第25話「契約」
「ギルド、マスター……」
「そう。私が君たちの所属するギルドの長なのさ」
得意げに鼻を鳴らし、ユーラさんは言った。
彼女の側に立っていたリナさんの方を向けば、彼女も頷いて肯定する。
それを聞いて、僕は少しずつ事態がわかり始めていた。それはエンジュも同じだったらしい。
僕が口を開くよりも少しだけ早く、彼女はユーラさんに言葉を投げる。
「つまりは、ミモザの古狼についてだな?」
「話が早くて助かるよ」
やはり、と僕は頷く。
リュカさんに伝えていた情報は、最終的には彼女へと報告されていたのだろう。
「……っ! も、もしかして白い犬が言っていた古い女って……」
「ふふふ。古い女とは失礼だね。――まあ君の考えているとおり、それは多分私のことさ」
その首肯に、僕は戦慄を覚えた。
もしこの話が正しいとすれば、彼女は一体どれほどの時を生きているのだろう。
「サルドレットが出来て今年で何百年だと思ってるんだ? まさか、魔女はそんなに長い寿命を持っているのか?」
混乱したエンジュが髪を振り乱す。
確かに、エルフでさえその平均寿命は二百年程度だ。けれども、魔女ならば。多くの謎に包まれた彼女ならば、その可能性はないとは断言できない。
「正確に言えば、少し違うんだけれどね。前任者、つまりはその犬が言っていた古い魔女は今深淵の図書館で編纂者をやっている。私はその記憶と記録を受け継いだ後任だよ」
「まだ存命はしているんですね」
「当然。魔女は千年は生きるからね」
真偽のほどは定かではない。
けれども、ユーラの飄々とした態度とその言動は、虚言だと一蹴することもできない。
「君たちがあの巣で見つけてきてくれた壁画。あそこに描かれているのも魔女だろう」
「……その調査のためにリナがいたのか」
「というよりは、君たちが何かを見つけるのを期待して付けていたんだけどね。どうやら二人の書には面白い運命が記されているらしい」
そう言って、彼女はまたクツクツと笑う。
どうやらリナさんは僕たちを監視するためにあそこにいたらしい。もしかすると、出発からずっと見られていたのかもしれないと考えると、僕は少し恥ずかしくなった。
「それで、ユーラはなぜ私達に接触してきたんだ?」
「私としても境界線の掟に綻びが出てきているのは看過しがたくてね。君たちならなんとかしてくれるのではと思って、声を掛けたのさ」
「……つまり私達のすることは特に変わらないということか」
エンジュが柳眉を寄せて言う。
ユーラさんはモノクルの位置を直し、ふむと頷く。
「変わらないとも言えるが、変わるとも言える。結局は何を知り、どう動くかなのだよ」
「……というと?」
「生憎と私はこの部屋からあまり出られないんだ。だから君たちに知識を授ける。それはこれからの君たちの活動に、大いに役立つものだと思っているよ」
肩を竦め、艶のある赤い唇を弧にし、ユーラさんは言った。
「魔女が無償で知識を与えるのか」
胡散臭いとエンジュが表情で語る。
魔女は知識を集める種族。そして、集めた知識を相応の対価と引き換えに、誰であろうとも平等に授ける種族だ。
そんな彼女たちが、対価も求めず知識を授けるというのは、確かに不可解なことではあった。
けれど、そんな僕たちを前にして、ユーラさんは首を横に振る。
「対価はきちんと貰うさ。それが物品であるとは限らないけれどね」
「……つまり?」
「君たちに求める対価は、綻び始めている境界線の掟の修復、並びにミモザの古狼からその原因を探ることだ」
言いながら、彼女は机の上へと手を伸ばす。
机上に置かれていた金色のペンと紙がひとりでに浮かび出した。
恐らくは高度な魔法だろう。
それらは互いに動き、文字を記していく。
「魔女の契約を結ぼう。ユーラは知恵を授ける、その代価にリュークとエンジュは境界線の掟を修復し、原因を解明する。――よろしいかな?」
僕たちは顔を見合わせる。
結局は、当初の目的から何ら変化などないのだ。
「分かりました」
「――私も、了承した」
「ならばここに記名を。それをもって契約は締結される」
紙が宙を滑り、僕たちの前へとやってくる。
青黒いインクで精緻な文字が描かれている。内容は、ユーラさんが語ったものと同一だ。
僕、エンジュはペンを持ち、それぞれの名前を契約書の下部に記す。
最後にユーラさんが自分の名前を書くと、全てのインクが光を放った。
「よろしい。契約は晴れて結ばれた。――それでは私から履行していこう」
契約書が二つに分裂する。
それはユーラさんと僕たちの手元にやってきて、その動きを失った。
「とはいえ、立ち話というのも疲れてしまって具合が良くない。テーブルを準備しよう」
ユーラさんがあたりを見渡して言う。彼女は僕たちを少し下がらせると、おもむろに指を打ち鳴らす。
「うわっ」
パチンッという軽い音と共に、突如としてテーブルが現れる。堅い木製の、シックな色合いの高級感溢れるものだ。
デザインを統一した椅子も三つ、周囲に並んでいる。
「さ、腰掛けたまえ。リナ、何か飲み物を」
ユーラさんに促され、僕らは椅子に腰を落ち着ける。
リナさんは階段を登って姿を消したかと思えば、すぐに銀色のお盆に人数分のティーカップとポットを載せて帰ってきた。
「……おいしい」
「魔女はハーブティを入れるのも上手いのさ」
得意げにユーラさんが言う。
琥珀色をしたハーブティは、レモンが加えられているのかすっきりとした甘いものだった。
「それじゃ、場も落ち着いたところでそろそろ始めようか」
カップを置き、ユーラさんは口を開く。
僕らも背筋を伸ばし、耳を傾けた。
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