第21話 小林、カッコいいお父さん

 その後、私とタクヤによる五社英雄ばりの熱い親子ドラマは一旦幕を下ろし、それを見計らって上がってきた妻も交え、タクヤの匂いの原因について、分析する事になった。


「うわ、くさっ!」


 妻も制服を着たタクヤから発せられる強烈な異臭に、顔を顰めた。


「何よ、この匂い。アンタ、何食ったのよ!」


 妻はタクヤを怒ったが、「お前の作った飯だよ」と私は心で思った。

 そして、タクヤは制服を一度脱ぎ捨てると、あら不思議。


「あら、凄い! 匂いが消えたわよ!」


 妻はテレビショッピングのタレントみたいな大げさなリアクションで驚いた。


 しかし、どう言う事なのかサッパリわからない。

 その後、私が制服を着たり、妻が制服を着たりしたが、やはり全然臭いなど発せられなかった。さらにタクヤに私のスーツを着せてみたが、やはり臭いは出ない。

 妻がどさくさ紛れに「成人式、このスーツでいいかしら?」とボソッと言った。何考えてんだ。サイズが全然あってないだろ。

 しかし、タクヤが自分の制服を着た時にだけ発せられる核兵器ばりに強烈な匂いが発せられる。

 こんな話、聞いたことがないぞ。


「あれじゃないの? タクヤ、制服と相性が悪いんじゃないの?」

「どう言うこと?」


 タクヤが妻の意見の意味が分からず、尋ねた。


「だから、アンタの何かと制服の何かが合ってないのよ、きっと」


 真剣に考えているとは思えないくらい、フワッとした、何の足しにもならない意見であった。


「確かに制服を着ている間ずっとこの匂いが発せられてたら、周りのクラスメイトも迷惑だろうな」

「それでアンタ、ジャージ着てたのね」

「でも、俺もあれこれやってるのに、匂いの原因は全く分からないし。ジャージも先生に叱られるから、ずっと着ていられないし」


 だけど、制服着てても、PTAとかからクレームが来るんじゃないか? 親として、タクヤの匂いの原因がわかるまでは学校を休ませた方がいいのではないか? と思い出した。


「そんな事よりも、この雑巾よ! こんな臭いもの机の中に入れるなんて、酷いわよ! 明日、学校に講義に行ってくるわ!」


 お、妻はいい事言った。だけど、明日は学校が休みだぞ。


 雑巾の悪戯はタクヤが移動する先、最初は机、ロッカーなどに頻繁に仕掛けられていたそうだ。

 周りでもタクヤの制服の匂いが噂になり出して、クスクスと冷笑する笑い声が上がったりしていると言う。

 聞いていても、さぞの数週間、居心地が悪かっただろうと思う。


「それはいつからなんだ?」

「……ちょうど、部活に出なくなった辺りから」

「どうして、部活に出なくなったんだ? 部活は制服じゃないから匂いが関係ないだろ?」

「制服の匂いをイジられて……俺は本気で悩んでたから、茶化されたのにムカっと来て、喧嘩になっちゃって」


 それで居づらくなって部活に顔を出していないらしい。

 ああ、息子よ、なんて不幸な日々を送っていたんだ。


「これは学校に言わないといけない事だ。月曜日、私が学校に行ってくる」

「でもさ……原因は、俺の匂いじゃん? 先生も薄々気付いてるし。俺の匂いが原因のイザコザなのに、怒るって変じゃない?」

「何言ってるんだ! 文句があるなら直接お前に言えばいいだろ! それをこんな陰湿なやり方でやるなんて、父さんは許さないからな! お前だって辛かったから金曜日に早退して来たんだろ!」


 私の怒鳴り声に部屋は一瞬、シーンとなった。


 自分で言って、鳥肌が立った。

 なんて、頼りになる父親なんだ、私は。

 もう、母性本能が復活してからと言うもの、私は絶好調だ! 今の私のような父親に私も育てられたかった。タクヤ、お前が羨ましいよ。


 これにはタクヤも「まぁ、父さんの言う通りだけど」と納得するしかなかった。

 どうだ。

 息子よ、しっかり見ておけ、そして目に焼き付けろ。


 これが日本の父親だ。


 お前もいずれ、こうなるんだぞ!


「とにかく月曜日は学校を休みなさい」

「いや、でも……急に帰って、それで月曜日来ないって、なんか変な噂になりそうなんだけど」

「ダメだ。我慢しなさい。気になる事があったら、ハヤトに相談しなさい」

「ハヤト?」

「お前のこと心配してたぞ。お前は一人じゃないんだ。イジイジしていたらダメだ。わかったな」


 この大黒柱の一言で、とりあえず、三人で遅めの夕飯を食べる事になった。

 しかし、久しぶりに家族揃っての夕飯だった。

 しかし、私はさっきハヤトと回転寿司を食べたばかりだから、お腹が一杯だった。

 しかし、夕飯を残すと妻は怒るから、我慢して食べないといけない。


「私、洗剤変えようかしら」


 しかし、貴重な団欒の最中、妻が突然呟いた。妻も色々と息子のことを気遣い、現状を打破しようと必死なのだ。


「制服ってクリーニングに出してるんじゃないの?」

「あ、そうだったわ」


 息子に指摘されて思い出したようだ。頑張れ、母さん!

 その後、妻は「クリーニング屋変えようかしら」と言い出した。「俺、その間、何着てけばいいの?」と息子を不安にさせた。


 とにかく、家族三人のスクラムで、このピンチを打破しよう!


 そして、私は風呂に入り、一人で考えた。

 あの時、あのギャングが言っていた言葉が気になったのだ。


『小林親子をこの街から追い出さなければ』


 タクヤが学校で雑巾を仕掛けられたのは、三週間くらい前。ちょうど、私が奴らの襲撃を受けたくらいの時だ。


 何か、関係があるのか?


 奴らは何故、タクヤも追い出そうとするのだろうか?


 分からん。


「もしや、ダジャレの力なのか!」


 私はハッと閃き、浴槽から飛び出した。

 あの原因不明の匂いがもしもダジャレの力だとしたならば……どうする? 私達だけで解決できるだろうか?


 この場合、誰に相談すればいいんだっけ?

 と、私の頭に一人の男の顔が思い浮かんだ。そして、嫌だなぁとため息が出た。

 しかし、愛する息子の為、背に腹は変えられない。



 そして、週が明けた月曜日の朝。 


「それは間違いなく、ダジャレ使いの仕業ですよ!」


 私は興奮した逢坂さんに胸ぐらを掴まれた。


「どうして、そんなになるまでホカっておいたんですか!」

「逢坂さん、落ち着いてください。電車の中ですから、ここ!」


 逢坂さんは冷静になり、私を地面に下ろしてくれた。

 うちの会社に来る時は電車が一緒になるので、一応、私の身近にいる中で一番学歴の高く、ダジャレ使いに詳しいこの人にタクヤのことを話したら、満員電車で大声出して、胸ぐらを掴まれた。


「やっぱり、ダジャレってそんな事もできるんですか?」

「言ってたじゃないですか、神様が」

「いや、覚えてないんで」

「ダジャレの意味通りだったら、どんな事でもできるんですよ」


 やはり、ダジャレか。

 となると、タクヤは私らが知らない間に敵のダジャレ使いと接触したのか?


「じゃあ、どんなダジャレで制服が臭くなるんですか?」

「そんなに私は知りませんよ。ダジャレに関しては小林さんの方がお詳しいでしょ?」


 使えねー。

 天下のT大が泣くぜ、逢坂。


「しかし、小林さん。これはタクヤ君の手に負える事ではありません。私たちの出番ですよ」

「は?」

「敵の奴ら、神様から戴いたダジャレの力で人様にダジャレ使いの人以外に迷惑をかけているんです。こんなギャング、許せませんよ! 犯人を見つけて、粛清してやらねばいけません!」

「いや、まだ決まったわけじゃ」

「小林さん! やられる前にやるのがギャングじゃないですか!」


 それは知らん。

 あと、私はギャングじゃない。

 どうも、この人はオヤジギャんグが絡むと子供みたいになるようだ。

 とにかく、今日、学校で先生と話をして来てからだ。それで解決してくれれば、それに越した事はない。

 あまり逢坂さんを巻き込まずにこの事件を終わらせたい。


「私も着いていきましょうか?」

「何処にですか?」

「その担任の先生との面談に決まってますよ」

「アナタ、タクヤとどう言う関係ですか?」

「父親のギャング仲間です」

「止めてください」

「じゃあ、父の初恋の相手の旦那っていうのは?」

「私に喧嘩売ってるんですか?」

「小林さんは事の重大さが解っていないんじゃ無いですか?」

「どう言う意味ですか?」

「忘れたんですか? アナタ、『ダジャレをいうのは誰じゃ?』で素性を知られてるんですよ。自宅の住所とかも」


 言われて、ハッとした。

 じゃあ、タクヤを家に置いている今も、危険が危ないって事か?


「この数週間は大人しくしていますが、タクヤ君のそれを見ると、もしかしたら動いてくるかもしれませんよ、そろそろ」

「……奴らの狙いは何なんでしょう? なんで、我々親子で狙ってくるんでしょうか?」

「それは分かりません」


 使えねー。

 何もわかんねぇじゃねぇか。T大で何を学んできたんだよ。


「ただ、何かしらの理由で小林さんとタクヤ君が邪魔なんでしょうね」

「妻は?」

「小林親子と言っていました。小林一家ではありません。つまり奥様は入っていないと言う事です」


 確かに。

 何故、私とタクヤ? 

 タクヤが狙われる理由は一体、何なんだ。それが分かれば、敵の正体もわかる。この前はサングラスとスーツで顔も分からなかった。


「ただ、言えるのは。この前の敵がタクヤ君の周りに既にいるって事です」


 後でわかった事だが、タクヤが持ち帰った雑巾の匂いも妻がどれだけ洗っても取れなかった。

 あの雑巾も敵が用意したとしたら、敵はタクヤのすぐ側にいる事になる。


「やはり私がいくしかありませんね」

「いや、待機してて下さい。迷惑ですから」

「小林さん!」


 と、逢坂さんが詰め寄って来そうになったところで、会社の近くの駅に到着した。途端、逢坂さんはキュッっとネクタイを締め直した。


「さぁ、仕事です! 尾形さんの考えた企画を煮詰めましょう!」


 そして、急にダジャレのダの字も言わなくなった。


 オヤジギャんグの掟『ギャング活動は仕事が終わってから』

 オヤジギャんグの掟『仕事は誰よりも一生懸命』


 なのだそうだ。

 神様が夢でくれた冊子に書いてあったそうだ。夢の中の本の内容なんてよく覚えているな。さすがT大。


 にしても、オンオフが激し過ぎる人だ。






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