第7話「パーティネーム」
「――うん、規定の数ちゃんと揃ってるね。保存状態も申し分ないし、いつも通りの上々の出来よ」
「それじゃあ」
「ええ。依頼達成おめでとう。それと、いつもありがとうね」
そう言ってリュカさんは眼鏡の奥の瞳を細める。
僕は緊張していた肩の力を緩め、思わずほっと息を吐く。その隣では、エンジュもまた達成感に胸をなで下ろしていた。
傭兵にとって、この瞬間は何よりも安心するものだ。一日の苦労が報われ、報酬金が懐を暖め、明日への活力が生まれる。
リュカさんも僕たちの気持ちが分かっているのだろう。この時ばかりはいつもの氷の様な表情を緩めていた。
「でも、二人で行ってたのね。てっきりリューク君が一人で行ってるのかと思ってたわ」
「僕も最初はそのつもりだったんですけどね」
周囲を軽く見渡した後、リュカさんが完了の判が捺された依頼書をカウンターの下にしまいながら話しかけてくる。
日が落ちるにはまだ早い。ギルドのロビーに人はまばらで、カウンターに付いているのは僕たちだけだ。カウンターの後ろにある事務室で机に向かっている職員の皆さんも、少し暇そうにしている。
僕が頷き、事情を説明しようとする前に、エンジュが口を挟む。
「折角パーティを組んだんだ。わざわざ別行動する理由もないだろう」
「それはまあ、そうなんだけど……」
平然と言い切るエンジュに、リュカさんも頷く。その後で彼女は何かに気が付いた様子で顔をあげる。
「そういえば、いくつか慣れてないような切り口の薬草の束があったのは」
「私がリュークに教えてもらいながら包んだ物だな」
「エンジュはすぐに覚えてくれたから、最後の方は僕のと見分けが付かなかったけどね」
「やっぱりそうだったのね。ギルドとしては、品質のいい薬草を納品できる人が増えてくれるのは大歓迎よ」
リュカさんは本気の声色でそう言った。やっぱり、質の低い薬草の納品は未だに悩みの種になっているらしい。
けれどそう言った後で彼女ははっとした様子で、悲しそうに細い眉を下げる。
「でもエンジュとパーティを組んだことだし、これからは魔獣の討伐依頼がメインになってくるのかしら」
魔獣の討伐依頼は傭兵の花形だ。ギルドに投げ入れられる依頼の割合で見ても多くの割合を占め、実際傭兵たちもそれを目当てに掲示板に貼られた依頼書を探す。
初心者がいろはを学び、上位への足掛けの役割を持つ薬草採集と比べれば報酬の桁も一つ二つは余裕で変わってくる。
「大丈夫ですよ。余裕がある時はできるだけ採集系の依頼も受けるようにしますから」
「ほんとに!?」
僕がそう言うと、リュカさんは勢いよく顔を上げてカウンターから身を乗り出した。
突然近くになった彼女の顔に、思わず目を見開いて後ずさる。
「は、はい。僕はほら、荷物はあまり問題になりませんから」
「そっか、リュークくんなら」
リュカさんは僕のギフトについて知っている。
その事に気付いて、彼女も納得してくれたようだ。
「私もそのつもりだ。薬を使うのもまた傭兵だと、リュークに教えられたからな」
「……随分仲良くなったのね」
「ふふん。パーティだからな」
なぜか突然不機嫌になって眉を寄せるリュカさんに、エンジュは誇らしげに宣言する。
確かにパーティなんだけれども。
この二人の仲は悪かったりしたっけ?
「そうだ。昨日言い忘れてた事があるのよ」
「うん?」
リュカさんが唐突に何かを思い出したらしく手をたたく。
僕たち二人が揃って首を傾げると、彼女はかすかな笑みを浮かべて口を開いた。
「パーティの名前。できれば付けてもらいたいんだけど」
「ああ、そういえばそういうのも決めないといけないんでしたっけ」
その言葉に僕もピンとくる。
傭兵同士で結成されたパーティは、僕らが昨日提出した申請用紙に基づいてギルドに管理される。その時にはそれぞれに固有の管理番号が割り振られているらしいのだけれど、それだとどうにも分かりづらいという声がある。
そんなわけで、管理番号とは別にしてパーティの名前を決めるのが慣例として知られていた。
「急ぎはしないけど、早い方が二人にとってもいろいろ楽だと思うわよ」
パーティの名前は重要だ。
業績を人々へ伝播する触媒として、実力を広く知らしめる強力なツールになる。
数々の偉業を成し遂げたパーティは、その名前と共に多くの傭兵たちから尊敬の念を集める。そして、その噂を聞きつけた人や国から名指しの依頼さえ来ることもある。
「――名前か」
話を聞いていたエンジュが細い顎に指を当てて言う。
橙色の瞳がキラリと輝く。
「何か案でもあった?」
「実は昨日、夜通し考えてきた」
「そうだったの!?」
平然と告げられる真実に、僕は思わず声を上擦らせる。
リュカさんも予想外だったらしく、目を見開いて銀縁の眼鏡を傾けた。
そんな僕たちを見渡して、エンジュはむんと胸を張る。鎧の下に着ているゆったりとした布の服がふわりと揺れる。
「猪突猛進業炎猛火団!」
「……」
「……」
鼻を膨らませたエンジュの声は壁に反響し、広いロビーに拡散する。
事務作業をしていたギルドの職員、テーブルを囲んでいた少ない傭兵たち、そして何より僕とリュカさんがしんと押し黙る。ザワザワと空気を震わせていた人の声が消え、ギルド中の視線が僕らに集まるのを背中で感じた。
どうしよう? どう言えば、と僕とリュカさんはどちらともなく目配せで会話する。
パーティメンバーでしょ、という彼女の冷たい目線に根負けして、僕は重い口を開いた。
「あの、えっと……。ちょとつもうしんっていうのは?」
なにを日和っているのだ。とナイフのように鋭い気配が脇腹を突く。
そんな水面下の猛攻に気付くことなく、エンジュは得意げに言った。
「私の故郷にある言葉だ。イノシシのようにどこまでも一直線に突き進む、という意味だ」
どうだいいだろう。とエンジュが言う。
「……業炎猛火というのは」
グサグサと視線が突き刺さる。
僕にはこれしかできないんだ。
「どこまでも激しい炎のことだな。猛火の如き力を以て、乾いた紙の上を燃え広がるように、この大陸へ二人の名を響かせる。我ながら惚れ惚れするほど良い名前だ」
「……」
ちらりとリュカさんの方を向く。
そっと目をそらされる。
ふとカウンターの奥を見てみれば、書類整理をしていた獣人のお姉さんが肩を小刻みに震わせていた。
「…………あの」
「なんだ?」
恐る恐る手を挙げると、エンジュが僕の顔をのぞき込む。
「ぼ、僕も何か考えてみたいから、その……また後日二人で話し合って決めない?」
苦し紛れに捻り出した言葉だったけれど、それを受けて彼女は目から鱗が落ちたような顔になる。
「それもそうだ。何せ私たち二人でパーティだからな。リュークの意見も取り入れなければな。すまない、一人で舞い上がってしまった」
「いや、いいんだよ。二人でじっくり、うん、考えよう」
肩に手を回し、エンジュがぽんぽんと叩く。
リュカさんが冷ややかな目で、こちらを見る。分かってるんだ。この先にあるのはおそらくは地獄だ。
けれど、避けようなんてないんだ。
「そ、そういうわけなので。パーティネームはまた後日、お伝えしますね」
「ええ。……がんばって頂戴」
「もちろんだ。二人で最高の名前を考えて来るさ」
エンジュがむふんと気炎万丈に言う。
僕はこの後の事を考えて、なぜか胃がキリキリと痛むような感覚を覚えた。
それを紛らわせるようにして、僕はリュカさんに向かって問いかける。
「そういえば、有名なパーティだとどういう名前があるんでしょうね」
それを受けて、リュカさんは少し思案顔になる。
「そうね。リューク君達と同じ二人組だと【双眼】とかかしら」
「それなら僕でも知ってますね。魔眼持ちの双子でしたよね」
記憶の糸をたぐり寄せて言うと、リュカさんが頷く。
どうやら合っていたらしい。【過去視】と【未来視】の魔眼を持つ双子のパーティは、まるで互いの意識を共有しているかのような熟達した連携で敵を翻弄する。そんな話を一度小耳に挟んだことがあった。
「そうそう。あとは【暁の星】とか【百の刃】とかは大規模パーティの筆頭よね」
「どちらも構成員が百人を越える大御所だな」
挙げられた名前は、どちらもこの界隈の人間なら誰でも知っているほどのものだ。加入する為には厳しい審査をパスし、その上でパーティを仕切る幹部に認められなければならない。
僕なんか、歯牙にも掛けられないほどの規模の大きな集団で、風の噂ではなんとギルドから専任のマネージャーが派遣されているらしい。
「僕らもいつか、それくらい有名になれるかな」
「なれるさ。私が付いているんだからな。当然だろう?」
思わず口をついて出た言葉は、エンジュが耳聡く拾う。
彼女は自信に溢れた顔に笑顔を浮かべ、そう断言した。
なぜか、彼女にそう言われると怯えていた気持ちが吹き飛んでしまう。
「そうだね……。うん。そうだ」
「いいわね。その時は私が専任マネージャーになってあげるわ」
カウンターに腕をおいて、リュカさんも同調する。
彼女はサルドレッドのギルドでも有名な職員だ。それには彼女の目の覚めるような綺麗な容姿もあるのだけれど、一番の要因はやっぱりその卓越した情報処理能力にある。一人で何十人分にも及ぶ膨大な仕事をこなす彼女は、このギルドにとってもはや必要不可欠な存在だった。
だからこそそんな可能性は万に一つもないのだろうけど。もし彼女が僕たちの専属マネージャーになってくれたなら、それはとても心強いだろう。
僕個人としても、よくして貰っている彼女についていて貰えるのはすごく心強いだろうと思う。
とはいえ、まずは僕たちがそこまでの実力と実績を持たなければ始まらないんだけどね。
「じゃあ、僕らは早く成績をあげないとですね」
「ふふ。そうね。……ところでこんなところにちょうど良さそうな依頼があるのだけれど」
僕の言葉を待ちかまえていたかのように、リュカさんがさっとカウンターの下から一枚の古びた依頼書を取り出して広げる。
それを見て、思わず僕は背筋をのばす。
「ま、まさか……」
依頼というものは日夜膨大な量がギルドに寄せられる。だけれどそれと同じくらい活発に傭兵達も解決していくために、古い依頼書というものはあまり見ることがない。
古い依頼書といのはつまり、誰も手に取らない依頼。必然的に、やっかいな要素がある依頼だ。
ギルドとしては、中々解決されない依頼というのは悩みの種なのだろう。
「……とりあえず、内容だけ確認しよう」
エンジュが声を低くして言う。
確かに、内容を見れば案外大したことないのかもしれない。
そんな僕たちの様子を見て、リュカさんがくすくすと笑みを漏らす。
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。結成したばっかりの二人にそんな難しいのは紹介しないわ。他の傭兵にはできなくても、二人ならできる物もあると思うの」
そういって、リュカさんは依頼書を僕たちの方へと向けた。
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