第2章 2

『百万といえば魔物が依代なしでも実体化を可能とできるほどの数値だ』

 学校についてから、ハネに連絡をした。

 教室の誰もいないベランダで、しのぶちゃんは自分の見たことを話した。

『恐らく、そのとき何かを使ったのだろう。魔王に付き従っている二体は《死》と《破壊》だ。

 チルと呼ばれているのは、《三重に縛られし神喰狼》。異国の伝承では主神絞首台の主を食らうほどの力を持った破壊の権化。

 ヘル子と呼ばれているものは、万能型魔導具に、同じ伝承にある冥府の女帝蒼ざめた影の化身を宿したものだ。死を司り、影から影へと渡り、死者を支配し、死したモノを呼び出す力を持つ。ゼロ戦も、とっさに彼女が呼び出したものだろう。実戦から退いた――兵器としての死を迎えたものだからな』

 ファンタジーだった。

 ただ、もうしのぶちゃんは動じない。

「じゃあ、ほのか様の力はなんなんですか?」

『魔王はすべての魔物を従えることができる。現在確認できる力はそれのみだ』

「なら、ほのか様自身が何もしないのなら、問題はないんじゃないですか? 彼女は言っていました。ただ普通の生活がしたい、と」

『だから放っておけ、と? それは無理だな。第一、その魔王の言葉を信じられる根拠がない』

 ハネは断じた。

『事実、魔王がこちらにきてから魔力値は上昇の一途をたどっている。先ほどので、京都全体の指数が三千ほど底上げされた。魔力値がたまれば災害などを引き起こす可能性が大きくなる』

「じゃあ、指数を上げなきゃ、大丈夫なんですね」

『そういうことでは――』

 ベランダのドアが開く。人が出てきた。しのぶちゃんは通話を切った。

 出てきたのは、三人の女子だった。笑いながらしのぶちゃんに声をかけてきた。関西のイントネーションで。

「百合原さん、やよね。電話誰と? カレシとか?」

「え? う、ううん。そんなんじゃないですけど」

 いきなり声をかけられて、しのぶちゃんは正直びびった。髪を染めて化粧をしてスカートの丈を短くして――そんな女の子との交流はほとんどなかったからだ。

「そのケータイ、見たことない機種やけど、どこの?」

「え? えと……もらいものだから、よくわかんなくて」

「そうなんや。よかったらウチらとアド交換せへん?」

 しのぶちゃんは心の中で歓声をあげた。

 まさか携帯を持ち出した次の日からこんな展開になるなんて。昨日、アドレス交換方法を何度も練習しておいてよかった。

 赤外線でのアドレス交換機能を立ち上げようとするが。

「にしても、百合原さんも災難やったなぁ。あんなんに付きまとわれて」

「あ、あんなん?」

「せや。サマやサマ。なんや勘違いしとるみたいやけど、ウザいっちゅうねん。そう思わん?」

 すっと、お腹の中が急に冷えた感じがした。

「せやから、うちらでちょっと思い知らせたろ思うんやけどな。百合原さんもウザい思ったらそう言わなあかんよ?」

 例えば、人に向けてカメラを撮ったら、その人の悪意は封印できるんだろうか。

 そんなことを思いながら、携帯を閉じて制服のポケットにしまった。

「ごめん。電池が切れたみたい」

 嘘をつく。

 彼女たちが何か言う前に、教室に戻っていった。

 乱暴に席につく。

 誰もかれも、ほのか様を悪くいう。本人はただ、普通の生活を望むだけで、誰に迷惑をかけたいというわけでもない。少し自分に正直すぎて、わがままになっているだけで。

 もちろん、わがままがすぎるのはどうかと思う。

 だからっていじめたり、封印したりするなんてのはおかしい。

 なんだか、悔しかった。

「おはようございます、しのぶちゃん」

 ほのか様がやってきた。

「今日二度目のご挨拶ですわね」

「ほのか様……」

「ヘル子さんったら、琵琶湖のほうまで飛ばしてしまいまして。危うく遅刻するところでしたわ。まったく、困った子ですわよね」

 ふふ、と笑いながらほのか様はしのぶちゃんの隣りの席に座る。

 実に平和そうだった。

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