第33話 小林、今後の仕事について考える

 結成の儀式とやらの翌日。


 タクヤは色々あったが晴れて今日から学校へ行く事になった。色々と誤解はあるが復帰できそうな感じになったという。


 二人で駅まで行き、ホームで別れた。


「帰りは部活してくるから、遅くなるよ」

「そうか、よかったな」

「うん。父さん、色々とありがとう」


 そう言ってタクヤは反対のホームの列に歩いて行った。

『父さん、ありがとう』

 ジーンと来たね。

 これがあるから、俺はどんなに惨めな思いをしても社会で頑張れるんだ。


「ああ、タクヤ君、学校行くんですね」


 後ろから逢坂さんの声がした。

 今日はうちの会社に来るらしいので、一緒の電車だ。


「まぁ、何とかになりましたね。逢坂さんのおかげです」

「いやぁ。私は別に何もしていませんよ」


 透かした笑みで言った。謙遜しやがって……と、思ったが、そう言われて思い返してみるが、確かにあまりに何もしていない気もする。敵を二人も倒したが、それはあくまでギャング対決をしたかっただけで、息子の制服の匂いとは離れた場所での話だ。


 確かにこの人、自分の趣味をしてただけで、何もしてないな。


 まぁ、尾形たちを連れて来てくれた手柄があるか。

 と、言うか仕事からギャングの抗争まで終始、尾形ゲーだったようにも思えた。まぁ、トドメを刺したのは私だがな。


 会社に行くと尾形がシャドーボクシングをして汗だくになっていた。なんか、コイツ、日々、凄みを増してないか?


 朝宮さんが今日も遅刻して来た。昨日の夜とは打って変わってのローテンションだ。人は半日でこんなにも変化してしまうのか。


 今日は朝イチから打ち合わせの予定だったが、逢坂さん側から入れて来た打ち合わせなので、我々も何をするのか聞かされていない。


「逢坂さん、今日は何をするんですか?」

「出店する店のコンセプトも決まりましたし、昨日、我々ギャングの儀式も終えたので……今後の仕事の具体的な話をしようと思います」


 ついにか。


「デパート出店だけじゃないんすか?」


 尾形と朝宮さんが不思議そうに聞いた。


「小林さんには事前にお伝えしてありましたが、あの仕事はあくまでもダミーです」

「え! じゃあ、やんないってことですか?」

「やります。ですが、そちらはもしかしたら途中で他の営業部に引き渡す事になるかもしれません。我々が本当に力を入れる仕事はもう一つあるという事です。むしろ、私が社長に提案した事業はこちらなんです」


 尾形と朝宮さんは難しそうな顔をしている。確かに、あれだけ一生懸命やっていた仕事が『実はダミーです』と言われたら、そりゃ納得がいかないかもしれない。


「昨日、皆さんにオヤジギャんグ結成の儀式を行ってもらいました。今後の我々の仕事は、アレを我々だけでなく、他の会社、他の分野の人々に広げて行く事です」

「つまり、主任や逢坂さんみたいな変な力が使える人を見つけてくるって事ですか?」

「それに越した事がありませんが、そうでなくても戦力になりそうだと思った人間を調査し、我々のチームに入ってくれるかを確認する事ですね。

 我々の活動は、ギャングチームをこの街の経済の水面化に広げていく事。その方法は敵のチームを叩いて、こちらの支配下に入れること。または、協力してくれる仲間を見つける事です。

 当然、その人らにも昨日の儀式を受けてもらい、大切なモノを一つ差し出していただきます。

 そうやって、何十人、何百人と仲間を増やし、この日本で誰も知らない内に我がチームが勢力を拡大していく」


 聞いていると、まさにレジスタンスのようだ。


「でも、そんな大勢の人数をどうやって管理するんですか? 皆さんの連絡先などは知らないと連絡が取れませんよね?」


 朝宮さんの問いに逢坂さんは首を振った。

 私もずっと腑に落ちなかったところだ。どうやって連絡し合うのか、それができなあければ組織としての形を維持することはできないだろう。


「メンバーの連絡先は一切、知らなくて大丈夫です。むしろスマホや、既存のSNSなどの繋がりなどは排除したチームにしようと考えています」

「それじゃあ、仲間かどうかも解らないんじゃないですか?」

「朝宮さん、その通りです。ですので、まず我々が一番最初に行う仕事は『仲間だという目印』を作る事になります。

 私が藤原文具さんにこの企画を持ち込んだ理由は、藤原社長、小林さんと言う私と同じ能力を持った方がいた事。そしてもう一つが『子供ギャング』と言う商品を過去に作っていた事。そして文房具メーカーである事」

「文房具メーカーだと何が良いんすか?」

「文房具なら、社会人、学生、誰が持っていても不自然ではありません。私が今考えている仲間の目印は、これです」


 逢坂さんはそう言って、自分の胸ポケットに刺さっていたボールペンを我々に見せた。


「ボールペンですか」


 それを見て、私は密かになるほどと思った。

 ボールペンなら、どこの誰が持っていても不自然ではない。それに、私も学生の頃、経験があった。

 とある深夜ラジオを私は毎週欠かさずに聴いていた。私が学生の頃は深夜ラジオは若者の娯楽であった。

 その時、そのラジオでハガキが読まれると貰えるのがボールペンである。そのボールペンを持って学校に行くと、そのラジオのリスナーというクラスメイトが話しかけに来た事がある。

 しかし、他の生徒は他人のボールペンになんて興味を持たない。だから、私にボールペンの話をしてくるのは、決まって同じラジオを聴いていた生徒だけ。

 今思えば、アレは確かに水面下で繋がっていくコミュニティであった。


「このボールペンにギャングらしい機能を付けて、我々のギャングメンバー限定で販売します。そして、それを普段から肌身離さず所持していただく。」

「つまり、そのボールペンが何なのかを知っている人同士なら、味方だとわかるって事ですか?」

「その通りです」


 私はその時、逢坂さんがやろうとしているプロジェクトが見えた。

 これはまさにあの深夜ラジオのノリだ。同じラジオを聴いている者同士というのは、なぜかそれだけで共犯意識のような気持ちが働き、強い親近感を感じてしまう者だった。


「つまり、そのボールペンを持っていると言うのが、親近感になり、その知らない人同士が近付くきっかけになる。

 たとえば、プレゼン相手の担当者がそのボールペンを持っていたら、優先的に契約をしてしまったりとか、そういう、今まで無かったビジネスの繋がりが生まれるって事ですか?」

「小林さん。素晴らしい。完璧です」


 つい、勢いで話してしまったが、これはもしかしたら面白いのではないか?


 うちの商品を商品として売るだけではなく、今まで関わりがなかった会社と会社同士を繫げて、イノベーションを起こすキッカケになると言う事だ。たった一本のボールペンを持っているだけでだ。

 ボールペンを売るだけでは利益は微々たるものかも知れないが、社会にもたらす経済効果は物凄い物になる可能性も秘めている。


「このような文房具をいくつも販売し、ギャング活動に使えるようにもしたいと思っています」

「ギャング活動というと?」

「たとえば、ボールペンには半径何百メートル圏内のこのボールペン所持者になだけ聞こえる無線機能などです」

「おお、ギャングっぽいっすね!」

「女性用のスタンガンみたいな電流を流す機能とかもできますか?」

「そう言ったものも開発できるかもしれません。とにかく、まずは仲間探しとこの第一号のボールペンの設計を担当してくれる会社を見つける事ですね。あと来年春の開店までの準備、これが我々の仕事になります」


 スケジュール的にかなり厳しいな。

 まずそんな高性能のボールペンを作れる会社とウチと繋がりなんてないしな。ボールペンというか軍事兵器に近いぞ。


「でも、ギャング用のボールペン以外にも、専門店を出店となったら、それなりの新商品を用意しないといけないっすよ」

「そちらは尾形さんと朝宮さんを中心にお願いしたいと思います」

「おお、マジっすか! 良いんすか!」

「尾形さんが採用させた仕事ですから、バンバンお願いします」


 緒方がオッシャー! と雄叫びを挙げた。朝宮さんが横で心配そうな顔をしている。尾形の遅くやって来たビギナーズラックがいつまで続くのか。


「私と小林さんは、仲間とボールペン兵器を作れる会社を見つける事ですね」

「結構大変そうですね」


 あと、半年。

 普通にやっていたら、間に合わないだろう。これは仕事漬けになりそうだ。



 午後、私はまたしても専務の部屋に呼ばれた。


「やっと君らの課の名前が決まったよ。『新規事業開拓課』になったから、明日くらいに部屋に看板が付くと思うから、よろしくね」

「はぁ」


 なんだ、その名前。屯田兵みたいだな。

 豪華な名前で凄い事をしてそうだけど、何もしてないのを誤魔化している系の部署っぽいが、まぁいいか。業務内容は会社では秘密にしていたい事だからな。


 ただ、食堂とか行ったら笑われそうでやだなぁ。


「それでだ。君の役職だがやっと正式に決まったぞ」

「え?」


 と、専務がテーブルの上に書類を置いた。『辞令』と書かれている。


「正式に課として、認知された訳だ。これからよろしく頼むぞ、小林課長」

「は……」


 きた……課長……私が、そんな呼び名で呼ばれる日が来るとは。


「失礼します」


 『別に昇進になんて喜んでませんよ』という雰囲気に専務の部屋を後にした。しかし、私は喜びで三階までの階段を五段飛ばしで降りてやった。


「課長ダァああああ!」


 踊り場で誰もいないのを見計らって、大声で叫んでやった。

 辞令を見たが間違いない。課長だ。島耕作の一巻にやっと並んだ。


 



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