第18話 小林、妻に相談される
妻からの電話でひとっ走りに家へと帰宅した私。見方によっては家庭に理解のある父親。見方によっては職場で必要とされていない社員。
どう見るかは妻に任せる。
「お帰りなさい」
家に帰ると妻が玄関にまで出てきて、お出迎えしてくれた。こんなサービス十年以上受けたことがない。
「タクヤは?」
と、息子の様子を聞くドサクサに紛れて、私は妻に鞄を渡してみた。
「今、部屋にいるわ」
妻はなんと私から差し出された鞄を何の文句も言わずに受け取ってくれた。これは相当な大問題に直面しているのかもしれない。
「あなた、ちょっと良い?」
妻は私の鞄を持って、奥のリビングに歩き出した。妻は私がコレから進むべく道を分かりやすくする為に、私の鞄を受け取ったのだ。
私は旅館の女将の要領で、鞄を持った妻の後に続いて、タクヤの部屋に直行せず、リビングに入った。
「で、どうしたんだ?」
私は「何も知りませんよぉ」と言う素振りで椅子に座った。
「……あの子、もしかしたらイジメられてるんじゃないかしら?」
「なんですと?」
妻が珍しく母性を全方位に拡散させながら言った。
私は平静を保ちながら、心の中で「あっちゃああああああ!」と頭を抱えた。この前の布団騒動の時から、薄々、薄々は感じていたが「アイツに限ってなぁ……」と考えない様にしていたのに、いよいよ目の当たりにする時が来たのか。
「最近、なんかおかしいのよ、あの子」
「なんですと?」
「あの子の部活の練習着とか洗濯するんだけど、汚れが不自然なのよ。何だか、表面だけに砂がついてるって感じ」
これは現場を知る者にしか分からない情報量の多い意見だ。安易に「気のせいだよ」などと言おうものなら「所轄のくせに」と文句を言われかねない。
返事に窮した私は「うーん」と何かを悩んでるぞとアピールをする声を出した。そして保留。
まだ、私では判断できる領域ではない。まだだ、まだ引き付けるんだ。
「あと、この前、タクヤの部屋が荒らされてた時、あったでしょ?」
「ああ、先々週の」
「アナタが出て行った後、あの子も学校に行ったんだけど」
私の脳裏にこの前の駅のホームにやってくるタクヤの姿が過った。
「あの子、あの日、朝練休んだのにジャージで学校で行くって言ったのよ」
そう言えば。
今思えば、確かに不自然だ。
部活がないなら、制服で学校へ行くのが筋ってものだ。なのにあの時のホームにいた息子はジャージ姿であった。
「ワタシ、あの子に『制服を着ていかないの?』って聞いたのよ。そしたら『カバンに入れてく』って言うから怒ったのよ。
そんな制服を畳んでカバンに入れるなんて聞いた事もないし、制服がシワになったら困るから。
そうしたら、あの子、凄い剣幕で言い返して来て、ジャージで家を出て行ったのよ。私、あんな怒ったあの子見た事ないから、ビックリしちゃったのよ」
気付いたら、私の体は前のめりになっていた。
「で、夜に家に帰ってきたでしょ? 見たらやっぱり制服に皺がついてて、私が色々と言ったんだけど、部屋に入っちゃって、何にも話してくれないのよ」
その話を聞いてて、私はふと不思議に思った事があった。
「あれ? アイツって制服を部室に置いてたんじゃないのか?」
タクヤは朝練のある日、ジャージで学校へ行く。そして部活が終わると部室で制服に着替え、教室に入ると言っていた。
早く練習がしたいから、みんなで編み出した技だと話してるのを聞いた事があった。
確かに、制服が必要なのは授業中だけなのだから、理に適ってると思った。妻は「制服を学校に置いてきて!」って怒っていたが。
「なんか、『先生に見つかって、ダメになった』って、それも三週間前くらいから急に言い出してね。でも他のサッカー部の子のお母さんに聞いたら、『そんな話は聞いてない』って言われたのよ」
私の中で、一つのことが確信に変わり、心臓の鼓動が一際大きくなった。
「あの子、もしかしたら部活に行ってないんじゃないかしら?」
この前のホッとした顔のタクヤが過った。
あの顔も「部活に行かなくて良い理由ができた」の安心した顔だとしたら、納得が行く。
「アナタ、ちょっとタクヤと話して来てくれない?」
「えっ!!!」
私は思わず大声が出た。
妻が「何その声?」と怪訝な目で私を見た。
「い、今からか?」
「当たり前でしょ? あの子、学校サボったのよ。お咎めなしで済むわけないじゃない」
「いや、でも……今日、声枯れてるし、俺」
私は必死で言い訳を絞り出した。我ながら酷い。理由として弱すぎる。カラオケのときに言う理由じゃないか。
「ちょっと、何その言い草。タクヤのことカラオケか何かだと思ってるの!」
やばい。
妻もカラオケに気付いた。カラオケは印象が悪過ぎる。
せめて、星の位置が悪いにしとくべきだった。
確かにタクヤに何かはあるのは間違いないが、流石に帰宅してすぐ、本丸のタクヤに攻め込む、家庭内の桶狭間の戦いを起こす勇気がどう工面しても出なかった。
だって信長がじゃないし。いや、信長ですら玄関開けて2分で本丸はキツイだろ。
最近、アイツと会話らしい会話もしてないから、心の準備が全然整っていない。
胸に軽く水を当ててからプールに入らないと心臓がビックリする様なものだ。
妻よ、わかってくれ。チョクで本丸はきつい。頑張るから、埋めさせて下さい、外堀を。
「とにかく、明日と明後日は土日で休みだから……ちょっとハヤトに話を聞いてみるよ」
「ハヤト君?」
「もしかしたら、私達には話せない事を話してるかもしれないだろ」
私の苦し紛れの「一旦、こちらで引き取ります」を許してくれた。
よかったぁ。締め切りが2日伸びた。
風呂上がり、夕飯を準備している妻の後ろでスマホを取り出し、早速、ハヤトに連絡した。
そろばん塾の初日みたいに気が重いけど、締め切りを伸ばした以上、やる事はやらなければならない。
それが父親というものだ。
ハヤトはタクヤと幼馴染の子で、中学まではタクヤと同じチームでサッカーをしていた子だ。
高校は別々になったが、中学まで試合の日などに送り向かいをよくしていたので、私が唯一連絡先を知っているタクヤの友達である。
スマホにすぐ、返事が返ってきた。「了解」と言うなんかよく分からないイラストと一緒に返事が来た。なんだ、このスタンプ?
翌日。
タクヤは平静を装うかの如く、休日の朝から部活に行くコスプレを整えて家を出て行った。
私と妻は「息子の精一杯の努力を尊重しよう」と何食わぬ顔で彼の登校を見守る事にした。
まるでリストラされたのに言い出せないお父さんを家族が見守っている様な感じだ。
「今日、夕飯いらないよ」
「あら、何かあるの?」
妻がムッとした声で私に言った。
「流石に今のあの子と二人きりはキツいわよ」と言う眼力だ。今、妻の眉間にハエが止まろう物なら、そのまま潰されてあの世行きだろうと言うほどの亀裂が入っている。
「ハヤトに連絡したら、部活終わりに相談に乗ってもらうことになった」
私がそう言うと、眉間にあった神の逆鱗はスッと消え、「あら、そう」と顔が綻んだ。
この2日でなんとか解決しないと、私がただじゃ済まないかもしれない。
──小林親子を街から追い出さねば──
「小林、親子?」
そう言えば、アノ時の奴らのセリフ。小林幸子ではなく、小林親子と言っていた。
そもそも、幸子はこの街にいない。もしや、この騒動と何か関係あるのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます