第2章 5
チルは三階の女子トイレに足を踏み入れた。
ドアが、いくつかの木片だけを残してなくなっている。
中は一見すると普通だが、チルは魔力の残滓が濃く漂っていることを察知していた。
その中心に、ニドヘッグが落ちていた。
チルはそれをくわえ、大きくあごを開き、飲み込む。
彼の頭より大きな球はすんなり入ってしまった。
チルはそのまま進み、窓によりかかる。器用に前足で鍵を開け、鼻先で戸を引いて、窓を開けた。
そこから校門前の出来事が見渡せた。
停車しているタクシーに何人かのメイドが群がっている。ドアを叩いていた。窓を破って侵入しようとしているようだ。
その中のひとりが、学生服に戻った。
それを皮切りに、タクシーに詰め寄っていたメイドたちが、どんどん元の格好に戻っていく。戻った人たちは意識を失っているのか、その場に倒れたまま動かなかった。
やがてタクシーから女子生徒が出てきた。まだ無事なメイドたちが彼女を追いかけるが、手が届きそうな距離に入ると、女子生徒が振り返り、手に握った道具をかざした。
その瞬間、メイド服が消えてなくなる。
ゾンビだった人たちが意識を失い、倒れていった。
チルは、窓から体を離した。
ヘル子の能力は現象こそふざけているが、魔術としての強固さは一級品だ。被術者は一種の仮死状態に陥り、それを蘇生するのは死体蘇生と同じくらいの技量が必要だ。それがあんな簡単に解呪されてしまった。
単純に、それだけあの娘が強い力を有しているということだ。
チルは、即行動に移す。
優れた猟犬は、何も言わない。
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