第4章 4
京都タワー。
京都駅前に立つ、円筒式の塔だ。条例による建物の高さ制限がある京都市街において、街を見下ろすことができる唯一の場所だった。
その地上百メートルに位置する展望台から、ほのか様は京都の夜景を一望にしていた。四条や先斗町といった繁華街が見下ろせる位置にあるため、深夜に近い時間であっても煌びやかだ。
だが、ガラスに手を当てそれを見入るほのか様の表情は暗い。
「どうですかな。すべてを見渡すことができるこれこそが、支配者の視点にふさわしい場所だとは思いませぬか? 魔王様」
後ろからスーツ姿の男が話しかけてきた。影が渦巻いている。魔物が取り憑いているのだ。
男の後ろには、黒服の男たちが控えていた。やはり全員魔物だ。魔界帰還の扉を開くための術者だろう。
ほのか様はため息混じりに答える。
「七百七十円で登れる場所でいきがるなんて、底が知れますわよ」
「これは手厳しい。しかしこの時間にこの場所に立てるのはあなた様だけです。どうぞ、お時間まで勝者の光景をご堪能ください」
ほのか様は東山のほうを見てみる。
遠くて暗くて、よくわからなかった。高台にある学校はともかく、しのぶちゃんの家は建物の陰になっていて望遠鏡を使っても見えないだろう。
勝者の光景。しかし、本当に見たいものは見れないのだ。
「ほのか様ぁ!」
突然、静寂に包まれていた展望室に高い声が響き渡った。
一瞬、ほのか様を遠巻きにしている黒服たちがこわばるが、見知った顔であることで緊張を解いた。
「ヘル子さん」
メイド服のフリルを翻して、トイレの扉からヘル子さんが現れた。
「ただいま戻りましたです。お姉様は、ちゃんと目覚めましたです。すごい元気ですよ!」
「そう」
ほのか様の表情に少しだけ明るさが戻った。
「しのぶちゃんはわたくしのこと――いえ、なんでもないわ」
「……だいじょぶですよ」
ほのか様の本当に聞きたかったことを読んで、ヘル子さんが答える。
しのぶちゃんは嫌ってなどいない。それどころか――。
「ヘル子殿。ほのか様は旅と緊張とでお疲れである。少しは控えたらどうだ」
「むぅ」
スーツの男がたしなめてきた。
「……まあいいです。あんたなんかの相手をしてる場合じゃないです」
ヘル子さんは男にそう言って、きょろきょろと辺りを見回しはじめた。
「どこをどうしましょうかねぇ」
「ヘル子さん、何してるの?」
記念メダル販売機の裏を覗き込みながら、ヘル子さんは答える。
「秘密です」
そのとき、チン、という音が鳴った。エレベーターの到着した音だ。
「――なんだ?」
スーツが振り返る。もう営業時間はとっくにすぎている。エレベーターも止めていたはずだった。
「な、なんだお前ら!」
黒服が騒ぎ始めた。
何人もの巫女がエレベーターから降りてきた。全員、腰には日本刀を帯びている。
それぞれ、いっせいに抜刀する。
「八百万の神々に代わって、我々が魔王を成敗する! 覚悟!」
あっけに取られていたスーツが、その言葉に我に返った。
「魔王様をお守りするのだ!」
展望室が殺気立つ。
巫女は十人足らず。狭い展望室を制圧するにはそれくらいが妥当だったかもしれない。精鋭をそろえたらしく、ひとりひとりの動きは鋭く、連携も取れている。日本刀を振り回し、混乱の抜けない黒服たちを圧倒する。
黒服たちも手に手に斧や鎚といった古代の武器を握り応戦した。実体化は無理でも得物を呼び出すくらいの魔力は満ちている。
それでも巫女たちのほうが勢いがあった。
「ああ、これがあの猫畜生が言ってた急進派勢力ってやつですかね」
ひとごとのようにぼんやりとつぶやきながら、ほのか様を背中にしたヘル子さんはモップ捌きで一度に二人の巫女をすっ飛ばす。
他の巫女たちがたじろぐ。逆に、黒服たちは沸きあがった。
「……実はチャンスかも、です」
床に崩れ落ちた二人に、ヘル子さんは笑いかけた。
「巫女服もいいですが、メイド服とかも着てみたいと思いませんですか?」
「な、なにを――」
彼女らが答える前に、メイドカチューシャをかぶらせた。
その瞬間、虹色の光とともに彼女たちの服装がメイド服に変化する。
「ほのか様をお守りするのです」
「イエス、サー」
メイドとなった巫女二人は刀を手に、さっきまで仲間だった巫女さんたちに切りかかる。
巫女たちに動揺が広がった。
「榊と柊木が敵に落ちました!」
「ひ、卑劣な! やむをえない、拘束しろ!」
一方、劣勢だった黒服たちが歓喜する。
「いいぞ、ヘル子殿! そのまま敵を一気に蹴散らすのだ!」
が、ヘル子さんはわざとらしく腕時計を見るフリをした。
「あ。申し訳ないです。ヘル子、ちょっと野暮用を思い出したです。あとは任せたですから、やられない程度にがんばるです」
ぽかん、とする黒服一同。
ヘル子はメイド化した二人に守られるほのか様に耳打ちする。
「それじゃ、あとで迎えにくるです」
「え?」
ほのか様が聞き返す間もなく、ヘル子さんは夜の闇の中に消えてしまった。
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