、、俺はアイツの噛み付く攻撃にのみ、カウンター技を少しづつ決められる様になってきていた。
戦いを始めて3000年、、俺はアイツの動きを目で追える様になっていた。
勿論身体はついていかないが、、。
戦いを始めて4000年、、俺は噛み付く以外の物理攻撃を予測して、カウンターを合わせられる様になっていた。
戦いを初めて5000年、、俺は初めて奴の物理的攻撃を避けた。
戦いを始めて6000年、、俺は初めてあの赤雷を避けた。
戦いを始めて7000年、、俺は初めて自分から間合いを詰める事に成功し、攻撃を当てる事が出来た。
戦いを、始めてからうすうす感じてはいたけど、考えない様にしていた事、、。
それは、俺はとてつもなく戦闘センスがないと言う事だった。
どれだけ動いても、身体が頭に追いつかない。
それでも俺は諦めなかった。
昔から母さんに“「女が諦める時は自分か相手が死んだ時よ!一度決めたのなら最後まで諦めちゃダメよ!」”と教えられ続けたあの日々があったからかもしれない。
ーー思い返せば昔、家の隣の空き地に、3枚1組で生える“幸せ草”と言う植物が生い茂った場所があった。
俺はマリーからその葉には100万枚に1枚の確率で幻の4枚1組の葉がなっていると言う話を聞いた。
なんでも、それを見つけた者には本当の幸せが降り注ぎ、願いがなんでも1つ叶うと言う言い伝えがあるらしく、それを聞いた俺はやっけになってそれを探したのだ。
「白馬の王子様に会わせてください!」そんな願いを胸に6歳の俺は7日7晩、食事も適当にその草を探し続け、そこそこ広い隣の空き地一面に咲き詰めた幸せ草を全て抜ききってしまった、、。
結局、4枚1組の葉は見つける事が出来なかったが、雑草が抜けて綺麗になった空き地を見て、幸せな気持ちになった事を覚えている。
俺はそれ以来、諦めない心の大切さを知ったのだ。
まぁ、コツコツドキドキと草をむしってるのが楽しかったって事もあるんだけど。
そんな事で、集中力と諦めの悪さが強かった俺は、この永遠にも感じる程の時間の中で、黙々と戦い続けた。
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