第5話 傷つかない身体と傷しかない心


 世の中、どうしてこうも上手くいかない事ばかりなんだろう……。

 ここがそもそも“世の中”と言うのか?ーーとか、今更上手くいく、いかないとかそんな次元じゃないだろ?ーーって言うのは、俺が1番分かっている。


 でも言わせて欲しい。

 あんまりにも俺、可愛そうじゃない?

 俺はこの人みたいに、自分からここに来たくて来たわけじゃない。

 復讐なんて思ってもなかった。

 おまけに男に襲われかけて、頭切って、落ちた先がこれとか、、、。

 出られるとしてもあの化け物じみた犬を倒さなくちゃいけないみたいだし、そもそもそんな事できないし!


 それに、インスゥ……インス…、、もうインスさんでいいわ!このインスさんの言いたい事は分かるよ?!

 そりゃあ、ちりも積もればなんとやら、、、アイツだっていつかは死ぬかもしれないよ?

 でもこの剣がここにあるって事は、完全に俺が第1号だよね?!

 積もる塵の1番底の1粒だよね!?

 だってこの剣を持って挑んで行った人が居たとしても、命からがらここまで返しに来るはずないもんね!?

 死ぬ間際にそんな親切心で溢れる人いないよね!?


 はぁ、絶望的だよ、、。

 元から絶望しかなかったけど、、、。

 どうすれば良いんだよ、、、。


 俺じゃ、どちらにしろアイツには勝てない、、。

 だからこの先、死ぬまで永遠にここから出る事は出来ない。




 ……もう、それならいっそ、、自分で命を絶ってしまおうか、、?

 そうだ、、さっきは身体が楽になって喜んだけど、ここから出られないんじゃ、意味が無いじゃないか。


 俺は日記と一緒に入っていた短剣をゆっくりと拾い上げた。


 17年か、、思えば短い人生だったな。

 殆どがワンピース着ながら過ごした俺の人生。

 せっかく好きな子への気持ちにも気づけたけど、、これじゃもぅ仕方ないよな。

 せめて、マリー達が無事でいる事だけを願おう。


 そう言えば、、昔、4つ隣に住んでた6歳年上の兄ちゃんが言ってたっけ、、。

 確かあれはまだ俺が自分の事を本気で女と思い込んでいた頃ーー。


“「おいヒマリ、ちょっとこっちに来い!お前知ってるか?」

「なぁに?マルク兄ちゃん。」

「良いことを教えてやる!そのかわり、これは他の奴らには秘密だからな?」

「う、うん!」

「実はな、俺達はまだ本当の男じゃないらしい!」

「えっ!?私と一緒で、マルクお兄ちゃんも女の子なの?」

「ちげぇよ!……何だかんだ言ってお前も一応男だからな!教えといてやるよ。」

「私は女の子って母さんが言ってたよ!」

「良いから、良いから!あのな、、男は大人になって“ある事”をしないと、、大人の男とは認められないんだと。」

「ある事って?」

「そんな事俺に分かるかよ!」

「じゃあ、私は良いけどお兄ちゃんは男になれないんじゃ……!」

「……あぁ。」

「そ、そんな!」

「だが待て!全ては分からないが、、彼女を作るってのがキーポイントらしい!」

「彼女?」

「そうだ。そしてそれは、股間がヒュンとなるらしい!それを越えた先に真の男の称号があるんだと。俺が思うに、彼女を作って何かをすればいいと思うんだが、、ヒマリは何だと思う?」

「お股がヒュン?うーん、、私には分かんないよ。」

「ふふふ、まあヒマリはガキだからな!先輩として俺の予想を教えといてやるよ!それはな、、これだ!」

 そう言ってマルク兄ちゃんは両手の人差し指と小指を立てて、その他の指をくっつけるようにして狐の形を作った。

 そしてその狐に見立てた両手の口の部分をくっつけた。

 それを見て赤面する俺。

「そ、それって、、。」

「そうだ、、キッスだ!」

「それは王子様とお姫様がするヤツでしょ!?」

「男は大きくなったらみんな王子様になるためにキッスをするんだよ!」

「そ、そうだったんだ!」

「だがな、ヒマリ。大切な事がもう1つある。俺達はな、、真の男になる前に死んでしまうと、、妖精になってしまうらしいんだ。」

「じゃあ、森にいる妖精さんは、、、!」

「そうだ、王子様になれなかった俺達の未来だ。」

「そんなの可愛いそうだよ!みんな王子様になりたかったはずだよ!」

「あぁ、だからそれを哀れんだ神様が、慈悲をくれるんだ。王子様になる前に死んで妖精になった者は、もう1度生まれ変わるチャンスを与えられるらしい。」

「すごい、それなら安心だね!」

「だがな、生まれ変わるにはとても時間がかかるんだ。神さまも大変だ。だから俺達は出来るだけ男になる努力をしなくちゃならねぇ!ヒマリ、分かったか?」

「うん、私、王子様も好きだからなれるように頑張る!」”


 ーー今思改めて思い出すと、ちょっと恥ずかしい。

 流石にこの歳になれば、あの時兄ちゃんが言ってた事も、伝えたかった事も分かる。

 俺だって男なんだからな。


 まぁでも、その話が本当なら俺が今ここで死んでも、俺は妖精になっていずれもう1度生まれ変わる事が出来るかもしれない。

 こんな散々な人生なんだ。

 神様もきっと俺を可哀想に思って、生まれ変わる順番を前の方に回してくれるかもしれない!

 ……俺だったら、こんな可哀想な身の上のやつが来たらそうする!そうしてやる。


 ……よし、決心はついた。

 出来ればマリーみたいな可愛い子と来世でも会えますように!!!!!!



 もたもたすると、俺はきっと恐怖で自殺なんてできないだろうから、震えながらも一気に小さな鞘から剣身を引き抜いた。

 淡くオレンジに光る剣身がやけに眩しく見えた。

 目を瞑って、抜いたその勢いで俺はそれをーーーー自分の腹に突き刺した。






 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。

 全身に吹き出す汗と、震える体、そして早い心臓の音がやけに大きく聞こえる。


 ーーカランッ。

 震えと汗で滑って手の力が抜け、刺さった腹から剣が落ちた。

 でも、落ちた理由はそれだけじゃない。


「ーーーーえっ?ど、どうして、、。」




 俺は激しく困惑していた。


「腹の傷が、、、ない。」

 そう、たった今決死の覚悟で、、そのままの意味で俺は自分の腹を刺したんだ。

 刺さった感じもあったんだ。

 痛い!とも思った……。

 でも、ほぼ同じ瞬間には痛くもなんとも無くなっていた。

 そして見たときには、服だけ切れて、その下の自分の腹は元の傷も付いていない肌だった。


 ど、どうなって、、、、。


 焦って俺は剣を持ち直してから、次は自分の太ももに剣を突き刺した。

 それも何となくーー痛っ、と思ったその瞬間には剣が身体から弾かれて、なんともない元の状態に戻った。


 う、嘘、、だろ?

 ど、どうして、、、と思った瞬間、最早俺にとっては、“すでに忘れかけていた程の出来事”を思い出した。

 も、も、も、もしかして、、、。


 さっきとはまた違う嫌な汗が背中に流れた。


《瞬間自己再生》ほぼ忘れていたその言葉がはっきりと頭に浮かび上がる。


「ま、ま、ま、ま、まさか!う、う、う、嘘だろぉぉーーーー!?」

 俺は今までに出したことの無いような大きさの声を、この時初めて出した。




 ーーひとしきり叫んだ俺は、糸が切れたようにその場に座り込んだ。


 まさか、まさかあんな決死の覚悟で刺したのに、、、。

 俺は、、死ぬ事も出来ないなんて。


 俺の心は、まるで周りの気持ちの悪い景色のように変化し、痛みが消えた時の希望から悲しみに、悲しみから絶望に。

 今はその絶望すらも変化し、それは怒りへと変わっていった。

 そしてその怒りが向いた先はもちろん、、。


「アマカゲル、、、!!こうなったらお前にはとことん責任取って貰うからな!お前が俺を殺すのが先か、それとも俺が死ぬまでにお前を殺すのが先か、、、その2択だ!!!」




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