第7話 小林、倉庫に行く

 部屋に戻り、昼からは三人で部屋の大掃除に取り掛かった。

 私と尾形の二人で、1ブロック離れた所にある会社の倉庫に行って、古い机とか棚とかと取りに行く。

 で、その間に朝宮さんに部屋の掃除を改めてしてもらう事にした。私が課長として出した初めての指示だ。たぶん。


「お前、朝宮さんに何したんだよ?」


 尾形と二人きりになるや、早速、そのことを聞いてみた。


「え? 何もしてないっすよ」

「彼女、お前のこと、嫌がってたぞ」

「マジっすか!」


 そう言って尾形は「何かしたかなぁ?」と歩きながら考え出したが、何にも記憶にないらしい。清々しい脳みそだな、本当。


「て言うか、彼女。なんで、異動して来たんだ?」

「え? 異動に理由なんてあるんすか?」

「『人を好きになる』のとはワケが違うからな。大抵の異動には理由があるぞ」

「そうなんすか! 異動って、ただのシャッフルタイムだと思ってました」


 コイツ、会社と合コンの区別が付いてないのか?


「お前、こんな中途半端な時期に異動なんて、何か問題があるからに決まってるだろ?」

「え! じゃあ、主任もなんか問題やらかしたんすか!」


 そう言って、この野郎、道路中に響き渡る大声で「おめでとうございます」って言って爆笑しやがった。お前のこれまでの失敗、ネットに晒してやろうか。 

 尾形が爆笑したせいで、話が逸れてしまった。まぁ、朝宮さんのミステリーは追々、考えていくとするか。


「てか、俺、倉庫来るの初めてっす」

「まぁ、営業だとあんま来ないよな」


 昔は手動だったのに、全自動に進歩した倉庫のシャッターを開けて中に入る。

 二十年前に逢坂に鉛筆を届けた時は年中蒸し暑い倉庫だったが、今ではご立派にエアコンが完備されて、年中快適な……そう言えば、私達のあの元倉庫、エアコンなかったよな? 

 私は、それを思い出しゾッとした。これから冬、どうするんだ?


「なんか、色々ありますね」

「そりゃ、倉庫だからな」

「なんか、銃撃戦とかありそうっすね、ここ」

「マフィアが人質匿う場所じゃないぞ。まぁ、でも結構面白いぞ、ここ」


 倉庫の入り口付近には昨日、社長と専務が運んだと思われる、昨日まで倉庫に置かれていた荷物が一箇所に固められて置いてあった。ここ来たなら、机も持ってけよ!


 私と尾形が机を探すべく、在庫が置かれている大量のパレットの森を歩いて行く。段ボールに積み上がった在庫の山が幾重にも積み重なってできた森。

 現在も販売している物もあるが、奥に行くほど、昔は販売していたが、何かの理由で販売中止になった商品などが置かれている。

 うちの会社は何気に歴史が古いので、私が生まれる前の商品とか、物持ちが良いやつは置いてあったりして、博物館みたいで見てると結構楽しい。


「うわ、めっちゃ古いやつもありますよ!」


 尾形も気に入ったらしく、古い商品の段ボールに書かれた名前とかに興味津々で見ている。

 悔しいことが一個あり、私と尾形は結構気が合い、私が好きなものはかなりの高い確率で尾形も好きなのだ。

 営業部時代も十歳以上離れた先輩と後輩で、とにかく仕事ができない尾形に怒ってはいたが、仕事以外の事では割と砕けた付き合いだった。


 この世に仕事さえなければ、コイツとは良い先輩と後輩になれた気がして、仕事と言う忌まわしき物に嘆いた事もある。仕事によって引き裂かれた悲しき上司と部下の絆だ。


「主任、なんかオモチャみたいなのもありますよ!」

「オモチャ?」


 「そんなの売ってたか?」と、尾形が指差した文房具を見て、私は少し懐かしい気持ちになった。


「ああ、これ。ウチが出してた商品だったのか」

「え? 主任、知ってるんすか?」

「俺がガキの頃、結構、流行ったんだよ、これ。懐かしいな」


 それは『こどもギャング』と古い印刷で段ボールに書かれた文房具シリーズだった。もう四十年近く前の商品だ。


 文房具のシャープペンや消しゴム、筆箱などに色々な仕掛けが施されており、懐中電灯とか、不思議な光でしか文字が見えないペンや、ピストルのようになるボールペンなど、子供の頃、休み時間にこれで友人と遊んだのを覚えている。


「へぇ、面白いっすね! 俺、全然、知らないっすけど。売れなかったんすか?」

「結構、売れてたぞ。クラスの半分ぐらいの男子は何らかは持ってたからな。

 ただ……まぁ……モノ飛ばしたりとかで危ないからな。PTAとかで禁止にする学校とかもあって、その流れで販売中止になったと思う」


 尾形は「へ〜」と言いながら、段ボールを一個、開けようとしていた。おい、開けんな。


「てか、今、こう言うの出したら面白いんじゃないっすか? 俺、買いますよ」

「お前、会社で誰と遊ぶんだよ?」

「あ、そっか。会社だった」


 なんだ、まだ学生気分が抜けてないのか?


「それに、今の方がこう言う規制は厳しいからな。まぁ、厳しいだろうな」

「うーん。なんか、つまんないっすね。そういうの」


 私も内心「面白い」とは思ったが、もう時代が許してくれる代物じゃない。

 本当に、SNSなどでスグに騒いで、少しの無茶も許してくれない、やりづらい世の中になった。

 これで遊んでた時は楽しかったんだけどなぁ。


「あれ?」


 と、尾形が段ボールを元の位置に戻した時、別の場所の『こどもギャング』の段ボールが動かされているのに気付いた。箱を開けて中を取り出したような跡がある。


「誰か来たんすかね、ここ?」

「泥棒では無いだろうからな」


 その段ボールの蓋を開けると、中のこどもギャングの箱が二つ抜かれていた。


 誰かが、こっそり持って行ったのだろうか?

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