第22話 ミモリ


 俺の名前はヒック。

 5年前の魔王による天災とも言える襲撃で住んでいた町と家族を亡くし、逃げる先にたどり着いたこのトトミアに住み着いた。


 深く考えて冒険者になった訳じゃないが、あえて言えば冒険者業の特権である兵役免除と、狩業をしていた分それを手っ取り早く活かせると思ったからこの道を選んだ。


 最初こそ勝手もわからずDランク始まりだったが、マサさんにチームに誘ってもらってからは順調に属性魔法も覚えて(自分で言うのもなんだが、)23歳と言う若さで個人ランク「C」までこぎつけた。

 それはそれは、俺なりに血を吐くほど努力したさ。

 何度も何度も依頼で死にそうになった。

 時には格下の魔物にも数で圧倒されて、後少し増援が駆けつけるのが遅れていたら、俺は今頃死んでいただろう。

 新しく顔見知りになった仲間達がある日突然死んだんだと聞かされる。

 言葉どうり、死と隣り合わせのそんな世界。

 まぁ、その分貰える報酬金も普通に働くよりは格段に高くて、自分の事しか考えなくていい俺からすると最適の仕事なのかもしれない。

 周りの奴らも独り身の奴が殆どだし、それ以外は才能のある奴か、本当に金に困った奴しかやらない、それが俺の『冒険者』と言う印象だった。

 だって凡人は誰も、命を危険に晒すと分かっているのにこんな仕事やりたくないのだからな。



 そんな中、いつも通り依頼終わりに本部のロビーで涼んでいたら見慣れないガキが犬を連れてやってきた。

 見た目は15に満たない女の子。


 一瞬、魔狼のブラックウルフを連れているのかと思ったが、ガキの魔力の低さを見てそれは無いとすぐに分かった。

 魔物を使役する場合、自分より魔力の大きい魔物は使役できない。

 当たり前の事だが、自分の魔力量で魔物を強制洗脳できる範囲に限られるからだ。

 ブラックウルフは幼体でも中位の魔物だ。

 それですら使役できるのはCランクでも上位の冒険者に限られる。

 まぁ、つれてる犬からは魔力を感じなかったから、本当にペットの犬かなんかなんだろうが。


 そんな事を考えているとマサさんが、お節介もいい所、そのガキに声をかけた。

 俺もぶっちゃけ、こんな子供がいるのに冒険者やってる親もいるんだな、、なんて思った矢先、ソイツは自分か冒険者になるとか言い出した。

 どう見ても無理だろ、冗談だろ?とビビらせるつもりで受付に連れて行けば、すらすらと用紙に記入し始める。

 しかもこいつ、野郎だったのかよ!?と別の意味でも冗談だろと言いたくなった。


 親はいないと言っていたのを聞いたし、魔物の情報を集めていると言っていたから、大方復讐でも考えてるじゃないだろうか?

 ここにはそんな奴が沢山いるからな。


 子供の背中を見て、勝手に虚しさがこみ上げてくる。

 俺の死んだ弟はコイツぐらいの歳だった。

 出来れば普通に働いて生きて少しでも幸せになるべきだ。

 俺の魔力感知では殆どコイツから魔力を感じない。

 金がないのか小さい剣に、防具すら一つも身につけていない。

 ゴブリン3体倒したと書いたのも、きっと嘘なのだろう。

 早めに諦めさせてやるべきだと、今度は俺がお節介もいい所、水瓶前に連れて行けば案の定、、以下の結果。

 まぁ、最初は受け入れられないだろうが、これでコイツも諦めがつくだろう。

 後から来た奴ならまだしも、命は無駄にするんじゃねぇと勝手に弟と重ねてヒマリを守ってやりたい気持ちになる。

 と、同時に決断を折らせてしまう事に申し訳なさも感じてしまうが、これは俺の優しさだ。


 だが、ようやく諦めて窓口に向かったと思ったら、ヒマリはそのまま登録するとかぬかしやがる。

 コイツ、、本当に分かって言ってんのか?

 バカなのか?

 何にも重く考えてなさそうな呑気な顔で、自分達でなんとかして行くとも言う。

 いやいや、現実的に無理なんだよ、、。

 受付の姉ちゃんも驚いていたが、そのままヒマリに押されて言われるまま登録しちまってるし。

 おいおい、俺はもう何も知らないからな!!

 そして受け取るやいなや嬉しそうな顔して、女みたいに木のリングを可愛いとかぶつぶつ言いながら、アホみたいに(いや、アイツはきっとアホなんだろうが、、)スキップして宿を探しに出て行った。

 そんなアイツを見て、こりゃほっとけないな、今度一緒に依頼受けてやるかーーなんて思った俺は、なんだかんだこの時からヒマリを気に入ったのかもしれない。





 ーーー


 冒険者ギルドで無事に登録を済ませた俺は、そこから少し離れてはいるものの、鍛冶屋や薬屋と言った商店の近くに構える小さな宿屋を見つける事ができた。


 嬉しい事に、この区画ではリングを見せると冒険者割引とやらが効くらしく、殆どの施設を格安で利用する事ができるそうだ。


 この宿だと区画では最安らしく、一泊20銅貨で泊まることが出来る。

 そこに朝晩2食つけても30銅貨。

 小さいけどありがたい事に個室で、その事を踏まえてもこの値段は普通の町の相場の半額程だ。


 ……本当に冒険者っていいな。


 1人用のベットと小さな作業台しかない(と言うか、その2つでいっぱいいっぱいの)部屋のベットにカゲルと一緒に寝転がる。

 浴場は追加料金がいるらしく、無料のシャワーを借りたけど、それだけでも十分サッパリする。

 いい匂いのするカゲルのモフモフの背中に埋もれるように顔を近づければ、それだけで眠ってしまいそうだ。

 カゲルも大きな欠伸をして眠いんだろう。


 このまま眠ってしまいたい身体と気持ちに鞭打って、俺は作業台の上に置いた鞄に手を伸ばす。

 そして鞄の底に入っている瓶を取り出した。

 中には小さく丸いコケの塊の様な植物が1つ入っている。

 これはネノコから貰った物だ。

 俺はそこに少しだけ水を入れると、苔があっという間にその水を吸い込んでいく。

 そして、その苔の入った瓶の上に半透明の小さな妖精の女の子が現れた。


「ふあぁぁぁ〜、お日様の当たらない時間は眠たいよぉ、モモモ。」

 そう言って大きな欠伸をする女の子に、俺は肥料をこねて小さく粒にした物を渡す。

「遅くなってごめんね、。はいこれ、オヤツの肥料玉。」

「モモ!うわぁい、やったぁ!ヒマリの作ったコレ大好き!」

 ムシャムシャと頬張るミモリの姿がなんとも可愛くて癒される。

艶のあるオパールグリーンのツインテールが、食べる動きに合わせて揺れる。

 それを見たさに、俺はこの肥料玉を作ったんだ。


「じゃあミモリ、よろしく。」

 食べ終わった頃を見計らって俺はミモリに声をかける。

「ももも!任せてヒマリ!」

 するとミモリがフヨフヨとこっちに飛んできて、その小さなオデコを俺のオデコにコツリと引っ付けた。


「はい、オッケー!モモモモっ!」

 10秒程するとミモリはそっと離れてそう言った。


 これはアスレスから頼まれていた仕事だ。

 俺が日中見聞きした必要だと思う事を、ネノコの眷属であるミモリを通してアスレスに届けているのだ。


 昔マルク兄さんの言っていた事はやっぱり間違っていたらしく、妖精は悲しい男の成れの果てではなかった。


 アスレスが言うには、妖精や精霊は自然そのもの。

 自然物や、自然現象が長い年月をかけて大気中の魔力を取りこみ、魔力を宿す様になった物が微精霊、更にそこから成長し自我が生まれたものを妖精と言うらしい。

 そして、その妖精の中から更に年月を重ね、同族の苗床と成る程に大きな魔力を溜め込んだ物を精霊と言い、それら全てを精霊族と呼ぶそうだ。


 もちろんネノコは上位の精霊で、本体はあのクルギの木だ。

 そのクルギの森で生まれたミモリは、ネノコの眷属、、まあ、子供みたいなものだ。

 だからお互いに思念を共有できたりもするらしい。

 ミモリは数年前に妖精になったばかりらしく、こうして魔力を含んだ水を吸収した時しか、妖精の姿を現すことができない。

 森で訓練している時にたまたま会って、そこから友達になったんだ。

そしてここを出る時について来てくれると言ってくれた。

“「1000年も生きていればその頃にはミモリも精霊になってるかもね!ネネネ!」”と言うネノコの言葉が洒落にならないのが怖い。


「モモッ!じゃあ私はそろそろ帰るね!」

 俺の周りを飛んでいたミモリがそう言ってスゥーっと消えて行く。

「ありがとう、また明日な。」


 ミモリの入っている瓶の蓋を閉めて、鞄の奥に入れる。

 今は力が弱い上、乾燥に弱いミモリはこうして瓶の中で保護しないと、本体が死んでしまうのだ。

 いつかもっと安全な環境で、ミモリとも一緒に過ごせるようになりたいなーーと考えながら、俺はすでに眠ってしまったカゲルの横に潜り込んだ。

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