第17話 小林、丸め込まれる

「SNSって、文房具ではなくてIT系の企業で作るものでは?」


 私は咄嗟に聞いた。


「もう、IT系企業が主導のSNSは飽和状態でしょ? 今更新規参入なんてできる余地なんてありません」


 まぁ、確かに。

 それにシェアはほとんどアメリカか中国に持って行かれている分野だ。


 でも、SNSってそういうもんじゃん。

 スマホやパソコンがなければ使えないからSNSじゃん。


「はっきり言って面白くないでしょ? そういうSNSは?」


 おっ、逢坂コイツ。大きく出やがった。


「しかもそう言うSNSはやっていてもストレスしか溜まらない。ですからスマホもパソコンも使いません」

「そんなもの、どうやって作るんですか?」


 私がそう言うと、逢坂は大袈裟に「うーん」と考える素振りをし始めた。そして逢坂は腕時計を見て「あっ!」と大袈裟な声を上げた。


「しまったぁ! もう打ち合わせの時間だぁ! 申し訳ありませんけど、アナタとお話し出来るのはコレまでです」


 は?

 一番良いところで終わりとか、「お前はどこのバラエティ番組だ!」と怒ってやりたいが、体裁では私は部外者なのでそんな事を言う権利もない。


「私が必要だったんじゃ無いんですか?」

「ええ。でも、必要なのは『やる気のある小林光太郎』です。命令されて嫌々やってる小林光太郎は居ても邪魔ですから」


 逢坂はそして、「では」とさっきよりも早足で歩き出した。

 私を誘う事も一切せず。


 焦らして焦らして焦らして焦らして焦らしてぇぇぇぇぇ!


 主人の事、よろしくお願いします

 主人の事、よろしくお願いします

 主人の事、よろしくお願いします

 主人の事、よろしくお願いします


 頭の中で、昨日の桜木さんの声がリフレインしてくる。ええい、初恋の人にそこまで言われたら仕方が無い!


 私は鞄を持って、桜木さんに頼まれたから仕様がなく、逢坂さんの跡を追いかけた。


「おや? やる気になりましたか?」


 逢坂さんと並んで歩き出すと「来ると思った」と言わんばかりにニヤッと笑みを浮かべた。


「別にアナタの仕事に興味があるとかそう言う訳じゃなくて。昨日、桜木さんに頭を下げられてしまったので、無碍にできないだけです」


 そう言うと逢坂は「ぷっ!」と吹き出した。


「逢坂さん、結構性格悪いですね! 昔からですけど」

「性格が良いとは言ってませんが……あの名刺の件でしたら、この仕事をしていれば、いずれ犯人は解ると思いますよ?」

「どう言う意味ですか?」

「いずれ、身をもって分かりますよ。それにアナタはしばらく私と行動を共にしていた方がいい」

「何故ですか?」

「先週の敵のギャング、理由は分かりませんがアナタと息子さんを狙ってしました」


 そうだった。

 幸い、あれから何も起きていないが、確かに「小林親子をウンタラカンタラ」と言っていた。


「あれはどう言う意味なんですか?」

「流石にそこまでは分かりません。むしろ、何か心当たりないんですか?」

「いえ、全く」

「なら、まずはあのギャングを倒さなければ、小林さんがこの街に居られないかもしれませんね」


 悔しいが暫くは逢坂と一緒に行動をするしかないのか。


「あと、打ち合わせの前に言っておきます。『オヤジギャんグ』の件は尾形さんと朝宮さんには秘密でお願いします」

「でも、あの二人も仕事に関わるんじゃ?」

「我々のギャングの下地が固まるまでは、我々もダミーの『別の仕事』をします。先週、あの二人と打ち合わせをしたのはその別の仕事の方です」

「別の仕事?」

「いわば、会社の我々以外の人達に『あの部署はちゃんと仕事をしている』と思わせる為のダミーの仕事です」


 そう言って、逢坂はカバンから資料の入ったクリアファイルを取り出し、私に差し出した。


「会社に行くまでに目を通して下さい」


 私はその資料を歩きながら目を通したが……おいおい、これがダミーの仕事なのか? と驚いた。


『藤原文具専門ショップ 丸越デパート〇〇店に出店について』


 うちの文房具の専門店をデパートに出店するって、かなりの企画だぞ。


「たまたま、丸越に空きのテナントができたので、知り合いに頼んでそこを安く提供していただきました。ただ、安く出店する代わりに『それなりの売り上げが見込める店だ』と向こうにプレゼンしないといけません。まずはプレゼンを成功させます。

 尾形さんと朝宮さんには先週からその企画を考えていただいてます。尾形さんの方が特に乗り気の様ですが」


 これの企画の責任者となれば、かなりの大役だ。

 そりゃ、尾形も張り切るわ。


「でも大丈夫ですか、尾形の企画で?」

「私は交渉の大半は尾形さんに任せるつもりです」

「いや! アイツはとんでもないミスばっかりの馬鹿ですよ! まだ朝宮さんの方がマシじゃ?」

「ですが尾形さんを調べたら、たまに大きな仕事を纏めたりもしていますよね」

「それは……」


 確かに、尾形は昔から、普通ならやらない様な大失敗をやらかすが、本当にたまにたまにたまに、元々の無神経が運良く奇跡的に偶然に良い方向に働き、とんでもない特大ホームランを打つ事も稀にある。まぁ、だから失敗ばかりしても奇跡的に営業部から追い出されないのだが。


「でも、尾形のアレは、ただの奇跡です」

「小林さん。奇跡を起こせる人間は貴重な人材です。現に負債に目を瞑れば、あの人ほど大きな利益を上げている営業マンはあの会社にはいないでしょ?」

「それは……まぁ」

「あの大きなエネルギーを持った尾形さんを私と小林さんで制御できれば、もしかしたら……もしかしますよ」


 馬鹿とハサミは使い様と言う事だろうか?


「この仕事が上手くいけば、そのテナントが我々、ギャングの大事な拠点になる」


 そう言って、逢坂さんはニヤッと笑った。

 ダミーと言ってたが、やっぱり、何か企んでいるのか。


 会社に到着し、私はまたしてもお世話になった今の部署を出て、先週、出て行ったはずの元倉庫でお馴染みの新しい部署に戻った。

 尾形が「なんで帰ってくるんですか!」と部屋に入るや本気で怒鳴ってきた。「部外者は出ていけ!」と尾形に本気で追い出されそうになったが、横の朝宮さんの「助かったぁ」と言う顔を見て、ここに居ても良いんだと自信が出た。


 私は『一週間で三回も左遷された男』として、この日から社内でしばらくの間、噂される事となるが(尾形が流したらしい)、そんな細かい事は気にしていられない。


 桜木さんに頼まれたのだ、男ならやらないでどうする!


 打ち合わせは一週間で山の様な企画を考えて来た尾形のプレゼンをとにかくみんなで聞いた。

 しかし、尾形の奴、アイデアを50個も出してきやがったが、そのほとんどが「何を言っているのか理解できない」と言う代物で、私と逢坂さんで解読をしながら聞いていく作業であった。

 朝宮さんは、その会議の間、日差しが気持ち良かったのだろう、ずっと居眠りをしていた。まぁ、いいか。


「何でわかんないんすか! 同じ日本語じゃないっすか!」


 なぜか最後には尾形がキレた。

 見たか逢坂。

 コレが尾形だ。

 結局、アイデアはたくさんあるが、全て理解不能という事で、その日の打ち合わせは終了した。


 午後は逢坂さんは会社に戻り、我々は、尾形が考えたアイデアを日本語に翻訳していく作業となった。


 しかし、どれだけ尾形が説明しても、私は全くイメージが湧かず、またしても尾形を怒らせる事になった。


「くそ、コレだから老害はダメなんだ!」


 尾形の口から本音が出た。

 その時、私のスマホが珍しく鳴った。表示を見ると『自宅』と出ていた。


 私はその場を外し、部屋の隅に行って電話に出た。


「もしもし?」

「あ、アナタ?」


 電話をして来たのは妻だった。やけに慌てた声をしている。


「どうした?」

「それが、あの子、今日学校から早退して来たんだけど……」

「え? 何処か悪いのか?」

「それが、何処も悪くない様子なのよ。別に熱もないし、病院も行かなくていいみたいだし。理由を聞いても何も言わないの」


 私は時計を見た。午後の五時を回ったところだった。


「それで、タクヤは?」

「二階にいるわよ。ねぇ、あの子、学校で何かあったのかしら?」

「何かって?」

「私、ちょっと前から気になってる事があるのよ、あの子の事で。アナタ、今日、早く帰って来れる?」


 今の状態だと、今日は残業して行きたい。尾形のアイデアをそこそこの形にしたいと言う気持ちもあるが。


「わかった。ちょっと、暫くしたら折り返すよ」


 そう言って、私はスマホを切った。


「主任、どうかしたんすか?」

「ああ、ちょっと……家でゴタゴタでな」


 とにかく、あと一時間でなんとか形にして、それで今日は定時で帰るしかない。


「なら、帰って良いっすよ」

「え?」


 尾形が言った。気を遣っているのか、「お前は出ていけ」と言うニュアンスなのか、どちらか分からない言い方だ。


「あ、あの……アレでしたら私たちでやって、後で報告しますけど……」


 朝宮さんがフォローの言葉を添えて、気を遣ってくれた。ありがとう。


「いや、最後までちゃんと付き合うよ。一応、ここの責任者だからな」

「そんなの良いっすよ。別に主任、居ても居なくてもおんなじっすから」


 朝宮さんがビクッとなって私を直視した程の、尾形の無神経な気遣いの言葉に背中を押され、私は会社を早退し、まっすぐに家に戻る事になった。


 こんなに後味の悪い部下からの気遣いは生まれて初めてだった。


 ありがとよ、尾形の馬鹿野郎!





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