第32話 小林、儀式をする

 それから我々は儀式とやらをする為に人気のない公園へと移動することになった。

 最初に瀬古川たち三人組に追われて逢坂さんと一緒に逃げたところだ。そんな三人組も今では我々の手下になっている。情報化社会。時代は絶えず動いているのだ。しかも、とてつもないスピードで……


「この辺でよろしいでしょう」


 逢坂さんは公園のたまに若者たちがスケボーをしている灯りがあって見やすい広い場所で止まった。


「逢坂さん、儀式って何するんですか?」

「今から説明します」


 尾形や朝宮さんはともかく、タクヤまで着いてきてしまったが大丈夫なのだろうか?


「ダジャレの能力を見てしまった以上、タクヤ君にも儀式をしてもらわねばなりません」

「別に俺は良いですよ。今回のお礼にもなりますし」

「では、タクヤ君には大事な仕事を一つ任せます」


 逢坂さんからタクヤはいきなり大事な仕事を授かるだと。さすが我が子、もうそんな大役を担う男に成長したか。ぐんぐん伸びるな、我が息子。


「今回行う儀式、牛込君とあと二人のクラスメイト、あの三人にも同じ事をして貰ってください」

「え? 俺だけじゃダメなんですか?」

「あの三人も我々のダジャレの力を見ています。もし、ダジャレ能力が世の中にバレたら、神様からペナルティを受ける事になっているんです」


 ペナルティ?

 聞いてないぞ、そんなの。妻に言わないでよかった。


「ですから、他の三人にも口外は厳禁だと伝えて下さい」

「わかりました」

「あと、タクヤ君にはもう一つ。瀬古川の監視を頼みます。この男が何かまたやらかさないかを見張っていて下さい」

「はぁ、わかりました」


 ついに生徒に監視されるまでに落ちたか、瀬古川。まぁ、本来なら教員を首になっているくらいの事をしているんだ。これくらい承知だろう。


「では、これから行う儀式について説明します」


 逢坂さんが歩きながら演説を始めた。ライフルを持って、演説するのはどこか映画のレジスタンスのようで、少しカッコいいなぁと思ってしまった。


「我々の名は『オヤジギャんグ』、その名の通り社会に隠れ、密かに活動するレジスタンスの一味である。

 これよりオヤジギャんグ結成の儀式を行う。ここにいる六人と手下になった三名。これが我々の最初のメンバーになる。

 我々の組織の存在、オヤジギャグを具現化する能力は決して世間に口外してはならない。

 よって、今からここにいるメンバー全員に儀式によって『絶対に他言しない』という誓いを立ててもらう」


 逢坂さんが演説を終えると、尾形が手を上げた。


「でも、そんな誓いをしても、誰が誰に漏らしたかなんて、わかんないっすよね?」


 一番ガードが緩そうな尾形が正論を言った。誓いを立てたところで、昨今はネットなどで無記名に自由に発信できるのだ。誰かがうっかり喋って広まる事なんてザラだ。

 そもそも「絶対に他言しない」は『みんな知っている』と同意なのが庶民の世界というものだろう。

 私だってダジャレの能力を職場で見せて、みんなの人気者になりたいと、ちょっと思っているのだ。水を差すな、逢坂。


「だから、我々には儀式が必要なのだ。この儀式は今後、我々のチームに加入する全てのメンバーにやってもらう。

 我々『オヤジギャんグ』は昨今のSNSなどのデジタルな結びつきには一切頼らない。あくまで水面化で誰にも気付かれずに活動するチームだ。その実態はアナログな繋がりしか持たない以上、他人に見えることはない」


 逢坂さんは、いつ準備したのか、懐から紙を取り出した。


「誓いの儀式は至って簡単です。ここにいる全員の一番大切なモノを差し出していただきます」


 逢坂さんが手に持っているものには見覚えがあった。あれはカバンの中に入っていた離婚届だ。


「そして、もし我々の存在が世間にバレた時、誰が犯人かなど追求は一切しない。その時は連帯責任、ここにいる全員がその大切な物を失う。それがオヤジギャんグ結成の儀式です」


 逢坂さんの発言に尾形、麻宮さん、タクヤが騒ついた。


「私と妻はこの離婚届を賭けます。もし、我々の正体がバレたその時は私たち夫婦は離婚します」

「ええ! 無茶苦茶じゃないっすか! そんな美人な奥さん勿体無いっすよ!」


 尾形が逢坂夫妻を止めた。

 尾形、お前は「花を美しいと思う心」を持った詩人だ。私もお前みたいに桜木さんを「美人」ってサラッと言いたかった。


「この遊びはただの遊びではありません。下手をすれば、今後のこの国のビジネスの勢力図を変えるかもしれない遊びなのです。人生を賭けた遊びをやるには、一番大切なモノを賭ける。それがギャングというものでしょう」


 あの鞄に入っていた離婚届はそう言う意味だったのか。今後のビジネスに絶対に必要って言う理由も理解ができた。


 逢坂さんは本当に人生を賭けた『売りたいものを売る』仕事をしようとしているのか。これが逢坂さんなりの覚悟というものなのだろう。


「なら、俺はサッカーを辞めるよ」


 いきなり、私の隣にいたタクヤがサラッと発言した。


「おい、タクヤ! ちょっとは考えて言いなさい」


 あの夫婦は「やっぱり嘘でした」なんて通用しないぞ。本当にサッカーが二度とできなくなるんだぞ。


「別に俺は助けて貰った身だから、本当だったらもうサッカーができなくなってたかもしれないから、別に構わないよ。口外しなければ良いだけなんでしょ?」

「よし、タクヤ君は契約成立だ」


 逢坂さん返す刀で瀬古川を見た。


「お前には教師を辞めてもらう」

「えっ!!」


 賛成。

 瀬古川は驚いたが、当然の帰結だ。お前に選択の余地はない。

 その後、他の二人はすでに結成の儀式を済ませていたそうだ。本当にチームを作る時は全員やってるのか。


「私は店の権利書。こっちの坂口は辞表を出しました」


 背の低い西澤さんが言った。西澤さん、お店をやってるのか。後で聞いたら大宮で古着屋をしているそうだ。人に歴史ありだな。


「これで五人分の儀式が終わりました。後はアナタ達、三人です」


 逢坂さんがそう言って、私と尾形、朝宮さんを見た。

 どうする?

 大切なものと言われても、何にも思いつかないんだけど。できれば大切ではあるけど、ギリギリ失っても大丈夫くらいのものがいい。家のテレビとかではダメだろうか?


「じゃあ、私、マンガ描くの辞めます」


 朝宮さんが躊躇いなく言った。早い。なんで、こういう時、女は潔いんだ。


「なんか面白そうだから、私もやります。漫画にできそうだし」


 なんか、朝宮さんが思った以上に燃えてる。てか、漫画にしちゃダメだろ。


「じゃあ、俺は……飯食わないっす」

「お前、人生賭けすぎだ」


 バカか、こいつ。死ぬだろ。


「だって、なんも浮かばないんすもん。仕様がないっすよ!」

「お前もサッカーとかで良いだろ」

「もうやってないっすもん。そんな大事な趣味なんてないですし! もう、飯食わないで良いっすよ!」


 尾形は引かなかった。なんでヤケクソみたいな言い方なんだ。つまり、存在がバレたら、尾形は死ぬって事だ。忍者かよ。


「後は小林さんですよ」

「私は……」


 散々考えたが、他に何も浮かばなかったので、私は胸ポケットに入っていた手帳を取り出した。

 これは私の魂だ。これを賭けるというのは命を賭けるのと同意だ。


「私はこの手帳を……賭けます」

「主任。なんすか、その手帳?」

「そ、それは……今は言えん!」


 周りが興味津々に私の手帳を見ている。物凄く恥ずかしい。もし、この手帳を今、この場で広げたら、私は舌を噛みちぎって死ぬ。


「もし、我々の存在が世間にバレたら、私はこの手帳の中身を全員に見せる。それで良いですか?」

「なるほど。そう言う事でしたら良いでしょう」


 中身を知っている逢坂さんは、ふっと笑った。


 全員の賭けるものが決まると、桜木さんが手で持てるサイズの金庫を逢坂さんに差し出した。なんか、マジシャンとアシスタントみたいに二人の手際がいい。


「これで全員の賭けるものが決まりました。では、その全てをこの金庫の中に入れてリーダーに保管してもらいます」


 リーダー?

 誰だ、リーダーは? そんなの決めてたっけ?


「桜木さんの事ですか?」

「妻はあくまでも参謀、リーダーではありません」

「じゃあ、逢坂さんですか?」

「違います」

「じゃあ……誰ですか?」


 逢坂さんは金庫を持って、私の方へ歩いて来た。


「リーダーは小林さんです」

「えええええ、なんで私が?」

「この企画の責任者はアナタです」

「はぁ!」


 逢坂さんは私に金庫を持たせた。ズシリと重い。


「ではリーダー、それは大事に保管してください。もし、それが無くなった場合も、我々は今誓ったものを失う事になりますので、そのつもりで」


 マジか。


 私が無くしたら、私はこの街生きていけない羞恥を受け、逢坂夫妻は離婚、タクヤはサッカーを辞め、朝宮さんは漫画を辞め毎日、真面目に出社してくる。西澤さんは店を手放し、坂口さんは無職、そして瀬古川は教師を辞め学校が平和になり、尾形は餓死。

 責任重大だ。朝宮さんだけは無くしてあげた方が本人のためかもしれない。


「では、最後にリーダーから一言お願いします」

「え?」


 と、一斉に私に視線が集まるのが分かり、緊張で心臓がドキドキした。人前で話すのなんて、結婚式の時以来だ。緊張しすぎて、もう記憶にすら残っていないが。


 何を言えばいいんだ? なんにも思いつかないぞ。


「リーダー」


 すると、逢坂さんが金庫を指差している。

 よく見ると金庫の底にメモらしきものが貼り付けられている。

 逢坂さん、私のために挨拶用のカンペを残してくれてい他のか。デキる男はやはり違う。


 じゃあ、読ませてもらおう。


『なんでもいいから言いたい事を言って下さい 逢坂』


 さらせ! 役立たず。


「えええ……本日はお日柄も良く……」


 冷静に考えたら、瀬古川に殴られたり、全然お日柄は良くなかった。


「この日に我々、オヤジギャんグを結成できた事をとても幸運に思います……」


 桜木さんに脅迫されてはいる事になった人間の言うセリフではない気がしたが、まぁいいか。


「オヤジギャんグ結成を今日、ここに宣言します! では一本締めで締めたいと思います。お手を拝借」


 私の言葉と同時に一同が手の準備をした。


「よー」


 っぱん!


 気持ちいい。これがリーダーか。


 と、この日、我々の人生を賭けた戦いが始まったわけであった。







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