終章
見あげると、晴天の空に満開の桜が映えていた。
見下ろすと、お弁当を平らげたほのか様がしのぶちゃんの膝の上でお眠りあそばれている。「うーん、もう食べられませんわ」とむにゃむにゃ言った。そんな寝言を実際に言う人初めて見たよ。
今日は休日。約束どおり、ほのか様と花見にきた。
といっても、桜が咲いた最初の休日ということもあり、円山公園は人でごった返してそれどころではない。なので、急遽学校でしてみることにした。
ときどき部活中の生徒が通るのが恥ずかしいが、それさえ我慢すれば静かでいいところだ。
円山公園の喧騒は遠く、ほのか様の寝息しか聞こえない。
ヘル子さんは屋台で何かを買ってくるといい、チルは木の下で丸くなっている。彼のことだから寝たふりをしてるのだろう。
「ふぅ」
思わず、ため息をついた。
この数日ですっかりため息癖がついてしまった。
「まったく、悠長なものだ」
桜の上から、でっぷりした猫が飛び降りてきた。その反動で木が大きくしなって、花が散ってきた。
ハネだった。
「こっちは事後処理で働いているというのに」
「あはは、すいません……」
あの夜から、彼らには頼りっぱなしだった。
ハネには、他の神様たちへの根回しと京都中を停電にさせるということを、チルには第二束縛であるドローミを外したまま京都中の桜の名所を駆け抜けてほしい、と頼んだのだ。
チルとのいさかいのあと円山公園で桜が咲いたのは、チルの魔力に影響されてなのではないかとしのぶちゃんは気づいたのだ。
つまり京都タワーでほのか様に桜を見せたことは仕込みだったわけだ。
ニュース番組ではいきなり桜が満開になったのを「寒くなったあとに、急に暖かくなったから」と説明していた。しのぶちゃんも事情を知らなければ、そういうものかと納得してしまうところだっただろう。本当、世の中の情報はあてにならない。
ほのか様が魔王だった、ということもその程度のことだ。
鞍馬寺の魔王をしのぶちゃんは思い出した。最初、地震が起こった日はそこの魔王が復活したのかとも思ったが、後日調べてわかった。鞍馬の魔王――護法魔王尊は別に悪い存在ではない。むしろ人類を救済してくれるというのだ。
「しかし、本気で思っているのか? その娘が魔王でない、などと」
ハネは弁当箱の中を覗きながら言った。中は空だ。舌打ちをする。舌打ちをする猫を初めて見た。
「もちろん」
しのぶちゃんは言い切る。
「たしかに、この子を魔王だと思った人たちが騒ぎを起こしたことはありました。でもそれは、そう思い込むだけの不幸が状況があったからです。この子自身が悪いわけじゃない。魔王なんて、象徴でしかなかったんですよ」
「ふむ」
ハネはほのか様の顔を覗き込む。
「まあ、君がなんと思おうと別に構わぬがな。利害は一致している。我々は、君の言うとおり、魔王を懐柔するという方向で決着をつけた。人間世界での生活を無事に送らせ、こちらへの侵略の意志を摘むという友好案――。こんなぬるい方針がよく通ったと思うが」
運もあった。
急進派の暴発があったから、彼らを言いくるめる口実ができたことがそうだ。
何より、ハネ自身が二人の友情を見ていたからこそ、その案を推し進めることができた。
ほのか様そのものは信用していないが、ほのか様がしのぶちゃんを慕っていることは証明されている。しのぶちゃんがこちらにいる限り、ほのか様は間違っても侵略しようなどと思わないだろう。
「君たちの友情が永遠に続くことを願う」
「な、なんですかそれ……」
いきなり恥ずかしいことをハネに言われて、しのぶちゃんは顔を赤らめる。
「君たちの友情が続けば、我々は魔王を許容しよう。そして安全であれば、そこの狼は魔界に対して牽制を続けてくれる」
チルの耳がぴくりと動いた。
「一応、丸く収まっている。不思議なくらいにな」
「信じるものは救われるってやつですよ」
しのぶちゃんは、笑った。
みんながお互いを少しずつ信じあえれば、敵も味方も同じゴザの上で花見をしたりできる。
「そうであることを祈ろう」
ハネが、思い出したようにつけくわえた。
「トツカはどうする。神具だが、君に預けたままでもやぶさかではない。君も何かあったときのために必要だろう?」
「あぁ、そうですね……」
少し考えて、答える。
「いりません。あんなものがなくても、ほのかちゃんとはうまくやっていけます」
「お姉様ぁーっ」
そのとき、ヘル子さんがやってきた。両手にはえらい量の食べ物を抱えている。円山公園中の屋台を巡ったのではないだろうか。
「弟さんも拾ってきましたー
後ろにはマコトもいた。
「拾った言うな。暇だっただけだっての」
「……うみゅ」
と、その騒ぎのせいか、ほのか様が起き上がった。
いきなり、ほのか様が起き上がった。
目をこすっているとそのお腹から、くー、と音が鳴る。
――まさか、またお腹が減ったの? さっきお弁当全部食べたくせに……。
唖然とするしのぶちゃんをよそに、ほのか様は拳を空に突き上げる。
「さあ、これからが本番ですわよ!」
しのぶちゃんは苦笑する。
あきれて、怒って、泣いて……いろいろあったけど。
今は笑っている。
正直疲れることもあるけれど、やっぱり、楽しい。
自分はこのちょっと変な友達が好きなんだ。
「あら。これが噂に聞いたビールというやつですわね? それでは一口……」
「えっ? だ、ダメだよお酒は!」
おしまい。
しのぶちゃんと変な友達 京路 @miyakomiti
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