第4章 6

 すぐにバイクは風に乗る。

 五条大橋、正面橋、七条大橋――あっという間に駆け抜ける。七条大橋を抜けた先のスロープを使って川端通りに戻った。その先の塩小路橋を通過、鴨川を渡る。

 信号は見向きもしない。

 職権乱用――というか、そもそも白バイを使ってるだけで警察でもないから立派な道交法違反なのだが、細かい理屈はマコトと一緒に鴨川の向こうに置いてきてしまった。

 河原町通りをフルスロットルで突っ切る。交差点を通過するときにトラックにひかれかけたが、ヘル子さんは意に介していないようだった。

 しのぶちゃんも、見上げられるほどの距離になった京都タワーに意識がいっていて、トラックのクラクションなど耳に入らなかった。

「――む」

 タワーも目の前となったところで、ヘル子さんがつぶやく。

 道路の上に人影がいくつか見えた。ちょうど、京都タワーの土台にあたる京都タワービルの前の道路だ。

 外灯で浮かび上がる人影は、巫女さんに見えた。全員が、和弓を構えて立っている。

「しっかり捕まるです!」

 叫ぶと同時に、ヘル子さんは車体を右に大きく倒す。頭に地面が近づく。タイヤが地面に削り取られるゴム臭をたしかに感じた。ヘル子さんにしがみつく腕が恐ろしい力で引き剥がされそうになる。遠心力という化け物だ。歯を食いしばる。捕まったら、そのまま京都駅まで吹っ飛ばされる。

 斜めに傾いだバイクの上を何かがかすめる。左の耳元に風の流れを音が切り裂いた。

 矢だった。

「あぶな――」

 しのぶちゃんが頭を持ち上げかけ――側頭部を殴りつけられる。脳が揺さぶられコンマ二秒だけ、意識を失う。揺り返しで覚醒し、緩めかけた腕の力を取り戻した。

「お姉様!」

「う……大丈夫……」

 カン、という音が後ろで聞こえた気がする。振り返れないが、音の正体はわかっている。ヘルメットだ。恐らく、左側頭部が矢で打ち砕かれている。

 巫女たちの射撃をかわしたが、二人のバイクは烏丸通に抜けてしまう。すでに京都タワーの真下。このままでは遠ざかっていってしまう。

 と、左方向に、ヘル子さんが何かを投げつけた。

 先日閉店したデパート――ブラッツ近鉄の入り口だった。シャッターが閉まっていたのだが、ボン、という爆発とともに穴が開く。

「へ、ヘル子さん?」

「近道するです」

 そのまま急カーブ。バイクのまま、デパートに乗り入れた。

 中は真っ暗だったが、物はほとんど撤去されてがらんどうになっているのが反響音でなんとなくわかった。

 とても常人では身動きできない闇の中で、ヘル子さんは正確にハンドルをさばく。

「いくですよ!」

 そういうが早いか、車体が縦に斜めになった。

 エスカレーターを上っている。

 視界がまったく利かないしのぶちゃんは、もう何がなんだかわからない。聞こえるのは幾重にも反響するバイクのエンジン音と、乱暴に階段を駆け上る衝撃音。あとは自分の歯の音だ。どれだけ強く噛み締めていても、衝撃で強引に開かれ、また打ち付けられる。舌の上にこりこりした感触を覚えた。歯が欠けたのかもしれない。

 やがて、再び前方で爆発した。

 音が、広がる。

「ここは――」

 空には天まで繋がるかのようにそびえる京都タワーが見えた。

 ブラッツの屋上だ。いつの間にかヘル子さんはエレベーターから非常階段に乗り換え、屋上にまで登ってきていたらしい。

 だが、こっちはブラッツのビル。京都タワーは道路をはさんだ隣りのビルの上に立っている。およそ、四、五メートルは距離があった。フェンスもあるし、このまま向こうに渡るのは難しそうだ。

 が、ヘル子さんはじっとそちらを見る。

「――まさか」

「飛ぶです」

 ヘル子さんはスロットルを全開――前輪を持ち上げる。ウィリーのまま、フェンスに向かって直進する。

「待って、む――」

 無理、という言葉を飲み込んだ。

 やらなきゃ、行くことはできない。

 ヘル子さんはぶつかる瞬間に前輪を倒し、フェンスを押しつぶす。無理やり斜めにしたフェンスをジャンプ台にして――飛んだ。

 が――。

「やば……です」

 どう考えても高さが足りない。

 京都タワービルの壁が高速で迫ってくる。

 と、しのぶちゃんの体が強い力で持ち上げられた。

 ――違う。

 持ち上げられたのでなく、投げ飛ばされた。下には、上に投げられたしのぶちゃんの反動も受け取って地面に落下していくヘル子さんが見えた。

 彼女の口がゆっくりと動く。

 ほのか様を頼むです。

「――――ッ」

 しのぶちゃんは彼女の名前を叫ぶ。が、壁に激突した白バイの爆発音にかき消されてしまった。

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