第30話 小林、処する
「尾形さん、大丈夫ですかね?」
と、言いつつ、朝宮さんは後ろも振り返りもせず、保健室の窓へ一直線に歩いて行った。いい性格してるな、この子。
我々を追いかけている間に少しチョークを投げていたが、五十本入りのチョーク全部となると五十発だ。
伝説のゴールキーパーだったらしい尾形でも大変だとは思うが、まぁ別に尾形から臭い匂いがしても「臭いな、あっち行け!」で済んでしまいそうな気もする。ある意味『腐っても尾形』ってことだ。
廊下からは尾形と瀬古川の「でりゃー!」「どりゃー!」というPK戦の声が聞こえてくる。ふと思ったが、あの二人はどういうルールでPKをしているんだろうか?
まあ、逃げて良いとは言われたが、尾形も私の部下には変わりない。
「朝宮さん、先に行って逢坂さんと合流してて」
「え? 主任さんはどうするんですか?」
「少しは尾形の助けになれないか、この部屋に使えるものがないか考えてみるよ。これでも一応、アイツの上司だからな」
「なら私も手伝いますよ。なんか面白そうだし」
面白そうって、廊下で一応、一生懸命戦ってる尾形が聞いたら、さすがに怒るんじゃないか?
まぁ、でもいいか。
私と朝宮さんは保健室にあるもので、ダジャレになりそうな物を探した。一応手帳を開いてみたが、この状況を打破できそうなダジャレは一個も見当たらない。
『もっと欄干的に行きましょうよ』で、どうやって瀬古川と倒せば良いのやら。
「とりあえず、ダジャレになりそうな道具を探そう」
「イエッサー!」
朝宮さんが私に敬礼してきた。
「君。会社と違って、なんかテンション高くない?」
「あ、私。超がつく夜型なんで、毎日、これくらいの時間から目が冴えてくるんですよ!」
朝宮さんはキャハッ! と笑いながら言った。
そんなんだから遅刻ばっかするんだよ。
私と朝宮さんは二手に分かれ、保健室のものでダジャレを作って、瀬古川を倒せないかを考えた。
「主任さん、ハサミがありました!」
朝宮さんが早速、見つけた。
「『ハサミはさみー』ってどうですか?」
ハサミは寒みー。
なんか攻撃とかで使えそうにないな。つまんなさも微妙だし、私はあまり好みの駄洒落ではない。
「ハサミは寒みー」
私は念のため唱えてみたが、うんともすんとも言わなかった。
「何も起こんないですね」
再び、捜索に戻る。
「あ、主任さん。包帯ありましたよ。『包帯でやりたい放題』ってどうですか?」
また、あまり敵を倒せなさそうなダジャレだが、念のため唱えてみた。
「包帯でやりたい放題!」
またしても、何にも発動しなかった。そもそもやりたい放題ってなんだよ。『包帯、食べ放題』とかの方がスッキリした駄洒落だと思う。
「主任、まだ逃げてないんすか!」
廊下から、息が切れている尾形の声がした。チラッと廊下を見たら、大量のチョークが床に転がっている。
すげえ、あいつ。全部、止めてるよ。本当に化け物だったんだな。
でも、何の意味があるんだ、あの対決?
瀬古川もチョークを持って尾形に突撃すればいいのに、同レベルのバカなのか、引くに引けなくなっているのか? 尾形からゴールを奪う事に躍起になっている様子で、汗だくになりながら、なんか変なフェイントとか、色々駆使して投げては尾形に止められている。
もう、この二人は本来の目的を忘れてしまったのではないだろうか? そもそもPKと言いながら、瀬古川は普通に手を使っているし。
「あ、主任さん! 身長測る機械ありますよ! 『身長に身長を測ろう!』ってどうですか?」
と、朝宮さんがまた意味のわからないダジャレを思いついた。それでどうやって攻撃するんだよ。
「あのさ、さっきから攻撃に使えないダジャレばっか考えても意味ないのよ! あと、ダジャレ浮かぶの早いな君!」
ダジャレの神の私が一つも浮かんでいないのに、もう三つ。末恐ろしい子だ、この子は。この子がダジャレの道に進んだら、潰すしかない。
「あ、主任さん! これどうですか!」
はやっ。
もう浮かんだの。手数が凄すぎる。
「今度は何?」
「これですよ! これ、絶対攻撃できますよ!」
朝宮さんがカーテンをパーっと引くとカーテンで仕切られた向こうに具合の悪い生徒が寝る用のベッドが置かれていた。
「ベッド。布団か……」
その時、少し前の家の出来事がフラッシュバックした。
あの日の朝、タクヤの部屋が荒らされていた時の映像。
「そうか。あの日、タクヤの部屋が荒らされていたのは、こう言う事だったのか」
これは使えると、確信があった。
「朝宮さん。ありがとう。これ、行けるよ!」
「イエス!」
これは絶対に行けると私は確信した。
ただ、難点が一つある。
このベタ中のベタのダジャレは私のオヤジギャグのポリシーから大きく外れるあまり好きじゃないダジャレだ。
尾形を助ける為とはいえ、ダジャレ名人の私が、こんな初歩の初歩のダジャレを言わないといけないのか!
しかし、これも息子の為だ。背に腹は変えられない。
「よし、この部屋に瀬古川を誘い込もう」
「じゃあ、尾形さん、呼んできますね」
朝宮さんが、廊下の尾形を呼んでいる間に私はスタンバイをした。少し不安だった。ドアに入ってきたところを瀬古川に喰らわせる威力は出るのだろうか?
「喰らえ尾形!」
その時。瀬古川の投げたチョークは、逆をつかれ、必死に飛び込んだ尾形の横をかすめ、奥の壁にぶつかって、床に落ちた。ついに、尾形がゴールを許したようだ。
「よっしゃああ! きまったあああ! 見たか尾形ぁあ!」
瀬古川は何が嬉しいのかは知らないが、念願の尾形からゴールを決め(手で投げてだけど)雄叫びを上げている。
それが決まったから、何なんだよ。
「くそー! 決められたぁ!」
尾形も何故か、止められなかった事を悔しがり、拳で床を叩いて悔しがっている。どう言うルールでこの二人は戦っているのか、誰にも分からない。
「どうだ! 尾形。俺の勝ちのようだな!」
瀬古川が勝ち誇った顔で、床に倒れている尾形に言った。その前に何十発止められたんだよ。なんで一本決めただけで瀬古川の勝ちになるんだよ。
この二人は、何をしてるんだ?
「尾形さん! 部屋に入って下さい! 逃げますよ〜」
「朝宮ちゃん! 俺、負けたんすよ! アイツにゴールを決められたんだよ!」
「さっきから何のゲームをしてるんですか? 二人で」
「ん?」
朝宮さんの質問に尾形と瀬古川は顔を見合わせた。
瀬古川は無言で、床に落ちているチョークを拾った。
「お前達に匂いをつけてやる!」
やっと本来の目的を思い出したらしく、我々と瀬古川の追いかけっこが再開された。
「尾形、部屋に入って来い! 三人で逃げるぞ!」
「主任。うっす!」
尾形は朝宮さんと保健室の中へ逃げ込んで来た。
「待て、尾形! 逃さんぞ!」
本来の目的を思い出した瀬古川が、床に落ちていたチョークを数本持って、保健室の中へ入ってきた。
「お前達全員、俺のチョークを喰らえ!」
瀬古川が部屋に入ってきた瞬間を見計らって、私はダジャレを唱えた。
「喰らうのはお前だ瀬古川。布団が、吹っ飛んだ!」
私のダジャレの叫び声と共にベッドの上に置かれていた布団が、一直線に瀬古川目掛けて飛んで行った。
「うわああ!」
瀬古川の悲鳴の後、大きな布団が瀬古川に直撃し、そのまま後ろの壁に吹っ飛ぶ鈍い音が部屋に響いた。
そのまま、瀬古川は布団の下敷きになり、動かなくなった。
「すご……」
「瀬古川、死んだんじゃ……」
想像以上の威力に朝宮さんと尾形は目をまん丸にして、ドン引きしていた。というか、使った私、本人がここまでの威力だと思わなかった。
トラックが瀬古川にぶつかったような音がしたぞ。本当に死んだんじゃないか?
「ぐっ!」
が、布団が下からモゾモゾと動いて、中から瀬古川が脱出して来た。
「き、貴様ぁ。もう許さないぞ!」
瀬古川は威勢とは裏腹に、立っているのがやっとなくらいにフラフラになっていた。
誰の目からも、勝負あった事は一目で分かった。
「お前達、先に行って、逢坂さんと合流してろ」
「え? 主任はどうするんすか?」
「こいつと、少し話がある。先に行っててくれ」
尾形と朝宮さんは瀬古川がやられた事で、普通に廊下から逢坂さんのいる反対の校舎へ向かった。「弁償、誰がするんだろ?」と朝宮さんがボソッと言って、ドキッとした。まぁ、瀬古川が払うだろ。
ともかく、二人きりになった私は、瀬古川の前まで歩み寄った。ふらふらの瀬古川はその場にへたり込んで、もはや虫の息だ。
「お前にはまだ反省が足りない」
私はまだコイツを許していない。
タクヤや牛込君の事を思えば、一発では緩い。
私は今一度、右手を瀬古川へ向けた。
「ま、待て! や、やめてくれ」
「お前は、私の可愛い息子を苦しめた。覚悟しろ、布団が吹っ飛んだ!」
布団がもう一度、瀬古川に向かって吹っ飛んで行った。瀬古川はまた壁に激突し、布団の下敷きになった。
「もう、勘弁してくれ! 反省してる! 小林にも牛込にも謝るし! あの写真はちゃんと削除する!」
布団から出てきた瀬古川は、戦意を失ったらしく、私に土下座して、命乞いを始めた。
「もう、こんな事はしません。小林が学校に復帰できるように全精力を尽くして努力します。ですから、許して下さい」
「ダメだ。今のはタクヤの分。次は牛込くんの分だ!」
私は今一度、右手を瀬古川に向けて、ダジャレを唱えた。
今日の私は鬼なのだ。
「布団が吹っ飛んだ!」
「うぎゃあああ!」
瀬古川は三度、布団に吹っ飛ばされ、下敷きになった。
「こ、これで許してくれますか?」
瀬古川が泣き面で布団の中から這い出して来た。
「もう、何もありませんよね? これで許してくれますよね?」
「まだだ。まだ、一番大事なものが残っておる」
私はまだ許さない。というかまだ最大の怒りの矛先が残っている。これを反省させなければ、私の面目が立たないのだ。
「こ、これ以上は俺は何もしていません。もう、許して下さい!」
「ダメだ」
「私が何をしたんですか!」
「お前は、オヤジギャグを侮辱した」
「……は?」
瀬古川がキョトンとした顔をした。それが余計に私の腹を立てさせた。
「覚悟しろ。神の前で神の遊びを侮辱した事を。この世で一番重い罪だ」
私は「へ?」という、何を言われているのか理解できない表情を浮かべた瀬古川に向けて、最大パワーを込めて布団を発射した。
「こんなベタなダジャレを私に四度も言わせたんだ。神の怒りを思い知れ。布団が吹っ飛んだ!」
「ぎゃあああああ!」
瀬古川の今日最大の悲鳴と壁に激突する音が学校の校舎中に響いた。
オヤジギャグを侮辱するものは何人たりとも、オヤジギャグの神『小林光太郎』が許さん。
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