第9話 小林、逢坂戦に備える

 その後、浅宮さんも呼んできて、三人で三階の部屋へデスクと椅子を三人分運び込んだ。

 一通りの物が最低限揃ったところで、尾形の首根っこを掴んで朝宮さんの前で頭を下げさせた。


「本当にごめんね。コイツ、昔からデリカシーがなくて、悪気があって水商売の事とか聞いてるんじゃ無いからさ」

「いえ、あの、その……すいません」


 朝宮さんはどうしたら良いのか分からなくなって、逆に私と尾形に頭を下げてしまった。

 朝宮さん、それじゃあ『水商売してます』って言ってるような態度だよ。


「で、キャバ嬢じゃないの?」


 尾形が最後の力を振り絞って、朝宮さんに尋ねた。


「ばか!」


 私は尾形の頭を叩いたが、内心、「ナイス尾形の無神経」と思った。実際のところ、そこはどうなってるんだ?


「そういうのは、してません」

「え、本当に?」

「はい」


 そこは嘘を吐いていない様子なので、少しホッとした。


「なんで、主任が確認するんすか?」


 尾形に白い目を向けられたのが、なんか悔しかった。 

 しかし、朝宮さんの素行不良の原因は分からず終いだ。とりあえず、そこはオブラートに包みながら、おいおい、どこかで、すっごく回りくどく聞く事にしよう。


「とりあえず、尾形がなんか失礼なこと聞いたら、朝宮さんも頭を叩いて良いから。とりあえず、仲良くしてあげて」

「よろしくっす!」


 なぜか尾形は悪びれる様子もなく、元気に挨拶をし、朝宮さんに手を差し出した。


「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 朝宮さんと尾形が、なんか握手した。昔、とんねるずがやってた番組でカップルが成立する時の儀式だぞ、それ。まぁ、知らないと思うけど。


 そんな感じで私の課長初日は定刻で幕を閉じた。


 しかし、帰り際に朝宮さんがずっと拭いていた窓を確認してみたが、汚れなんて一つもついていなかった。

 なんで、この窓をずっと拭いていたんだ、彼女は? あと遅刻と居眠りの原因は結局、なんなんだ?


 謎多き女だ。


 まぁいい。

 とりあえず、明日だ。

 明日、逢坂がやって来るのだ。



 電車に自宅のある地元の駅にまっすぐ帰って来た私は、明日の逢坂との勝負を控え、気分を落ち着かせる為、地元の行きつけの居酒屋に入る事にした。

 一人で小さい乾杯をして、心を落ち着かせる。

 

 明日は、私にとっての天下分け目の関ヶ原になるかもしれない。


 カウンターで酒をチビチビやりながら、「逢坂がこう来たら、こう返そう」「ああ来たら、ああ返そう!」と何度もシミュレーションを繰り返した。

 何故か頭の中では、私と逢坂がUFCのリングの上で戦っているところを想像してしまったが、それは、まぁいい。


 そして、軽く酔って、明日への気持ちも整ったところで、気持ち良く店を後にした。


「待ってろ、逢坂。明日は目にもの見せてやるからな!」


 準備は整った。

 とにかく、明日はどんな仕事をするのかもよく分からないが、逢坂をギャフンと言わせてやる事だけは確かだ。

 こんなにモチベーションを高く維持して仕事に臨むのは、何年振りのことだろうか?


 一人で帰る夜道が心地良い。


──ダジャレをいうのは、誰じゃ?──


「ん?」


 その時、朝の電車の中でずっと聞こえていた、あの忌々しい声がして、私は立ち止まった。辺りを見回すが、帰りの夜道は、私以外に誰もいない。


 何故、あの声がここで聞こえて来たんだ?


 すると、道の向こうから一台のワゴン車が一直線にこっちに向かって来るのが見えた。


「小林さん、逃げてください!」

「え?」


 誰かの大声が聞こえたと思って、辺りをキョロキョロしている間に、そのワゴン車は私の目の前で停車し、後ろのドアから全身黒いスーツ姿にサングラスをかけた男が二人、飛び出して来た。

 一人は背の高い男、もう一人は背の低い男。二人ともブルースブラザーズみたいな格好で私に近寄って来た。


「小林光太郎、だな?」

「はぁ」

「我々について来てもらう!」

「はぁ?」


 突然、スーツの背の低い方が私の腕を掴んで引っ張ろうとした。私は咄嗟に腕を振り解いた。

 なんだ、コイツら。誘拐する気か?


「ちょっと、何なんですか、いきなり! 誘拐でもするんですか!」

「話は後でゆっくりする。とりあえず、車に乗ってくれ!」


 と、また背の低い方が私の腕を掴んできたので、私は振り払った。小さい声で「いてっ」と相手が言ったのが聞こえた。なんか、服装はそれっぽい雰囲気だけど……あんまり強くなさそうだ。


「アナタ達、何なんですか? いきなり車から出てきた」

「我々はオヤジギャんグ! この辺一帯を取り仕切るために結成した三人だ」


 オヤジギャんグ?


「オヤジギャんグ?」


 私が疑問形で返すと、場に滑ったような空気が流れた。そして、ブルースブラザーズは「あれ?」という表情で、お互いの顔を見合わせた。


 状況がいまいち把握できない。

 ただ、どうも、私のリアクションが薄いのが予想外だった感じなのだが。

 誰だ、この二人は? なんで私の名前を知っているんだ?


 てか、オヤジギャんグって何だ? なんか、知ってないといけないような空気だけど。若い子に流行ってるバンドか何かか?


「小林さん! 逃げて下さい!」


 突然、ワゴンの反対方向から走って来た男が、私の右手を引っ張って走り出した。どうも、さっきの大声の人のようだが、こちらも顔に見覚えがない。

 鞄を持ってスーツを着ているので、どうやらサラリーマンのようだ。私よりもスラっとしていて……なんか、私よりも明らかに高いスーツを着てやがる。


「走ってください、小林さん!」


 いきなり私、その高いスーツを着た謎のサラリーマンに手を引っ張られて、黒い男達から逃げる羽目になった。


「追え!」


 黒スーツの二人は、またワゴン車に乗り込み、逃げる私たち二人を追いかけてくる……と思ったら、細い路地でUターンするのに苦戦しているではないか。なんか、格好悪い。


 いや、それどころじゃない。

 このスーツの人も、後ろのワゴン車の男達も一体、何者だ?


 私に何が起こっているんだ?


 酔って走ってるから、心地良い気分が一転、凄い気持ち悪くなって来たんだが……

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