第28話 小林、謎が全て解ける

 アイツらに素っ裸の写真を取られて以来、スマホが忙しい。いつ、どこで私らの画像が出回るか分かったものでは無い。

 朝の電車の中でもネットニュース、SNSを探し回って、そう言う物が出ていないかを隈なく探す日々だ。


「大丈夫ですよ。ああ言う物は最後まで脅迫する手段として残しておく物ですから。そうそう簡単に公表しませんよ」


 逢坂さんは、割と余裕に構えて言っていた。


「そもそもサッカー部の顧問は瀬古川自身ですよ。タバコの写真も公表して困るのは瀬古川自身です」

「なるほど」

「脅迫って言うのは、被害妄想で相手の精神をすり減らして、根負けさせるのがポイントなんです。奥の手をこんな早く手放したら意味がありません。我々が瀬古川の尻尾を掴むまでは、向こうも材料は取っておくはずです」


 仕事モードの逢坂さんが至って冷静だ。なんで、このスタンスで学校に忍び込んでくれなかったのか。


「で、今日なんですけど。昨日の尾形さんのアイデアをデパートの方に持っていきますんで、小林さんは会社で待っていて下さい」

「え? 何で私は行かないんですか?」

「そんな大勢で先方に押しかけても失礼ですので」

「でも、一応……」


 私が責任者なんですけど……って言おうとしがた。恥ずかしいが今回の件、私は何一つ仕事をしていない。尾形と朝宮さんの二人でやった事だ。


「とりあえず、企画を考えた尾形さんとそれを纏めてくれた朝宮さん、この二人にプレゼンは任せます。それと仲介役の私の三人で今日は大丈夫だと思いますので」

「……なるほど」


 つまり、私が一番要らないという事だ。悔しいが仕方がない。


「何かありましたら、連絡します」

「じゃあ、よろしくお願いします」


 お昼寝でもしてようかなぁ。


 会社に着くと、尾形が険しい顔で何か資料のような物を見ていた。なんだコイツ、新しい仕事をしてから急に貫禄が出て来たんじゃないか?

 これで今回のプレゼンが上手くいって、お店が大成功したら。私が尾形の部下になるって事も、近い将来あり得るのではないか?

 エリートの逢坂さんが尾形の能力に一目置いている節もあるし、もしかしたら私はこの部署で一番、いらない人材なのではないだろうか?


「なんか、パンチがないなぁ」

「そうですか?」


 どうやら朝宮さんが作った資料に尾形がダメ出ししているようだ。朝宮さん、私ではなく尾形に見せに行くなんて、完全に私の事を「大した事ない」と値踏みしてしまったのではないだろうか?


「あ、主任、逢坂さん。おはようっす!」

「おはようございます」

「お、おはよう」


 私は……要らない子なのか? ちょっと涙が出て来そうだぞ。


「主任も見ますか、これ?」


 尾形が私に同情したのは、浅宮さんの作った資料を私に気を使って見せようとした。


「いいよ! どうせ、私は何もやってないんだから!」


 私は拗ねて、大声で八つ当たりをしてしまった。恥ずかしい。大人って、大人の皮を被った子供だよな。


「何を怒ってるんすか?」

「別に怒ってないし! お前たち二人が頑張ったんだから、私は今回は傍観者で良いんだよ。二人で話し合って決めろよ!」

「あの、主任さんも見て感想を聞かせて頂きたいんですが……」


 朝宮さんは弱々しい声で言った。朝宮さんまでもが主任と呼んだ。完全に気を使って言っている感じの声に聞こえた。


 やめてくれ、同情されると余計に傷付くんだ。


「主任も感想言ってあげてくださいよ。朝宮ちゃんの漫画」

「ん? 漫画?」


 と、尾形が見ていた資料を私に見せて来た。見ていたのは仕事の資料ではなくて、漫画だった。


「朝宮ちゃんが最近描いた漫画っすよ。主任も読んで、感想言ってあげてくださいよ」

「お願いします」

「あ、漫画……そう言えば、この前言ってたね」

「なんと勘違いしてたんですか?」


 尾形に追求されて、私の顔は真っ赤になった。


「べ、別に……寝ぼけてただけだ」


 逢坂さんがくすくす笑ってるのは見えた。笑うな、逢坂。


 そして、午前中にプレゼンの最終打ち合わせを済ませ、午後、三人はプレゼンの為に会社を旅立って行った。

 しかし、ここで運良く、一人残された私に新しい仕事が舞い込んだ。出向している逢坂さん用の机と椅子をまた倉庫に行って取ってくる事だ。よーし、頑張るぞぉ!


「じゃあ、小林さん。行って来ますんで、私の机お願いします」

「はい。ピカピカにしておくね」

「あ、主任。暇だったら、これ見てあげて下さい。朝宮ちゃんの漫画」


 と、尾形がさっきの朝宮さんの漫画を私の机にポンと置いてきた。なんか、尾形に仕事を振られたみたいで、少しイラッとした。


「あ、あの、あんまり自信ないんですけど……」


 コピー用紙に印刷された本当に漫画の原稿だ。上手で思わず「おお」と声が出てしまった。最近はパソコンで描くから、原稿はこうなっているのか。


「ほう、こう見るとプロの原稿みたいですね」


 逢坂さんも興味津々に後ろから覗いてきた。

 確かに改めて、こうやって見るとやっぱり上手いな。しかも事務も一通りできるんだから、遅刻と居眠りに目を瞑れば、重要な人材だな。


「でも、絵は上手なんですけど。あんま面白くないんすよ」


 朝、尾形が険しい顔をしていた理由はそう言うことか。よく本人の前でズカズカと言えるな、コイツ。

 朝宮さん、落ち込んで下向いちゃってるじゃないか。


「なんか、ダラーッと話が流れてくだけって感じで。タルいというかなぁ」

「お前、朝宮さんの前で、そんな事言うなよ」

「いえ、あの、私、あんまりストーリーが得意じゃなくて……編集の人にもそれを言われているんです。妹から最近、相談を受けた事を題材に漫画にしてみたんですけど」


 妹がいるのか。

 朝宮さんのプライベートがまた少し明らかになった。


「なんか、アドバイスとかあったら、朝宮ちゃんの成長のために遠慮せずガツンと言ってあげて下さい」


 なんで尾形が育ててる漫画家みたいな雰囲気で喋ってくるんだ。


「わかった。私で良ければ見ておくよ、朝宮さん」

「よろしくお願いっす」


 なんで、尾形が頭を下げるんだ? 人の夢は俺の夢スタイルなのか、コイツ?


「これがダメだったら、今度は俺が原作の漫画を描こう。サッカーミステリー漫画だ!」


 尾形が朝宮さんにそう言いながら、三人は部屋を出て行った。

 なんで、アイツまで朝宮さんの夢に参加してるんだ? どんどん朝宮さんの夢を乗っ取って行く尾形の図々しさに、恐怖さえ覚えた。


 逢坂さんの机の用意は、一時間もすれば終わってしまった。この前の勝手を知っているので、入り口の守衛さんに手伝ってもらい、机を三階のこの部屋に収容した。


「ふぅ」


 と、一息ついて私を待っていたのは、就業時間まで続く、無限のような暇な時間であった。書類を書こうにも、書く書類がない。


 専務のところに行って、課長の進捗でも聞きに行こうかな?


 私の席は一番窓際で尾形の席と向かい合わせ。ちょうどお昼過ぎの暖かい日差しが入って来て、ぼーっとお昼寝するには丁度いい頃合いになって来た。


 暇だ。


 今頃、私の部下たちは同じ空の下、一生懸命仕事をしているだろうなぁ……なんで、一番上司の私がお留守番をしているんだ?


 そう言えば、朝宮さんの漫画があった。

 私は机の上に置いてあった、原稿に手を取った。仕事中に部下が趣味で描いた漫画を読む。これで給料を貰っているのは、少し情けなく思う。


 しかし、やることがなく背に腹は変えられない。人間への一番の拷問は『暇』なのだ。


『恋の咲く季節』


 タイトルはそう描いてあり、高校生らしき少女とイケメンな男子生徒の絵が描いてあった。

 こりゃ、間違いなく恋愛ものだ。私がセロリとお同じぐらい嫌いな恋愛モノの漫画。しかも、自分の息子と同い年くらいの年齢の恋愛。気が重いこの上ないな。


 まぁ、読むと言ってしまったし。

 無人島で餓死しそうになったら、人間はその辺の虫だって食べるのだ。これだけ暇なんだから、今なら恋愛漫画も受け付けるかもしれない。


 ページを捲ると、主人公の少女が同じクラスの男子生徒に片思いをしているナレーションから始まった。


「ん?」


 私はその絵を見て、なんか引っ掛かった。

 と、言うのも男子生徒が来ている制服というのが、タクヤの学校の制服と全く同じなのだ。

 しかも、ナレーションのその男子の名前を見て、心臓がバクバクし出す。


「小林、タクヤ、君?」


 主人公の女の子が片思いをしているのは、小林タクヤ君。

 一年生なのにサッカー部のレギュラーで勉強もできる。性格も良く、皆からの人望もあるし、イケメンだ。


 ……なんか見覚えのある設定だな。コイツのオムツを変えてやった事がある気がするが。


 今日は彼と私は日直。

 彼と話せるチャンスなのに、緊張で何も言葉が出て来ない。タクヤ君は率先して日直の業務をしてくれて申し訳ない気持ちになる私。

 だが、そんなタクヤ君に問題が起きる。なんと、最近、タクヤ君はある事情からクラスで浮いた存在になってしまったのだという。

『このままじゃ、学校に来なくなっちゃうんじゃ?』と心配な主人公……もう二度と彼の笑顔が見れないかと思うと……ああ、甘酸っぱい片思い。


 あれ? 

 冒頭のこのシーン。

 それはイケメンのタクヤ君が日直で黒板を消しているシーン。教師が黒板を綺麗に消し終わったタクヤ君に近寄って行く。


「そうか……そういう事だったのか!」


 私の中で全てのことが一つに繋がった。

 私はスマホで急いでタクヤに電話をした。


「もしもし、父さん? どうしたの?」

「タクヤ、お前に聞きたい事があるんだが」

「何?」

「お前、最近、日直をやったか?」

「え?」


 そう言うとタクヤは少し考え出した。すると暫くして「あっ」と言う声がスマホの向こうから帰って来た。


「確か、例の匂いが出た日。俺、日直だったよ。なんで分かるの?」

「その時、お前、授業で使った黒板を消さなかったか?」

「ああ、消した。日直の仕事だから」

「それで、その時に……」


 私はタクヤから、その時に起こった行動を詳しく尋ねた。


「ああ、あったよ。そんな事。五時間目が終わって、俺が黒板消した時に」

「その時、それを言って来たのは誰だ?」


 電話の向こうからタクヤが少し考えて言った。


「瀬古川先生だった。六時間目が瀬古川先生の授業だったから、もう教室にいたんだ」


 やっぱり、そうか。

 これで、完全に繋がった。


 このセリフ、人生で一度言ってみたかったが、まさか自分に言う機会が来るとは思ってもみなかった。


──謎は、全て解けた──


「ちなみになんだけど、お前のクラスに朝宮って苗字の女子生徒はいるか?」

「朝宮? 朝宮さんならいるよ。柔道部の子が一緒に日直だったよ」


 ほう。

 しかし、柔道部とな。内気な姉と違って活発な子なのか?


 なるほど、その子がタクヤの事を……いやぁ、世の中は広いようで狭い!


「朝宮さんが、何か関係あるの?」

「いや。ちょっとな」


 すまん。

 この質問はただの父さんのすけべ心だ。父さんはいつでも、お前のことを見守っているぞ。


 とにかく、これで瀬古川に話をする事ができる。

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