おまけ 逢坂、二人を倒す

 午後六時、逢坂は尾形と朝宮に小林の現在の事情を説明した。

 『ダジャレを魔法のように使う敵との決戦に小林は一人で向かった』という、いい大人が聞いたら絶対に信じないであろう事を逢坂は二人にどう説明して、助けてもらうか悩んだ。


 しかし、朝宮はメルヘン街道を真っ直ぐ歩く女子、尾形はT大卒の逢坂が言えば『明日、地球は爆発する』と言っても信じるほどの頭しか持ち合わせていなかったので、普通に話せば良いだけで、ただの杞憂に終わった。


「え! じゃあ、主任はこれからその敵と戦いに行くんですか?」

「恐らく。小林さんにとっては息子さんの将来にも関わる問題です。冷静ではいられないのでしょう」

「主任カッケー!」

「主任さん、泣かせますね」


 尾形は逢坂のいう奇想天外な説明を「カッケー」という一言で素直に受け止め、朝宮の方も「なんか漫画に使えそうですね」と涙を流しながら二つ返事で受け入れてくれた。

 「なんだ、この二人は」と逢坂はあまりにも手応えがなさすぎて、拍子抜けしてしまった。


 ついでなので、現在、自分達が行なっている仕事は、実はこのギャング抗争の一端を担っていることも説明してみた。

 こちらも、物凄く簡単に二人は受け入れた。逢坂はちょろ過ぎて「どんな教育を受けてきたんだろう?」と二人のことが心配になった。


「ダジャレの使う敵と文房具を売るのと関係あるんすか?」

「それはこの戦いに勝利した時にお話します」

「逢坂さん、それ死亡フラグですよ」


 朝宮が真剣に心配そうに言った。この子は現実と漫画の区別がついていないんだな、と逢坂は認識した。


「でも、なんかワクワクするっすね。やっぱ、逢坂さん、ビジネスの頭、スゲーっすね。主任とは大違いだ」


 そう言って、尾形と朝宮はハシャギ出した。朝宮は夜型なのか、時間が遅くなるほどにだんだんテンションが上がってきている気がする。


「よっしゃ。じゃあ、景気付けに主任でも助けに行きますか」


 尾形がそう言い、小林を助けに行く事が打ち上げのついでの様な感覚になってしまった。小林は結構人生をかけているのに、若者はそれを軽いノリで受け止めた。

 逢坂はそこに世代の格差を感じずにはいられなかった。

 ゆとり教育。日本の教育はここ二十年で変わったのだ。


「とりあえず、二人とも帰宅して、何か戦闘に使えそうな物を持って、高校に集合して下さい」

「うっす」「はーい」


 そして三人は一旦、解散。そして八時にタクヤの高校の最寄駅に集合した三人。小林より先に行っては、小林の格好がつかないと思い、集合時間はわざと少し遅らせた。


 尾形はなぜかゴールキーパーの格好、朝宮は「漫画に使えそうだから」とネタ帳を片手に現れた。

 それぞれにとっての戦闘体制のようだが、どうも二人とも打ち上げのノリでコスプレして来たような格好だ。猫の手も借りたい今の状況では何も文句は言えない。


「逢坂さん、それカッコいいっすね」

「私の戦闘服です」


 逢坂も小林には不評だった自分のウェズリースナイプス風の戦闘服を誉められてまんざらではなかった。

 だが、これでも逢坂は満足していなかった。もっと自分のイメージに合った戦闘服でこれからのギャング生活を送りたいと思っている。

 だから、絶対に服装を自由に変えられる能力を持った、あの『コーディネートはこーでねーと』が使える敵は、何がなんでも自分の手駒にしなければならない。


 その為にも絶対に敵を倒して、勝利を収めるのだ。小林には悪いが、逢坂にとって、これはそういう戦いでもあったのだ。


 小林を助けに行くとは言ったが、逢坂は自分の衣装、尾形は打ち上げ感覚、朝宮は漫画のネタとそれぞれに目的があり、悲しいかな、小林を助けるのは、全員ついでだった。


 夜の校舎から、職員室のあるフロアだけに灯りがついていた。すでに小林があの中で瀬古川と戦っているかも知れない。


「昇降口から入れると思います」

「うす!」「はい」


 今はまだ学校が開いている、堂々と表から乗り込んでやれ。


「止まれ!」


 が、校内に入った途端、待ち構えていたように敵の例のサングラスにスーツを着たこの前のブルースブラザーズ二人組は逢坂たちの前に立ちはだかった。


「現れたな、敵め!」


 逢坂は前回同様、蜜柑サイレンサー付きのライフルを構え、戦闘態勢に入った。廊下の窓から、向かいの校舎の二階の灯りを見上げた。小林のいる場所に行くには、この二人を倒さねばならぬようだ。


「前回、やられた癖にまたノコノコと現れたか」


 二人組の小さい方がふっと笑いながら言った。


「え? 逢坂さん、前に負けたんすか?」

「一昨日くらいにやられてしまいました。今日がリベンジです」


 小さい方は前回の勝利で自信をつけたのか、勝ち誇った自信満々の態度で三人の前に立ちはだかった。

 悔しいが逢坂には小さい方がこの前より大きく見えた。


「ここから先を通すわけにはいかん」


 後ろに立っていた大きい方がリモコンを操作すると一回の渡り廊下のシャッターが閉まり出した。


「くそっ。あそこが通れないとなると、小林さんの所まで上から遠回りをしないといけません」

「安心しろ。逢坂明、お前はここで負けて、また裸で家に帰る羽目になるのだ!」


 と、小さい方がカッコいいセリフを決め、逢坂たちに右手を向けてきた。


「気をつけて下さい。この二人もダジャレを使いますから」

「え、マジっすか! 生で見れるんすか?」

「私も見てみたい。あの、どんな感じで出るんですか?」


 と、右手を上げて緊張感が高まった背の低い方は、手帳を持った朝宮に質問されて「え?」と一瞬、気が緩んだ。

 「気をつけろ」と指示をしたはずが、指示を受けた二人は何故かテンションが上がったようにはしゃいでいる。


 この二人がいると緊張感がなくて、ギャングごっこが成立しなくて、敵の二人組も逢坂も内心困ってしまった。

 これでは、ダジャレの能力を手に入れた醍醐味がないではないか。何のために、さっきまで緊張感を作って来たというのだ。


 逢坂はとりあえず、ライフルにアルミ缶サイレンサーをつけ、いつでも撃てる体勢に入った。


「アルミ缶の上にあるミカン!」


 逢坂のライフルにミカンが一つ現れた。

 それを見た尾形と朝宮は歓声と拍手を上げた。


「え! 逢坂さんスゲーっすね! それが魔法ですか」

「うわ、本当に出た! もう一回やって下さい」

「ちょっと黙っててもらえますか、二人とも。戦闘中ですから!」


 逢坂は年甲斐もなく、遊びを邪魔されて怒鳴ってしまった。

 なんだか自分と敵二人とその他の二人の間に物凄い温度差がある。「連れてこない方がよかったんじゃないか?」と逢坂は後悔し出した。


 すると、背の低い方が再び右手を逢坂たちの方に翳した。


「コーディネートは……」


 この前、やられたダジャレに逢坂は身構えた。


「気をつけて下さい。あの男のダジャレを食らうと我々みんな、全裸にさせられますよ!」

「ええ! 全裸って朝宮さんも!」


 尾形が朝宮の方を見て、驚いた。


「きゃあ!」


 朝宮は悲鳴を上げた。するとそれに反応した小さい方の敵はダジャレを唱えるのを躊躇い、動かなくなってしまった。


「どうしたんすか? ダジャレが止まりましたけど」

「そうか、あいつ、女性の朝宮さんを裸にする事を恥じらってしまったようです!」


 小さい方はその後も「コーディネートは……コーディネートは……」と何度も手を開いたり閉じたりし、呪文を唱えては止め、唱えては止めを繰り返した。

 若い女性の裸は見たいが……流石に女性から服を剥ぎ取るのは卑劣だ……しかし、見たい……しかし、女性が可哀想だ……しかし……

 そんな精神の葛藤が聞こえてくるような、掌の開いたり閉じたりの動作。次第に小さい男の顔に汗が滲み始めた。


 小さい男は初心だった。


「今だ! アルミ缶の上にあるミカン!」


 逢坂のライフルから超高速で発射されたミカンが小さい敵の体に命中した。

 逢坂のみかんをモロに食らった小さい敵は後ろに吹っ飛んで、床に倒れて気を失った。


「とう!」


 尾形と朝宮の歓声を背に、逢坂はすかさず、大きい方にライフルを剣がわりにして向かって行った。巨体はパワーに物を言わせ、逢坂の攻撃を弾き飛ばす。


「逢坂さん!」

「大丈夫です。この日の為に週一でスポーツチャンバラを習っています。ここは私に任せて下さい。あなた達二人は小林さんの元へ」

「おっしゃ! 行くぞ、朝宮ちゃん」

「ラジャー」


 尾形と朝宮は、巨漢の男と一進一退の戦いを繰り広げる逢坂の横を走り抜け、向かいの校舎の二階へ向かった。





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