第25話 小林、完全に息子に抜かれる

「こんな夜遅くに何をしていたんだね、君たちは?」


 牛込先輩とタクヤの同級生二人は廊下に正座させられ、逢坂さんによって尋問が始まった。

 しかし、相手も覚悟を持って、この夜の学校に忍び込んでいるのだ、なかなか口を割る素振りを見せない。


「言わないつもりですか?」


 逢坂さんがライフルの銃口を向けて、脅しに入った。

 しかし、子供と言えど、もう高校生で馬鹿じゃないんだから、そんなライフルがオモチャだって事は確認しなくたって分かる。

 特に怯える素振りもなく、むしろ「このオジさん、何浸ってやがんだ?」って顔で逢坂さんを見ている。


「なかなか吐きませんね」

「そりゃ、オモチャですからね」


 実質、何もせず逢坂さんの尋問は終わった。

 なんか、逢坂さんの尋問ごっこにみんなで付き合った様な形だ。昼間のエリートサラリーマン時に見せる手練手管はどこへ行ったんだ、このポンコツは。


 私は牛込先輩がさっき持っていたビニール袋の中の雑巾を取り出した。嗅ぎたくないけど、匂いを嗅ぐ。

 やはり、タクヤの部屋で嗅いだのと同じ匂いがする。

 よく見たらこれは雑巾と言うか、洋服かなんかを切ったモノのようだ。


 その布切れをよく観察する。

 なるほど、これはやはりアレだ。

 さっき、閃いた敵が使っているダジャレは私の予想通りのようだ。


 そう考えると……


「仕方ありませんね」

「え?」


 私が頭の中で色々考えている最中、逢坂さんが、そんなもの着ていなかったらもっと早い段階で追いつけていただろう、無駄に丈が長いロングコートのポケットを弄り出した。


「逢坂さん、何するんですか?」


 私の中で考えがまとまりかけていたのに、逢坂さんの奇行によって考えが邪魔された。


「使いたくはありませんでしたが、致し方ありません。これを使います」


 と、逢坂さんが「勿体ぶりたかっただけだろ」と言いたくなる程の大袈裟な演技と共にポケットから取り出したのは円筒形の物体。

 よく見るとジュースの空き缶のようである。それを工作してある。こんな物作ってたのか。


「なんですか、そのオモチャ?」

「小林さん、私のダジャレ能力、アナタにお見せしていませんでしたね」

「ああ、そう言えば」


 どうでも良いけど。


「喜んで下さい。今日がその記念日です」


 逢坂さんは嬉しそうにジュースの空き缶をサイレンサーのようにオモチャのライフルの先端にはめ込んだ。器用にぴったりのサイズに加工されている。

 さらに、その空き缶のサイレンサーの先にプラスチックっぽい円筒形の筒を取り付けた。


「このアルミ缶サイレンサーは、あまり使用したくはありませんでしたが、ここまで黙っているなら仕方ありません!」


 さっきも言ってたよな。よっぽど、勿体ぶって奥の手っぽく披露したかったんだろうなぁ。さっき、空き缶取り付けている間、鼻歌歌ってたぞ、この人。


「話さないなら、こうするしかありませんね」


 準備を終えたらしい逢坂さんは、アルミ缶を取り付けたライフルを再び、牛込先輩に向けた。

 てか、アルミ缶の時点で、使うダジャレは大体想像つく。


「アルミ缶の上に、あるミカン!」


 逢坂さんが予想通りのベタなダジャレを叫ぶと、一瞬で当たり一帯にサーっと冷たい空気が流れた。

 さっきの私のライターの時も感じたが、いざ客観的に見ると、これはなかなか目を背けたくなる空気の重さだ。

 やっぱ、この能力の弱点は「事情を知らない人から見たら、面白くない変人にしか見えない」と言うところだと、客観的に見て再確認した。


 今後は人気の無い所で、なるべく使う事を心掛けよう。


 逢坂さんがダジャレを叫ぶと、ライフルの先端のアルミ缶からいきなり、プリっと蜜柑が一つ現れた。


「おお!」


 私とタクヤは思わず声が出た。ダジャレはベタだけど、手品みたいだ。

 どうやらアルミ缶の先につけたプラスチックの筒は、出てきた蜜柑が落下しないようにする為の道具のようだ。なるほど、考えられてるな。


 ……だからなんなんだ?


 私とタクヤは苦い顔で顔を見合わせた。「父さん、この人何なの?」と言う顔で息子が見ている物だから、見るに見かねて、私が尋ねる事になった。


 この人のせいで、全然話が前にすすまねぇよ。


「あの、逢坂さん?」

「黙っていて下さい、小林さん」


 よく見たら逢坂さんの額から汗が出ている。なんで?

 蜜柑一個出しただけで、そんな体力を消耗するのか?


「な、なんでそんなに汗を?」

「実は……私も人に向けてこれを使うのは初めてで、物凄く不安なんです」

「……どう言う事ですか?」


 まだ、何かあるのか?

 まだ、何かやらかすのか?


「どうしても言わないか、少年!」


 逢坂さんが再度、脅しに入った。

 蜜柑が出て来ただけで、話すぐらいなら、最初から逃げたりしないだろ。


「しょうがない。これでも喰らえ」


 逢坂さんが蜜柑が出たライフルを正座する生徒たちへ向けなおした。


「アルミ缶の上に……ある蜜柑!」


 ずどどどっどどどどぉぉぉん! ばがががががががアガ!


 え?

 私は突然、廊下に響いた爆発音のような大きな音にビックリして、飛び上がりそうになった。

 

 見たら、牛込先輩の目がまん丸になって、血の気が引て、青ざめている。と、いうか三人とも恐怖でなんか震えているぞ。


 え? 何があったの?


 と、震える牛込先輩の後ろを見たら、コンクリートの壁が大きく凹んで亀裂が入り、そこにオレンジ色の何かがめり込んでいた。


 なんだ、あれ?

 いや、コンクリートがなんであんなに凹んでるんだ?


 ボトっと壁から床に落ちたそれは……蜜柑であった。


「もう一発いきましょうか? 次は外しませんよ」

「いやいやいやいや、すいません! すいません! 止めて下さい! お願いします!」


 牛込先輩と二人の後輩は、逢坂さんに命乞いをするように頭を下げ始めた。なんか、水戸黄門が印籠を見せた後みたいな態度の代わりようだ。


「てか、何やったんですか、逢坂さん!」


 私が尋ねると、逢坂さんは自慢げにライフルを見せてきた。ライフルには蜜柑が一個ある。そして床に落ちてる蜜柑が一個。合計二個になっている。


「どうも、この『アルミ缶の上にアルミ缶』は、異次元空間を通ってアルミ缶の上に蜜柑が飛んでくるようなんです。

 つまり、『アルミ缶の上にある蜜柑』と二回唱えると、最初にあったミカンが、二個目の蜜柑の異次元空間を飛んできた膨大なエネルギーで押し出され、物凄い威力で飛んで行ったと言うワケなんです」


 改めて説明されると、良く分からないが……とにかく、ただのミカンなのにコンクリートを破壊するとは物凄い威力だ。しかも、発射された蜜柑は壁にめり込んだのに無傷と来ている。


「それだけではありませんよ、小林さん」

「どう言う事ですか?」


 そう言って、逢坂さんは床に落ちた蜜柑を拾って、私に差し出した。


「食べてみて下さい」


 私はその甘い香りに誘われるままに、ミカンの皮を剥いて一房食べてみた。


「あまぁい」


 あんなに壁にめり込む威力なくせに、蜜柑は甘くてとっても美味しいと来た。

 武器にもなるし、美味しいオヤツにもなる。なんて至れり尽くせりの技なんだ。


 恐るべし『アルミ缶の上にある蜜柑』


「では、話していただきましょうか? なぜ、タクヤ君にこんな嫌がらせをしたんですか?」

「それは……」


 しかし、話すと言っても牛込先輩は相変わらず、口籠もったままだ。まぁ、いざ話すとは言っても、勇気が出ないのは仕様が無い。


 それに、私は牛込君が真犯人でない事は既に分かっている。だとしたら、考えられるのは一つだけだ。

 私は一歩前に出て、牛込君の前に座った。


「君、誰かに脅されているんじゃ無いかい?」

「えっ?」

「理由は言えないが、君は犯人じゃない。きっと君にこの臭い布を渡した男がいるはずだ。違うかい?」


 私が尋ねると、動揺した牛込君の目が大きく泳いだ。


「小林さん、これはビンゴの様ですね」

「誰に脅されていたのか、教えてくれないか? 私の息子の事なんだ」

 

 牛込君はここまで言っても、まだ黙っている。


「あの」


 と、そこで傍観を決め込んでいたタクヤの同級生の一人が声を出した。


「先輩は関係無いんです」

「どう言う事だい?」

「脅されていたのは、俺たち二人で……先輩は無関係です」


 同級生二人が口を開くと牛込君が「おい!」と強く牽制した。

 それでも同級生の一人は私らにスマホを見せてきた。


「いきなり、これがメッセージで送られて来て、『学校に知られたくなかったら言う通りにしろ』って脅されて……それでタクヤの机に雑巾を入れてました。すいません」

「犯人の顔は?」

「指定された場所に雑巾を取りにいっていたので、会ったこともありません」


 ダメか。

 馬鹿な癖になかなか尻尾を出さないな、瀬古川。


 スマホの写真は、タクヤの同級生二人が部室でタバコを咥えている姿を窓から盗撮したらしきもの。


「タバコを吸ってるのか、君ら?」

「違うんです! 片付け終わって部室に帰ったら、机の上に置いてあって、それで誰もいないからふざけて吸ったフリしたら、そこを撮られてて」


 よく見たら、タバコに火はついていない。

 だが咥えた姿では、そんな言い訳通用しないだろう。これは問題になって、最悪、大会出場辞退にもなる。


「それで、どうしたら良いか分からなくて、牛込先輩に相談に行ったんです」

「その犯人の要求とは何だったんですか?」

「毎日渡す、この布切れをタクヤの机とかに仕掛けて、タクヤが学校に来られないようにしろって言う内容です」


 タクヤの同級生はそのメッセージを我々に見せた。

 確かにその様に書かれたメッセージが確認できる。


「タバコが公表されたら、多分、冬の大会に出られなくなって……そうしたら、俺たちの代の残ってる奴ら全員……」

「もう良いです、先輩」


 涙ながらに話す牛込先輩を止めたのは、タクヤであった。


「俺は気にしてませんから、泣かないで下さい」

「タクヤ」

「父さんと逢坂さんに手伝って貰ったけど。この件はこれで終わりにして貰えませんか?」

「良いんですか?」

「事情は分かりましたから。もう良いです」


 正直、私は息子に辛い思いをさせた三人に、まだイラっとしているが……それ以上に、自分の息子が大人になっている事に、なんか、ジーンとしてしまった。


 この状況で冷静に罪を犯した人を許せるとは、なんて器のデカい男なんだ。二十年前にされた嫌がらせを未だに根に持っている奴の息子とは思えん。


 この時点でタクヤは確実に私を超えたな。たった16歳で。

 今後、人生で悩みが出たら、私はタクヤに相談しようと思う。


「ただ、そのデータだけは我々に譲って下さい。脅していた犯人を捕まえなければなりません」

「後で、俺が父さんに渡します」


 タクヤは「三人を送ってくよ」と泣いている牛込先輩と同級生を立たせて、介抱しながら帰って行った。


「でも、どうして牛込君が犯人では無いって小林さんは分かったんですか?」

「敵の使っているダジャレが分かりました。タクヤと私を追い出そうとしたのは、転校させてしまえば、制服が変わるのでダジャレの能力がもう発動しないからだと思います」

「つまり、犯人にとっても、今回のタクヤくんの制服の異臭は予定外であったと言う事ですか」

「多分。何気ない会話の時に、うっかり誤作動が起きたんだと思います」

「なるほど。オヤジギャんグのルール。『ダジャレ能力が世間に広まった場合、ルール違反として失格』と言うのがありましたね。それで、タクヤ君を追い出そうとしたのか」


 良く夢の中で言われたルールを知ってるな。


「ただ、どう言う状況だったのかが分かれば、瀬古川を追い込めるかもしれないんですが……」

「それでも前進ですよ。それで、そのダジャレはどう言った……」


 と、その時。

 全校放送で使うスピーカーがハウリングする音が廊下に響いた。


──この事件から手を引け──


 変声機で変えた様な声が廊下に響いた。


「敵です!」

「奴らもいたのか」


 廊下の向こうから足音がする。

 そして、暗闇からこの前の黒いスーツとサングラスの格好をした例のブルースブラザーズの二人が現れた。瀬古川の姿は無い。


「この事件から手を引いて貰おうか」


 スーツの二人の背の低い方が言った。


「やはり、お前たちが犯人だったのだな!」

「何も証拠はない。小林一家もろとも、この街から出て行け。そうすれば、お前たちにもう危害は加えない」

「ふざけるな! タクヤにあんな事をしておいて、私はお前たちを許さない。瀬古川は何処にいる」

「ならば、こちらも攻撃させてもらおうか」


 ブルースブラザーズの二人が何やら戦闘態勢に入った。

 逢坂さんが負けじとライフルの蜜柑を敵に向けた。


「喰らえ。アルミ缶の上にアルミ缶!」


 どぉん!

 再び、逢坂さんの発射したミカンが二人の敵に向かって飛んでいった。これに当たれば、ひとたまりも無いぞ。


「弾がたまたま玉に当たった」


 しかし、敵の背の高い方がダジャレを唱え、ボールをその辺に投げた。

 敵に向かっていたはずの逢坂さんの蜜柑は、急カーブし、その敵が投げたボールの方へ逸れてしまった。で、ボールと蜜柑がぶつかった。


「おお!」


 私は思わず声が出た。

 これがダジャレ使い同士の戦闘。喋ってる内容以外は見ていて結構カッコいい。

 

 いや、そんな事はどうだって良い。


 しかし、敵の方は我々よりも戦闘に慣れている様に見える。

 この前の体力の無い無様な姿を見ているが、場数の分だけこっちが不利だ。


「どうしても引かないと言うのか?」

「当たり前だ! タクヤ君を学校に戻せ!」

「ならば、この生徒らのタバコの画像は世間に公表させてもらうぞ。それとお前達も制裁を喰らってもらうぞ」


 そう言って、小さい方の男が我々の方に手を向けた。


「小林さん、気をつけて下さい」

「どうすりゃいいんですか?」

「わかんないです」

「じゃあ、何を気をつけるんですか!」

「雰囲気ですよ、雰囲気!」


 おい、エリート! なんだ、そのフワッとした注意は!


「コーディネートはこうでねーと!」


 小さい方が我々に向けてダジャレを唱えた。こりゃまたベタな。

 この前の公園で見たダジャレだ。確か、服が色々と変化する便利な機能……


「ん?」


 なんか急に体がスースーし始めたぞ。


「小林さん! 服! 服!」


 逢坂さんの方を見ると、逢坂さんが何も着ていない生まれたままの姿になっていた。


「あれ! 逢坂さん、服どうしたんですか!」

「小林さんもですよ!」

「ええええ!」


 私も己の姿を見返すと、私も逢坂さん同様、何も纏わぬ最強の姿。つまり、全裸になっていた。


「我々に喧嘩を売ったことを後悔するが良い。小林光太郎、逢坂明」


 小さい方がそう捨て台詞を吐いて、スマホで我々二人のヌード写真を何枚か撮影し、また廊下を歩いて、消えて行った。


「くそ。捨て台詞がカッコいい! 私もあんなのやりたい!」


 逢坂さんは全裸になった事より、敵にカッコいいセリフを吐かれた事が悔しいらしい。この状況でもブレない男だ。


「いや、それより、我々も写真も撮られましたよ。あんなの晒されたら、この街で生きていけませんよ」


 と言うか我々二人は、これからどうやって帰ればいいんだ?


「とりあえず、学校なら何か着る物があるはずです、探して借りて、奴らを追いかけましょう」

「そうですね」


 ジリリリリリリリリ


 思い立った瞬間、絶望を告げるサイレンの音が学校中に響き渡った。


「なんだ、今の音」

「どうやら、アイツら。非常ベルを鳴らしたらしいですね」


 つまり、すぐに外へ出て逃げないと、警察や消防隊とかが来てしまうと言うことだ。


「おのれぇ、敵もなかなかやりますねぇ!」


 と、逢坂さんは何故か笑いながら言った。馬鹿か、こいつ。

 このままだと社会的に抹殺されるかもしれないって自覚がないのだろうか?


「どうするんですか!」

「とにかく逃げましょう!」

「どっちへ!」

「知りませんよ、そんなの!」

「馬鹿ぁ!」


 とにかく、我々のギャング抗争の緒戦は、羅生門ばりに服を剥ぎ取られ、ボロ負けで終わったようだ。



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