幕間
神々は狼を鎖にかけるために、信頼の証として軍神の腕を狼のあごに乗せた。
かくして、軍神の腕と狼の信頼を犠牲にして、破滅の狼は縛られ、岩に繋がれる。
狼は剣であごを地面に打ち付けられる。
終末のときまで、狼は束縛されたままのはずだった。
しかし、それから幾星霜経ったその日。
狼の前に、魔王が現れた。
魔王の体は、狼の口にすっぽりと入るほどの大きさしかなかった。
「あなた、素敵な花を咲かしてございますのね」
閉じることができない狼の口からは、延々と唾液が流れている。それは地面に流れると花を咲かせた。狼から海まで、花の川ができていた。
四肢や体を絹糸のようなものが縛り付けていた。小人たちが作り出した《貪り食うもの》――グレイプニルと呼ばれる束縛だった。
狼はうなった。
口の中の剣は舌ごとあごを貫いているのでしゃべられないのだ。
魔王は笑った。子どもらしい、無邪気な笑みだ。
「何を言っているかわかりませんわね。いいわ、わたくしが抜いて差し上げましょう」
ほのか様は狼の口の中に手を突っ込み、唾液から生まれたツタが絡みまくった剣を引き抜こうとする。彼女の体ほどもある巨大な剣だったが、触っただけで砕け散ってしまった。
その瞬間、自由になった狼の牙が魔王に食らいつく。
「ずいぶん元気ですのね」
口の中で、ころころと笑いながら魔王は言った。牙は彼女の体をそれて、髪を揺らすだけに留まった。
――なぜ僕を恐がらない?
ぐるる、と狼が喉を鳴らしたなかに、狼の言葉が宿っていた。
「あなたはわたくしを傷つけることができない。ならば、なぜ恐れる必要があるのです?」
――本気でそう思っているのか?
牙が徐々に閉じられてきた。
「そうですわね。本当の本気になれば、できないこともないでしょう。けど。わたくしだって、本当の本気になれば、あなたをひざまずかせることが可能です」
牙が止まった。
「わたくしたちはお互いをいつでも支配することができる。だからこそ、うまくいくと思うのですわ。わたくしたちは似ている。そう思いません?」
狼は牙を離し、魔王を開放した。
「あなたの口の中、花の香りがしてとても素敵よ」
狼はそっぽを向く。
対等のものなどいなかった。
褒められたことなどなかった。
こんなときにどうすればいいか、狼は知らなかった。
――あなたの髪も綺麗だ。
褒め返してみる。
言ってみたら、本当にそんな気がした。
思う。
どうせ運命に縛られたこの命。世界を滅ぼすその日まで、好きに使って何が悪い。
――僕はあなたを守ろう。
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