第24話 現実と偶然


 ……本当に今更なのは分かってる。

 でもこんな筈じゃなかった。


 そもそも回復薬不足のご時世らしく、毎日薬草採取の依頼がギルドに届いて来るわけだが(それも同じ薬屋)、、、それしかない!

 しかも、それで1日が終わってしまう。

 俺は毎日を生き延びる(カゲルの飯代を稼ぐ)為だけに、草原に薬草を取りにいき、スライム(と言う魔物であることをリリィさんに教えてもらった)をほり投げると言う日々を送っていた。

 もはや今では、“体中、最弱のスライムにたかられた子供がいる!”と言う事で、トトミア観光の名物になりかけている。


 こんな事をしている場合じゃないと言うのは重々分かっているけど、現状中々変えられない。


 ただ、これはリリィさんが教えてくれた事だけど、マリーの様にさらわれた人達は生きている確率が高いと言う推測があるそうだ。

 なんでも同じ様な境遇でさらわれた貴族の御令嬢数名が身につけていると言うレア魔導具“命のしるべ”と言うアイテムが、今もその令嬢達の生命反応を記し続けているらしい。

 偶然かもしれないけど、俺からすれば何よりの吉報だった。

 それ以上の情報はまだ入ってきていないんだそうだ。


 とりあえず俺は、今の薬草をとって1日を凌ぐと言う生活から何とか抜け出す方法を必死で模索していた。

 草原で一緒に摘んだ綺麗な花を持って帰ってそれを売ってみたり、夜も酒場のバイトに行って依頼終わりの冒険者達から魔物の情報を聞いたりしている。

 前に、こっそり夜にでも危険区域に入って魔物を狩ってこようと思った事があったんだけど、門番のおっさんに夜は魔物が活発化するからガキは出るな!と言われてしまった。

 それ以降、誰も日が暮れてから俺を外壁の外に出してくれないのだ。

 その優しさが逆に辛い。

 バイトも子供だからと、夜の数時間しか働かせてくれず、大したお金にならない。

 俺は今、子供が家も土地も身よりもなく、自分のしたい事を思うままにすることの難しさ、厳しさを痛感していた。

 俺は今、普通に、現実の荒波に揉まれていた。


 朝、ギルドへ依頼を受けにいくたびに、離れた向こうの窓口で歓声が聞こえる。

 あの双剣クール王子様モドキがまた大きな依頼をこなしたみたいだ。

 毎日、薬草採取している草原からアイツが任務に出ていくのが見える。

 それに、日に日に俺でも見てわかるほど良くなっていくアイツの装備も。

 まぁ、俺に装備は要らないんだけど。

 昨日も薬屋に薬草を届けた帰りに、隣の鍛冶屋で今の俺では到底買えなさそうな防具を受け取っているアイツを見た。

 正直アイツとは同期みたいなものだし、仲良くできるならしたいけど、アイツは俺の方をチラッと見ただけで直ぐに行ってしまった。

 他人と比べるのは苦手だけど、少し凹む。

 何せアスレス達と鍛えた今の実力が有れば、直ぐに情報も集めてあっという間にマリーに辿り着けると思っていたのに。

 一体どうなってるんだ、、コレは。




 冒険者になって30日程経過した頃、俺はいつもと変わらず、草原でスライムをほり投げながら薬草をとっていた。

 1度は、もうこのスライムを斬ってしまおうか、、と思ったけど、若干愛着も湧いてやっぱり出来なかった。


 門から依頼に出て行くアイツの武器がまた更にピカピカした物に変わっている。

「おーい!ヒマリーーッ!お前今日もスライム絶好超だな!分解されない様に気をつけろよっーー!!ギャハハハハハ!」

 アイツの仲間の冒険者の奴らが俺に声をかけていくのを、手をひらひらとさせて適当に返事する。


 実は流石にバカな俺でも、スライムに邪魔されながらの薬草採取も慣れて来て、昼過ぎには籠を一杯にできる様になっていた。

流動性のスライムをいなすこの軽やかな体捌き、、(おそらく)通行人も密かに心奪われている筈だ。


 そして、そろそろ考えていたあの計画を実行する時が来た様だ。


 俺は、今ではすっかり仲良くなった薬屋の店主:トミさんに取って来た薬草を引渡しながら聞いてみた。


「ねぇ、トミさん。もうちょっとさ、お金になる草とかってないの?」

「なんだ、ヒマリ。お前、金が欲しいのか?」

「、、まぁ、もう少し生活に余裕を持ちたい。と言うか、数日空けられるぐらいの余裕が欲しい。」

「それは、、難しいな。」

「えっ、どう言う事?」

「お前の言う通り、これよりも金になる薬草はある。でもそれはな、お前が行ける様な安全な場所には生えとらんのよ。」


 えっ、じゃあやっぱりある事にはあるんじゃん?!


 俺がしつこく食い下がると渋々、その薬草の事をトミさんは教えてくれた。


 なんでも、俺が今取っていたのは1番安価で効果の低い回復薬(小)になる薬草なんだそうだ。

 魔力の濃度の低い場所でも生えるため、数は多いがその分効果は低く安価、一般の家庭向きなんだそうだ。

 冒険者が持つ様な回復薬は最低でもこれより効果が上の回復薬。

 種類は中、大、特大とあり、値段も小に比べれば跳ね上がる。

 でもより効果の高い回復薬を作るにはそれだけ魔力の多い場所で成長した薬草が必要らしい。

 薬草は魔力を吸えば吸うほど大きく成長し、より回復効果の大きな薬となる。

 なので、どれだけ長い間生えていた薬草でも、町周辺の魔力の薄い所では大きく成長しないんだとか。

 魔力の濃度の高い場所は必然的に凶暴で強い魔物が多いらしく、高ランク冒険者が採取依頼を引き受けるか、任務先で偶然採取して来た物を買い取るぐらいしか入手方法がないらしい。

 でも、雇うにはそれ相応のお金が必要らしく、この店では最高でも回復薬(中)までしか扱ってないと言っていた。

 それでも、回復薬魔法を扱える者はギルドでも少なく、今でも冒険者は回復の殆どをこの回復薬で補っているらしいので細々と生計を立てるには丁度良いと言っていた。

 ついでにトミさんは、いつか回復薬(特大)へと変わる、幻級の薬草の花を拝んでみたいと言っていた。


 これは、、きたな!と正直俺は思った。

 多少リスクはあると言え、チマチマと町外れで草を抜いているよりも良い!

 なんで早くこの話を聞かなかったんだろう、、と俺は今更ながら後悔した。


 ヒマリ、お前変な事考えるんじゃねぇぞ!!と言うトミさんを何とか誤魔化して、俺は明日行く薬草採取の準備を整えに店を後にした。




「よし、植物図鑑に薬に地図、最低でも3日分の食料も買えた。」

 俺は明日から行く薬草採取の為に、昼間商店で買った物を鞄に詰めていた。

 薬草図鑑を買ったのは、金になりそうな草や実を出来るだけ取ってこれる様にする為だ。

 ターゲットは多い方が良いに決まってる。


 後はアスレスにいつも通り報告するだけだ。

 俺は作業台に置いた瓶に手を伸ばした。

 そんなに直ぐに成長するとは思ってないけど、日にあてたり肥料をやったりしてる割に中々ミモリの本体の苔玉は大きくならない。

 実はちょっと心配だったりする。

 水をかけると出て来てくれるので大丈夫だとは思うんだけど。


 入れる水を取りに行こうと席から立ち上がった時、俺は足元にあった何かを踏んづけた。

 グニョリとしたそれは、容易く俺の体勢を崩し、倒れまいと手を伸ばす俺を完全スルーするかの如くその形を更に変えていく。

 気づけば俺は、盛大に後頭部を作業台にぶつけていた。


 俺は故意にそうした訳じゃ無かった。

 そう、それは全て偶然。


 草原から、気付かないまま服にスライムを引っ付けて帰って来ていた事も。

 そのスライムが偶然俺の足元にいて、それを踏んでしまった事も。

 滑った拍子に作業台に頭をぶつけた衝撃で、ミモリの入った瓶が転がり落ちた事も。

 その中身の本体が、偶然、スライムの上に落ちてしまった事も。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る