第5話「結成」

 森での一件を無事に終えた僕たちは、二頭の熊の骸を《収納箱》に納め、サルドレットの門をくぐった。いつの間にか夕日が空をオレンジ色に染め上げ、大通りには一日の仕事を終えた人々の流れが大河のように続いている。


「ふぅ、流石に疲れたよ」


 肩を鳴らして、ぐったりとした様子でエンジュが言う。

 美しい赤髪も土埃にまみれ、すぐにでも水を浴びたいと彼女はぼやく。


「とりあえず、ギルドの報告しないと」

「そうだな」


 数日に渡るような依頼ではない限り、ギルドには一日ごとに進捗を報告することになっている。特に罰則はないものなのだけれど、慣習的に決まっているため、なんとなく僕たちもそれに従っていた。


 通りを歩いていると、やがて町並みの一角にある大きな建物の前にたどり着く。両隣に並ぶ建物と比べても一際大きな、三階建ての木造建築。鷹の翼を持つ狼の紋章が、大陸各地に支部を持つギルドの証だ。


 扉を開けて中に入ると、僕たちと似たり寄ったりの装備を装った傭兵たちの喧噪が出迎える。いつもなら憂鬱になるこの瞬間も、今は少し違った気持ちで受け止められた。


「リュカさん、ただいま戻りました」


 ちょうど良くリュカさんが座る窓口が空いたため、僕たちはそちらへ向かう。

 僕が声を掛けると、彼女は驚いた様子で僕と隣のエンジュを見比べた。


「りゅ、リューク君!? なんで一人で出て行ったのに二人で……。ていうかエンジュさんじゃない!?」

「今朝ぶりだな、リュカ」


 眉を上げるリュカさんに、エンジュが落ち着いた様子で応える。

 彼女もサルドレットを拠点にしているから、リュカさんと顔見知りでも不思議ではない。


「エンジュさんって、確か森に魔熊の調査へ……。もしかして!」


 流石は優秀な受付嬢として有名なリュカさんだけあって、自分が対応した傭兵たちが受けた依頼は覚えていたらしい。

 僕と彼女の姿を見て、正解へと至ったようだ。


「魔熊と鉢合わせてしまったんですけど、エンジュさんとも出会えまして。それで一緒に……」

「もしかして、その熊は……」


 リュカさんは、僕のギフトについても良く知っている。

 僕が頷くと、がっくりと頭を下げた。


「ギルドの裏で出して頂戴ね。絶対に、ここじゃダメだからね」

「それくらい僕も分かってますよ」


 眉間にしわを寄せて念を押す彼女に、僕も頷く。

 流石に、ギルドのロビーで血塗れの魔獣の死体を二つも出すわけには行かない。ギルドの裏にはそれなりに広い空き地があって、そこでは大型の魔獣の解体もできるようになっている。その道に通じた専門のギルド職員の人達も常駐しているので、この後はそこで熊を取り出して、それぞれの素材に分けて貰う必要があるだろう。


「それでね、リュカさん」

「はいはい」

「僕たち、パーティを組むことにしました」

「はいは――はい!?」


 そこまでは予想外だったのか、リュカさんが大きな声を上げる。

 ざわつくロビーに向かってペコペコと頭を下げた後、リュカさんはカウンターから身を乗り出してひそひそと声を出す。


「ほほ、ほんとにパーティ組むの!? いや、とっても嬉しいんだけど、ちょっと急すぎない!?」

「森の中で色々やっているとな、私とリュークの相性がとても良いことが分かったんだ」

「あ、相性!?」

「がっちりと組み合ってぴったりと重なってしまった」

「が、がっちり、ぴったり……」


 でんと胸を張って答えるエンジュに、なぜかリュカさんは細い耳の先まで真っ赤になる。あわあわと口を動かし、忙しなく僕とエンジュに視線を向ける様子は、普段の冷静沈着な彼女からすると意外な反応だった。


「そう言うわけで、パーティ申請をしたいんだが」

「はひっ! そ、そうね。わわ分かったわ」


 取り乱しながらも流石はリュカさん。素早くカウンターの下から申請用紙を出してくれる。


「リュカ、それはこん――」

「間違えたわっ!」


 間違えたらしい。

 エンジュが何か言いかけた瞬間、僕が見る間もなく紙はリュカさんがクシャクシャに握りつぶして改めてパーティ申請用紙が出される。


「うぅ……。ここに名前を書いてくだしゃい」


 リュカさんの指示の通り、それぞれの名前を書き記す。

 隣に並ぶエンジュの名前が、誇らしくて少し照れくさい。


「これで二人は正式にパーティになったわ。……今後ともよろしくお願いします」

「はい! よろしくお願いします」

「よろしく頼む」


 そこまで終わらせて、僕はようやく実感が沸いたらしい。

 そっと隣に立つエンジュの横顔を盗み見て、思わず笑みをこぼしてしまう。


「リューク君!」

「は、はい!」


 そんなことをしていると、リュカさんがずいっと身を乗り出して手のひらを出してきた。


「え?」


 その真意が分からず首を傾げると、彼女は頬を膨らませる。


「それで、リューク君の依頼の方はどうなったの? 薬草の採集は」

「……あっ!」


 急な展開の連続で、すっぽりと抜けてしまっていた当初の目的を思いだし、僕は思わず間抜けな声を出してしまう。

 リュカさんがぴくぴくとこめかみを痙攣させる。


「あ、その、半分は集まったんですけど――」

「依頼失敗!」

「ですよね!」


 ふんとそっぽを向くリュカさん。

 全面的に悪い僕は、がっくりとうなだれるのだった。

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