第31話 小林、地獄絵図を見る
その後、逢坂さんと合流すると、逢坂さんはなんと敵二人を見事に倒していた。
凄い。これには正直に感激し、熱いものが込み上げて来た。
この前の全裸敗北から考えたら、物凄い進歩である。
「こ、小林さん、や、やりましたよ……」
しかし、逢坂さんは、なんとか勝ったという様子で、大きい敵が倒れている横で虫の息になり廊下に倒れていた。現実的にやったら、素人が人間二人を倒すのは至難の業なのだな。
床にミカンが二つ転がっている事から、最終的には巨漢にもミカンを当てて倒したらしい。
逢坂さんの体力が回復する間に、私、尾形、朝宮さんの三人で倒れた敵を縄で縛って動けなくした。
保健室で伸びている瀬古川も尾形と二人で縛って、こちら側に運んできた。
「てか、主任。瀬古川に何したんすか?」
「いや、ちょっと……社会の厳しさを教えてやってな」
瀬古川は完全に伸び切っていた。流石にやりすぎただろうか?
だが、本当の仕事はここからなのだ。
逢坂さんの体力も回復した事で、下駄箱のところに敵の三人を正座で並ばせて、本題に入る事にした。
「さて、どうしますか?」
私と逢坂さんは顔を見合わせて考えた。
この場で瀬古川の能力を放棄させれば、タクヤの制服の匂いは簡単に取れるが……
「ただ、今の我々の戦力で言えば、三人とも仲間に入って貰いたいトコロです。特に『コーディネートはこーでねーと』は今後、絶対に必要なダジャレです」
逢坂さん、この前からこればっかりではないか。
「チョークを投げる能力なんか要りますか?」
「まぁ、何かしらには使えるかもしれませんよ。我々にはとにかく仲間が必要ですから。戦力は多い方が良いです」
「と言う事は、タクヤを瀬古川のダジャレで笑わせるって事ですか?」
「それ、ちょっとどんな感じか見てみたいですし」
確かに、ちょっと見てみたい……というか、コイツらにタクヤに直接ワビを入れてもらわないと気が済まないところでもあった。
と、いうことで我々一向は、私の地元の駅に移動する事になった。駅前のロータリーまでタクヤに来てもらい、瀬古川にタクヤを笑わせてもらう事にした。
「瀬古川先生、どうしたの?」
「あ、いや……その」
瀬古川はタクヤと対峙し気まずそうにしていたが、コイツに断る資格などない。
コイツのせいで、タクヤは学校へ行けなくなったのだ。教育委員会に訴えられない以上、この場できっちりケジメをつけてもらう。
「まずは敵の三匹はタクヤ君にきっちりと謝罪をしてもらうわよ!」
駅前のロータリーに集合と言ったら、参謀の桜木さんまでもが現れた。まぁ、参謀なので居てもおかしくはないが。
まずは敵の三人がタクヤに謝罪をし、頭を下げた。
「どう言う事?」
タクヤが私の方を見たので、これまでの経緯をタクヤに全て説明した。流石に担任の教師の仕業であったと知り、タクヤも驚いた顔を見せた。
「申し訳なかった小林、全ては不可抗力だったんだよ!」
瀬古川は泣きながらタクヤに頭を下げた。それを見て私は内心で「いい気味だ」とスッキリした気分になった。悪は滅びるのだ。
「で、タクヤ、今からこの瀬古川のバカがお前の制服の匂いを取るために人肌脱ぐから、見ていなさい」
「あ、うん」
「では、瀬古川さん。予定通りにタクヤ君に例の儀式をやって」
桜木さんが命令を下した。
しかし、桜木さんが命令を下したと言うのに、瀬古川の分際で何を怖気付いたのか、返事もせずに躊躇いの表情を見せている。
桜木さんの命令に逆らうとは、何様だ、コイツだ。
「瀬古川、やれと参謀が申しているぞ!」
逢坂さんが蜜柑のライフルを瀬古川に向けた。いや、この場でそれは不味いだろ。
「やらないと、また布団の下敷きにするぞ」
私は瀬古川の耳元で囁いた。
途端、瀬古川は「ヒィぃぃ」と怯えた悲鳴をあげた。「いい気味だ」とまたスッキリした気分になった。
「で、でも。こんな所でやるんですか?」
駅から家へ帰っていく通行人の多さにビクビクしている。
まだ十時前だからな。こんなところでダジャレを言って、ダダ滑りしてみろ、明日からもうこの街には足を踏み入れる事はできないだろう。
だが、そんな事、私の知った事ではない。
「やれ。桜木参謀に恥をかかす気か?」
「で、でも。通行人が見てますよ?」
「また布団の下でおねむがした様子だな?」
「わ、わかりました! やりますよ!」
私の脅しに負け、瀬古川は渋々、タクヤの前に対峙した。私は三度「いい気味だ」と気持ちがスーッとした。
「な、何が始まるの?」
タクヤは怯えた表情をしている。可哀想に。全ては瀬古川のせいだ!
「タクヤ、瀬古川の言う事をよく聞いておきなさい」
「え、あ、うん」
タクヤが瀬古川を凝視して見ている。「こんな状況でダジャレを言うなんて、死んだ方がマシだな」と内心思った。
そして、死を覚悟した瀬古川は、大きく息を吸い、大声でダジャレを発した。
「ちょ……チョークが超クセェ!」
瀬古川が大声で言ったつまらないダジャレに通行人が一斉に冷たい視線を向けてきた。
うわ、本当に言ったよ、コイツ。と、私はちょっと引いてしまった。
そして、タクヤはと言うと、瀬古川の会心のダジャレを聞いたにも関わらず表情筋が一つも動かなかった。
「え? 何ですか、今の?」
通行人からクスクスと笑い声が聞こえてきた。笑わせているのではなく、笑われているというヤツだ。恥ずかしい男だな、瀬古川。
状況を全く掴めていないタクヤはポカーンとしているが、桜木さんはそんなのお構いなしであった。
「瀬古川さん、もう一回」
「え、まだやるんですか!」
非情とも言える桜木さんの命令に、身の程をわきまえない男、瀬古川は歯向かった。何を考えているんだ、コイツは!
「タクヤが笑うまで、やるんだ! それとも布団が恋しくなったか?」
私はまた瀬古川の耳元で囁いた。
「ひいい」
瀬古川がまたいい悲鳴をあげた。
瀬古川は泣きっ面でもう一度、「チョークが超クセェ!」と大声で叫んだ。しかし、よくこんな寒いダジャレを思い付いたものだ。それだけは感心するぞ、瀬古川。
しかし、瀬古川の努力に世間の反応は冷たく、タクヤは全く笑うどころか、通行人の中から「さっぶ」と言う声が聞こえてきた。
だからと言って、止めるわけには行かない。
タクヤに悲しい思いをさせた、瀬古川が悪いのだ。
「もう一回!」
桜木さんの命令は続く。
「チョークが超クセェ!」
「もう一回!」
「チョークが超クセェ!」
「チョークを手に持って言え!」
瀬古川は逢坂さんの指示でポケットからチョークを取り出して手に握った。それに何の意味があるのかさっぱり分からないが、瀬古川は藁にもすがる想いでチョークを握りしめていた。
「チョークが超クセェ!」
しかし、ウケない。ウケるはずがない。だって、クソつまんないもん、このダジャレ。
「もう一回!」
「もう勘弁してください!」
「もう一回!」
桜木さんの鬼すぎる命令によって、かれこれ上り三本、下り二本ほどの電車を降りた客が横を通って行っただろうか。
三十分くらいこの作業を繰り返したが、タクヤは担任の教師が何故か自分にダジャレを言ってくる意味不明な状況に、微動だにしていなかった。
対して、瀬古川の仲間のブルースブラザーズの二人は、仲間の拷問に耐え切れず、涙を流していた。鬼にも涙という奴か。
しかし、このクソ寒い地獄の空間の中でクスクスと笑っている者が一人だけいた。
尾形の横で朝宮さんがこのシュールな状況に耐え切れず、バカにしたように口を抑えてクスクス笑っているのがチラッと見えた。よく笑えるな。悪魔かよ、この子は。
対して瀬古川は、桜木さんの「もう一回」の心無い命令に、ついに心が折れ、その場に跪いて泣き出してしまった。
「参謀、これ以上は無理のようです」
逢坂さんが桜木さんに進言した。
軍隊の拷問を見ているような感じになった。
「ならば、瀬古川さんには能力を放棄して貰うしかないわね」
「惜しいですが、仕方がありませんね」
しかし、瀬古川が「いや、この能力だけは勘弁して下さい!」と年貢を強奪される農民のように我々に土下座して来た。
「お願いします。この能力が無くなったら、私は生きていけなくなります! どうか勘弁願います!」
瀬古川が逢坂さんのズボンに縋り付いて、許しを乞うて来た。
そんな大した能力じゃないだろ。臭いチョークを投げるなんて、ゴリラのウンコかよ。
履歴書に「臭いチョークを投げる」って特技に書いても、バイトすら採用されないぞ。
「主任、瀬古川もこう言ってるんで、ここは勘弁してください」
何故か、見かねたように尾形が間に入ってきた。
お前は瀬古川のダジャレの何を知っているんだ?
珍しく真面目な顔をした尾形が「ナマ言ってスイマセン」と頭を下げた。さっきのPKで瀬古川と何を分かち合ったんだ、お前は。
「しかし、そうなるとダジャレの能力で臭さを解除するしかありませんが……何か方法ありますかね?」
私と逢坂さんと桜木さんは考え込んでしまった。
その時、逢坂さんが敵のブルースブラザーズの小さい方を見て、止まった。
「そうだ。いい事を思い付きました」
「何ですか?」
「タクヤ君。家に行って、問題の制服を取って来てもらっても良いかい?」
「あ、はい」
十分後、タクヤが制服を持って戻って来た。自転車。
「どうするんですか、これを?」
「この制服をサイズは全く同じだけど、チョークがついていない別の生徒の制服に変えるんです。そうすれば、チョークの能力がついた制服では無くなるので、匂いはきっと消えるハズです」
「おお、なるほど!」
私は膝を叩いた。
逢坂さん、ずっと頼りないと思っていが、最後の最後でT大クオリティを炸裂させてきた。
「では、早速やってもらいましょう」
我々は瀬古川を後ろに下げ、ブルースブラザーズの小さい方を前に出した。瀬古川は尾形に肩を抱かれながら下がった。お前は瀬古川の何なんだ?
小さい方の男は金澤さんと言うらしい。
「では、金澤さん。お願いします」
「あ、はい。コーディネートはこーでねーと」
背の小さい敵改、金澤さんはタクヤの制服に手をかざしてダジャレを唱えた。全く同じサイズ、デザインだけど、別の制服に変えた。
「タクヤ君、着てみて下さい」
「あ、はい」
タクヤは恐る恐る、制服のブレザーに袖を通した。
タクヤが制服のブレザーを来ても、あの鼻が曲がるとんでもない悪臭は匂ってこなかった。
「匂いがしない。全然、臭くない!」
「成功ですよ、小林さん!」
タクヤが喜ぶ顔に涙が伝っていた。息子よ、よかったな。
「父さん、ありがとう。これで明日から学校に行けるよ」
「よかったな、タクヤ」
明日から学校に行く。
なんて、真面目な息子なんだ。私だったら「まぁ、心の準備もあるし、明日は休もう」って考えるところだ。凄い男だ。きっと立派な両親に育てられたんだろうな。
その後、瀬古川のダジャレは悪意がなく、あくまでも不可抗力でタクヤの制服が匂ってしまった事。
逢坂さんが「戦力が欲しい」と駄々をこねるから、タクヤと牛込先輩達にちゃんと謝罪する事で、ダジャレの力と教師の辞職までは見逃してやる事にした。
「次にこんな事したら、布団百連発の刑だからな」
「わかっています! 絶対に二度とこんな事はしません!」
そして、初めての抗争に勝利した我々は、桜木さんの命令により、倒した三人の弱みを握る事により手下にした。
「必要な時はいつでも呼びますから、どこかに寝返ったら承知しませんからね」
桜木さんの睨みの効いた脅しで、三人とも「喜んで勤めさせていただきます」と怯えた表情で言っていた。
「これで我々のダジャレ使いの戦力は六人になりましたよ!」
逢坂さんは戦力が大幅にアップした事で、子供の様にはしゃいでいた。
「アナタ、ハシャいでいる場合じゃないわよ」
しかし、そんな逢坂さんを桜木さんが落ち着かせた。どうしたんだ?
「まだ、私たちは結成の儀式をしていないわ」
「あ、そうでした」
儀式?
「なんですか、儀式って?」
私が尋ねると、逢坂さんは
「ちょうど良いので、これからチーム結成の儀式をを行いたいと思うんですが、皆さん、お時間は宜しいでしょうか?」
逢坂さんは真面目に言った。
「それって、必要なんですか?」
「神様が『儀式のやり方』も説明していたので、チーム結成にはとても重大です。もっと言えば、我々の行うビジネスにも関わってくる、超重要な案件です」
我々のビジネス。
この前に言っていた『SNSを作る』と言うやつか?
そう言えば、あのビジネスの全貌をまだ聞かせてもらっていないぞ、逢坂。
「この儀式を行ていただければ、私が考えているビジネスの全貌を皆さんにお伝えする事が出来ます。やっていただけますか?」
ビジネスの全貌……確かに気になる。
私と尾形、朝宮さんは顔を見合わせた。
「俺、やるっす!」
「私もやります! なんか面白そう」
尾形と朝宮さんは即決した。若い奴は迷いがない。
「タクヤ君も、できればお願いします」
「あ、はい」
「小林さんは、どうしますか?」
逢坂さんが私の目をまっすぐ見て言った。
逢坂さんの人生を賭けたビジネス。
売りたい物を売ろうと決めた……売りたい物ってなんなんだ?
というか、あの隅田川の河川敷で感じた、あのワクワクした気持ち……あんな気持ちはいつ以来だっただろうか?
「やらないなら、今日から小林君も敵とみなすから容赦しないわよ」
私が忘れかけた青春を取り戻そうとしていた時、参謀桜木さんの心無い一言が私の胸に突き刺さった。
「わかりました。やりますよ」
『私も……売りたいものを、売ろう!』と心で言ってから「やります」と言いたかったのに、桜木さんのせいで、ただ脅されてやる羽目になった気がする。
とにかく、我々は儀式とやらをやる為に、近くの公園に移動する事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます