第9話 魔女アスレス
「は、はぁ……。」
そう言われて俺から出たのはそんな言葉だった。
もはや言葉では無いかもしれないが。
アスレスと名乗った彼女はそんな俺を見ても気にする風もなく、肩まで伸びた瞳と同じ色のフワフワした髪の毛を揺らしながら家の奥に進んでいく。
「まぁまぁ、疲れたでしょ?今お茶入れるから適当にそこら辺の椅子に座ってくれる?あ!でもその前に服よね、、あちゃー、私の女物の服しかないか、でもまあ無いよりはマシよね!」
そう言って引き出しから何枚か服を取り出してから、それを俺の胸に押し付ける。
「隣の部屋で着ておいで!」
言われるままに服を受け取った俺は、アスレスに背中を押されて隣の部屋の中に押し込まれた。
ぶっちゃけると、俺はこの時もあんまり“警戒心”と言うものを持っていなかった。
スキルの存在もあるけれど、そもそも顔見知りだらけのぬくぬくホワホワとした村で育ってきた俺は、初めて見る人でも疑ってかかる、と言う根本的な考え方がなかった。
それは自分があの3人に襲われかけた事もさながら、知らなかったとは言え初めて見る魔物に安易に近づいて殺された村長達を見ても分かると思う。
それでも1度は襲われ(かけ)た後だろうと言われればそうなのだが、その3人も死んだ今、その思い出は逆に憐れみと最後に助けようとしてくれた行動で、良いものへと変わっていた。
そう、俺は後々知ったのだけど他人からすると信じられない程脳内お花畑野郎だった。
まだ何が何だか良く分からないけど、悪い人、、ではなさそうだ。
魔女って言ってたけど、、いまいち信憑性に欠けるんだよなぁ。
俺の中の魔女のイメージはシワシワの老婆で、困ったお姫様にステキな魔法をかけて王子様の元に連れて行く、、そんなイメージだったからだ。
扉の向こうから言っちゃあ悪いけど、かなり音の外れた鼻歌が聞こえてくる。
なんとなく、俺の持っていた魔女のイメージが悲しい現実に向かっている気がした。
俺は渡された服に腕を通して、久しぶりに着た服に安心感と違和感を感じた。
と言うのも、余りに長い間全裸のままだったから、こう、何というか、いまいち開放感に欠けるような気がしてならない、、。
だけどそれは開いてはいけない扉だと、俺は渡された服のボタンを一番上まで閉めた。
部屋の扉を開けると、アスレスが机に飲み物とパイを用意していた。
久しぶりに嗅いだ美味しい匂いに、俺の腹が正直に音を出した。
「着替え終わった?あら、服を来たらますます女の子みたいに見えるわね!とりあえずお腹減ったでしょ?今お風呂沸かしてるから、後で入るといいわ。」
そう言って椅子を引いてくれるアスレスに甘えて、俺は食べ物に引き寄せられるようにその椅子に座り込んだ。
「う、うまいっ!!!なんて美味しいんだ。」
なんでも食べ物を口にするのは何万年ぶり。
俺はすぐに皿に乗っていたパイを食べきった。
「おかわり!!」
そんな俺にアスレスはニコリと笑って山盛りのパイを皿に盛り付けてくれる。
「あー、もう無理、これ以上食べきれない。」
ホール1つ分のパイを食べきった俺は、大きく膨らんだお腹をさすって椅子の背もたれにもたれかかった。
「ありがとう。ご馳走さま、アスレス。」
「良いのよ。」
アスレスは嫌な顔一つせず、俺に新しいお茶を注いでくれる。
「ていうか、それにしても、アスレスはなんで俺をここに連れてきてくれたの?……ぜ、全裸だったから?」
俺は1番聞きづらかった事を聞いてみた。
まぁ、もしかすると俺も全裸で人が困っていたら助けてあげる事も、、あるかもしれない。
でももしそうだとすれば、アスレスは俺の恩人だ。
村に帰ったらまた改めてお礼に来よう。
「そ、それは関係ないかな、、むしろ誤算。私は貴方が今日、空から降ってくる事を分かっていたのよ。だからそんな貴方を迎えに来たの。」
「えっ!?わ、わかってたって、、。」
そんな事があるのか?
じゃあ未来が分かるって事?
こう言った事に対して知識の少ない頭をフル稼働させる。
てゆうか、本当にそんな事ができるって事は、、魔女ってのは本当なのか?
ぶっちゃけ魔女の定義なんて知らないど。
「そのままの意味。私は貴方が魔王アマカゲルを倒して、あの異次元空間から帰ってくるのを待っていたの。」
「えええぇぇぇぇぇ!!??で、でも何のために?」
「それは、まぁ、私の為でもあり、貴方の為でもあるから、、かな。とりあえず、話はゆっくりできるから、順序よくいきましょ。先に貴方の名前聞いてもいい?流石にずっと貴方じゃ、私もしんどいのよね。」
「あ、そっか、、。俺は、ヒマリ。何にせよ助けてくれてありがとう。よろしく。」
そう言って俺は、改めて自分から感謝の意味を込めて手を出した。
その出した俺の手を握り返してくれたアスレス。
「ヒマリ、ね。私としては貴方の事を聞きたくてウズウズしてるんだけれど、初対面の相手に自分の事をペラペラと話す気にはなれないだろうから、先に私の事から話すわね。」
そう言ってくれるのならーーと、俺もアスレスの事は気になっていたし黙って頷いた。
正直、ここは何処なんだとか、今は一体いつなんだとか、世界はどうなっているんだとか聞きたい事は山ほどあったけど、それを知るのが怖いと言う気持ちもあった。
「私は錬金の魔女にして、この世にある魔道具の生みの親。そして外にあったクルギの大樹と共にこの世界を監視・記録する者。ついでに言うと、異世界からの転生者です。」
語尾に合わせてしたウインクと同時に、妙にカッコつけた感じでアスレスは俺を指差した。
「あのー、全てが濃すぎていまいち良く飲み込めなかったんだけど、、。」
俺は変な空間に閉じ込められてる間に、頭がおかしくなったんだろうか?
それとも、もしかしてアスレスの方がちょっとヤバイ子なんじゃ、、、?
そんな事が頭の中をかすめた。
そんな俺を他所にアスレスは話を続ける。
「ま、そうでしょうね!一言で私を理解できる者など、そうそういないわ。」
なぜかアスレスは嬉しそうだ。
「私はこの世界で3人いる魔女の1人。錬金魔法の使い手よ。」
「錬金魔法?」
「まあ、要するにある物質から別の物質を作り出す魔法よ。万能な物ではない魔法なんだけどね。まぁ、その魔法を使って作った物に、魔法能力を付与した物を魔道具というの。一般的に使われているものは、普通の道具なんかに魔法能力を付与した物が殆どなんだけどね。」
アスレスはそう言うと1つの赤い石が埋め込まれた指輪を机の上に出した。
「
アスレスが手をかざして一言そう言うと机の上に置かれたその石が淡く光り出した。
「おぉ〜、光ってる。」
「これは元々、強く摩擦すると炎を発する鉱石だった物を、私が魔法で光を発する鉱石に変えたの。それに持続の魔法をかけて普段は使ってるんだけどね。」
「す、すごい!」
魔法が使えればこんな事もできるのか、、。
「元々光る石使えよ、、、とかそう言うのもあるんだけど、まぁこれは一例。私はこの魔法を使って色々なものを作り出す研究をしているの。」
「いや、凄いよ。夢のある魔法だね。」
「そう言ってもらえて光栄だわ。あ、ちなみに魔女って言うのは、この世界で初めて魔法を授かったとされる大魔女、マダムアダムの正統な血族の女性に与えられる呼び名の事なのよ。それが一般的に聞く魔法使いと魔女の違いね。」
「そうなんだ、、!因みに男性だとなんて言うの?」
「男は生まれてこないの、何故かはわからないけどね!だから、私達は特に魔法に愛されていて魔力量が多いの。寿命も人の何10倍もあるしね。魔法が普及した今の時代、私達血族じゃなくても魔法を使える人はザラにいるし、下手をすれば私よりも魔力量の多い者も存在するわ、例えば魔王とか、、ね。」
な、なるほど、、、。
なんだか、アスレスの俺を見る目が怖い。
「じゃ、じゃあ記録とか、異世界とか言ったのは?」
「あぁ、さっき寿命が長いって言ったでしょ?だからね、外にあるクルギの木と一緒に世界の移り変わりを記録して残しているの。過去の事を知るには時間を戻す以外に、記録や伝承されてきた物を頼りにしか知る事は出来ないから。過去を知る事は、未来を作ることなのよ。」
「未来を作ること?」
「そう、過去の失敗や成功を学ばない未来に幸せは来ないわ。ひたすら同じ失敗を繰り返すだけ。」
アスレスはそう言って少し悲しそうな顔をした。
「……異世界って言うのはそのまんま。私はかつて別の世界で生きて、そして死んだ。その記憶を持ったままこの世界に転生したって事。だから魔道具の母なんて呼ばれてるけど、本当はその世界にいた頃にあった物をこちらの世界で使えるように再現してるだけ。どぅ?これで私の事、少しは分かったかしら?」
本当の事を言うと未だに理解が追いついていないし、信じられない気持ちでいっぱいだった。
けど、俺にそんな嘘をついて何になるとも思えなかったから、俺はとりあえず首を縦に振ったのだった。
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