第34話「目覚めて」
僕らはその後、ギルドの捜索隊によって発見された。
いつまで経っても帰ってこない僕たちを心配したリュカさんが、捜索隊を出す決断を下したそうだ。
けれども、勇み足でやってきた捜索隊は、森のすぐ入り口で眠りこけている僕たちを早々に発見。
あっけにとられながらも、なんとかかんとか町まで運び込んだそうだ。
目を覚ましたのは、診療所のベッドの上だった。
瞼を開くと、目を潤ませたリュカさんの顔が飛び込んできた。
「リューク君!!」
勢いよく飛び込んでくる彼女に、僕は驚いた。
全然怪我はなかったのだけれど、ここで怪我をしそうになる。
「――そっか。すみませんでした」
「いいのよ。無事見つかったんだし」
事情を聞いた僕が頭を下げると、リュカさんが首を横に振った。
彼女の顔色を見れば、どれほど心配してくれていたのかがよく分かる。
「そういえば、エンジュは?」
「隣の部屋よ。まだ寝てるわ」
リュカさんはエンジュの様子もこまめに見ていてくれたらしい。
彼女の言葉に、僕はほっと胸をなで下ろす。
一度目を覚ましたとはいえ、彼女は体力のつきるまで戦った後だ。その消耗具合は僕の比ではないだろう。
「それで、リューク君。森で何があったの?」
「そうだ! えっと、どこから話したら良いか……」
僕はたどたどしい口調で、けれどできる限り詳細に説明する。
それを聞いて、リュカさんは青い瞳をまん丸にした。
「ミモザの古狼が出産してたの……? そんな、信じられないわね」
「そうだね。確かに俄には信じがたい」
唐突に扉が開き、カツカツと靴音がやってくる。
顔を上げれば、紫がかった黒髪に金縁のモノクルが光る。
黒いローブを纏った、長身の女性。
「えっと、あなたは……?」
困惑した様子でリュカさんが問いかける。
「ユーラ。この町の魔女だ」
驚くリュカさんを素通りして、彼女は僕の枕元までやってくる。
尖塔の地下の秘密の書架から出られないと言っていたと思うのだけれど、彼女は診療所までやってきた。
「今回は、私達魔女の不手際があったみたいだね」
「聞いていたんですか?」
「町の中ならどこにでも烏はいるのさ」
ふふんと得意げに彼女が笑う。
僕は眉を下げ、彼女を見た。
「改めて礼を言おう。そして、謝罪も。今回の件は、私達の落ち度だ」
「いや、そんな。でもちゃんとした掟が分かったのは良かったですよね」
「それも元々は、先代から私がきちんと引き継いでいれば良かったことなんだよ」
私としたことが情けない、と彼女は肩を竦める。
「追って君たちには何かしらの謝礼を渡そうと思う。今日はその連絡だけだ」
そういって彼女は笑みを浮かべる。
突風が彼女を包む。
「うわっ!?」
慌てて顔を覆う。
視界が晴れると、そこに立っていたのはユーラさんではなかった。
「私からもお礼申し上げます。ゆっくりとご療養なさってくださいね」
濡羽色の髪の女性が微笑む。
リナさん、ユーラさんの部下である彼女がその場に立っていた。
「では、私はこれで」
そう言って、彼女は病室を出て行く。
後に残されたのは、呆気にとられた僕とリュカさんだけだ。
「なに、あの、人たち……」
いつも冷静な彼女も、今回ばかりは困惑しているようだった。
無理もない。
普段は素顔すら表さない彼女たちが堂々とやってきたのだから。
「まあ、今回の件の一番大元の依頼主さん、ですかね」
僕もどう説明したものか迷って、曖昧な言葉になる。
リュカさんは大きくため息をついて、首を振った。
その時、扉の外が騒がしくなる。
診療所の看護師さんが、誰かを止める声が響く。
「むぅ、どけ! 私はリュークに用があるんだ!」
バンッ! と勢いよく扉が押し開かれる。
あれ、手前に引くタイプだった気がするけれど……。
「む、目を覚ましていたか」
橙色の瞳が僕を見る。
赤い髪が方々に散乱しているのは、彼女が寝起きの証拠だろう。
僕は苦笑しつつ、彼女に声を掛ける。
「おはよう、エンジュ」
「うむ。おはよう」
彼女はつかつかと寄ってきて、ベッドの側の椅子に腰を下ろす。
リュカさんが驚いて彼女を見る。
「もう動けるの? ていうか、動いて良いの?」
「多分駄目だ。看護師が五人くらい止めに掛かってきた」
「なんで止まらないのよ……」
がっくりと肩を落とすリュカさん。僕も同感だ。
「それよりリューク、お腹が空いたんだ」
「え?」
「お腹が空いて、意識が朦朧としている」
「ええっ!? そ、それで僕のところに来たの?」
ふらふらと頭を揺らしながらエンジュが頷く。
僕は慌てて収納箱を開いて、ありったけの食料を取り出した。
「これくらい診療所の人に頼めば良かったのでは!?」
「そこまで、頭が回らなかった……」
はい、とクッキーを渡す。
彼女は銀紙を剥くのもそこそこに、猛然と食べ出した。
その様子を、僕とリュカさんは冷めた目でみる。
「……エンジュのおかげで助かったんですけどね」
「もう少し、落ち着いて欲しいわね……」
リュカさんが窓の方を見る。
一夜明けて、清々しい日差しが差し込む暖かい日だ。
彼女は、窓の側に置かれた僕の精霊杖を見て、何かを見つけたらしかった。
「あれ、リューク君。この杖五つも魔石嵌まってたっけ?」
「えっ!?」
そんな覚えはない。
僕は驚いて彼女から杖を受け取る。
緑色、青色、赤色、焦げ茶色の四つの魔石。それに並んで、瑠璃色の魔石が嵌まっている。
「え、知らない……」
「これも精霊が収まってるのかしら?」
「どうだろう……?」
考え込む。
しばらく考えて、僕は一つの可能性に思い当たる。
「……済みませんリュカさん、少し離れて貰っても?」
「え、ええ」
リュカさんが距離を取る。
僕は杖を構え、魔力を流し込む。
「……顕現せよ、ルリ」
殆ど自信はなかった。
けれど、昨夜森へと帰るシロガ達の側に、あの子がいなかった気がする。
魔力が流れ、回路が展開する。
幾重にも陣が広がり、瑠璃色の光が放たれる。
そして――
『きゃうっ!』
小さな白いもふもふとした狼が一頭、ベッドの上でちょこんと座り込んでいた。
なんだか、前に見たときより少し幼くなっているような……?
「む? この子は」
エンジュが食事を止めて驚く。
彼女は気を失っていて知らないはずだ。
「この子の名前はルリだよ。……僕が名付けた」
「いいのか?」
「それはいいけど。付いてくるなんて聞いてない」
こてんと首をかしげるルリ。
こんなことってあるのだろうか。
ミモザの森の方を見て、そこにいる狼に思いを送る。
「これは……任せるってことなのかな」
「そういうことなんじゃないか」
ぱくぱくと食事を続けながらエンジュが言う。
なんとも無責任な相棒である。
「この子、新しい精霊?」
「…………ミモザの古狼の仔です」
「っ!?」
リュカさんが驚くのも、さもありなんというところである。
恐らくは、あのときだ。
精霊たちに力を授けてくれたとき、彼女がどさくさに紛れてルリとも契約させたのだろう。片手間に契約を、しかも契約者に知られずに結ばせてしまうあたり、大聖霊の力の無駄遣いだ。
「まあ、来ちゃったものは仕方ない。……よろしくね、ルリ」
そっと手を出す。
ルリは真っ赤な舌を出し、ちょこんと手を乗せた。
「そうだ、エンジュ」
「どうした?」
「パーティの名前、ちょっと思いついたよ」
「むぐ。いいだろう、聞こうじゃないか。私よりハイセンスだったら許してやろう」
なら多分大丈夫だろう。
「【瑠璃の宵闇】」
昨日、彼女と共に見た空。
その深い、鮮やかな瑠璃色を、小さな瞳に重ね合わせる。
「……ふむ。悪くない」
クッキーを飲み込んだエンジュが一つ、頷いた。
鬼の最強お姉さんに拾われまして。 ベニサンゴ @Redcoral
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