第19話 小林、回転寿司は便利だな

 土曜日の夕刻。恋人たちが揺れる街角。地元の駅前のロータリー。

 若い女の子が笑顔を浮かべながら「待った?」と、さっきからずっと私の隣で立っていた男の子に笑顔で近づいて来た。

 若い男の子も「俺も今来たところ」と笑顔で返す。「嘘つけ、さっきお前時計見ながら舌打ちしてただろ」と横から言うのは野暮というものだ。

 その二人は楽しそうにお喋りをしながら駅の改札の向こうに消えていった。青春じゃないか。

 ハヤトを待っている間、そんなカップルが何人も私の横を通り過ぎて行った。

 暇だからずっと見てた。


「オジさん!」


 自転車の呼び鈴を鳴らし、学ラン、自転車のカゴにエナメルバックを入れた少年がこちらに歩いてくる。

 それがタクヤの幼馴染のハヤトだと気付くのに数秒かかった。中学卒業以来に会ったが、身長も伸びて、と言うか髪型がオシャレになっていてイメージが変わっていた。茶髪茶髪。


「この野郎、色気づきやがって」

「いや、ウチの学校、そんな厳しくないからセーフセーフ」


 半年ぶりの再会なのに、まるで毎日会っている親子のように波長が合い、会話も弾んだ。気付いたらハヤトの首に腕を回して、「なんだ、彼女でもできたのかぁ」とゲラゲラ笑っていた。


 何でガチで毎日会っている親子の方では、こんな感じに行かないんだ? 


 その後もタクヤといる時に発生する、あの高倉健と二人きりで旅行に行くような気まずさは全く感じる事もなく、今の高校のサッカー部の事など、ハヤトはペラペラと私に話してきた。中学まで妻とタクヤの試合を見に行っていたので、選手としてのハヤトの事も私はそこそこ知っている。新チームになり、レギュラーになったそうだ。


「そうか、良かったなぁ!」


 と、本物の息子の前では見せない様な満面の笑顔を他人の子供に惜しげもなく披露する男、小林光太郎。

 

 その後、大学の事なども聞かれ、私も親身に話を聞いた。別にアドバイスをする気はないが、真剣に考えている姿を見るのが嬉しいのだ。

 本物の息子の前では一度も語った事のような人生観を、他人の子供に惜しげもなく披露する男、小林光太郎。


 ポロシャツ姿のオッサンと学ラン姿の青年が二人で夕飯時に回転寿司を食べながら話し込んでいる。


 ──ねぇ、ハヤト。他の人達から、私たちってどんな関係に見えるんだろうね?──


 ハヤトと話している最中、独身時代にやったギャルゲーのセリフが突然、脳内を過ぎっていった。何考えてんだ、私は。

 

「でさ、オジサン。相談って何?」


『1.お、親子かな?』って選択肢が脳裏によぎったところで、ハヤトが私に話を切り出してきた。

 そう言えば、相談があってハヤトを呼んだってことをスッカリ忘れていた。普通に回転寿司食って、帰るところだった。


「ああ、実はな……タクヤの事なんだが」


 さっきまでの砕けた空気が一気にテーブルから引いてしまった。ハヤトも空気を察して、持っていた箸をテーブルに置いた。


「やっぱりかぁ」

「え? ハヤト、なんか知ってるのか?」

「実は、先月の事なんだけど」


 ハヤトは話し始めた。

 一ヶ月ちょっと前、タクヤの学校でこの辺の学校のサッカー部が集まって、一日中練習試合をする事になったそうだ。練習会っていうそうだ。


「アイツ、その時、メシとか一人で食っててさ、なんか他の部員と距離がある感じだったんだよ」

「入学してから、ずっとそんな感じなのか?」

「いや、夏に練習会やった時は普通に仲良くしてたよ。でも、今回のは……正直、俺も話しかけづらい感じだった」


 やはり、サッカー部で何かあったのか。

 それなら、あの朝の安心した顔も納得が行く。相当、辛かったんだろう。

あの時のタクヤの顔を思い出し、私はウルっと来てしまった。


「何か原因とか分からないか?」

「タクヤの学校、ウチの中学から行ったのタクヤ一人だけだから、俺も知り合いとかいないんだよ」

「妻が言うには、部活に出てないんじゃないか? って。それで、お前に何か知らないかって聞きたくてな」

「てか、オジサン。タクヤと喋んないの?」

「……どういう事だ?」


 私は質問の意味が分からず、ハヤトに聞いた。


「いや。だってタクヤに直接聞けば良いだけじゃん」


 はっ!

 目から鱗とはこの事だ。言われてみれば、その通りだ。当の本人が同じ屋根の下にいるんだから、本人に聞けば良いだけの話だ。

 それを何で私は『いきなり本丸を攻めるのはキツい』と息子の事を戦国武将かなんかと勘違いしていたのか?

 息子は敵の武将ではなく、むしろ苦しんでいる本人ではないか!


「しまったぁぁ!」


 本気でその事を今の今までハヤトに指摘されるまで気付かなかった己に頭を抱えてしまった。うっかりミス!


「てか、オジさん。タクヤとなんかあったの?」

「いや、その……」


 私はハヤトの問いに目を逸らした。

 まさか、『いやぁ、目が合うと私から視線を逸らしてしまう程、タクヤにビビってしまってるんだよ』などとは口が裂けても言えない。

 しかし、たった今、目が覚めた。

 息子が辛い目に遭ってる時に、『本丸を攻めるのは早い』と息子を敵陣扱いした、なんて体たらくな父親なんだ。

 あの時の朝のダメな自分を許した無神経な己に怒りが込み上げてきた。


『別に息子が苦手な父親がいてもいいじゃないか』


 じゃねぇよ、バカ。

 あの時、すでにタクヤは学校の同級生たちの間で距離を置かれていて悩んでいたんだぞ。


『別に息子が苦手な父親がいてもいいじゃないか』

『別に息子が苦手な父親がいてもいいじゃないか』

『別に息子が苦手な父親がいてもいいじゃないか』


 どの口が言ってるんだ、これを。爽やかな朝日を浴びながら、電車の中で何を考えてんだ、私は。

 己の情けなさを戒めるように、頭の中でその言葉が何度もリフレインした。


「あああああああああああ」

「オジさん! オジさん!」


 私はハヤトの介抱によって正気に戻った。


「そう言えば、ハヤト。お前にもう一つ聞きたいんだけど」

「ん?」


 私はその場を仕切り直すべく、別の質問をハヤトにぶつけた。


「タクヤ、最近、なんか学生服を着たがら無いんだよ」

「学生服?」

「なんか、そう言うの若い子の間で流行ってるか? ジャージで学校に行くとか。制服を鞄に入れるのがブームとか」

「いや……むしろ、あの学校の制服はカッコいいで有名だよ。この辺、ブレザー珍しいし」

「そう、なのか?」

「入学した時、アイツ、俺に見せびらかしに来てたし」


 なら何故、学生服ではなくジャージで登校するって言い出したんだ?


「それ、もしかして、部活の件と関係あるんじゃない?」

「制服とサッカー部がか?」


 いくらカッコいいからって、英国貴族ですらブレザーでサッカーはしないだろう。シュートのたびにズボンが破れるぞ。


「タクヤの担任に聞いてみたら。確か瀬古川って人」

「よく知ってるな、お前」

「だって、その人、サッカー部の顧問もしてるから。めちゃサッカー上手いで有名だよ」

「瀬古川……先生」


 ハヤトからそれだけの情報を得て、その日は別れた。


 別れ際にハヤトが「俺も色々、なんとか調べてみる」と言ってくれたのが、ほんわか嬉しかった。


 とりあえず、タクヤと話してみないと、話にならない。

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