第35話 トトミア草原防衛戦


「ヒック、状況はどうだ?」


 眠たそうに欠伸をしながらギルド仲間のギンが俺の肩を叩いてきた。

 コイツも俺と同じCランク冒険者だ。

 所属チームこそ違うが、年が近い分、話も合って今では良い飲み仲間の1人なっている。


「今のところ、特に異常はねぇよ。」

 自前の双眼鏡で辺りを警戒しながらも俺はそう答える。


 今俺はジャバウォックの産卵時期による凶暴化から町を守る為に集められた特別パーティで依頼にあたっている最中だ。


 弓使いの俺は、後方で状況判断をする事が多いし、魔力探知にも長けているから、こうして今回も見張り役に付いていた。


 もうそろそろ夜も開け始めるが、今のところ変わった様子はない。


「もうこのまま、何にも起きないまま終わってくんなぁかなぁ〜。」

 ついつい本音が出てしまう。


「ま、それに越したことはないよな。」

 そう言ってあったかい飲み物を手渡してくるギン。


 うん、美味いわ。


 2年に1回とは言え、毎回この時期は憂鬱になる。

 なんだって、ここまで飛んできた凶暴化ジャバウォックのせいで、毎回何人かが再起不能になるからだ。

 下手をすれば死人が出る年もある。


「せめて、英雄チームがいてくれりゃあな。」


「英雄チームは、今はたしか西のダンジョンに行ってるだろ?魔王討伐に向けての訓練らしいぜ。ダンジョンを訓練がわりにするとかえげつないよな。やっぱり別格だよ。」


「まぁな、、。俺らとは住む世界が違うよな。」


 人には、その実力に合った仕事をするのが正しいと俺も思うけど、正直それだけ力があるならこんな時ぐらい帰ってきてくれてもいいのに、、なんて思ってしまう。


「まぁ、今回は前回よりも人数集まったからそこまで思いつめんなよ。期待の新人もいるしな。」


 そう言ってギンは外壁の下で武器の手入れをするその新人を指差した。


 ヒマリと同じ日に冒険者登録しにきた天才、ソウヤ。

 クールな様子から大人びて見えたが、実際は15歳らしい。

 それでも今はCランク上位の実力を兼ね備えているから、十分に化け物だ。

 なんでも、あの精霊族と契約を交わしているとか。

 とうに、俺なんかよりも実力は上だ。

 同じ日に入ったヒマリが余計に貧相に見えて不憫でならない。

 あ、ヒマリ、、あいつ、、本当にどこに行っちまったんだ、、。


「どうしたんだよ、今日はいつもに増してテンション低くないか?お前らしくないな。」


「ま、まぁな、、。」


 そう言われて、また昨日の出来事を思い出してしまう。

 そう、あの新人受付嬢と薬屋のおっさんが言ってた事が引っかかって、それからなんだかんだ気になって仕方ない。

 まさか、、死んだりしてないよな、、。


「……ったく、どこほっつき歩いてるんだよ、ヒマリ。」


 よっぽど疲れていたのか、心の中で言ったつもりが声に出てたらしい。

 それにギンが突っ込んできた。


「ヒマリ……って言えば、、この前ソウヤと一緒に入ってきたちっこい奴か!お前、結構気にかけてたもんな。そう言えば此処2日3日みてないな、、ってもしかして帰ってきてないのか?」


「まぁ、そんな遠くには行ってないと思うんだけどな、、良い薬草の場所聞くだけ聞いて出て行ったきりなんだわ。」


「ちょ、、お前、、それヤバいんじゃないか?!」


「……分かんねぇ。」


 自分で決めて冒険者になった以上、もしもの事はアイツだって覚悟しているだろうが、、はぁ、、こんな事ならもっと早く依頼に誘ってやれば良かった。

 アイツが自分で考えて、30日続いたら手伝ってやろう、、なんて、ガキみたいな事考えるんじゃなかったと、今更ながら後悔している。


 もし、、無事に帰ってきたら、今度は誘って、冒険者たる者のイロハを教えてやろう。

 俺が教えて貰ったみたいに。




 ーーゾワッ。


 体を這うような感覚に一瞬で体が反応する。

 こればやばい。

 慌てて警報用の魔道具を空に打ち上げる。


「おいヒック!どうした?きたのか?!」


 隣にいたギンも武器の槍を手に持って戦闘態勢に入る。


「あぁ、魔物の魔力だ。、、1体、、いや、2体いるぞ!!」


「皆んな!戦闘態勢に入れ!2体だ!!」


 ギンの掛け声で待機していた冒険者達が一斉に戦闘態勢に入る。


 おかしい、、2体の魔力の種類が違う、、。

 1体は感じたことのあるジャバウォックの物だが、もう1つはなんだ?

 分からないが、同じ程の魔力を感じる。


「おめぇら気を付けろ!1体はジャバウォックじゃねぇ。だか同じぐらいの魔力を持ってやがる!!気ぃ抜くんじゃねぇぞ!!」


 しばらくすると朝日に照らされはじめた空の向こうから、黒い影がこっちに向かって飛


 んできた。


「なんだ?!いつもと様子が違うぞ!!」


 皆んながその影に注目する。


「なっ!!バ、バジリスクだとっ?!」


 外壁の下で構えていた1人が声を上げた。


 飛んでいるジャバウォックの身体に10m程の巨大な蛇の魔物が巻きついている。


 そして、2体はもつれ合いながら草原の端に落ちた。



「お、おい、なんでバジリスクが此処にいるんだよ?!もしかして卵を狙いに来たのか?!」


「アイツは魔王の城付近にしか生息しないんじゃなかったのか?!」


「おい!至急石化止めを用意しろ!!」


 なんて声があちこちから飛び交う。

 魔力の大きさからある程度覚悟はしていたが、まさか厄介な石化を使ってくるバジリスクとは、、。

 バジリスクはBランクに認定されているの魔物だが、魔王の領域付近でしか目撃情報が無いせいで俺も実物を見るのは初めてだ。


 そんなこんなで、こっちが戸惑っているうちに、2体は俺らに気づいたようで目的を変更して向かってくる。


「来たぞっ!!!」


魔力壁ウォール


 飛び上がったジャバウォックから降り注ぐ火玉を数人の冒険者が展開した防御魔法で塞ぎきる。


「ジャバウォックは俺達に任せておけ!」


 そう言ってギンが数名の冒険者に指示を飛ばす。

 なんだかんだアイツもこのギルドでは慕われる中堅株。


 頼んだぞ、、と、俺はもう1匹の魔物に目を向ける。

 さて、コイツをどうするか、、。



「……俺が行く、、援護を頼む。」


 一言、ポツリと聞こえるか聞こえないかの微妙な声量でそう言ったソウヤが1人で飛び出して行った。


「おいおい待て!!お前1人じゃキツい!」


 忠告するも聞く気もないのか、そのまま突っ込んでいくソウヤ。

 なんでこう、癖の強いやつばっかりなんだよ最近の新人は!!


 こうなったら仕方ないと気持ちを切り替えて、ソウヤの援護に入る態勢を取る。


 既にソウヤは自分に身体能力強化、思考加速、筋力増強の魔法をかけていた。

 これだけの魔法を自分で、それもこんな短時間にかける事ができるのは、やっぱり天才なんだな、、と思わざるを得ない。


 盾役が、数名ソウヤを追うように向かって行った。


「お前を、、倒す!!!」

 そう言って、ソウヤは牙を向けて突っ込んでくるバジリスクの攻撃を身を捻ってかわし、胴体に回り込んだ。


 あのバジリスクの攻撃を避けやがった!!!


 周りの冒険者も、おおっ!と感嘆の声を上げる。


「うおぉぉぉっ!!」


 叫んだソウヤが、回り込んで隙だらけになった胴体目掛けて剣を振り下ろし、俺達の防衛戦は始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る