鬼の最強お姉さんに拾われまして。

ベニサンゴ

第1話「落ちこぼれ精霊術師」

「精霊術師、いりませんか~?」


 何度目かの言葉は、ギルド内の喧噪の隙間に溶けて消える。

 ロビーのテーブルを囲む傭兵たちは、それぞれの仲間と共に祝杯を挙げたり慰め合ったりと盛り上がっていて、僕の小さな声など届く様子もない。僕は杖をぎゅっと握りしめ、大きなため息をこぼした。


 朝からここに立って、すでに時刻は昼に迫っている。だというのに、成果は芳しくない。魔獣狩りの専門家、傭兵を志し、師匠の元を飛び出して早一年。意気揚々とこのギルドの門を叩き、初心者傭兵としてデビューを果たした僕は、未だに仲間の一人も見つけられずにいた。魔獣と命のやり取りをする危険な職業である傭兵は、複数人での活動が基本だというのに。


「今日もダメかな……」


 正直、仲間を集められない理由は分かっていた。けれどもそれを信じたくなくて、藁にも縋る思いで、こうしてギルドのロビーで仲間を募集するため立っている。最早、日課になってしまった。今日も今日とて収穫はなく、僕は肩を落としいつものように掲示板の元へと足を向ける。


 ギルドの広いロビーの一角、壁の一面に設けられた大きな掲示板には、日々舞い込んでくる沢山の依頼が書面にしたためられて張り出されている。初心者向けのものから、熟達した傭兵向けの高難易度依頼まで。その内容は多岐にわたるけれど、単身の僕が受けられるのは精々が近所の森へ出向いて薬草を集めるような簡単なものだけだ。


「そこのキミ、もしかして仲間を探してるのかい?」

「っ!」


 そのとき、背後から爽やかな声がかかった。

 慌てて振り向くと、目の前には腰に一振りの直剣を佩いた若い男の人が立っていた。その背後には仲間らしいがっちりとした重鎧を着込むドワーフの戦士と、ローブを着込んだ可愛らしい魔法使いの女の子が付き添っている。


 若いメンバーの、とても勢いのありそうな生気に満ちあふれた表情の三人だ。近接物理戦闘職が二人と、恐らくは治癒術師だろうか。僕は口をパクパクと動かし、勢いよく首を振り下ろした。


「は、はい! パーティメンバーになってくれる人を探してて」


 たどたどしい言葉だったけれど、リーダーらしい男の人はうれしそうに表情を崩す。僕よりいくつか年上に見えるけれど、傭兵の中ではまだまだ若い顔つきだ。栗色の髪がつやつやしている。


 ずっとギルドに立っていて、それなりにここを利用する傭兵の顔を覚えた筈だけれど見覚えがない。他の町からやってきた''鷹''だろうか。


「僕らもちょうど魔法使いを探してたんだ。この子は治癒術師でね、戦闘には使えないんだ」


 そう言って彼は隣の女の子に目配せする。

 透き通るような淡い水色の髪の少女は、控えめに頭を下げる。その首もとには聖印を象った首飾りが揺れる。それに腰のベルトには水薬の入った瓶がいくつも吊られており、身に纏うローブの裾には教会の所属を示す青い糸の刺繍が施されていた。


「良ければ僕らと一緒に依頼を受けてくれないか?」


 気持ちのいい笑みを浮かべるリーダーに、僕は目を輝かせて背筋をのばす。これは千載一遇のチャンスだ。これを逃してしまえば、僕はもう後がない。


「はい! もちろ――」

「ちょっと待て」


 しかし喜び勇んで開きかけた口は、横から飛び出したドワーフのおじさんの言葉で遮られる。このパーティで一番の年長者らしい彼は、僕の身なりをじろりと見回した後、一息ついてリーダーの彼の方へと向き直る。


「どうしたんだい?」


 不思議そうな顔を傾げるリーダーに、ドワーフの重戦士は口を開く。


「こやつ、精霊術師だぞ」

「えっ!?」


 その一言に、リーダーの彼の目つきが変わる。

 人の良い柔らかなものから、冷たい落胆のものに。何度も何度も向けられた、慣れきった目だ。僕はとっさに目を伏せ、杖を握った。


「その杖、精霊杖だろう?」


 杖の先端に填められた四つの魔法石を見て、ドワーフの男が言う。僕が肩を強ばらせたのを、彼らは見逃さなかった。


「なんだ、精霊術師だったのか……」


 冷たい声が耳に飛び込む。


「で、でも精霊術は臨機応変に――」

「攻撃魔法は魔術師にかなわない。治癒魔法は治癒術師に及ばない。強化魔法は使えない。何でもできるが、何にもできない。……器用貧乏だろ」


 厳しい視線と共に投げられる言葉に、僕は思わず口を閉じる。


「でも、サポーターがいてくれると心強いと思うわよ?」


 治癒術師の女の子が助け船を出してくれる。しかし、若いリーダーは彼女を一瞥し、鼻で笑う。


「精霊術師の魔法は、不安定なんだ。土地や暦、精霊の機嫌、術者の体調、色々な要因が術の効果を大きく左右する。ここぞという場面でしょぼい魔法を使われたら、死ぬのは前衛の俺たちなんだぞ」

「でも……」


 滔々と弁じ立てるドワーフに、しかし治癒術師の女の子はなおも食い下がろうとする。見ず知らずの僕をフォローしようと口を開く彼女に、僕は逆に胸が締め付けられた。


「せめてエルフや精霊人だったらな。人間族じゃあ出力が足りない」


 そんな女の子を遮り、ドワーフの男はとどめの一言を投下した。毅然とした彼に、女の子もついに口を噤んでしまった。場を支配する重苦しい雰囲気は、僕の精神を圧迫する。まるで荒縄で首を絞められるような重圧に、全身がガクガクと震え、冷たい汗が噴き出る。

 だけど、僕はもう一つの可能性を思い出して口を開く。


「あ、でも、ギフトが……」


 絞り出した言葉に、おやと青年が反応する。そこに活路を見出し、藁にも縋る気持ちで僕は言葉を重ねる。目の前の三人が、視線を向けるのがわかった。


「未来予知とか?」

「石化の魔眼なんかだとありがたいんだが」

「あの、戦闘系ではないんですけど」

「え、戦闘系じゃないの? じゃあ、魔力強化とか?」

「そうでもなくて……」


 だんだんと空気が冷え切っていくのが分かった。

 けれどここを逃せば、僕はもうダメだろう。崖っぷちに立たされたような緊張感で、心臓がドクドクと脈打つ。


「あの、補助系なんですけど。その、」

「そっかぁ」


 僕の言葉を遮る、明らかな落胆の声。

 恐る恐る目の前を見る。


「――残念だけど、ごめんね。キミ、今回の話は」


 申し訳なさそうに頭を掻く青年。その瞳の奥に冷たい闇を見てしまった僕の耳に、続きの言葉は入らなかった。呆然と立ち尽くす僕を置いて、三人の傭兵たちは立ち去っていく。去り際、治癒術師の女の子が申し訳なさそうに頭を下げるのが、きゅっと胸を締め付けた。


「精霊術師だからダメなのかな……。もっと良いギフトがあれば良かったのかな……」


 何回目の希望と絶望だろうか。

 耳慣れてしまった言葉を呟きながら、覚束ない足取りで掲示板に向かう。


 傭兵を志しギルドへ飛び込んで早一年。短くない時間の中で、僕は完全に孤立していた。いつものように大きな掲示板の一番隅にまとめて張られている依頼書を一枚破り取ると、それを持って、カウンターへ歩く。


「……これを」

「かしこまりました。ってリューク君じゃない」


 凛とした声が、驚いた様子で僕の名前を呼ぶ。

 視線を上げてみれば、カウンターの向こう側には見知ったエルフの女性が座っていた。肩口で揃えられた若葉色の髪を細長い耳にかけ、彼女は銀縁眼鏡の奥の青い瞳を見開く。


「リュカさん……」

「元気ないわね。また断られた?」


 遠慮なく切り込まれる話題にたじろぎながらも頷くと、リュカさんは眉を寄せて息を吐いた。冷厳としたエルフ特有の美貌が傭兵たちに人気な、やり手の受付嬢だ。乱暴な傭兵を相手取るギルドの受付嬢だけあって、その華奢な外見に似合わず剛毅な性格も、人気に拍車を掛けている。


 彼女は落ちこぼれな僕のことも良く気に掛けてくれていて、こうして依頼書を持ってやってくると頻繁に話しかけてくれる。


「そんなに気を落とさないで。リューク君の堅実な成績は、ギルドでも評判なのよ」

「……でも受けてるのは初心者用の簡単なものばっかりです」

「それでも失敗するときは失敗するわ。なのに、リューク君は失敗しらず。事務方で評判の、優秀な傭兵なのよ」


 慰めてくれるリュカさんの言葉に、僕は思わず鼻を鳴らす。


「たまに難しい依頼を達成する傭兵より、何度も堅実に依頼をこなしてくれる傭兵の方がギルドにとってはありがたいのよ」

「そうはいっても、もう一年になるのにまだパーティを組めていないのは……」

「それはリューク君が悪いんじゃなくて、周りの見る目がないのよ。みんな目立つことしか見てなくて、あなたの本物の実力に気が付いてないの」


 本物の実力。心の中で、その言葉を反芻する。

 本当にそんなものが僕にあるのだろうか。あったとしたら、今頃もっと活躍して、気の知れた、仲のいい傭兵たちとパーティを組めているのではないだろうか。


 さっきの出来事が尾を引いていて、どうにもそんな陰湿な思いが頭を過ぎる。


「ほらっ! そんなに落ち込まないの!」

「むおっ!?」


 思考の渦に取り込まれ、ぼうっとしていると、突然そんな言葉と共に両頬を温かい手に包まれる。驚いて顔を上げると、リュカさんがカウンターから身を乗り出して両手をのばしていた。


 柔らかく温かい手のひらが頬を撫でる。顔が固定され、彼女と目が合う。そのままの状態で、リュカさんはふっと表情をゆるめた。


「いつか貴方の実力を分かってくれる人が現れるわ。その時まで、諦めずに続けることが大切よ」

「……そう、ですね」


 リュカさんの力強い言葉に励まされ、いくらか心が軽くなる。

 僕の表情を見て、彼女は「よし!」と笑みを深める。


「それじゃあひとまず、ちゃちゃっと依頼を片づけてらっしゃいな」


 リュカさんはぱっと手を離すと、カウンターに広げられた依頼書にペンを走らせ、僕に突き出す。

 それを懐にしまい込み、僕は頷いた。


「そうだ、最近森にとんでもなく強い魔物が住み着いたらしいから、気をつけてね」


 去り際、リュカさんが思い出したように忠告を口にした。


「とんでもなく強い魔物、ですか?」

「そうそう。とっても素早い魔熊らしいわ。どれだけ走っても逃げきれず、それどころか先回りされて待ち構えられてるって話よ」

「わ、分かりました。気をつけておきますね」


 情報をくれたリュカさんに感謝しつつ、僕は今度こそギルドを飛び出す。

 行き先は町の近くの小さな森。

 また、一人での出発だった。

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