第14話 それはこっちの台詞なんだけど
小規模ながらも屋台の数は多く、鉄板から上がる熱気と人混みで汗ばんでくる。
左手で住子の手を握り、右手には購入品が入った袋。焼きとうもろこしとフランクフルトは確保した。次はタコ焼きだが、どこの店をセレクトするか、林太郎は考える。どうせなら出来立てがいいと思ってしまうのが人の
「どこもたいして変わらないと思うけど」
「違うかもしれないだろ」
「……そうね」
「なんだよ、やる気がないなー」
「あんまり好きじゃないのよ、こういう、人がたくさん集まるような場所は」
不機嫌そうな声が斜めうしろから聞こえる。振り返る余裕もないため、林太郎はすこし声を大きくして告げた。
「たまにはいいじゃん、こういうのも。子どものころとはちがった楽しみがあるよね」
「子どものころ、ね……」
「金額決められてさ、そのなかでやりくりするじゃん。クジはさ、どんなに景品がクソでも、一回しか引かせてくんなくてさー。そのくせ、父さんはリベンジだって言って、もう一回とかやるわけ。大人ってずりーなーって思ったよ」
「そう」
「あ、カキ氷、見っけ。食べる?」
「あとにしなさいよ」
「だね。住子ちゃん何味が好き? 俺、ブルーハワイ。メロンと迷うんだけど、やっぱ青いの選んじゃうんだよなー」
味のラインナップを確認し、あとで買いに行こうと決める。その向こうにたこ焼きを見出し、あそこでいいかと妥協した。
とりあえず目的のものは買ったわけだし、次は食べるための場所を探さなければならないだろう。
屋台が立ち並ぶ道は、蛇行しながら奥へと続いているが、その先は幅も広く、人の流れもゆるやかだ。
まずはそこをめざして歩き、辿り着いたのは、主に子ども向けの店が並ぶエリアだった。ヨーヨー釣りや、おもちゃが並ぶクジに興じる小学生の姿が多い。
すぐうしろで盛大な溜息が聞こえ、林太郎は振り返った。
「大丈夫?」
「……平気」
「あっちにテントがある。飲食用のスペースっぽいから、行こう」
子どもたちの間を通り抜け、保護者らしき大人たちが休憩している場所へお邪魔する。あいにくと席はほぼ埋まっており、二人が並んで座る場所は確保できそうもない。
ぐるりと見渡していると、近くにいた家族連れが詰めてくれ、一人分のスペースが生まれる。軽く一礼して、住子を促した。
「座りなよ」
「私はいいわよ。あなたこそ、きちんと休みなさい。このあと、まだ仕事なんでしょ?」
「あのね、彼女を立たせて呑気に座ってる彼氏がいるわけないでしょ」
住子らしい言い草に、林太郎は反論する。
練習とはいえ、これはデートなのだ。きちんと彼氏として振舞わせてもらうし、それでなくとも、同行者の女子を立たせたまま男の自分が休憩するのは、人道的に問題があると、林太郎は考える。
眉根を寄せて思案する住子の手を取り、半ば強制的に座らせると、長机の上に買ったものを置いた。
自身はまずとうもろこしに専念する。こういったものは、冷めてしまっては興ざめだろう。粒を落とさないよう気をつけながら
目の端では、住子がひとつ息を吐いて、たこ焼きのパックを開けている。二本差してある爪楊枝のうち一本だけを抜き、ひとつ取り上げた。思っていたよりも、大きなたこ焼きだったせいだろう。落としそうになったのか、慌てて顔を近づけている。まだ温かいらしく、たこ焼きの上では、かつお節が躍っていた。
「たこ焼き、どんな感じ?」
「まあ、こんなものじゃないの?」
「タコ入ってる?」
「一応ね」
「たまにあるじゃん、タコが入ってないたこ焼き」
言いながら、残された爪楊枝が刺さったたこ焼きを取り上げようとして、失敗する。
住子が慌てた理由がよくわかった。大きいだけではなく、思っていた以上に生地が柔らかい。
「たこ焼きを爪楊枝で喰うのって、わりと大変だよな」
「本来、二本を使って食べるものらしいけど」
「え、そうなの? てっきりシェアして食べるために二本刺さってるんだと思ってた」
「どこかで読んだ話だから、本当かどうかは知らない。でも、二本のほうが安定して口へ運べるらしいわよ」
じゃあ、住子ちゃんの爪楊枝貸して。
とは、さすがに言えず、林太郎は手にした細い爪楊枝を指先でいじる。
本当のデートだとしたら――。彼氏と彼女だったとしたら、二本の楊枝を渡し合いながら、たこ焼きを食べるのだろうか。
箸の使いまわしを嫌がる人は多いだろう。いままで住子と食卓を囲んできたけれど、スプーンひとつであっても、別々のものを使用してきた。家族のあいだでは、「一口どうぞ」が嫌悪されていなかった林太郎は、あまり抵抗はないのだが、果たして住子はどうだろうか。
(なーんか、潔癖な気がするなー、住子ちゃんは)
蔑みの眼差しが想像できて、林太郎の顔に苦笑いが広がる。
「なに笑ってるのよ」
「いやー、次はなに食べようかなーって思って」
「今あるものを消費してからにしなさい」
「ほんと、住子ちゃんはお母さんみたいだなー」
「…………」
「悪い意味じゃないって。ダメなことはダメって言ってくれる、いいお母さんって話で」
同じ年の異性に「お母さんみたい」などと言われて、よろこぶ女子はいないだろう。しかめっ面の住子の機嫌を取るように、林太郎は口を開く。
「ジュース買ってこようか? ついでにポテト買ってきていい? 食べたい」
「……私はお茶でいい」
「了解。ここで待ってて」
◇
遠ざかる背中を見送って、住子は脱力する。
会場へ来たころは青かった空も、いつの間にか薄暗く、夜が忍び寄っていた。屋台やテントに等間隔に設置されたライトが点灯され、提灯も赤い光を放っている。
なんとなく漏れた息は我ながら重く、林太郎に聞かれなくてよかったと思う。
八個入りのたこ焼きを三つ残して、住子は次にフランクフルトを手に取った。マスタードのかかっていない、ケチャップのみのフランクフルト。
舌にぴりっとくる辛みは苦手だと言ったことを覚えていたのだろうか。林太郎は住子に確認を取らず、マスタードをかけるのは断った。
傍若無人な山田林太郎は、時々こうして細やかな気遣いを見せる。
聞いていないようで聞いていることが多く、記憶力がいい。芝居の練習をする際、台本を持っているのは住子であり、自身の台詞は頭に入っているらしい。時折確認する程度で、物語の流れに淀みはない。
完璧に覚えて周囲から尊敬のまなざしを集めたい、などと大言を吐いているが、本当のところ、それだけはないのだろうと、最近になって感じるようになった。
日常生活はだらしなく破綻しがちだが、仕事に関することは常にストイックで、妥協をしない。仕事にかかわる本を読んでいる姿は、どこか近寄りがたいほど真剣で、そのたび住子は疎外感を覚える。当たり前のことを思い出す。
彼は、フォレストのリン。
音楽と芝居の両方で活躍する、芸能人。
都内のアパートの一室に住んでいる一般会社員とは、縁もゆかりもない芸能人なのだ。
なんでそんな人と、こんなところに来ているのだろうか。
ふたたび漏れた溜息。落ちた視界の隅に、林太郎のものではない靴が見え、住子は顔を上げた。三人の男性が空いた席を探すように立っており、すぐ横に立たれると、なんというか、ひどく居心地が悪い。
相席させてもらっている家族連れは、そろそろ移動するのか、机の上を片付けている。彼らはそれを待っているのかもしれない。
となれば、自分も邪魔だろう。林太郎はまだ戻っていないが、テントの外で待っていれば、合流は難しくない。
男たちが席に着いたと同時に、住子もその場を離れようとしたところ、前に座った一人が声をかけてきた。
「まあ、そう慌てずに、ゆっくりしてってよ」
「おまえが言うなよ」
「お姉さん一人? 一緒にまわろうよ」
「ご馳走するよ」
「あ、焼きそば喰う?」
「……結構です」
割り箸が刺さったパックを差し出され、端的に断る。
せいいっぱい素っ気なくしたつもりだったが、相手はなおも声をかけてくる。
「せっかくのお祭りだし、一人じゃつまんないでしょ」
「あれ? 飲み物ないじゃん、はいビール」
「おまえの飲みさしかよ」
「無礼講無礼講」
「意味ちげーし」
酒気を感じて、思わず眉が寄る。
酔っぱらいは嫌いだった。
膝の上のカバンを握りしめると、立ち上がる。
「失礼します」
「待って待って、ちょい待って」
手首を掴まれ、尻もちをつくようにふたたび腰を下ろす。隣の男が密着するように近づいてきており、触れた肌から熱が伝わるのが、不快だった。
がなりたてるように、男たちは言葉を続ける。
「なんで逃げるかな。俺らが悪いみてーじゃん」
「女の人が一人じゃ危ないと思って、親切に声をかけてるってのに」
「はーい、乾杯しよ、かんぱーい」
言って、透明なプラスチック容器に入ったビールを、楽しげに掲げた。
別の男はそれを意に介さず、住子の顔を覗きこんで眉をひそめた。
「ちょっとさー、その顔なんなの。むすーっとして、かわいげないよおねーさん」
「ってか、その眼鏡ダサイよね。どこで売ってんのそれ」
「お祭りなのに浴衣じゃないのもマイナスポイントだね」
なめるように頭から足まで見下ろして、口元を歪ませる。
「プロデュースしてあげるよ、上から下まで」
「お、ついでに中身も?」
「下着も地味そう。おばちゃんが着てるようなやつ、履いてそう」
「案外エロいかもよ」
「ねえ、どっち?」
「負けた奴が人数分のイカ焼きな」
周囲の人は遠巻きに見ているだけで、こちらに干渉する気配はない。自分も彼らの一員だと見なされているのだろう。住子は胃が重たくなった。
背中から、隣に座っている男の大声が響いて、耳に刺さる。それでいて、周囲の喧騒はどこか遠く聞こえ、住子は冷汗が出る。前の席に座っていたはずの男たちは、退路を断つように目前に立ちふさがっている。上から降ってくる声は、もはや意味を持った言葉に聞こえない。
黙っていれば、あきらめて他へ行ってくれるだろう。
住子がただひたすら地面を見つめていると、前に立っていた男の靴が消えた。
それと同時に、誰かに頭を抱えられる。
ごつんと額にぶつかったのは、ナイロン製のウエストポーチ。
「なんだよ、あんた」
「それはこっちの台詞なんだけど。キミらこそ、なんなの」
「祭りを楽しんでるお客さんですけどー?」
「じゃあ勝手にどうぞ。行こ、住子ちゃん」
林太郎の手が住子の腕を取るが、未だ男に掴まれたままの右手首によって、つんのめる。相手に繋がれている住子の手に気づき、林太郎の声に怒気が混じった。
「あのさ、離してくれる? 女子の身体に触るとか、セクハラだろ」
「触ってんのはあんたも一緒じゃねーか」
「俺はいいんだよ、彼女を触らずに、誰の身体を触るんだよ」
「嘘だろ、そんなののどこがいいの、あんた」
「やっぱ脱いだらすごいんじゃね?」
「ねえ、そうなの?」
林太郎の手に力が入り、住子の腕に食い込んだ。
一歩踏み出そうとした林太郎を押さえこもうと、住子は男に握られた手を振り払い、身体ごとぶつかるようにして、林太郎の胸元へ飛び込んだ。
「いいから、酔っぱらいは放置が鉄則」
「でも、あいつら――」
「あなた、自覚しなさいよ。自分から騒ぎを起こしてどうするの」
掴み合いの喧嘩をしようものなら、どうしたって騒ぎになる。相手が難癖をつけてこないともかぎらない。それは林太郎の身を危うくする。
そのころになってようやく、祭りの関係者らしき人達が現れた。見かねた誰かが、連絡しに行ったのだろう。
腕章をつけた体格のいい男性二名が、住子に絡んでいた三人組を連れていく。関係者の男に謝罪され、住子はそれを受け入れた。
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