オヤジギャんグ

ポテろんぐ

第1話 小林、神様と出会う

 先人から、歳を重ねると若い頃のような爆発的な想像力は嘘のように失っていくとは聞いてはいたが、いざこの年になって目の当たりにしてしまうとここまで落ちぶれるとは思ってもみなかった。

 まるで中学の頃、お小遣いを貰ったその日に意気揚々とゲームセンターに行った後の帰りの財布の中のような、あんなに大金が入っていたのに、もはや小銭しか残っていないかのごとくだ。

 己の小銭ほどしか残っていない想像力に、私は会社の帰り道、駅から自宅までの間を歩きながら途方に暮れてしまった。


 ここは私の夢の中なのだ。なんで、寝る前に帰って来た道を夢の中でまた歩いているんだ私は。

 若い頃に見ていた夢は、空を飛んだり、変な化け物に追いかけられたり、初恋の桜木美咲さんとデートをしたり……現実では起こり得ないような自由な世界だったはずだ。

 なのに、今私が見ている夢は、いつもの会社の帰り道を寄り道もせずに真っ直ぐ家に帰っていると言う夢だ。

 一日に一回しか自由に見れない夢で、今日二回目の帰宅だ。

 普通、「これは夢だ!」と気付いたらテンションが上がるものだが、今回に限っては気付いた瞬間にグッタリした。


 よりにもよって、何で昨日の疲れを癒すはずの睡眠で、会社からの帰宅という、一日で一番疲れている時の自分を再現してしまっているんだ私は。


「ん?」


 私は道の向こうから歩いてくる若者を見て、歩みを止めた。


 現実の世界ではあまり見かけない風貌の若者であった。

 俗にいうラッパースタイルというのか、ダボダボのバスケのユニフォームみたいな服を着て、頭はモヒカンにしていて、人よりも瞳孔が大きいのだろうか? 夜なのにサングラスをかけている。


 喧嘩を売られたくないので、目を合わさないようにすれ違おうと道の隅っこを歩く事にする……何で、自分の夢なのに、こそこそしているんだ、私は。これでも妻子を持つ、一家の大黒柱だろう。


「あ、いた!」


 若者は私を見つけるや、指を差し、こっちに駆け寄って来た。その瞬間、私の心臓がドキッと踊る。なんだ? 私はこいつに何かしでかしたのか?


 まずい、これは多分……現実ではまだ一度もあった事ないが情報だけは知っている。俗に言うオヤジ狩りというやつではないか?


「いやぁ、やっと見つけたよ、オジサン」


 若者はやはり私を狙っているようだ。


 ヤバい。

 逃げよう。


 私は踵を返し、自分の夢なのに、そそくさと逃げる事にした。

 家に泥棒が出たのに、自分が家から逃げ出してしまったような情けなさだが、背に腹は変えられない。夢でも痛い思いはしたくない。


「あ! おじさん! 逃げないで! 俺だよ、俺!」


 俺?

 知り合いか?


 私は立ち止まり、若者の方を振り返って、姿を再確認した。

 若いラッパー風のヤンチャそうな若者。該当する知り合いはいない。流石にこんな姿で会社に出社してくるやつはいない。


「オジサンの夢に来れば会えると思ったんだよ、おじさん! 久しぶり!」


 若者は「ヒュー」と言いながら、私にハイタッチを求めて来た。何がなんだからよく分からないが、やられるがままに私を手を出したして、パチンとタッチを交わした。

 流石にこの後、「金かして」とは言ってこない様子だ。


 じゃあ、この若者は誰なんだ?


「あの、私に何か、御用ですか?」


 私は若者の怒りに触れないよう、丁寧に言葉を選んで尋ねた。寝ているとは思えない程に神経を使って、疲労が溜まる。


「だから、俺だって! 憶えてない? この顔」


 この顔? 

 最近、歳のせいか、顔と名前が全く覚えられないのだ。わかる筈ないだろ。


「すいません。存じ上げないのですが……」

「まぁ、無理もないか。オジサン、相当酔ってたしね」


 酔ってた?

 確かに、今日は帰りに地元の駅前で、学生時代の友人と少し酒を飲んだが……その時か?


「今日、夜に居酒屋でさ、俺がお金足りなくなって、そしたら、後ろにいたオジサンが金貸してくれたじゃん!」

「ああ! あの時の若者!」


 私は思い出して、思わず手を叩いた。思い出した! 確かにオヤジ狩りとか以前に、もうすでに金貸してたは!


 現実の今日の夜の事。

 私は自宅のある駅前で学生時代の友人と少し酒を飲んでいた。その時、帰りのレジで、小銭がないと困っている若者が私の前で会計をしていた。

 その時、酔って気分が大きくなっていた私は、その若者に大盤振る舞いで「返さなくていいよ!」と大きな事を言って、お金を貸してあげたのだった。十円。


「あの時は本当に助かったよ。たかが十円だけど、されど十円だからね」

「その通り! 十円でも足りなかったらお店から出られないからな!」

「いやぁ、オジサン、様様だったよ。だから、オジさんにちゃんとお礼をしたいと思って、こうやって夢の中に来たってわけ」

「ほう」


 私は感心した。

 なんて見上げた若者だ。外見は少し近寄り難いが、借りた恩は夢にまで来てでも返す。その義理堅さが気に入った! と、いう夢ってことか。


「いやぁ、若いのに義理堅くて感心だけど。夢の中でお礼をされても……現実には何にもないからねぇ」


 というか、別に十円だし、たまたま何かのお釣りを背広のポケットに入れたままにしてただけだし、その程度の善意に見返りを期待するなんて烏滸がましい。


 私は身の程は弁えているよ、若者よ。


「いや、大丈夫。俺のお礼は、ちゃーんと現実でも使えるモノだから」


 俺のお礼……ほう、伊達にラッパーの格好をしていないな。何気ない会話の中にさらっとダジャレを入れてくるとは、なかなかやるではないか。

 だが、あまりにも自然に言い過ぎていて、ダジャレ独特のつまらなさが全く無いのが残念だ。

 ダジャレというのは、つまらない程に美しいのだ。


 よく、我々、俗に言うオヤジがダジャレを言うと、『オヤジギャグ』などと言われ世間からは嫌煙されるが、それは私は違うと思っている。

 オヤジギャグとはビールやサザエの肝のようなモノなのだ。あのつまらなさの中にある大人の深い苦みを美味いと感じられないようじゃ、人間としてはまだまだ甘ちゃんだ。

 深いものと言うのは、最初は不味くて敬遠してしまうものだ。オヤジギャグというものも……


「ねぇ、オジさん。聞いてる?」


 若者の声に私は思わずハッとした。

 いかんいかん。

 若者のダジャレに、つい、己のオヤジギャグ論を心の中で語ってしまった。


 私ったら、オヤジギャグの事になると、つい周りが見えなくなるんだから。


「ごめん。で、なんだっけ?」

「だから、実は俺、ダジャレの神様なんだよ。おじさん」

「ダジャレの神様……えええええ! ダジャレの神様!」


 私は飛び上がるほどに驚いた。


「って、いう夢だろ?」


 が、すぐに冷静に返した。

 大人を揶揄うんじゃない、若者。


「違うよ。さっきから言ってるじゃん。これは夢じゃなくて、この能力は本当に現実でも使えるから」


 この能力?

 なんだ、それ?


 私が一人でオヤジギャグ論を語っている間に話は随分と先まで行ってしまっているようだ。


「いい? 今から1分以内にオジサンの好きなダジャレを言ってよ」

「言うと、どうなるの?」


 神様はフッと勝ち誇った笑みを浮かべ、人差し指でクイクイと私を呼んだ。


 言われるがままに神様に顔を近づける私。


「そのダジャレが具現化する能力をオジさんに、あ、げ、る」


 ダジャレが具現化する能力を、く、れ、る?


「って、いう夢だろ?」

「だから、違うって! もう。騙されたと思って、ダジャレを言ってみてよ」

「わかった、わかった」


 まぁ、十円のお返しなんて、大したもの期待してないよ。

 別に暇だし、私は自分を神様だと名乗る若者のアトラクションに付き合ってあげることにした。可愛いじゃないか、若者が夢に恩返しに来るなんて。


「じゃあ、1分数えるよ。いっぱい言ってよ」


 神様はそう言って、ポケットからストップウォッチを取り出した。どうやら本気のようだ。


「よーい、スタート!」


 えーっと、ダジャレ、ダジャレ……いざとなると浮かばないものだな。


「10秒経過!」


 意外と早いな。

 時間を刻んで言われると余計に焦ってくるな。


「あ、そうだ!」


 私は自分がスーツ姿だと言うのを思い出し、胸ポケットに手を入れた。御丁寧に、いつも現実の私がそこに入れている手帳がご丁寧にちゃんと入っていた。


 その手帳を開く。現実通り、そこにはビッシリと大量のオヤジギャグが書いてあった。


 私の趣味、それは何を隠そうオヤジギャグ作りなのだ。

 しかもただのオヤジギャグでは無い。究極につまらないオヤジギャグを作るために日々、行きと帰りの電車の中で精進を重ねてきたダジャレの結晶がその手帳の中にビッシリと書かれているのだ。


 しかも、これと同じものが、すでに五十冊もある。


『せっかくオヤジに生まれたんだ。だったらオヤジギャグを極めてみるのもいいかもしれない』

 と、行き帰りの電車が暇だったので、暇つぶしに始めてみたものだが……毎日コツコツと考えて気付いたら五十冊になっていた。もちろん、誰にも見せていないし、妻にすら存在を教えていない。


 見せたら瞬時に離婚を言い渡されるレベルにつまらないオヤジギャグの数々が書かれているのだ。

 この手帳は墓場まで持っていくと決めていたが、まさかこんな形で人前で(神様だけど)使う日が来るとは思わなかった。


「二十秒!」


 手帳を手に取って冷静になると、神様の秒読みがNHKの将棋の番組のように聞こえて来て、妙に気分が落ち着いてきた。


 私は大きく息を吸った。


「じゃあ、言っていきますよ!」


 私は手帳に書いてあるオヤジギャグを片っ端から神様に披露していった。


 






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