第20話 奇跡の一枚

 雑誌のコンセプトは、彼女へ贈るクリスマスプレゼント。

 それでいて紙面の作りがほぼ女性向きなのは、購入層を考えると当然かもしれない。これは男性が購入の参考にするものではなく、女性たちが自分の欲しい物を探すための雑誌なのだ。

 人気のジュエリー、あるいは限定コスメ。多くの女性が持っているであろう美への追及は、男である林太郎の想像をはるかに凌駕する。着飾るよりは、己を惹きたてる装いを選択するほうが大事ではないかと思うのだが、「容姿が整った人が言ってもイヤミになっちゃうだけだって」と、髭面のカメラマンは笑った。

 彼は、とある雑誌の専属カメラマンではあるが、それ以外にも仕事を請け負っているらしく、今回もその別枠仕事。林太郎も何度か一緒に仕事をしたことがある、既知の関係だ。

 今日はフォレスト二人での写真撮影だった。女性向け雑誌のクリスマス特別号という名目で、様々なブランドが自身の商品をピックアップしている。これらをねだられるであろう彼氏くんたちを想像すると、溜息をつきたくなった。是非とも頑張ってほしい。

 女性向けの商品がメインではあるが、メンズ小物も紹介されている。腕時計などは、男女ペアでの購入を見越しているのだろう。

 掲載商品を身につけた写真を撮る場合もあるが、今回は疑似彼氏である。雑誌を読む女性に向けて、キミにプレゼントだよ――と差し出すような図が大半だ。

 ファンサービスとばかりに笑顔をつくる機会が多い林太郎ですら、顔が引きつるのではないかというぐらい、いくつも写真を撮っていく。照明や小物を変えるあいだ、おもわず頬を手でマッサージするぐらいには、疲れている。とはいえ、あまり肌をいじるとメイクが崩れてしまうので、難しいところだ。

 頬の筋肉を動かそうと、あいうえおの形を口で作っていると、それを見たカメラマンが苦笑ぎみに声をかける。

「悪いなぁ、リンに求められるのはどうしても笑顔になりがちだから」

「それが専売特許なので、べつにいいんすけどね。さすがにちょっと疲れました」

「次はちょっと違う雰囲気でいってみようか」

「違う、というと……」

 相手によって見せる顔に変化をつける。あるいは、自身のキャラクターに変化をつけてみる。

 贈り物が高級ブランドとなれば、それを購入できる男性はそれなりに稼ぎのある地位をもつ、余裕ある男だろうか。あるいは、クリスマスだからと奮発して大枚をはたいた男かもしれない。

 それらバックボーンを考えると、表情にも違いがでてくるだろう。バリエーションをつくるという意味では、役に立ちそうだ。

 短時間で設定を組み立てて、それに合ったキャラクターをつくりあげる。

 その作業は、ドラマの役作りにどこか似ていた。シチュエーションに重きを置いた『恋模様』は、確実に己の身になっていると、林太郎は感じる。

 いいねえ、とかけられるカメラマンの声はこちらの気分をあげ、合わせてさまざまなポーズを取っていく。

 海外高級ブランドの宝飾品を差し出すのは、若きイケメン経営者。ちょっと背伸びをすれば届きそうなアクセサリーなら、社会人生活も落ち着いてきた会社員。余裕のある落ち着いた物腰、鷹揚に構えた態度、照れくさそうに差し出す仕草。緊張した顔で差し出すなら、プロポーズを見越した指輪だろうか。

 男性用の商品を見せるのならば、袖口から見える腕時計。粗野な仕草で覗かせた、首元に光る金のネックレス。流し目で見せる眼鏡。首をすっぽり覆うネックウォーマーまでもあるのは、若い世代でも手が届く商品アピールなのかもしれない。

 慎吾とともに、あるいはそれぞれが単体で撮影をかさね、準備されたすべての商品を撮り終えるころには、自分のなかにたくさんの人物がいるような感覚に陥っていた。

 そのため、最後のポートレートは「本人自身で」と言われ、少々困ってしまったのである。

 商品を見せることを主目的とした写真とはちがって、フォレストとしての写真。けれど、やはり雑誌のコンセプトに沿って「誰かへプレゼントする姿」が求められる。

「表情硬いねぇ」

「いやー、なんか、こういうのを誰かにプレゼントする自分が想像つかないっていうか」

 特定のブランドを贔屓するわけにもいかないため、持っているのは、無地の包装紙に包まれた箱だ。人物を撮ることが目的のため、箱自体は手に乗せられるぐらいの大きさ。それを弄びながら、林太郎は肩で息をつく。

 親族に渡すプレゼントとは、わけがちがう。彼女への贈り物――などと言われても、哀しいかな、そんな親密な仲になった女子はいないのである。

 見てくれがいいため、寄ってくる相手はいたし、都会に出てきてからはますます顕著になった。けれどそれは、いわゆるトロフィー彼氏というやつで、『イイ男を連れているアタシ』が好きなだけであり、林太郎自身が望まれているわけではないのだということを、早々に思い知った。二十歳を迎えるころには知名度もあがり、そういった付き合いからも遠ざかっていき、数年が経過。林太郎の運命の人は、未だ現れていない。

(――俺、いつになったら山田じゃなくなるんだろう)

 脱・山田の悲願達成は、フォレストとして大成すればするほど遠ざかっているような気がしている。名が売れれば売れるほど、フォレストのリン=山田林太郎の破壊力は増していくだろう。発覚したときの衝撃は、高校時代の比ではないはずだ。今回のそれは、市内の同世代だけではなく、全都道府県の日本人全員が対象となる。

 なんとしても、運命の女の子に出会い、早々に山田姓からの脱却を図らなければならない。

 その相手に本名を明かした際、どういった反応をするのか。高校時代に他校生が見せたあからさまな態度は、十代の心にはかなりヒビが入ったものだが、林太郎の中に存在する「運命の人」は、笑ったりせずに受け止めてくれる優しい女の子である。彼の姉にいわせれば「ちょっとこじらせすぎ」であるし、相方の慎吾からみてもかなり痛々しい。

 だが、林太郎は信じている。きっとどこかに、あるがままを受けいれてくれる、天使のような女の子がいるはずだ、と。

 そういう相手に手渡すプレゼントだとしても、どういう態度で渡せばいいのだろう。とっておきの決め顔は、今さっき「硬い」と却下されてしまった。あれが駄目なら、なにが正解なのか、わからなかった。


「いるでしょ、好きな子のひとりやふたり」

「複数いちゃダメっしょ」

「恋愛的な意味じゃなくて、友達でも家族でも、なにかをあげて、よろこんでくれるかなー、みたいなさ」

「なにかをあげて……」

 そのとき、ふと脳裏をよぎったのは、住子のことだった。

 出会ってまだ間もないころ、雑誌社でもらった携帯ストラップをなんの気なしにあげた。それは例えば、事務所の人に差し入れをするような気軽な気持ちだったけれど、住子が使っていることは先日も目にしたばかりだ。

 それだけではなく、新曲のプロモーションで訪れた九州で買ったお土産。東京に戻ると雨で、小さな傘の中、前後に立って歩いたこと。落としてしまった袋を抱えて、途方にくれた顔を思い出す。

 ツアーがはじまってからは、その地で買ったお土産を厳選して渡すことにしている。たくさんあっても余すから考えて買え――と怒られたせいだ。吟味するからこそ、なにを買おうか悩むし、渡したときの顔を想像するとワクワクもする。

「お、いい顔になってきたねぇ」

 声とともにシャッターが下りた。

 手のひらの小箱を見つめ、考える。

 これを渡す。中身を気に入ってくれなかったとしたら、どうしよう。

 不安に揺れる表情をカメラマンが捉えるが、渦巻く思考は林太郎から周囲の音を奪っていく。

 今、頭を支配するのは「表情を作ること」ではなく、住子のことだった。

 お土産をあげたいから渡してきたけれど、ただ単に渡すのではなく、受け取ったときの反応が楽しみになってきたのは、いつからだったか。けれど、それは特別なときだけではない。日々の暮らしのなかで、いつだって存在してきた瞬間だ。コンビニで買ったスイーツ、現場でおいしいと評判だったテイクアウト専門のおかず。それらをあのテーブルに広げて食べる時間は、肩の力をぬけるひとときで、林太郎にとって、大事な時間となっている。

 たくさんお世話になっているからこそ、よろこんでもらいたいのだ。

(とはいえ、素直じゃないからなー住子ちゃん)

 いや、素直といえば素直なのか。周囲の人間が遠慮して言わないようなことも、率直に告げてくるのが山田住子という人だ。

 そして、そういうところが気に入っている。

 困ったように眉をさげた顔に、ゆるんだ口元。揺れ動く表情を、カメラが切り取っていく。

「最後、目線こっち」

 声に反応し顔をあげる。いつの間にか移動していたカメラマンのほうへ向きなおった。

 あそこにいるのは、この手にあるものを渡したい人。

 いつもは強引に押しつけているけれど、こんなときぐらいは、きちんとした「贈り物」として、受け取ってほしい。

 こちらが、本当に本気で差し出したものを拒否するほど、冷酷な人ではないのだから。

(クリスマスプレゼント渡したら、きっと驚くよなー。どんな顔するんだろう)

 想像して、顔がほころんだ。

 自然と口角があがり、肩の力も抜ける。

 整った端正な顔立ちがやわらかくとけた瞬間、カメラマンの指がシャッターを切った。




 穏やかな微笑みを浮かべた一枚は、雑誌社が宣伝の一環として使用し、大きく話題を呼んだ。

 それまでに見せていたアイドルスマイルとは一線を画した表情は、ネットのいたるところで拡散された。写真が収録された雑誌は発売前から問い合わせが殺到し、部数を伸ばすこととなる。

 「奇跡の一枚」と称されたその写真、リンが向けるまなざしの先には誰がいるのか。

 ドラマの役柄に合わせてキャラクターを当てはめる人がいれば、相方のシンをあてがう層もあり。

 それをみて、しばらくフォレストがツーショット写真を撮りたがらなくなったのも仕方がないことといえるだろう。しかし、マネージャーの大杉は「それに乗じて売り込め」と二人の仕事を増やしたものだからたまらない。

 杉さんこえぇ。

 あと、女の子の想像力ってこえぇ。

 まだ見ぬ運命の女の子が、そういう人ではないように、林太郎は神に祈りを捧げた。


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