第19話 イルミネーションを観に行こう
十一月に入ると、そこかしこでクリスマスイルミネーションがはじまる。
仕事柄、さまざまなイルミネーションを見る機会がある林太郎だが、プライベートで訪れることは、ないといってもいい。
今年は是非、現地で「お客さん」として眺めてみたいものだと考え、周囲の人たちにおすすめスポットを聞き、ひそかに計画を立てていた。
夏祭りのとき、人混みは嫌いだと住子は言っていたが、一緒に行ってくれるだろうか。
数ヶ所、場所を絞り込んだ時点で、林太郎は誘いをかけることにした。
ツアーも中休み。しばらくは、東京を離れる仕事もないため、住子の都合にも合わせられるだろう。普段は自分の都合で振り回すことが多いため、今回ばかりは彼女の希望を優先させるつもりである。
久しぶりに一緒に夕食を取りながら、林太郎は話を向けた。
「イミネーションを観に行こう」
「冬場は、クリスマス仕様のドラマになるの?」
「夏祭りに出たからね、『恋模様』のクリスマスドラマ、俺はないよ」
「……じゃあ、他の仕事?」
住子の口調から察するに、ただのプライベートだと言えば、「面倒くさい」と断られる気配が濃厚だ。
林太郎は、彼女の勘違いを利用し、微笑んで頷くことで同意を示した。内容は口にしない。仕事であるからにはオープンにできないことも多いため、思ったとおり住子は詳細を問わなかった。林太郎は、ほっと胸をなでおろす。
週末は混雑するだろうから、平日のほうがいいだろうか。
となれば、住子は仕事帰りということになってしまう。最寄り駅にて待ち合わせをして、そこから一緒に出かけるのがベストだろう。
以前に訊いた、住子が利用している沿線が乗り入れている駅と、イルミネーションをやっているエリアが合致するかどうかを知るため、パソコンを起動するよう促す。パソコンのデスクトップは、標準のもの。内臓されている写真画像すら使用していないところが、なんとも住子らしかった。
今度、フォレストのグッズとして、デスクトップの壁紙でも提案してみようか。
スマホ用、パソコン用と用意して、ダウンロード販売する手法も聞いたことがある。写真を自ら加工して、個人で使用している人も世の中にはいるだろうが、それらを第三者へ配布すれば違法。にもかかわらず、そういった行為はネット上に溢れているのが現状である。
ぼんやりと考える林太郎の隣で、住子がマウスを動かす。ブラウザが立ち上がったところで操作を交替し、路線図を確認する。住子側から直接向かうのはやはり難しいようだ。
「よし、迎えに行こう」
「いいわよ。私が行くから」
「こっちが誘ったんだから、出迎えに行くのが普通でしょ」
笑みで押しきると、住子は眉を寄せて黙りこむ。あまり納得はしていなさそうではあるが、林太郎も引くつもりはない。
反論の言葉が出る前に、待ち合わせの場所と時間について話し合い、混雑するであろう改札は避けて、駅の入口で待つことに決めた。スマホのスケジュール帳に、いそいそと入力する。
画面をタップしながら、そういえば――と思い出して、声をかけた。
「あのさ、写真撮ってもいい?」
「写真って……なんの」
「住子ちゃんの」
「――は?」
ややドスの効いた声が返ってきて、若干ひるみながらも、林太郎は主張した。
「慎吾がさ、住子ちゃんの顔が見たいって言ってて」
「それで、写真を撮ってこいって言われたわけ?」
「いいや。ないのか? とは訊かれたけど、撮ってこいとは言ってない」
「じゃあ、必要ない」
「えー、いーじゃん」
スマホをかまえると、プイと横を向いてしまうが、気にせず一枚確保する。シャッター音に驚いた住子がこちらを見たので、すかさず撮影すると、連続してシャッターがおりた。連写で撮れば、一枚ぐらいは正面顔が撮れるのではないかとふんでのことだが、こちらを向く住子の形相が変わっている。
普段からあまり表情が変わらず、眉や口元で喜怒哀楽を判断できる程度の住子が、いつになく怒っている。その変化をうれしく感じられるような状況ではない。
無言の圧力に屈し、林太郎はスマホを操作すると、画像フォルダを住子へ提示した。そこに自身の顔が写っているものがないことを確認させるが、消したようにみせかけて、こっそりとフォルダ移動させているのは、いうまでもないことである。
自身の部屋に戻って、改めて画像を吟味する。驚いた顔、慌てた様子、普段目にすることのない一瞬の表情が切り取られており、カメラの有能さを再確認してしまう。いや、これはむしろ、撮った自分がすごいのではないだろうか。
被写体としてだけではなく、カメラマンの才能もあるんじゃね?
慎吾が聞いたら、呆れそうなことを独りごちながら、林太郎は一人で悦にいった。
◆
天気予報の降水確率は高かったけれど、なんとか雨に降られることはなさそうな空模様の下、住子を待つ。帰宅時間に合わせての待ち合わせということもあり、駅周辺には、会社員らしき姿が多く行き交っている。
到着している旨は連絡済だ。会社を出るときに、電話をするようにも伝えてある。
思った以上に人が多く、こんなことなら会社のほうへ迎えに行けばよかったかと思ったが、さすがにそれは無理だろうと、考えを打ち消す。目立つであろう自分が待っていることで、住子に不必要な注目が集まることは避けたい。おそらく、そういった騒ぎを、住子は嫌うはずだからだ。
芸の世界へ身を置く人はともかくとして、注目されることを厭う気持ちは多くの人が持つ感情だろう。昨今、SNSにアップした動画で炎上するニュースがあとを絶たないが、それは一部の層でのこと。そういったニュースを一緒に見ていて、住子はよく顔をしかめている。若者らしさに欠けるのが、山田住子という女の子なのだ。当初は「根暗なインドア派」とカテゴライズした相手に対して、随分と逆転した感想を抱くようになったものである。
視線の先では、到着したバスに人が乗り込んでいく。急な冷え込みのせいか、冬の装いも多い。
足元からせりあがる冷気に、おもわず足踏みをする。ブーツを履いている自分はともかく、革靴のサラリーマンはさぞかし冷えることだろう。
歌い手にとって喉は大切。身体が資本で、病気になれば撮影にも影響が出る仕事をしている林太郎は、マスクをしてマフラーを首に巻いた状態だ。キビキビと歩いていくビジネスマンからは程遠い装い。
(……なんか俺、ちょっと場違いじゃね?)
住子から連絡が来るまで、周辺を歩いていようかと思っていたところ、見知った顔が現れた。
グレーのジャケットに、膝丈スカート。黒いストッキングに埋没している黒い靴。薄闇に同化しそうな色合いの住子が、早足でこちらへとやってくるのが見え、林太郎は目をしばたたかせた。
「住子ちゃん?」
「ごめん、電話できなくて」
「べつにいーけど、どうかしたの?」
「電池がなくなりそうだったの。昨夜、きちんと充電ができてなくて」
カバンから取り出したガラケーには、林太郎が渡したストラップが揺れている。深く考えずに渡したものではあるが、こうしてずっと使ってくれているのを目にすると、うれしさがこみあげる。黄色い小さな花は、やはり住子に似合っていると、改めて感じた。
スマホが主流の昨今、ガラケー用の充電需要はないに等しい。ショップに行きさえすれば、どうにかなるだろうが、促してみても住子は首を振った。
どこかへ電話する用事もないし、かかってくることもあまりないため、必要性を感じないらしい。
「二日ぐらいは充電しなくても平気だったのに、最近はそうでもないのよね」
「それ、電池が古くなったんじゃないのか?」
「山田くんがしょっちゅう、メールだの電話だのをしてくるからじゃないの」
おかげですぐに電池が減るんだけど、と文句を言われたが、申し訳なさよりもよろこびのほうが大きい。
そうか――と、林太郎は合点する。
インドア派であろう住子をこうして外へ誘うこと、電話をして他者とのコミュニケーションを活発化させること。
自分が住子にあれこれ手を伸ばすのは、それが目的なのだ。
(そっかそっか、そういうことか!)
判明したからには、さらに高めて実行していかなければ。
マスクの下で微笑むと、住子の手を取る。会社から駅までのあいだで冷えたのか、指先がひどくつめたい。包むように握りこむと、構内へ足を進めた。
歩調を合わせ、並んで歩く。
ふと、久しぶりだと思う。
最近はめっきり忙しくなり、一緒に買い物に行くこともなくなってしまった。ともに出かけたのは、夏が最後だろうか。
長袖から半袖になり、こうしてまた長袖に戻って、さらに一枚羽織る季節がやってくる。
隣に住んでいたのにまったく知らなかった人と、こうしてイルミネーションを見に行くことになろうとは。なんとも不思議なものだった。
ライトの点灯は、まだ開始されたばかり。聞くところによると、十二月になれば、さらに電飾の数が増すらしい。近くの公園では、プロジェクションマッピングもおこなわれるというが、今はまだその時期ではないようだ。
客足はそれなり。灯りを際立たせるため、それ以外の照明は抑えられているおかげで、顔が目立つこともなさそうだった。
電飾の色が切り替わると、人々の顔がいっせいに同じ色に染まる。
皆が同じ方向を見やり、光に照らされるさまは、ライブ会場の客を思わせる光景だ。リハーサルの際、客席からステージの様子を確認することがあるが、本番さながらに電飾を落とした時がちょうどこんな雰囲気で、思い出しては気持ちがはやる。やはり自分は、舞台に立つ側の人間なのだと、痛感する。
隣を見下ろすと、住子はきょろりと周囲を見まわしているようだ。光に彩られる顔は、夏の花火を彷彿とさせ、林太郎の顔はほころんだ。
「来てよかったでしょ?」
「……まあね。でも、だいじょうぶなの?」
「バレないのかって意味なら、平気でしょ。イルミネーションを見物にきて、人の顔をじろじろ見るヤツいないって」
「山田くんは楽観視をしすぎ」
「住子ちゃんは疑いすぎ」
苦笑で返し、林太郎は左手を腰にあて、腕を突き出した。そのまま住子を見つめていると、意味がわからないのか彼女は眉根を寄せる。仕方なく、林太郎は解説をいれた。
「はい、この隙間に手を入れる」
「……どういうこと?」
「カップルなんだから、腕くらい組むでしょ」
そこかしこで寄り添う姿を提示すると、「ああ……」とちいさく呟いて納得したようだったが、実行するのは躊躇するのか、戸惑っている。
「イヤなら、肩を抱くほうにする?」
言って左手を宙に浮かせると、ぎょっとしたように身を引いた。
そんなに逃げなくてもいいじゃないか。
林太郎は、すこしだけむっとする。
「イルミネーションを見物にきたカップルの練習なのになー」
「――わかってるわよ、そんなこと」
今日のこれは、ただ単に、住子にイルミネーションを見せたかっただけではあるのだが、言ったところで迷惑顔を浮かべるだけだろう。
だから、練習であると強調して告げると、思ったとおり住子は頷いた。
おずおずと伸ばしてくる手を掴み、己の腕に絡ませる。
「はい、右手を通して、こう。そんで、もっとくっついて」
「なんでよ」
「カップルの――」
「練習、ね。何度も言わなくていい」
左腕にすこしだけ重みがかかり、ほのかにあたたかくなる。歩行練習と称して腕を絡ませた状態でゆっくり歩を進めると、住子が歩く振動がジャケット越しに伝わってきた。
夜は気温が下がりそうだからと着込んできたダウンジャケット。どうせダウンを着るならば、袖のないベストタイプのものを選べばよかった。そうしたら、もうすこし彼女の存在を直に感じられたであろうに。
もったいないような、ほっとしたような。
両方の気持ちを味わいながら、林太郎は存在を確認するように、そっと腕を引き寄せた。
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