第6話「薬草採集」
いくつか種類がある薬草は、どれも様々な薬品の作成に使われる一般的な素材ということで、薬師や錬金術師といった職業の方々からの需要が高い。そんな事情もあって薬草の採集という依頼は、どこの町のギルドでも出されているありふれた依頼だ。
傭兵たちからは、単価は安く、作業は地味、しかし楽に多少の賃金を得られる簡単な依頼ということで、傭兵登録を済ませて日の浅い駆け出し向けとして知られている。けれど、そんな薬草採集の依頼は世間一般のイメージとは裏腹に達成率が低いのだと、先日リュカさんが言っていた。
「目当ての薬草と間違えて、よく似た毒草を持ってくる子は結構多いわよ。依頼されてるのとは別の種類の薬草を持ってこられることもあるし。それに乱暴にちぎられてたり、鞄にそのまま放り込んじゃって干からびてたり、保存状態が悪くて品質が低いモノが納品されることもよくあるわね」
いつだったか興味本位で薬草採集依頼の実状について尋ねたところ、ギルドの受付嬢を務める彼女はそう言って深いため息をついていた。
初心者向けであるというイメージが招く油断や慢心。駆け出しにありがちな行きすぎたプライド。そう言ったものが積み重なって、なかなかギルドが想定している品質の薬草を集めてくれる傭兵はいないのだという。
「そもそも、そういう人たちは薬草採集の本質が分かってないのよ」
カウンターにうなだれて、彼女は語った。
曰く、薬草採集は採集するだけに非ず。依頼書を熟読し、正確に達成用件を把握する。目的のものを探して隈無く歩き回ることによって、土地勘を身につける。よく似た別種と区別する過程を通して、判断力や観察眼を磨く。ギフトや魔法に頼らない、技術を身につける。
そういった傭兵として活動するために押さえておくべきポイントが、各所に散りばめられていた。
「なるほど、奥が深いんですね」
「そうなのよ! なのにガサツな傭兵どもめ……」
僕が感心して頷けば、リュカさんは珍しく唇を尖らせて悪態を付いていた。
普段、天使のような微笑を浮かべ毅然とした対応を見せる彼女がそこまで言うのだから、僕が思っている以上にその問題は深刻なのだった。
†
「……ほう。薬草採取にそんな意味がな」
――という話を道すがらエンジュにすると、彼女もまた話の中の僕と同じように目を見開いて驚いていた。
紆余曲折の果てに晴れてパーティ結成と相成った日から一夜明け、本日僕たちは二人で初めて依頼をこなそうとミモザの森までやってきていた。今回受注したのは、薬草採集の依頼。そう、僕が昨日間抜けなことに失敗してしまったものだ。
依頼を失敗してしまえば当然報酬金は貰えない。どころか契約金は没収されて収支はマイナスにまでなる。いくら駆け出し向けの依頼で金額が低く設定されているとはいえ、稼ぎがないのは困りものだ。それに妙に立腹な様子のリュカさんへの謝罪という意味合いもある。
というわけで、二人で初めての依頼は薬草の採集という、なんとも締まらない走り出しになってしまった。
「面と向かって教えて貰える訳じゃないし、知らなくても仕方はないんだけどね」
そう言って僕は苦笑いする。
ギルドは僕でもすんなり加入できるほどに敷居が低い代わりに、研修のような制度もないから、こういったことは知らない人の方が多いかもしれない。
薬草採集なんて、変な事情がない限り上位の依頼を受注するのに必要な契約金を集めるための足掛かりでしかないからね。
「まあ、僕はこの手の依頼をよく受けてるから、知れて良かったと思うけどね」
本当に、教えてくれたリュカさんには感謝しないといけない。
僕が頼りないばかりに、彼女にはいろいろと迷惑を掛けてしまって情けなく思う。
「それにしても、リュークは随分とリュカと仲がいいんだな?」
「えっ」
サルドレットのギルドカウンターにいるはずの彼女に感謝の念を送っていると、突然エンジュがこちらに目を向けた。何も疚しいことはないはずだけれど、その橙色の大きな瞳にのぞき込まれると自然に背筋が伸びてしまう。顔に浮かんでいるのは確かに笑顔なのに、妙な気迫があるのは彼女が鬼人族だからだろうか。
「リュカさんは、僕がギルドに加入しに行った時に応対してもらったんだよ。それに、中々仲間が見つからなかったときも、何かと相談に乗ってもらったりしてて」
「ほう……」
たどたどしい僕の弁明に、エンジュは一応納得してくれたようだった。
じっとりとした視線を向けながらも、それ以上の追及はしてこない。
「けど、ごめんね。わざわざ薬草採集に付き合ってもらって」
そう口にすると、エンジュは一瞬驚いた様子で眉を寄せる。
そして、小さく息を吐き出すと、口元にかすかな微笑を浮かべて言う。
「謝ることはない。私たちはパーティだからな」
どことなく誇らしい下に、胸を張ってはっきりと言われた言葉に、僕はすっと胸が軽くなる。実のところ、今朝まではこの依頼は僕一人で受注しようと思っていた。けれどギルドで居合わせた彼女に、無理矢理パーティでの依頼受注にされてしまったのだ。
「パーティメンバーというのは、いついかなる時も隣り合っているべきだ。少なくとも、私はそう思ってるぞ」
「エンジュ……。うん、僕もそう思うよ」
そう言って僕は、少しくすぐったくなって前髪をいじる。
そして、すぐ隣を歩くエンジュの横顔を盗み見た。燃えるような長い赤髪の隙間から、白い頬がのぞく。額から伸びる短い角は、彼女が鬼人である証だ。鬼人族特有の燃費の悪さを併せ持つ彼女は、手にスティック状の携帯食料を握っていた。
「うん? 私の顔に何か付いてるか?」
僕の視線に気が付いた彼女が、こちらを向いて首を傾げる。
身長の高い彼女が僕と目を合わせようとすれば、必然的に見下ろす形になる。
「僕にこんな綺麗な仲間ができるなんて思わなかったなって……」
思わず口をついて出た言葉に、エンジュがきょとんとする。
それを見て、僕は自分の言った事を自覚してあわてて口を押さえるけれど、時すでに遅し。見る見るうちにエンジュの顔が真っ赤に染まる。バキッという音に目を向ければ、携帯食料が握りつぶされている。あれ、結構堅いはずなんだけど。
「ごごご、ごめんなさい! そ、そんなつもりは」
「そんなつもりってなんだっ」
わなわなと肩を震わせ、髪を揺らすエンジュはまさしく鬼のような気迫で、僕は思わず一歩後ずさる。
「ごめんなさい! ほんと、出過ぎた真似を、僕ごときが」
「……」
頭を下げて無我夢中で謝ると、いつの間にかエンジュは口を閉じてこちらを見ていた。
まだむっすりとしているけれど、ひとまず納めてくれたらしい。
「もう、二度とこんなことは」
「……そう言う話じゃないんだがな」
「え?」
小さく唇を動かす彼女に聞き返すと、きっと鋭く睨まれる。
「なんでもない!」
そう言って、彼女はそっぽを向いてしまった。女の人のことは、本当によく分からない。
僕は首をひねりつつ、誤魔化すようにしてキョロキョロと周囲を回し見る。
「あ、ほら、あったよ」
僕が指さした先で、先行していたシルフィーが草むらの前に立って腕を振る。小さな人型をとる淡い緑光の彼女は、僕が契約している風の精霊だ。周囲の警戒と共に、薬草探しも手伝ってもらっている。
彼女の側に駆け寄ると、細い指の指し示す先に目的の薬草が何株か集まって生えていた。千切らず、ナイフでそっと茎を切り、柔らかな布にくるむ。布は魔羊の毛を柔らかく織ったもので、適度に湿度も保てる優れ物だ。
「それくらい丁寧にしないといけないのか」
僕が薬草を包んでいると、エンジュが肩越しにのぞき込んで言った。
突然耳元に彼女の吐息を感じて、少し照れくさくなった僕は頬を掻いて頷く。
「実はさっきのリュカさんの話を聞いた後に、町の薬屋さんに行って聞いたんだ。どんな風に採取した薬草が使いやすいのかって」
薬草を集めるのは僕ら傭兵だけれど、それを実際に加工して薬にするのは町に住む薬師だ。だから彼らは僕ら以上に薬草についての知識も深いだろうと考えて、実際に聞きに入ったのだ。
「そんなことをしたのか。薬師も驚いてただろ」
「あはは。まあね。そんなことを聞きにきた人は初めてだって言われたよ」
でも、薬屋さんもまた、納品されてくる薬草の品質に頭を悩ませていたらしい。
だから突然やってきた僕に対しても丁寧にわかりやすく、薬草の扱い方を教えてくれた。魔羊の包み布を打ってくれたのも、その薬屋さんだ。
「薬草の品質は、薬の品質に直結するんだって。結局、回りまわって僕たちに返ってくるんだよ」
《収納箱》の中に薬草をしまいながら言う。
薬草を集めるのが傭兵なら、薬を使うのも傭兵だ。
命の危機に瀕したときに、薬はまさに命綱になる。かなり値は張るけれど、魔法薬を使えば致命傷だって治るらしい。そういうと、エンジュも納得してくれた。いくつも死線をくぐり抜けてきたらしい彼女も、そういった経験は少なからずあるらしい。
「リューク、私にもそれを教えてくれないか?」
「うん。もちろん」
その申し出は歓迎こそすれ、拒む理由なんてなかった。
彼女が僕の隣にしゃがみ込む。
ナイフを貸して、扱い方を教えると、彼女は丁寧な所作で薬草をつみ取った。
普段は背中に背負った大きな槌を振り回す豪快な戦闘スタイルを見せる彼女も、このときは優しい手つきだ。
「あとは、乾かないようにこうやって布にくるんで」
「こうか?」
「そうそう」
一株ずつ丁寧に、傷が付かないように扱う。
考えてみれば当たり前のことだけれど、それに気付く人はあまり多くない。
「あとは《収納箱》にしまうね」
そう言って僕は異空間の口を開く。
戦闘には使えないギフトだけれど、荷物持ちには最高の助けになる便利なものだ。
「この中に入れると薬草は劣化しないのか?」
「まさか」
薬草を手渡しながら言うエンジュに、首を横に振る。
高位のギフトなら内部の時間が停止していて劣化が起こらないようなものもあるらしいけれど、僕のギフトはそこまでの性能はない。氷を入れたら水になるし、生物を入れたら当然腐る。
ただ、どれだけ激しく動き回ろうが関係なく壊れたりなんかはしないし、僕がギフトを使わない限り盗まれないというのは中々に安心だ。
「少し肌寒い程度の気温で一定に保たれてるから、多少はマシなんだよ」
「そうか。でもまあ、十分便利だな」
彼女の声に、僕も頷く。
「そういえば、容量はどうなんだ?」
「容量? うーん、気にしたことないなぁ」
僕は首を傾げて答える。
着替えとか財布とか食料とか、身の回りのものは全部納めているけれど、未だに限界が把握できない。
かなりの容量があるから、いつでも手ぶらで出かけられるのは便利だ。
「……それは」
「どうかした?」
僕の答えを聞いて、エンジュは眉間にしわを寄せる。
視線を向けると、彼女は暫く考え込んだ後、ぷるぷると首を振って息を吐いた。
「なんでもない。容量を気にしなくていいのはありがたいからな」
「そうだね。それじゃ、次のを探そっか」
「ああ。そうしよう」
そうして僕たちは、次なる薬草の群生地を探して森の奥へと足を進めた。
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